これも人生

ゆぴきち

1話  人生絶望状態

 「ふわああ~」

大きなあくびをして俺は部屋の狭い天井を見上げる。天井は人工的な照明の光に照らされて気味が悪いほどに明るく白い。背中にビキっと痛みを感じた。今日はずっと自分の机に向かっていたからだろう、体から限界だという信号が送られてきた。たまらず椅子からゆっくりと立ち上がる。体を蛇のように長く伸ばす。

「んん~」

ああ、生き返る~。

 

 背中の悲鳴がやんできたとき、うぎゃー!という別の野太い悲鳴が外から聞こえてきた。気になって締め切っていたカーテンを控えめに開け、外を見下ろす。あたりはかすかな光を残して暗くなっていた。あたりをびくびくしながら探ると俺のアパートから少し離れたところに若めの男たちが3人で立ち話をしているのを見つけた。特に何かがあったわけではないらしい。楽しそうに話している。よく見ると3人とも髪を鮮やかな色に染めて煙草を吸っている。チャラそうだ。

 

 俺はこいつらに見つからないうちにカーテンをサッと閉め、再び自分の椅子に座る。俺と同じ大学生くらいに見えた。となると今は春休みだから遊びに行ってその帰りだろうか。このまま飲み会にでも行きそうな雰囲気だった。いいなあ、充実した一日を送っているんだろうな。それに比べて俺は__

自分の思考を一時中断した。別に今日の俺は充実した一日を過ごしたはずだ。一週間前に毎日やると決めた腕立て伏せ10回×3セットはやったし、さっきは春休みの後半に申し込んだTOEICの単語勉強もした。十分じゃないか。

 

 ふとスマホを手に取る。無意識のうちにこれをやってるんだから怖い。これは現代っ子の悪いところだな、と思いつつ画面に目を向ける。ラインの通知がきている!少しウキウキしながらアプリを開く。俺と頻繁にやり取りする友達は希少な存在だ。ゲンか?それともトモヤか?数少ない友達を思い浮かべる。しかし通知欄に表示されたのはどちらでもなかった。公式アカウントからの通知だった。

 

~恋人つくるならこのアプリ! その名もペアーズ!~


やかましい。彼女がいない俺をあおっているのか。すぐにこの公式アカウントの友達登録を解除した。というか、いつ友達追加したっけ。

 

 ふてくされて今度は何気なくインスタのアプリを開く。このSNSサーフィンは若者の代名詞だろう。インスタのストーリーには大学の授業で少し話した人や高校で同じ部活に入っていた人とかたくさんのストーリが挙がっていた。USJで楽しそうに友達と決めポーズをとる写真や別のストーリでは彼女の誕生日を祝うものもある。

 

 ふとある人のストーリーで手が止まった。そして唖然とした。よく知っている奴の彼女とのツーショットを見つけたからだ。

「井口__。」

思わず声が出る。井口大河、高校の時同じ陸上部に所属していて自宅の最寄り駅が近くてよく一緒にいた。優しく落ち着いた性格でコミュ力がない俺でも仲良くできた数少ない友達の一人だ。高校を卒業し俺が一人暮らしのため今住んでいる東京に引っ越してしまってからは会う機会が激減し、連絡もほとんどとらなくなっていた。最後に会ったのは大学の1年の春休み、ちょうど1年前くらいだ。高校の時眼鏡をかけ、ノーセットの髪型だった井口はコンタクトにしておりいつの間にかセンターパートにしていた。こいつは普段、自分の写っているストーリーは挙げないからわからなかった。彼女と顔を近づけ満面の笑顔である。この写真からも日々の充実度が伝わってくる。俺は心が静かに夕日のごとく沈んでいくのがわかった。同時に自分との日々の充実度の差を実感し絶望した。そして少し遅れて敗北感、劣等感が感じられた。


「ふふっ」

か細い笑い声がでた。外ではさっきの三人組の耳障りな大きな笑い声が聞こえてくる。たまらず他の人のストーリーに移る。サークルでの楽しそうな集合写真、友達とのランチの写真、友達との旅行の___

 たまらずインスタのアプリをおとす。

「ふう~~~」

体中の空気を出すような長い溜息をする。大学生の長期休みほど楽しいものはない、とか誰か言ってた。俺はその休みに何をしてるんだ。春休みが始まって一か月。特に誰とも遊びに行ったりとか大学生らしいことしてない。やることといえば気持ちばかりの筋トレ、申し訳程度のTOEICの勉強、あとはネットサーフィン。一人暮らしだから家でもしゃべる相手はいない。現代ならではのネット上の友達との会話すらしない。俺の人生は__真っ白だ。今までの不満が大波のように押し寄せる。また、だ。この状態にはたまになる。俺はこの状態を「人生絶望状態」とよんでいる。


ふと高校のときの部活の帰り道で井口が言った言葉が頭をよぎる。

「どっちが先に彼女ができるかね。お前はコミュ障とか言ってるけどすぐできると思うよ。」

うるせーよ、くそが。俺は過去の井口を叱責する。ただし現状は変わらない、井口は彼女がいて大学生活充実、そして俺は彼女はいなくて、家で一人でネットサーフィン。さらに続けよう。他のみんなは友達と旅行に行ったり、サークルの飲み会に行ったり、一方で俺は家で一人で「人生絶望状態」だ。

 再び部屋の天井を見上げる。天井はさっきよりも気味悪く明るく、そして白かった。

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