第4話 実演遠征 前編

暗い、雨も降っていて地面がぬかるんでいる。

月の明かりも通さない深い森の中。

雨が体中を濡らし、体が冷めていく。もうどれだけ走ったかも分からない。

呼吸が、息が、ままならない。

後ろから誰かが叫ぶ声が聞こえる。

きっと私を追っているものだろう。


(逃げなきゃっ… 逃げなきゃっ…)


ただ一心にそれだけを思って森の中を走る。

呼吸も荒い、雨で濡れた土は泥となって足を吸い込んでいき、うまく走れない。


「キャッ!」


ぬかるみに足をとらわれ、転んでしまう。

すぐに立ち上がり、駆け出そうとするが…


(痛い…足がイタイッ…)


転んだ拍子に足をくじいてしまった。

徐々に私を呼ぶ声が大きくなってくる。

もう近い。すぐに見つかる。

早く逃げなければいけないというのに、体は言う事を聞いてはくれない。

疲れ果てた身体が、恐怖と孤独によって弱りきった心が、脳の指令を拒絶する。


「いたぞ!あそこのガキだっ!!」


その声の方向へ振り返れば、松明たいまつを持った大人たちが私の方に視線を向けている。

もう駄目かもしれない。心身とも疲れ切っている。

全てを諦め、目を閉じる。

身体を打つ雨が妙に心地良い。冷たいけれど、その冷たさが私を眠りにいざなってくれる。

意識が朦朧として自身の五感を遮断する。

もう……、何も…感じない……


真夜中に目が覚めた。体は汗塗あせまみれでせっかくの気持ちのいいベッドが台無しだ。


「また嫌な夢…、見ちゃったな…」


静かな暗闇の中、消え入りそうな声で呟くメリア。

もう何度も見た夢。始まりも終わりも同じ、ずっと同じところを繰り返しているようで…

あの後の記憶は曖昧で覚えていない。気がつけば、今自分がいる宿屋のベッドに横たわっていた。

宿屋のおばさんの話によると、セレティア王国の南の森[ガルデアの森]の入口で気絶していたそう…。

あの状況で何故生きているのか、助けられたとしたら何故森の入口で放置していったのか、何一つとして検討がつかない。

でも、確かに覚えていることがある。私を抱えて、


「もう、怯えるな。俺等に構う必要はお前にはないんだから」


そう言っていた気がする。

優しいようで、どこか冷たくて、寂しそうで、突き放すような言い方だった。

回想に浸っていたメリアだが、時計を見ると一時とまだ起きるには早すぎる。

メリアは落ち着きを取り戻し、もう一度眠りへとつく。


早朝午前5時頃、まだ日が昇っていないせいか、

辺りは薄暗く、ひんやりとした空気が肌に触れる。

人気ひとけのない街中の大通りを歩くアレンは、

街の入口の方へと向かっていく。

今日はアレンのクラスの実演遠征である。

遠征…つまりは実際に吸血鬼を討ちにいくこと。

学生には厳しいものかもしれないが、日頃から訓練を積んだ我が学園の生徒なら問題ないとされ、

昔から行われてきた。現に負傷者はいれど、死者は出たことがない。

朝早くから、街の外に配備された馬車で王国の

南の森[ガルデアの森]付近にある町へと向かう。

ここ数年、ガルデアの森に吸血鬼がするようになってからというもの、王国から数名の兵士が近辺の町へと派遣されて、アレンの学園の実演遠征の場所へと移り変わった。


入口へと着けば、馬車が5台待ち構えていた。

総勢約40人を乗せるには充分な数だろう。


「あ!、アレンくん!もうみんな揃っている!」


メリアが両手で声を拡張させるように手をやり、

こちらに大きな声で呼びかける。

どうやら、アレンが一番最後のようだ。集合時間にはまだ余裕があるというのに。


「よし、これで全員だな。じゃあ、出発するぞ。」


先生の掛け声でみんなが馬車へと乗り込む。

馬車の中は少々狭く、座席には隙間がない。

早朝の大気で冷えた体が人の熱で温まる。

周りは初めての遠征で話が持ちきりのようだが、

アレンはそんな事を気にも止めずに、

一人眠りにつく。


どうやら目的の場所に着いたようだ。

太陽の光がアレンの顔にかかり、とても眩しい。

同じ場所に乗っていたクラスメイトがもう下車を

始めている。


「アレン?くん、だったかな。早くしないと、

また先生に怒られますよ。」


優しい顔をした爽やかな男子が声をかけてくる。

確か…レミオンという名前だった気がする。


「あぁ、わかった」


アレンは短く返事を返し、下車の準備を始める。


「僕は先に降りていくね」


レミオンはそう言い残し、そそくさと馬車から

降りた。


「ガルデアの森……か。もう戻らないと思っていたんだがな」


森の方に視線を送りながらアレンは呟く。

その目は安堵や寂しさよりも、何かを拒絶するようで不安に満ちているようだった。


時刻は午後2時頃だろうか。

日は完全に昇り、西に下る素振りを見せている。


「いいか、これは訓練ではない。れっきとした

実戦だ。油断するなと言いたいが、お前らには野暮なことだろう。

これから遠征についての説明を始める。」


先生が辺り一帯に響くほどの声で話した。

まず、くじにより四人のチームを作る。

組んだ四人で最低一体の吸血鬼を狩ることが基本的な目標となる。

一体吸血鬼を倒したのであれば、すぐに森を出るか、あるいはできる限りの吸血鬼を狩るか。後者の場合、日没までに森を出ればいいらしい。

負傷者が2名以上発生した場合、即離脱。


「以上で説明を終了する。出発のタイミングは各班に任せる。それでは始めろ!」


一直線に森へと向かうチーム、

一度訓練をし、戦いに備えるチーム、と様々だ。


一方アレンのチームは、


「僕らはどうしましょうか?」


そうレミオンが問いかける。


「もう行ってもいいんじゃないかしら。」

「う、うん。私もそう思うな。」


他の女性2人が返答する。

アレンはそれに合わせて頷く。

班員の反応から、レミオンは頷いて、


「じゃあ、行こうか。でも、その前に自己紹介でもしないかい?僕ら、あまり話したことないし。

ちなみに僕はレミオン=アーサーだよ。よろしく」


レミオンは軽く微笑み自己紹介を行う。

それを受けて、他2人も次々と…


「私はカルナ=シャーレットですわ。」

少し上品な口振りの少女は長い髪をバサッとたなびかせ、華麗な仕草で軽く自己紹介をした。


「そ、その、私リン=ストリアって言い…ます。」


弱々しい口調で、俯きがちに言った。目はとても怯えていて、今にも泣き出しそうに見える。


「アレン=スーランだ。」


いつものように短く、感情がまるでこもっていたない声だった。

これがいつものこと。今さら気にするものは、もういない。

レミオンは全員の自己紹介が終わったのを確認し、

再度、


「それじゃあ、気を取り直して。行こうか。」


そう班員に呼びかけた。





























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