第四章 最強おじさんと共同攻略

4-1

 雲の多い青空の下、山に囲まれた草原を風が渡る。周囲には水田と、ぽつぽつと建つ民家。あとは古びた木の柵があるのみ。

 ――長篠ながしの決戦場跡けっせんじょうあと


 かつて設楽原したらがはらと呼ばれた地に、陽人と玲美は立っていた。東京支局からヘリコプターで到着してから、すでに二十分ほどが経っている。選抜された他国の探索者デルヴァーは二名らしいが、未だ来る気配はない。


「一番乗りだな」


「関係者としては、ですけどね……。まったく、どうやって嗅ぎつけてくるんだか」


 玲美が見つめる方角からは、遠巻きに喧騒が聞こえてきていた。

 なんでも、『長篠に次の裏・リバース迷宮ダンジョンが出現する』という事前情報が出回ったらしい。各国探索者協会デルヴァーズの関係者がリークしたのだろうか。今頃、野次馬と探索者デルヴァーたちが”おしくらまんじゅう”をしているはずだ。


「そういえば宵原さん。前から気になってたんですけど、どうやって裏・リバース迷宮ダンジョンが出るって分かるんです?」


「ああ。君と北の丸公園で会った時、迷宮ダンジョンの跡地なのに魔物モンスターが出る、って話があったろ? 元の迷宮ダンジョンを討伐してから時間が経ってて、かつ跡地に湧く魔物モンスターの討伐依頼が出てれば、ほぼビンゴだ」


「へえ。全部が全部、裏・リバース迷宮ダンジョンになるわけじゃないんですね」


「今まで攻略された迷宮ダンジョンの数を考えたら、出てくるほうが珍しいよ。下級の迷宮ダンジョン跡地にはほぼ出ないと思っていいしな。魔素ヴリル破片チップの換金ついでに、支所で全国の情報を見て、常にアタリをつけるようにしてた」


 迷宮ダンジョンの攻略は容易ではない。階層の数も差があるし、なにより迷宮主ダンジョン・マスターは相応の強さを誇る。

 即日攻略が目安のEランク迷宮ダンジョンを含めても、年間で百もあれば多いほうだ。中でもBランク以上の迷宮ダンジョンが攻略されれば拍手喝采で、魔素ヴリルの換金レートや株価にも影響を及ぼす。


「っていうかそれ、ひょっとして日本以外にも……?」


「かもな。俺は日本国内しか回ったことはないが……」


 などと話しているうちに、上空に三機のヘリコプターが現れた。

 そのうち一台が、陽人たちのすぐ近くに降り立つ。降りてくるのは、色黒の肌をした黒髪ベリーショートの女性――鐵村てつむらたまきである。右手には細長い棒状の包み、左手には円形の包みを携えている。


「よお、お疲れさん。いよいよだね」


「お疲れ。間に合ったみたいだな」


「ああ、お待ちどうさん」


 その言葉を聞いて、玲美が顔を輝かせた。


「わ、あ……! わざわざ持って来てくださったんですかっ⁉」


「それだけ、ってわけでもないけどね。まあ、まずは見ておくれよ」


 環は得意げに言いながら、持ってきた包みの梱包を解く。

 細長い包みから出てきたのは、水色の直剣だった。刃渡りは七十センチほどで、柄が両手で持てるほど長い。

 もうひとつの円形の包みからは、突起がついた菱形の盾。こちらも水色基調のカラーリングだが、突起の部分は漆黒に染まっている。


「はあうあぁぁぁあうぁあ……すっ、すっごおい……!」


「この色、黒竜の純魔素物質ヴリル・マターか?」


 涎をたらさんばかりの玲美を尻目に、環に問う。


「剣はあんたらが持ってきたやつだけど、芯に使った黒竜の髭の影響で染まったみたいだね。盾のほうは、黒竜のやつをフルに使ったよ。鱗と相性が良すぎた」


「こいつは豪華だな。俺のヤツより高いんじゃないか?」


「どうだか。あんたのは目釘の一本まで純魔素物質ヴリル・マターを使ってるからねえ」


「こっ、これっ! すぐ使ってみても大丈夫ですかっ⁉」


「ああ、いいよ。盾の突起が肝なんだ。ちょいと使い方が特殊でね……」


 環が解説を始める間に、他のヘリコプターもすでに着陸していた。


 ふと見れば、長い金髪をポニーテールにまとめた女性が、陽人たちのほうに歩いてくる。齢は二十歳すぎくらいだろうか。白基調に金の縁取りをした全身鎧フルプレートをまとい、手には斧槍ハルバード、腰には装飾を施された長剣。さながら、おとぎ話に出てくる女騎士だ。


