第42話  カレー店 開店とイベント、それと愛

 きょうは、レスターにとって、とても嬉しい日だ。

というのは、カレー店の開店の日だから。ハンバーガー店で一通り開店準備から経験があるので、今回は開店前のビラ配り、宣伝から、開店当日の運びなど、予想以上に円滑にできた。ひとつだけ予想に反して慌てたのが、想定していた客数が計算よりはるかに上回って、その為、奥で追加を作るだけでは間に合わず、研究所の厨房まで使う羽目になったことだった。また、人手は厨房を総動員し、更に他のメンバーも加えて頑張ったがそれでもてんてこまいで、キャサリンに手伝わせてしまったことだ。レスターは後でどれだけブライアンに怒られるか覚悟はしていたのだが、ブライアンが「俺も手伝うからレスターは現場に行ってくれ」と言ってくれたことだった。

閉店時間になってもまだ外で並んでいる人たちがいるので、なかなか終わりにはできない。それでもやっと、翌日の無料券を出すことで閉店できたのは、深夜零時を回ってからだった。


 店でも、研究所の厨房でも、みんなぐったりと座って、でも、皆すごく嬉しそうで、幸せな開店日だった。中でも、ゼレによる疲労回復の魔術が有難かった。

「キャサリン様、お体は大丈夫すか?すっかり手伝っていただいて、助かりやしたが、心配で。」

「大丈夫ですよ。ご心配なく。ゼレさんがついててくださったし、赤ちゃんも幸せそうでした。良い日になってよかったわ。レスターさん、おめでとうございます。」

「レスター、おめでとう。俺も役立たずだが、昔とった杵柄で、片付けや補充くらいならできることがわかって嬉しかったぞ。カレーばんざいだ。」

ブライアンが笑って言った。

「ブ、ブライアン様、もったいねえ。おらぁブライアン様に殺されるんじゃないかと、首を洗って覚悟してたんすよ。そんなに言ってもらうと、ううう」

レスターが男泣きに泣いた。ゼレが

「なんだねえ、いいトシしたおっさんが、泣きなさんなよ。」

とレスターの方をぽんぽん叩いた。


 レスターチームは引き続き翌日の仕込みに立ち働き、助っ人たちは翌日少しだけ朝寝坊して、また後で手伝う気合を入れていた。


 開店前にセビエスキとレスターがチームを招集して、昨日の反省と今日の目標を話し合った。いちばんの計算違いは、ほとんどのお客さんが、食べた後、お土産に持ち帰りを注文したことだった。制限はしたくないので、かなりの量を作っておき、それに備えることにした。


 キャサリンが、ブライアンに提案してみた。

「ブライアン様、あのね、前世で食べ物を腐らないように貯蔵する方法があったんです。それでね、食べ物が腐るのって、食べ物自体を消毒しても、空気の中とかに菌や微生物があって、それと温度や湿度の条件で増殖されていくからでしょ。カレーとか、何度もぐつぐつ煮なおしていると、けっこう長い間保存できますでしょ。微生物や菌を煮なおすことによって殺しているから腐らないんですよね。それで思い出したの。カレーを作って、熱々の時に容器に入れて空気に触れないようにして密閉する、っていう方法で長い間保存できるようにしてました。お持ち帰り用はそういうのにしたら、作って倉庫に置いておけていいんじゃないかしらって思って。浄化魔法で無菌状態にして、風魔法で真空にすれば、どうかしら?」

「おお、そうだな。それはすごく良いアイデアだ。ちょっと試してみよう。」


 2人は調理場から1人前のカレーをもらってきて、それを浄化魔法と風魔法で瓶の中に入れた。

「よし、これで半分を1週間後に、半分を1か月後に開けてみよう。」

「はい!」


 そこにレスターがやってきた。

「あちゃー、タイミングの悪いところに来ちまいやしたぜ。」

「ああ、いや、なんてことはない。何か?」

「そうでやんすね。毎度おなじみ、お仲のよろしいこって。」

「まあな。」

「これだよ。もう、照れもしねえもんな。・・・ところで、ちょっと教えていただきてえんですが。」

「何かな?」

「持ち帰りのカレーなんすけどね、何日くらい持ちますかね。」

「ああ、それな。・・・実はさっき1人前もらっただろう?あれは実験用なのだよ。」

「へい?」

「うまくいくと、冷凍したりしないで何か月か保存できそうなんだ。とりあえず半分は1週間で様子をみて、もう半分は1か月で様子をみる。」

「へえー、そいつぁすげえや。」

「とりあえず今日売るものは明日食べてしまうように言ってくれるか?」

「わかりやした。昨日売ったものは翌日中には食っちまってくれと言っておいたんで、まあ、1週間はそれでいきやす。・・・それにしても、すげえですね、何か月もってえのは。これはバカ売れしやすぜ。ウッハウハだ。」

