第4話

「え、えぇ〜、……そうですか?野暮ったい?」


「そうですよ!だって初めてお会いしたときは、こんな美少女がいるのかと自分の目を疑いましたもん!心臓張り裂けそうなくらい緊張したのに……っ」


菫さんは何とも残念そうな顔で、私の顔を隠すようにかけた分厚いガラスのメガネを見つめる。



「素敵なお顔も見えないし、体型に合っていないこんなだぼだぼのサイズのTシャツに、デニムなんて……仁那になちゃんに似合いません」


「菫さん、grisでしょ?」


「あ!そうですね!すみません、お仕事中ですからねっ」



grisグリは私が音楽活動をするときの芸名だ。

顔出しNG。本名、年齢、生い立ちと、何から何まで全て非公開。


それが私が芸能事務所に所属するうえでの条件。



そして、今日初めて、ここ大手芸能事務所スイッチへと訪れた。

これから正式に契約して、今日から晴れてこの事務所に所属するアーティストになる。


菫さんと一緒に社長室へと向かう途中、エントランスや廊下、営業部の部屋の扉など至るところにashの宣伝用ポスターが貼ってある。



「……ashばっかり」


「え?grisさん何か言いました?」


「ううん、なんでもないです!」


「あ、ashですか?もしかしてgrisさんもファンだったり!?」


「えっと、あの私は……」


「今うちで1番の稼ぎ頭ですし、忙しくてなかなかここには顔を出さないんですけどね〜」


「それは好都合で」


「で、も!今日はいるんですよ〜!あとで会えるといいですねっ」


「いいいいいです!大丈夫!会いたくないから!」


「え、そうですか?あ、ここです。着きました」



社長室までの道のりで危うくashのファンにさせられて、対面できるように取り計らってくれそうだった菫さんを何とか押し留めた。


……間違っても会いたくなんてないのに、なんで彼らの数少ない事務所に来る日が、今日とかぶるの……。


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