第5話 実演遠征 中編
先程まで太陽が輝いていたのに、
森に入れば薄暗く、かろうじて木と木の間から日の光が差し込んでいる。
「なんだかドキドキしますわね」
上品な口振りでカルナが言った。初めての吸血鬼の
遭遇にワクワクしているようだ。遠足か何かと勘違いしているのだろうか。
「あはは、僕は少し怖いけどね」
浮かれているカルナを尻目に、レミオンは苦笑しがちに言う。
リンはずっと周りをチラチラ見て、ビクビクと身体を震わせ怯えている。
少々不安が
アレンは周りを見渡して様子を確認する。
森に入って数十分歩いているが、特に何か起こることもない。
「し、しかし、なんでここに吸血鬼が出るようになったんでしょうか。」
不意に、リンが怯えながらそんな疑問を告げる。
それを聞いたレミオンは手を顎に当て、考えるポーズをとる。少しの沈黙の後、リンの方へと振り返り、自身の考えを語る。
「吸血鬼は日光に弱くて、日の
不可能だからね。そのため、日の明かりがあまり
入らない森か、洞窟を住処としているとされているけど…」
そこまで言って、もう一度沈黙が訪れる。
数秒間考え込んだあと、レミオンが言葉をつづる。
「そのためか、吸血鬼は住処を変えないと考えられてきた。だから、今までに吸血鬼が突如現れたケースは聞いたことがないとすると、吸血鬼側に何かしらの変化があったとしか言いようがないね。」
「そうですわね。最も、最近は近隣の国との関係もあまりうまく行ってないようですし、国の先が怖いものですわ。」
カルナも同調し、レミオンのように手を顎に当てている。だが、レミオンと比べ、所作が丁寧だ。
班員2人が思考に
列後方にいたアレンが口を開いた。
「前方だ。」
その声に、班員は滅多に口を開かないアレンを見てしまうが、即座にアレンの指をさす方向へと目を向けた。そこには人影が見える。どうやら一人のようだが、班からはぐれた生徒のようには見えない。
この状況で考えられるのは、その人影が吸血鬼で
あることだ。
はっきりと姿を捉えるには、距離があるため近づく必要がある。
「少しずつ、少しずつ足音を立てずに近づこう。」
レミオンは小さく
班員は頷き、
レミオンが先陣を切って進むのに付いて行く。
剣を構え、戦いに備える。
未知のものとの遭遇。それにはレミオン達も高揚をせざるをおえない。同時に、恐怖と不安で身体が
震えてくる。誰もが冷や汗をかき、固唾をのむ。
それまでになかった緊張感が彼らを襲う。
心臓の高鳴りが、緊張か、高揚か、区別がつかなくなるほど強くなる。
一歩一歩、着々と近づき、ようやくその形をはっきりと捉えられる位置へと着いたとき…
パキッ!
っと、音が静寂に満ちた森の中に響き渡る。
一同が音のした方へと向くと、リンの足元に折れた木の枝があった。どうやら音の正体はリンが木の枝を踏んだことにより起きたもののようだ。
だが、その事を咎める時間などはない。レミオンはすぐに人影方に向き直る……
が、そこにその姿はなかった。
「消えた!?人影が何処かに行ったぞ!周りを見渡してくれ!」
レミオンが咄嗟に叫ぶ。
「ご、ごめんない!私のせいで…!」
「大丈夫です。逃げた可能性もありますわ。」
泣きながら謝るリンを、カルナは優しく慰める。
レミオンとアレンは剣を構え、左右前後と周囲へと目を動かす。
依然として広がる光景は薄暗い森だ。
目だけでなく、耳にも神経を集中させる。
聞こえるのは風でたなびく草木の音。
特に変わりのない森の光景。
その時だった。
「きゃぁあああああっっっっ!!!」
リンが何者かに押し倒されて泣き叫んでいる。
剣を首元で構え、かろうじて耐えている。
誰もリンを助けようとしない。いや、その者に
怯えていて身体が言う事を聞かないのだ。
その何者かは熊のように鋭く、微かに伸びた爪を
持ち、尖った八重歯を口元から覗かせている。
その特徴的な容姿は間違いなく人間ではなく、
吸血鬼だとレミオン達は確信した。
だが、初めて見る吸血鬼は想像していた人間に近しいものではなく、どちらかと言うと獣のように野蛮であった。
「いやぁぁぁぁぁあ!!たすけて!たすけて!!」
リンが一段と大きな声で叫ぶ。
その声で我に返ったレミオンは、直様リンの方へと駆け出し、剣で斬りかかる。
しかし、そのことに気づいた吸血鬼はリンに襲いかかるのをやめ、後ろへと跳ぶ。
その距離約3メートル。異常なまでの身体能力を目の当たりにした一同は再び身体を硬直させる。
一切の隙なく吸血鬼はレミオンに飛びかかる。
剣をもう一度構えようとするが、一瞬の硬直が判断を遅らせた。
(駄目だっ!このままじゃ間に合わない!)
