第3話 人間じゃない

─────はい?


この少女、今なんと言ったか

「記憶が無い」と言ったのか?


「……どうやって、ここに」


「分からない、いつの間にかここにいた」


「……おいおいおい、待てよ、ちょっと持てよ」


(これ、もしかして転がってきた岩にぶつかって記憶喪失、とかじゃないだろうな?)


仮にそうだった場合、だ。

この少女が記憶喪失になった原因は元を辿れば罠を作動させた自分と言うことになる。


「お前は……」


言葉を繋ごうとしたその瞬間の事だ。

迷宮が激しく揺らいだ。


そして、ケイト・オールストルがその事に困惑を抱く暇もなく、”それ”は少年達のすぐそこへと迫る。


巨大な、影が。


「あァ、アァァァ、グオぉぉアァァァ!!!!!!」


もはや言葉にもならないような、そんな声が迷宮全体に響き、少年少女の体すらも揺らす。


「……まずい、本当に」


アレの正体を少年は知っている。

迷宮には一際強い魔物、即ちボスと呼ばれる個体が必ずいる。


ほとんどの場合迷宮最奥に居て、まるで守護者のように宝の前に佇んでいるのだが。


「逃げるぞ!」


少年は少女の手を取って逃げた。

冗談じゃない、アレはボスだ、まず間違いなく。


自分達なんて3秒もあれば殺されるようなそんな圧倒的な存在だ。魔法もない自分と記憶のない少女では勝てるはずもない。



「…ねぇ、なんで逃げてるの?」


「はい!?お前アレ倒そうってのかよ!?」


冗談じゃない、と少年は再度思う。

赤い肌に、頭の角、3mはあるであろう巨体に血走った目。

「鬼」と呼ばれる存在、それが今少年を追っている危機なのだ。


「ありゃ魔物の中でも1番強い『神級』ってのに分類されるヤツだ!1秒でも足止めたら死ぬんだよ!」


「……違う、そうじゃない。なんで『私と』逃げてくれるの?」


「はい?」


「だって、貴方はあの存在の危険さに気づいていた、自分では相手ができない存在だと」


「それなのに、なんで私を囮にしなかったの?」


……正直、考えもしなかったが確かにそうだ、人間も生物である以上、死が怖い。

誰かを見捨てる事で命が助かるならそれを選ぶ人間もこの世には居るだろう。


だから少女は言ったのだ、「何故自身だけでも助かる可能性の高い方を選ばなかったのか、何故記憶喪失である足でまといの自分を選んだのか」


ケイト・オールストルは言った。


「魔法については知ってるか?」


「うん」


「……この世界には、ただ1人だけ魔法が使えない奴がいる」


「それが俺だ」


だからこそ、だ。少年は少女を見捨てられなかったのは。


「俺は多分、見捨てられたんだよ。人間を作った神ってやつに」


この世界で人間を構成するものを聞かれて、人々は何を答えるだろうか。


知能がある事、手足がある事、そして

魔法が使える事。


それが、この「アリステル」と言う世界の人間を構成する要素だと。


…………ならば、魔法が使えない自分とは何なのだろうか。


「俺は人間じゃないんだよ、だからこの迷宮に来た」


「絵本の英雄みたいになりたいって訳じゃない、誰かを救えるなんて思うのはおこがましい、けど」


「誰かを見捨てるってのは……勝手に失望して、誰かを諦めるってのは、俺を見捨てるのと同じだから」


結局は後味の悪くなる事をしたくないぐらいの、自分勝手もいい所な理由だ。


けどその言葉は、きっと少女の心を動かした。


「って、話してる場合じゃないな…仕方ないか」


ケイトは自身の鞄に手を入れてある物を取り出した。


「それは?」


「この石は魔結晶って言って、魔法の力が封じられてる石だ」


魔物というのは魔法の力が強い所に強く惹かれる性質がある。


つまり、魔法の塊とも言えるこれを投げた方向へと魔物を誘導出来る、まるで餌を見つけた動物のようにそれを追いかけるのだ。


そして少年はそれを投げた、できるだけ遠くにいけと願いを込めて。


「頼む!」


カランと音を立て、今もなお自分達をおってくる化け物の眼前をそれは通りすぎ、そしてケイト達とは全くの別方向へと飛んでいった。


では、結果から言おうか。


「鬼」はそれに見向きをすることなく、着々とケイトを追い詰めるように走っていた。


「ダメみたいですね」


「なんで?」


対抗策はもう無い、つーかあれが限界だったのだ。少年は何故「鬼」が魔結晶に意識すら向けなかったのかを考えた。


魔物は魔法の力が強い場所や物に惹かれる。

そして不思議な程に、石には見向きもせずにこちらへと近づいてくる、つまり。

この場にはあれ以上の魔法の力があるのか?


瞬間、少女のことが頭に浮かぶ。

魔法の事を知っているようだし、何かこいつへの対抗策があるのでは無いか、と。


「なぁ、アイツ倒せる?」


「……ごめんね」


この少女も対抗策は持っていないようだ。

となればいよいよ─────。


「っ」


瞬間、少年達の前に壁が現れた。

がむしゃらに走っていた上道も分からないのでそれは必然だった。


行き止まりへと辿り着くのは。


「──────」


前には「鬼」、後ろには壁。

絶体絶命。

それを自覚した瞬間、自身の背中に死を纏ったナニカが這い上がって来るのを実感した。


無意識に喉が鳴る、緊張で心臓ははち切れそうな程動いている。


「鬼」の声が聞こえる度に、「鬼」が近づいてくる度に、もはやその心臓の音が無ければ自分は死んでいると錯覚してしまうほどの”死”が、より身近に迫るのを感じる。







「ありがとう」


ポツリ、と。

そんな、この状況ではありえないような。

まるで張り詰めた糸をパツンと切るようにして、自分の後ろの少女は言った。


「私を見捨てないでくれて、ありがとう。たとえ自分の為だとしても……嬉しかった」


そう言って、灰色の長い髪を持つ少女は、黒髪の少年に額をくっ付けた。


「そんな事言ってる暇……じゃ…な……あ?」


瞬間、だ。


少年の世界に、ノイズが紛れ込む。

ザザ──、ザザッ───!と音を立てて。


「な……ん……」


そんな世界でも。


「貴方は、自分の事を人間じゃないなんて言っていたけど」


はっきりと、少女の声だけが聞こえる。


「正しい心を持つ一人の人間だって、私は思うよ」


「……………………あ」


その言葉を聞いた、その瞬間。

少年の頭の中で、糸が切れた様な音がした。


その僅か1秒後。







少年は、発狂した。


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