「ははは。楽しみだな。」

「へい!」


 「ブライアン様、カレーのほかにも保存できる食品を考えましょうよ。それとね、営業チームに冷凍冷蔵庫を売っていただければ、2-3日保存で食べるものをたくさん売れるようになります。ハンバーガー、カレーに続いて、そういうものを売るのもいいかもしれませんわ。」

「浄化魔法の使い手が重要になるな。今のところ、俺とラルフとアレックスとバートがいる。お父上たちはどうなのだろう?訊いてみよう。」

「そういえば、調理師さんたちって、魔力鑑定してませんわよね?」

「そうだな。ちょっとさせてもらおうか。レスターはまだそのへんにいるかな。あ、まだいる。おーい、レスター。」

「へい、なんすか?」

「君は魔法は使えるか?」

「いやあ、魔法なんて、考えたこともねえすよ。」

「ちょっと鑑定させてもらえないか?」

「俺っすか?いいすけど。」

レスターはそういうと、目を閉じて深呼吸をした。

「あははは、レスターさんったら、目を閉じなくても息も詰めなくてもよろしいのよ。」

キャサリンが面白そうに笑っている。

その横で、レスターはちょっと恥ずかしそうにしていて、ブライアンはすごく嬉しそうにしている。

「レスター、凄いぞ。君は調理場のボスにぴったりだ。」

「えー、なにか出やしたか?」

「出たって、おばけみたい。」キャサリンがまたケラケラ笑っている。

「うむ。君は、浄化魔法、火魔法、氷魔法が使える。しかも、浄化魔法と氷魔法は中級以上までできるようになるぞ。」

「ひえー、そ、そ、そうなんすか?俺、調理師辞めて魔導士になっちゃう?」

「いやいや、そうじゃないだろう。」

「ちげえねえや。」

レスターが嬉しそうにガハハハと笑っている。ブライアンも楽しそう。

「今は忙しい時だから説明は後にするが、君はうちの研究所のために生まれてきたみたいな存在だよ。」

「へー、俺ってすげえ。」

レスターはまたガハハハと笑っている。

「忙しい時に悪いが、できるだけ作業の邪魔にならないようにするから、他の皆の魔力も鑑定させてもらえないか?」

「ようがす。おねげえしやす。」


  「実は、お集まりいただいたのは、カレー店とハンバーガー店のことから始まって、その他の食品関係の話です。まず、カレー店とハンバーガー店には、特大の冷凍冷蔵庫を置きたいと思います。それの制作をよろしくお願いします。」

「順調なようだな。よし、頑張るぞ。」

「ありがとうございます。それから、ここからは、なかなか面白い展開になってきたのですが、話のはじまりは、カレー店で、持ち帰りの売り上げがかなり大きいことで、キャシーが前世の記憶から、無菌状態で保存する方法を思い出してくれたことです。無菌状態で保存すると、冷凍や冷蔵をせずに、月単位で、いや、おそらく年単位で保存することができるそうで、さっそく実験を始めました。まずは1週間、次に1か月様子を見て、更に長期に伸ばして見ていこうと思っています。」

「ほう。それは面白いな。」

「それが可能になったら、全国にいろいろな総菜をパックとして売ったらどうかと思っています。それで、さらに面白いのは、レスターチームの魔力鑑定をしたところ、レスターはじめ調理師の全員が何らかの魔法が使えると言うことがわかりました。特にレスターは浄化魔法が使えるようになって、魔力量から考えるとおそらく上級までできるようになるでしょう。これはすごい。他にも浄化魔法ができるようになる調理師が3人もいました。これは、総菜をパックで売ることを考えると、とても有難いです。働いて疲れて料理をするというのは、実際かなり面倒で疲れるものです。それをこのパック総菜を売ることで、かなり解消されるかと期待できます。パック総菜の価格はジェームス君に頼んで、あとは、直接個人販売も良いですが、経営者に、使用人の食事として売るというのはどうかと思っています。」

「なるほど。それではレスター君と、ジェームス君と営業チームと計画していくと良いな。」

そこにキャサリンがおずおずと手を挙げた。

「あの、経営者に使用人の食事、ということですが、病院に患者用の食事として、治癒魔法とかゼレおばあさまの魔術やお薬を混ぜて売れば、具合がよくなっていき、良いかと思うのですが。それを、症状を聞いて、個別に販売するとか。」

