3-5
水かさを減らした湖底の廃墟に、
神話に名を刻むその存在は、挨拶代わりとばかりに大きく口を開け、水流を放った。長巻を抜いた陽人を目がけて、一直線に迫る。
「おおっと!」
「わわわっ!」
陽人がひらりと躱す横で、隣にいた玲美もすんでのところで回避する。
今いるのは、滝の前の浮島。対する黒竜は湖の中央部、湖底の廃墟の上空にいる。彼我の距離は、ざっと数百メートルはあるだろう。
〈ヤバいヤバいヤバい〉
〈空飛んでんのか、大丈夫か?〉
〈大丈夫、シャドマの攻略法がある!〉
〈
〈協会の方々、気づいてくれないでしょうか。さすがにこれはマズい〉
〈DM送っといたわ。援軍が着くまで保ってくれよ〉
〈↑いらんだろ、シャドマだぞ?〉
ご丁寧にシャトが拡大してくれたホログラムを見ながら、瞬時に頭を回転させる。
湖底の部分を進もうにも、まだ水が少し残っている。かといって、浮島を飛び移りながら進めば水流に晒される。
(俺ひとりなら水の上を走るとかできなくもないが、玲美がいるから……!)
「おい玲美、強行突破だ! 強化魔法かけてついてこい!」
「無理ですよ、狙い撃ちにされますっ!」
「大丈夫だ、俺が斬る!」
「はいいっ⁉」
玲美の返事を待たず、浮島の上を駆ける。
足裏に
足裏に割れない風船ができたような感覚とともに、隣の浮島目がけて飛び移る。
そこを狙ったか、黒竜がふたたび水流を放ってきた。
陽人は空中で長巻を振りかぶり、刀身を岩が覆うようにイメージする。
ずしりとした重みとともに、刀身が黄色に染まる。
「
渦巻く水流を、土気に覆われた長巻が斬り裂いた。
そのまま、隣の浮島へと着地する。
「ちょっ、なに無茶なことやってんですかっ⁉」
少し遅れて隣に着地した玲美が、がなり立てた。強化魔法を使ったのか、足には白い風が渦巻いている。
シャトも無事だ。
「無茶でもなんでもねえよっ!」
〈待って今何した?〉
〈刀の色変わったぞ〉
〈有識者、解説よろ〉
〈多分、五行の
〈属性相性ってやつ?〉
〈もう完璧に使いこなしてるじゃん〉
〈よく考えたら雄鷹さんの弟子だもんな〉
シャトが表示するコメントにニヤリとすると、黒竜を目指してふたたび跳ぶ。
今やったのはコメントでも出ている通り、祓魔士が使う五行の力を応用したものだ。
(ぱっと見で
土は水に
上木が用いていた
(どの流派を信じるにせよ、『強く想えばそのようになる』のが魔法だって、じいさんたちが言ってたわな)
師たちの言葉を思い出しながら、ふたたび黄金の刃で水流を切り裂いた。
目指す黒竜の元まで、あと浮島が三つ。後ろに感じる気配からして、玲美もしっかりついてきている。
だがその時、黒竜の表情が変わった。
『グゥルルル……ルゥオオオオオン……!』
遠吠えとともに、浮島に人間の形をした水の精が大量に湧いて出る。同時に黒竜の周りに、巨大な水弾がいくつも現れた。
「
「自分の身は自分で守れるな?」
「もちろんですっ!」
水の精たちが、陽人たちに向けて一斉に水弾を放つ。さながら散弾銃に似た水の群れが、視界いっぱいに広がる。
「
一文字に薙いだ長巻の刃から、石つぶてを思わせる黄金の剣気が飛んだ。いくつもの水弾をあっさり貫くと、そのまま水の精たちを打ち抜いた。
しかしさらに湧き出た水の精が、少し後ろを走る玲美に向けて水弾を放つ。
「ウィル・イージス!」
後ろから聞こえる玲美の声。肩越しに見れば、玲美の左掌に生まれた光の盾が、水弾をあっさり弾き散らしている。
ふたたび跳びながら、土の剣気を眼下にひしめく水の精たちにばらまいた。そこを狙って黒竜が飛ばしてきた水弾を、
着地するなり駆けだして、隣の浮島を目指して跳躍する。すでに水の精たちは残りわずか。黒竜が喚び出した水弾も、数個しかない。
だが、その時。
『グォルオオオオオオオッ!』
黒竜が、真っ黒な身体を鞭のようにしならせながら突っ込んできた。放たれた水弾を斬り払うと、すでに黒竜の
陽人は敢えて笑って見せると、ふたたび黄金を纏わせた長巻を振るった。
「
放たれた黄金の剣気が、竜の黒い鼻先をしたたかに打ち据える。
『グォ……アアアアッ……!』
仰け反るように身をくねらせる黒竜。
その時には、いつの間にか陽人の真下に玲美が回り込んでいた。
「宵原さんっ! ……ウィル・イージス!」
玲美が手を掲げた先に、光の盾が生まれる――陽人の、足元に。
「やるじゃんっ!」
足裏に生んだ
またたく間に距離が詰まる。陽人に気づいた黒竜の眼が、見開かれた。
「
