第6話 実演遠征 中編(2)

………騒動の少し前………


「いや〜、吸血鬼も大したことねえな〜」


クラスのお調子者として知られる男、ベンが手を頭の後ろで合わせて言う。


「エレクトルの剣技もすごかったな〜。あれ、

俺に教えてくんない?」


「そうそう!メリアちゃんカッコよかった!その、スパッて感じで!!」


ベンも他の班員もメリアに釘付けだ。


「そんな大したもんじゃないよ。

ノリでドンっ!とやって、バンッ!てやればいいんだよ!」


全くもってかすってないであろう擬音を使って、

理解しがたい説明をするメリアだが、班の皆はなんだか楽しそうだ。

そんな調子でも、

すでに2体もの吸血鬼を討伐したメリアの班。

前衛として動くメリアとベンが一掃するため、何事もなく事が進んでいる。

そのためか、調子に乗ったベンがもう一体倒そうとのことで散策中だ。


「しっかしまあ、こんな化け物を毎日相手にするなんてヴァンパイアハンターも大変だな。」


「私、2人がいなかったらトラウマになってたかも。」


「うん、私もそう思うな。」


ベンの言葉に女子2人が同調する。

実際、何の前情報も無しに吸血鬼に遭遇したら、

腰を抜かし、恐怖で再帰できないものがほとんどだろう。学園も想定の上での行事とすれば、性格の

悪いものだ。


「ま、俺がいれば問題ないぜ。」


鼻を伸ばし、自慢の腕の筋肉を見せつけるベン。

その場の皆は苦笑いをするが、

こんな時でもいつも通りなベンの姿は、

班員の心の保養となっているため、素直にウザったらしいとも思えない。


「おやおや、随分と楽しそうですね。」


そんな時、どこからそんな声が聞こえてきた。

その声に動揺した一同は辺りを見回す。すると、

いつの間にか、前に背の高い男が立っていた。


「誰だ!あんたは!」


ベンが咄嗟に叫び、剣を構えて前に出る。

その者はフードを被っていて顔色は伺えないが、

不気味な笑みを浮かべているように感じる。


「私はこの森の主です。人様の敷地にノコノコと上がり込んでいい迷惑ですよ。」


「あるじ?この森は誰の所有物ではないはず…」


理由のわからない言葉を並べる男に困惑の色を浮かべるベン。男はそんな事を気にせず話を続ける。


「ふふ、それでもここに上物がいるだけ幸運と思うべきでしょうか。」


「お前、さっきから何をいっ……………」


……………………、


「い…い…い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「あ…あ…あ、……………」


一人は頭を抱えて甲高い泣き叫び、

もう一人は膝をついて崩れ落ち、声を発せなくなっている。

メリアは自分の足元にある何かを見て、恐怖の余り立ち尽くして、動けない。

その何かはメリアはわかっている。しかし、脳が、心が、それを否定する。

あり得ない…そう思いたかった。

だって、メリアの足元には、

数メートルも離れていたベンの首が落ちているのだから。


「男の血はマズイですからね。邪魔もされても困りますし…。ひひ…。」


男が不気味に笑う。その怪しい男を見て、メリアは何とか正常な意識を取り戻す。男は依然として気味の悪い雰囲気を醸し出している。

メリアは精一杯の声を絞り出す。


「逃げて!私が時間を稼ぐから!」


他の2人は恐怖に支配されて、メリアの声が届いてないようだ。

諦めず、メリアはもう一度叫ぶ。


「お願いだから、早く!!早く行って、助けを呼んできて!!!」


メリアの声がやっと聞こえたのか、我に返った2人は、おぼつかない足取りで森の外へと駆け出す。


「逃げるのですか?いけませんねぇ〜。あんなに殺されたんじゃ足り……」


「黙ってください!貴方の相手は私です!」


必死に声を出して威嚇をする。

その手元は震え、微かに声もかすれている。

先程の光景が脳裏に映る。ベンの首が飛ぶ瞬間、

あの男の攻撃は全くもって見えなかった。

今までの吸血鬼とは間違いなく格が違う。

手汗で手が滑り、剣を落としそうだ。剣を握る強さをよりいっそう強め、相手を睨みつける。


「いいですね〜。威勢のいい女の子は嫌いじゃありませんよ?2人逃がしてしまったのは惜しいですけどね。まあ、我慢するとしましょうか。」


いつもの能天気な雰囲気とは裏腹に、獣のような

眼光を浴びさせる。だが、男はまるで動揺の色を見せない。メリア自身、勝算があるなんて微塵も感じてはいない。あくまで時間稼ぎ。

だけど、どれだけ稼げるかわからない。

覚悟の上で出た戦いだが、死の恐怖には抗えない。

身体の震えが収まらない。

心臓の鼓動がハッキリッと聞こえてくる。


(距離を取らないと…。とにかく時間を………!)


その刹那、風を切るような音が耳に届いたと思ったら、真正面にいたはずの男の姿が消えた。


「おっと、動いたら、貴方の喉に私の爪が刺さりますよ。」


消えたのではない。たった1回の瞬き、1秒にも満たない瞬間にメリアの後ろに回り込んだのだ。

人間が勝てるのかどうかすら疑わしい存在。

そんなものにメリアは対峙している。

喉に突きつけられた鋭い爪が、息を呑む度に皮膚を傷つける。

男はメリアに爪を突きつけたまんま、淡々と話す。


「こんなか弱い少女も私達を殺しに来るなんて、

人間という生き物は怖いですね。

私達は平穏に生きたいだけなんですがね…」


男はメリアの後ろで意味のわからない事を言う。


(平穏に生きたい?吸血鬼が私達を襲うのに、

何が言いたいの…?)


声を出して反論したいが、少しでも喋れば喉に穴が空くかもしれない。

必死に身体の震えを抑え、出来ることはないかと

思考を巡らせる。


(腰のナイフをどうにか…、でも喉が潰される方がきっと早い。どうにか…どうにか…)


わかっている。ここでどれだけ足掻こうともう助からないと。助けも来ても間に合わない。仮に、来たところで勝てるはずがない。

それでも生きたいと思ってしまうから…。


(まだ…まだ…まだ…生きたい!!)


…………ザクッ………


まるで肉のような柔らかい何かを刺すような音。

痛みは………ない。メリアではない何かに対しての


「カッアッ、どこから……ナイフ…が…………ッ!?」


その瞬間、喉にあたっていた爪の感触が消えた。

状況を呑み込めないまま、後ろから聞こえたのは、


「大丈夫だ。」


短く、気持ちの低下も高揚も感じられない無の感情から出される声。でも、どこか優しい声。

間違いない。この声は…


「アレンくん!!」


そう叫んだつもりだったが、思いのほか声が出せなかった。メリアは恐怖からの解放で安堵し、

その場に座り込む。

けれどまだ問題は解決していない。

アレンの投げたナイフが吸血鬼の腹に突き刺さっている。その後の斬撃で倒すはずだったが、すんでの所で避けられてしまった。

男はナイフを抜き、アレンを睨みつける。

アレンも負けじと、剣を構え、蒼く煌めく眼を真っ直ぐと向ける。








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