6話 水島 花恋

 朝から沢村さんに会えたし、今日は運がいい日だ! なんて思っていたけど、その幸運は朝で尽きてしまったようだ。

 まさか実際に修羅場に遭遇することになるなんて。

 私の前方に二人の女子生徒。その二人には険悪な雰囲気が漂っている。

 そして私は壁の影に潜んでいた。

 何故私がここにいるのかというと、遡ること五分前――

「伊月、すまないがこのファイルを旧資料室に運んでくれないか?」

 帰ろうとしたところで先生に呼び止められる。

 私に声をかけられたのは帰宅部だからだろう。このクラスで部活に入っていないのは私と沢村さん、あとは他に二人だけ。

 その二人はバイトをしているし、沢村さんは文化祭実行委員の手伝いで忙しそうにしていた。

 つまり今教室にいて暇なのは私だけということだ。断る理由もないし、先生の言葉に頷く。

「分かりました」

「ありがとう、助かるよ。資料室ってどこだか分かるか?」

「はい、大丈夫です」

 私は頷くと、ファイルを持って資料室へ向かう。資料室はこことは反対の校舎だから、渡り廊下の先だった。

 一階まで降りて、渡り廊下の前まで行くと話し声が聞こえた。

 私はその場で足を止め、そして修羅場に遭遇し今に至る――というわけだ。

 二人の女子生徒のうち、一人は水島さんだった。明るめの茶髪はよく目立っていて分かりやすい。

 私は二人の様子を伺う。見つかれば厄介事に巻き込まれる気がして先へ進めずにいた。

 しかし私の用事はこの先の渡り廊下の先である。先に進もうか悩んでいると、知らない女子生徒の方が口を開いた。

「アタシの彼氏取ったでしょ」

「別に取ってないし。あたしとあいつはただの友達だよ」

「とぼけないで。アンタのことが好きだから別れるって言ってるんだけど」

「はぁ……知らないし」

 巻き込まれないように引き返そうとした。しかし向かい側の校舎から沢村さんの姿がチラリと見え、ついその場に留まってしまった。

 その間も言い合いはヒートアップしていく。

「どうせアンタが誘惑したんでしょ。知ってるんだから」

「知らないって言ってんじゃん。そもそも恋愛とかくっだらない。本当に」

 水島さんは吐き捨てるようにそう言った。

 しかし相手はそれを挑発と受け取ったようで、さらに怒りで顔を真っ赤にさせる。

 彼女は腕を振り上げると、今にもビンタしそうな勢いだ。

「待って」

 そう言って、彼女の腕を掴んで止めたのは沢村さんだった。

「話聞くから、こっちにきて?」

 沢村さんの優しく諭すような声に、彼女はさっきまでの怒りがなかったかのように萎んでいく。

「……分かった」

 沢村さんは女子生徒と一緒にこちらへ来ると、私にだけ聞こえるように小声で言った。

「ごめん、伊月さん。そっちは任せていい?」

 沢村さんは私が頷いたことを確認すると、安堵したように去っていく。

 私は水島さんのところへ向かい、手を差し出す。

 いつもの私ならこんなことはしないだろう。

 だけど沢村さんに任されたのだ。この場を何とかしなければという使命感が湧いていた。しかし……。

 ――パシッ。

 差し出した手は払われてしまった。

「あたしに近づかないで」

 明確な拒絶。水島さんは男子としか話さないということを思い出す。

「うん、分かった」

 私はコクリと頷くと、二歩後ろに下がる。両手を上げて無害アピールも忘れない。

「は? なにそれ?」

 なんで驚かれるんだろう。首を傾げていると、水島さんは奇妙なものを見る目でこちらを見てくる。

「普通嫌な顔とかするでしょ。それか、その場は取り繕って仲良くしようとする。なんであんたはそんなにあっさりしてるの?」

「なんでと言われても……」

 理由を聞かれても困る。

 水島さんに対して特に思うところもないのだ。ただ沢村さんに任されてるからこの場にいるだけで。

 あんまりこの話題を長引かせても、水島さんを怒らせるだけだと思った私は別の話題で逸らすことにした。

「水島さんはなんで女子が嫌いなの?」

 水島さんは面食らった表情をする。そしてかなりの間があったあと、

「…………別に」

 その一言だけ答えた。

 私は水島さの反応を見て、理由は言いたくないのだと判断する。誰にだって言いたくないことはあるだろう。

「そっか」

「え、それだけ?」

 呆気に取られたような表情で私を見つめる水島さん。

「言いたくないんでしょ? 無理に聞く必要ある?」

 水島さんは私の顔をじっと見つめ、私も見つめ返す。しばらく沈黙が流れる。

 水島さんは私から目を逸らすと、溜息をついた。

「はぁ……別に嫌いじゃないし。でも関わりたくないのは本当」

 何故か話してくれる水島さん。

 話したくないと思ったら、話し始めたり……水島さんのことがよく分からない。

「そうなんだ」

「って、なんであんたにこんな話をしてるのよ」

「いや、私の方が聞きたいんだけど……」

「とにかくあたしに近づかないで」

「分かった」

 私は水島さんの言葉に素直に頷く。

 拒絶されてもグイグイ行けるような積極的な性格はしていない。

「なにも聞かないわけ?」

「聞いてほしいの?」

「なんか調子狂うんだけど……」

 そこには最初のような険のこもった声ではなくなっていた。

 だけどやっぱり水島さんのことはよく分からなかった。

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