黒竜の眉間に、長巻が突き立った。そのまま抉るように刃を返して、全身を使って斬り上げる。
『ゴォアアアアアアッ……ギャ、シャアアア……ッ』
水の底から響くような断末魔が、地底湖にこだました。
動かなくなった竜の骸の横に降り立ち、長巻に残っていた光を振り落とした。
(さすが環さん。いい仕事してるぜ)
そこへ、上気した顔の玲美が駆け寄ってくる。
「はあっ、はあっ……たお、したんですか……?」
「ああ。ナイスフォロー、ありがとな」
話す間に、黒竜の身体が透明な光になって消えていく。
あとに残るのは
そこを見計らったように、シャトが飛んできた。ホログラムには、例によって黄色いコメントがものすごい勢いで流れている。
〈うおおおおおおおおすげええええ〉
〈
〈普通の
〈二人で倒せるんだな~〉
〈倒せません(キッパリ〉
〈バカ言うなよな。中国で霊亀が出た時なんて大陸中から人集めたぞ(#中国語〉
〈まあシャドマだしなあ〉
すると、見計らったかのように〈日本探索者協会・公式〉のアカウントが表示された。
〈★:通報を受けて増援部隊を編成してましたが、いらぬ心配だったようですね〉
〈★:本来なら、引継ぎ前の
「その感じは上木さんか? 見てのとおりだ。お騒がせして悪かったな」
〈★:そこは調査が難航していた
〈★:今後は必ず、我々か最寄りの協会に問い合わせるようにしてください。お疲れ様でした〉
「やっぱりヤバかったんじゃないですかあああ!」
「まあまあ、こういう事だし。いいんじゃねえか?」
〈さすがシャドマ、何でもアリだな〉
〈まあ被害拡大する前に
〈下手したら調査が終わる前に湧いて出てきたかもしれねえしな〉
「さあて、そろそろお暇しますか」
「で、でも
「いや、普通の
長巻の一閃で、
刹那の間を置いて、周囲の景色が歪み始める。
歪みが収まった時、陽人たちは元の洞窟の中にいた。奥を見ると、突き当たったところに何かが建っている。
「あれって……お
戦利品をかき集めてから見てみると、玲美の言うとおり石で作られた小さな社だった。ずいぶん長いこと放置されていたようで、土埃に塗れている。
ふわりと飛んできたシャトが社を映すと、にわかにコメントの流れが速まった。
〈ひょっとして治水の神様かもしれんね〉
〈黒竜って水の守護神だっけ。だからイメージが重なったのかな〉
〈言われてみれば
〈ダムで水没した村とかあったのかね〉
〈地元民です。沈んだ村はありませんが、移転を余儀なくされた旅館とかがあったはずです〉
「……なるほどね。まあ、依頼は済ませた。帰ろうぜ」
「そうですね。……っていうわけでっ! 今回の配信はここまでですっ! 次は
* * * *
数時間後――。
「あっははははっ、お疲れさん。大変だったねえ」
工房で陽人たちから一部始終を聞いた環は、可笑しそうに笑った。ちなみに配信もちゃっかり視聴していたらしい。
「やかましい。てか
「そんなことないよ。噂を聞いてふらっと見に行った時、ヤバそうな感じがしたのは確かだけどね。今度、お社の手入れとお供えでもしておこうかねえ」
環が笑っているのは、その後のことだ。
洞窟から出るなり自衛隊と、後詰できた群馬支局の担当者に質問攻めにされること一時間。そこからさらに諸々の手続きを経て、先ほどようやく解放されたのだった。
諸々の素材は報酬として持ち帰ることが許可されたものの、
「それならそうと言ってくださいよお……。おかげで死ぬかと思いましたよ」
「とか言いつつ、玲美ちゃんも立派な立ち回りだったじゃないか。大したもんだよ」
環はそう言うと、机の上に置かれた素材を見た。
拳大に割れた
「
「製作費はタダ……で、いいんだよな?」
「ああ、約束だからね」
「すっ、すごい……。世界中のどんな
「そんなステキな
「やったっ! お台所あります? 私、ご飯作ります!」
「おっ、いいねえ。お言葉に甘えようか。食材は貰い物がたくさんあるから、好きに使っていいよ~」
玲美がいそいそと小屋の奥に引っ込むと、環は陽人に視線を向けた。
「さて、手を抜いた
「そいつはむしろ、参加希望のヤツら次第だな。なんせ、標的はもう出てきてる」
「なんだって……?」
訝しむ環を尻目に、陽人はあさってのほうを見た。
「雄鷹さんたちにも伝えてある。次は……長篠だ」
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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