第5話

今日はのんびりと出来そうだな、と言ったのはどこの誰だろう。

いや、最初はのんびりとやっていた。

いつも通りの平和な商売をしていたというのになぜ明らかに貴族の様相をしている人が目の前にいるのだろう。

「ここは、野菜を売っているの?」

「え、あっはい」

母さんがびっくりしすぎて固まってしまったので私がなんとか答える。

「へぇ〜……………じゃあここにあるやつ全部貰えるかな?」

「えっ?」

言われたことが一瞬理解できなくて変な声を出してしまう。

「1個2コインで3個買うと5コインか。安すぎないかい?全部買っても30個あるようだから60コイン……やっぱり安すぎないかい?」

2回も言われた………私達には十分な額なのに。

「庶民としては一般的、むしろこれを全部売り切れば十分に生活できる金額設定ですよ。とても良心的な商売をされております」

私が思っていたことをお付きの方が代弁してくれる。しかもなんか褒められた。

「あ、えっと値段を決めているのはかあ、母なので…………えっと、」

話し始めたはいいけど自分で何を言おうとしていたのか分からなくなってしまった。

「あはは、緊張してるの?僕が貴族だからかな?気にしなくて良いのに」

いや気にします。何が不敬罪になるか分からないので………。

「庶民と貴族では立場の差があります故、気にしない方が無理な話でございます坊っちゃま」

またお付きの方が代弁してくれた。

この人私の心読んでるのかな?

「うーん……でも、僕は君と1度会ったことがあるんだけどなぁ」

「「えっ?」」

母さんが私と同じタイミングで言う。

いや、というか1度会ってるって………。

「その綺麗な青い瞳と同じ色の名前の分からない花、覚えてる?」

「あ」

覚えてる。覚えてるどころじゃない。

私は腰に下げていた父さん手製の綺麗な木彫りがされた入れ物から紙を取り出す。

「これ………ですよね?」

薄い紫の折り畳まれた紙を開くと、そこにはあの時貰った青い花の押し花がある。

「……!そう、それ!取っておいてくれてたんだ…………嬉しいなぁ」

そう言って彼は綺麗に笑った。

あ、あの時のままだ。

すぐに気づかなかったのが悔しいぐらいあの時と変わらない笑顔を彼は見せた。

もう会えないと思っていたのに会えてしまった。しかも貴族。最悪だ。

私は何やら1人で盛り上がってお付きの方と話している彼をよそにカードをまた大事にケースにしまった。思い出に留めたかったのに。

「…………なんだか浮かない顔だね。僕が約束守れなかったからかな。それとも、僕には会いたくなかった……?」

彼はしゃがみ込んで敷物に座っている私に目線を合わせて問いかけてくる。

少し首を傾けて、困り眉で、少し目を潤ませて、自分の顔の良さを分かってやっている顔だ。

約束に関しては特に何も思わない。

ただ会いたくなかったのは図星でつい視線を逸らしてしまう。

「そっか…………でもその花は取っておいてくれたんだね」

痛いところを突いてくる。

そう、大事な初恋の思い出を大事に取っておきたくて母さんに押し花のやり方を教えてもらったのだ。

「…………………思い出に、しようと思って」

自分でもびっくりするぐらい小さい蚊の鳴くような声で言ってしまって恥ずかしさが増す。

そんな私の様子を見て彼はとてもニコニコしているし、何故か母さんまでニコニコしている。

「な、なんで母さんまで………」

「あら、娘の恋路を見守れるなんてとっても嬉しいじゃない?」

「母さん!」

「あっははは!仲が良いんだね」

本当に恥ずかしい…………。

好きだなんて一言も言ってないしっ!

「まあ取り敢えず今日はここにある野菜を全部貰って帰ろうかな」

やっぱ全部買うんだ……。

「それじゃあこれで」

「えっ、ノルン硬貨……!そんなの頂けません!身に余ります!」

母さんが直接触れないようにしつつも押し返すような動作をする。

彼が差し出した1枚の硬貨はノルン硬貨と言って金色に輝く上級硬貨だ。私達庶民が使うようなコインとは比べ物にならない価値がある。

「まあまあ、取り敢えず受け取ってよ。再会出来たお礼みたいなものだし。それじゃあね」

彼は母さんの手にノルン硬貨を握らせ、いつの間にか並んでいた商品を全て纏めて持っていたお付きの人と共に去って行った。

………というか「今日は」って言った?

明日も来るってこと………?

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