「お取込み中、失礼します。アキト・ヨイハラ殿とお見受けしました。相違ありませんか?」


 凛とした声が、滑らかな日本語を紡ぎ出す。聞いた感じも、翻訳魔法を使っていない。 よくよく近づいて見ると、陽人より身長が高い。王侯貴族の姫君を思わせる端正な風貌だ。


「ああ、そうだ。バクスターさん、かな?」


「はい、お初にお目にかかります。大英探索者協会デルヴァーズ・ブリテンより参りました、ロザリン・バクスターと申します。かの高名なシャドウマスター殿とくつわを並べる機会を得られて、光栄ですわ」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 差し出された右手と握手すると、華奢な外見からは想像できない力を感じた。


「わ、あ……っ! 生ロズだああっ……!」


 ロザリンの姿を見た玲美が、だらしない表情に戻る。とても配信に流せるものではない。


「ロズ……?」


「知らないんですかっ⁉ イギリスのトップ探索者デルヴァー! 配信はやってないけどメチャクチャ人気で、今や世界中のアイドルみたいなもんですよっ⁉」


「ロズはわたくしの愛称で……そうまで言って頂けると光栄です。レミさんですよね。動画、いつも拝見しておりますわ」


「ひっいいいっほんとですかあああっ! ありがとうございますっ!」


 そうこうする間に、最後のヘリコプターから女性が降り立った。顔立ちからそうと分かるだけで、男と見紛うばかりの短い銀髪だ。


「あれが、ロシアのトップ探索者デルヴァー……」


 玲美がぽつりと漏らす。

 齢は三十手前くらいか。ロザリンとは対照的に、軍服にライフル一丁のみを背負った簡素な出で立ちである。 銀髪の女性はつかつかと近づいてくるなり、表情を変えずにじろりと陽人を見た。


「……貴様がアキト・ヨイハラか」


 翻訳魔法を使っていることを差し引いても、冷淡な口調だった。 美人ではあるが、彫りが深く頬骨が高いおかげで、殊更に冷たい印象を受ける。


「ああ、そうだよ」


帝露探索者協会デルヴァーズ・ロシアより来た、カテリーナ・スヴェトロワだ。余計なあいさつは抜きに願いたい」


「そいつはありがたいね。さて……作戦は現地で、と聞いているんだが」


 陽人の言葉に、カテリーナは鼻を鳴らした。


「それも既に決まっている。貴様らは入口を開けたら、あとは見ていればいい」


「はい……? どういうことです?」


 玲美がムッとした顔で問い返すと、ロザリンが申し訳なさそうな表情になる。


「わたくしもヘリの中で初めて聞いたのですが……。今回の調査はあくまでロシアと我が国の主導による裏・リバース迷宮ダンジョンの真偽判定が主目的であるため、日本協会は立ち合いに止めるように、と……」


 ロザリンの言葉に、カテリーナが鼻を鳴らした。


「貴様らに出番はない。もちろん裏・リバース迷宮ダンジョンで獲得した資源は、すべて我らのほうで回収する」


「そっ、そんなの勝手すぎますよっ!」


 玲美が食って掛かるのも無理はない。

 通常、迷宮ダンジョン攻略における資源の配分は当分が基本と決まっている。あとはパーティの中で活躍に応じて微調整を行うが、死者がない限り一割以上の差がつくことはない。そこまで実力が劣る者と組めば、命にかかわる事態になりかねないからだ。