そう確信したが、防御姿勢は作れていない。
吸血鬼が爪を立て、レミオンを切り裂こうとした
瞬間、
グォォォォ
っと呻きを上げ、吸血鬼は地面へと倒れ込む。
レミオンはその光景に、何が起きたのか分からなかったのか、呆然と立ち尽くしている。
その倒れた吸血鬼を見てみれば、頭に杭が刺さっていた。
仲間を見て、撃った主を探す。
すると、アレンがクロスボウを前に掲げている。
アレンが助けてくれたのだと理解したレミオンは、
アレンに感謝をする。
「あ、ありがとう。アレンくんのお陰で助かったよ。」
アレンが一発で射抜いたことに戸惑いながらも礼をする。
「こんな化け物を一体倒してこいだなんて、学園も相当イカれてるわね。」
カルナは、倒れている吸血鬼に近づきながらそう
愚痴を言う。
一同は吸血鬼を注意深く観察する。
伸びた爪、口からはみ出る八重歯。その容姿は人間とは似ていても、どちらかといえば化け物と言うべきだろう。カルナの評価は妥当だ。
「こんな者に襲われて、他の班は無事なのか。」
「私達もアレンさんが助けてくれなければ危なかったでしょうね。早めに森を出るべきでしょう。」
森から出ることで意見が合致した。
レミオンは座り込んで泣いているリンに近寄り、背中をさする。
「もう大丈夫です。早く帰りましょう。」
リンを慰め、森の出口へと向かう。
その際に一切の油断を行わず周囲に気を張る。
空を見るとまだまだ明るい。思いのほか、時間に
余裕をもって帰れそうだ。
その後、何事もなく無事に帰れた一行は、森の入口の光景を見て絶句する。
先に帰還した班が数班いる。しかし、そのどれもがやつれ、あり得ないものを目にしたかのように身体が震え上がっている。
中には怪我をし、手当てを施された生徒も見える。
無傷で帰れた班はいない。
この様子だと、吸血鬼を討伐できた班はそう多くはないようだ。
「アレンくん…、君って相当すごい人だったんだね。」
「たまたまさ。」
レミオンはアレンの凄さに感心し、素直に感想を述べるが、アレンは顔色一つ変えずに返答する。
それが
アレンの相変わらずの表情に苦笑する。
「色々とあって疲れましたし、休みましょうか。」
レミオンは班員を見て提案する。
学園が用意した簡易キャンプに移動し、
身体を休めさせる。
それからどれだけ時間がたっただろうか。
日は沈みかけ、遠くに見える山並みが燃えている
ように赤くなっている。
周りには疲弊した生徒たちが休んでいる。
そろそろ制限の日没の時間だ。
先生が皆を集め、点呼を取り始める。
「全員で9班か…。一班いないな。どこか分かるやつはいるか?」
「先生、エレクトルさんの班員が見当たりません」
メリアの班がいないようだ。
「そうか、わかった。流石に遅すぎるな…。」
腕を組み、目をつむり、考え込む。どうやら、
今後の対応を考えているようだ。
その時だった。
森の中から女性が2人走ってきた。
しかし、その表情は絶望と恐怖に満ち溢れていて、目元には涙の跡が見られる。
とてもまともには見えないその顔に、生徒全員が
その2人に注目する。
「も、ももも、森に、きゅ、吸血鬼が…。」
震えた声で一人が声を紡ぐ。
「吸血鬼を見て逃げてき…」
「そんなんじゃない!!」
もう一人が突然叫ぶ。
「言葉を、喋って、、、それで、それでもう…一人が
………飛んで、飛んで……」
もうまともに会話はできそうにないほど、精神に
異常をきたしているようだ。
生徒達はその様子に何が起こっているのか
分からず、ただ呆然と立ち尽くしている。
そんな中、
「言葉を話す……だと…。何故こんなところに
知能種がいるんだ…」
先生がボソボソと何か言っている。
「王国へと応援を要請する!皆は町へと戻り、
住民の避難を手助けしろ!」
何がなんだか分からず、生徒たちは依然として立ち尽くしている。
「いいから早くしろ!!」
先生の鬼の形相で、生徒は早足で町へと向かう。
「僕たちも急ぎましょう。」
レミオンがカルナたちへと呼びかけるが、
そこにアレンの姿はなかった。
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