2話 コンビニへ行こう
薄汚れたダウンを手に取る。2月も終わりに近づいているとはいえ、まだ寒い。着ると謎の安心感に包まれた。部屋にある鏡を見る。何年か前にサカナクションのライブで買ったヨレヨレのトレーナーにダウンを羽織った俺がむなしく映る。このトレーナー着すぎたか。まあ、ちょっと外出るだけだから大丈夫だろう。財布をポケットに入れ、玄関に向かい、またしてもヨレヨレの靴に足を突っ込む。ドアを開けると冷たい夜風がほおを襲った。ダウンを着て正解だった。
俺が近くのコンビニに出かけようと思い立ったのはつい先ほどのことだ。井口の衝撃的な事実にしばらく絶望していた。そのあと30分ほどたっただろうか。ふと俺は外に出ないといけないという衝動がおきた。このまま家にいたら敗北してしまう。それは井口に対してなのか、はたまたもっと大きな何かに対してなのかはわからない。
とにかく外に出ないといけなかったのだ。
夜が深まった冷たい空気の中をトボトボと歩く。あたりは静けさで包まれてた。立ち話をしていた3人組もどこかに消えていた。いまだに俺の「人生絶望状態」は継続していた。こんな夜、そして大学生の春休みに一人でコンビニに向かう大学生がいるだろうか。少しするとにぎやかな笑い声が聞こえてきた。その声の発信源はすぐに分かった。居酒屋である。レトロな雰囲気が漂うそこは夜の静けさとは不釣り合いな空間だった。俺がちょうど通り過ぎるときドッと笑い声が大きくなる。自分のむなしさを笑われているような気分だ。風がさらに強くなる。
「ううっ」
思わず顔をしかめる。このまま家にいたほうが良かったかもしれない。住み始めて2年近くがたつが、今だにこの街は俺を歓迎してくれている気がしなかった。
さらに風が強くなり始めたとき、見慣れた、少しさびれたコンビニが見えた。俺は少し歩く速度を速め、店内に入る。
「ピロロロン」
入店時の陽気な音楽が流れる。コンビニはどんな人でも平等に出迎えてくれる。真の平等はここにあり!せまい店内を見渡すと客は俺だけだった。
「あ~いらっしゃいませ~」
聞き覚えのあるだるめの声が聞こえた。品出し中の店員の声である。店員は俺のことをちらっと見た後、興味なさげにすぐに視線を移し作業に戻った。パーマをかけている髪が目にかかっていて見えずらそうだ。俺がコンビニにいくときはかなりの確率でこの店員と会う。おそらく向こうも俺のことを認識はしているだろうが、特に会話をしたことはない。まあ、あくまで店員と客だ。
俺は慣れた足取りでカップ麺売り場にむかう。売り場に到達し商品を物色する。醤油、味噌、とんこつ_いや今日の気分はこれだ。短い思考で選び出したのは担々麵である。寒い日は辛さで温まろうという作戦だ。担々麵を手に取った後、俺に素晴らしい案が浮かんだ。豚の角煮、だ。この前YouTubeで豚の角煮とカップ麺の組み合わせが最高においしそうだったのだ。この組み合わせを想像しただけで気分が上がってきた。
足取り軽く角煮が売っている冷蔵コーナーに向かうとあの店員が作業していた。俺に気づき、一瞬見た後すぐに作業に戻った。
なんか気まずいなと思いながら不意にポケットに手を入れたときだった。ポケットの重みが消えたと思った時には遅かった。
「ジャラジャラジャラーッ!」
財布が床に落ちた衝撃で小銭が四方八方に飛び散った。
「うわ、すみましぇん。」
突然のことで驚きと同時に恥ずかしさもあり噛んでしまった。さらに恥ずかしさが込み上げる。店員もすぐに気づいて、だるそうにしながらも拾ってくれている。申し訳なさも込み上げる。ああー、最悪だ。こんな思いするなら外出なきゃよかった。俺はすみません、すみません、とおそらく顔をリンゴのように真っ赤にしながら小銭を拾う。よく見ると小銭以外の小物類も散らばっている。
「サカナクション、好きなんですか?」
「えっ」
思いもしない言葉に固まった。
「あ、そうです。」
店員に聞かれたと気づいてそう返答したのは5秒たってからだった。
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