 その時――。


「はいはい、ちょっくらゴメンよ。あたしはタマキ・テツムラってもんだ」


 後ろで静観していた環が、前に出てくる。

 その言葉に、ロザリンとカテリーナが表情を変えた。


「タマキ・テツムラ……至高の鍛冶師マーヴェル・スミス⁉」


”昇り詰めし者たち”アセンデンツ、か」


「そのタマキさんだよ。仰々しい呼び名がたくさんあると、こそばゆくなるねえ」


「いかにあなた方とて、協会の取り決めに口を挟むことはできないはずだが?」


「あたしが口を挟むってわけじゃないよ。届け物ついでに、追加の決定事項の伝言役メッセンジャーを仰せつかった」


 カテリーナの鋭い視線を前にしても、環は動じた風もなく言葉を続ける。


「基本はさっき聞いた通りなんだがね? 日本のお偉方としては、両国の主軸であるお二人さんに万一の事態があっては申し訳が立たない、ということなんだよ」


 ロザリンとカテリーナの表情が、心なしか硬くなった。

 無理もない。「いくら腕自慢でも裏・リバース迷宮ダンジョンは無理だろう」と言われたようなものである。


「なので、日本側が戦闘に介入できる条件を現地で決めてくれ、だとさ」


「なるほどね……。あんたたち、魔素内包値スコアはどんなもんだ?」


 視線を移して問うと、ロザリンが前に進み出た。


「わたくしは三日前の時点で、魔素内包値スコア32800です。銘入り武器ネームド・ウェポンを二点、所持しています」


 理由は未だ不明だが――古来から伝承されている武器は、魔素ヴリルの影響下で異常な性能を発揮する。

 これらは銘入り武器ネームド・ウェポンと呼ばれ、国宝級ともなれば国家予算クラスの評価額がつく。ロザリンが携える武器もまた、そうした品々のひとつなのだろう。

 ロザリンがちらと隣に視線を送ると、カテリーナが不満げに鼻を鳴らした。


「昨日時点で、魔素内包値スコア32000。銘入り武器ネームド・ウェポンは……こいつだ」


 そう言って、担いできた銃を掲げる。ライフルだと思っていたが、よく見ると年季の入ったマスケット銃だった。銘入り武器ネームド・ウェポンには、こうした古強者の愛用品も含まれる。

 視線を送ってくる二人を前に、陽人はあごの無精ひげに手を当てた。


(上木さんが二人、ってとこか。だったら……)


 右手の指を三本、ゆっくり立てて見せる。


「三分だ。魔物モンスターが出てきたら、三分以内に倒してくれ。それができなければ俺も介入する」


「……なんだと?」


 カテリーナの表情と声が、明確な怒気を孕んだ。


「……ずいぶんと、甘く見られたものですね」


 ロザリンも声こそ穏やかだが、目がまったく笑っていない。


「長篠は元Aランク迷宮ダンジョン。動画に上がってた北の丸は元Cランク迷宮ダンジョンだ。俺の勘が正しければ、三分保たせるのも結構しんどいと思うぜ」


「いいだろう。さっさと連れていけ」


「いつでも、どうぞ」


 憮然とした二人を見て、環が微笑んだ。


「ほいじゃ、頑張ってきなよ」


「ああ、ありがとな。環さん」


 環はひらひらと手を振りながら、その場から離れていく。

 陽人が視線で合図すると、玲美が手早くシャトの背中を操作した。


「配信、開始します……。Thank you for watching! Remiちゃんねるの、Remiです♪」


〈わこつ〉

〈キタ――(゚∀゚)――!!〉

〈待ってた〉

〈共同攻略じゃあああ〉

〈うおマジでロズいるわ〉

〈ロズこっち見てえええええ〉


「本日は……お待たせしましたっ! 裏・リバース迷宮ダンジョン、共同攻略ですっ! 毎度おなじみ、シャドウマスターこと宵原陽人さんをお迎えし、大英探索者協会デルヴァーズ・ブリテンよりロザリン・バクスターさん! 帝露探索者協会デルヴァーズ・ロシアより、カテリーナ……」


「……御託はいい。さっさと始めろ」


〈うお怖っ〉

〈Remiちゃん顔が引きつってて草〉

〈ロシアの友達に聞いたけど、素でこういう人らしい〉

〈でもロシアからあまり出ないだけで、やべえ強いんでしょ?〉


「そっ、それでは早速行ってみましょうっ! 宵原さん、お願いしますっ!」


 陽人は苦笑すると、ふたたび二人を見た。


「一応、先に伝えておく。こういう建屋がない迷宮ダンジョン裏化リバースすると、どこに出るか分からん。用心してくれよ」


 二人は頷きもせず、無言で各々の得物を構える。

 陽人も右手で長巻を抜くと、左手を宙にかざした。


「んじゃ、行くぜ……影門招来インヴォーク!」


 のどかな景色が揺らぎ、影が広がる。

 景色が置き換わった、その先で――。


『ウオオオオオオオオッ!』


 ――戦場のど真ん中に出た陽人たちに、黒い騎兵たちが殺到した。

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