「おお、それは良いな。」


 皆、ブライアンとキャサリンによってとても良い収穫を得たことで、大満足であった。


 カレー店開店2日目は、前日の評判を聞いて、ますます盛況となった。レスターチームはしばらくは全員休みを返上して頑張っている。作り置きができれば楽なので、ブラッドレーとウッドフェルドは大型の冷凍冷蔵庫を大急ぎで作っている。


 ブライアンとラルフとアレックスが、カレー店の動きを見ながら、

「次は輸送方法だな。」

「ああ、誰も皆収納魔法が使えるわけではないから、収納魔法が無くても輸送できる方法が必要だ。馬車の動力版だな。大きな車ができれば、遠くまで売りに行ける。」

「そうだな。動力はまかせてくれ。ビニ―がずいぶん成長したんだ。」

「それはよかった。」

「平民の学校の生徒たちとか、孤児院の子たちとか、家で働いてる子たちとかの魔力鑑定もしようよ。子供って可能性がいっぱいあるからさ、育てるの、楽しみじゃない?」

「賛成!お前、良いこと言うな。」

「えへへへー」


 そこにレスターがやってきた。

「魔力鑑定するんですかい?それだったら、ぜひ調理師になれそうな子を見つけて下せえ。人手が足りなさすぎやす。今後、レストランだけでなく総菜を売るなんてことになったら、人手がいくらあってもたりゃしませんぜ。」

「そうだな。浄化魔法ができると一番いいが、それでなくても、いろいろ魔法が使えればできることがある。セビエスキ君に頼んで、また魔力鑑定をさせてもらおう。」


 ミゲールがやってきた。

「お?ミゲール、君、研究所で手伝ってただろ?何かあったのか?」

ミゲールはブライアンが大好きなので、何かあればすぐにブライアンのところにくる。

「いいえ、あの、ウッドフェルド様が、大型のができたから、動力を入れたらすぐ動かせるって言ってこいって。」

「おお、それはありがたい。ごくろうさん。」

ブライアンに頭を撫でてもらって、ミゲールは嬉しそう。

「じゃあちょっと行ってこよう。時間節約で転移で行くぞ。」

「おう。」


 「父上、もうできたのですね。もしかして、ゆうべあまり寝てないとか?」

「まあな。こういうのは楽しくて、寝てられんよ。王宮の仕事は3分で飽きていたのにな

。3台作ったぞ。2つの店とここの厨房だ。」

「ありがてえ。これで仕入れと仕込みが断然楽になりやすぜ。」


 冷凍冷蔵庫は巨大で、2人が中に入って作業できるほどの広さだ。

「どうだ、これだけ大きければいけるだろう。」

「素晴らしい!では動力を入れます。」

ブライアンが動力をはめ込むと、早速動き出した。

「おいおい、そんなに小さな動力で足りるのか?」

「はい、これで、だいたい1か月は補充なしでいけるはずです。」

「そんなにか!すごいな。」

「では早速冷凍冷蔵庫をひとつはハンバーガー店に、一つはカレー店に持っていきます。」

ブライアンはそういうなり、冷凍冷蔵庫と共に消えていった。


 レスターが、物欲しそうな顔でアレックスを見ている。

「あっははは、レスター、わかったよ。じゃ、転移で行こうねー。」

アレックスとレスターもふっと消えていった。


・・・・・・


 その夜、ブライアンとキャサリンは、久しぶりにゆっくり夕食をとり、のんびりと食後のお茶を楽しむことができた。

キャサリンがブライアンに、すっともたれかかり、ブライアンがキャサリンの肩を抱く。


 「そうだな。・・・キャシー、俺は魔導士をやめて凄く良かった。ありがとう。戦うことは頭痛の種だったが、今のこういうことは凄く楽しい。」

「ふふふ、私もです。なんだか私、どんどん幸せになっていきます。」

「俺は自分の境遇を不幸だと思っていて、それを考えるのが嫌だから、ひたすら魔法に逃げていて、そうしたらなんだかどんどん魔法が使えるようになってきたんだ。気がつけば筆頭魔導士などになっていた。でもなあ、幸せだと思えなかったんだよ。むしろ、それで他の国との戦をしなければならない、うちの兵士が戦う指示をしなければならないことがな、すごく苦痛だった。兵士たちが死ぬのも俺のせいだし、相手方が死ぬのも俺のせいだからな。」

「そんなこと・・・そんな風にご自分を責めてらっしゃったんですね。」

「だからいつも戦いに行きたくなかったし、できることなら魔導士なんかやめてしまいたかったんだ。それが、キャシー、君のおかげで幻惑魔法がパワーアップして透明になれるようになって、王子を誰も傷つくことなく助け出すことができた。あれは凄く嬉しかったんだ。」

「まあ、そうでしたの。嬉しいわ、少しでもお役に立てて。」

「そして、ブラッドレー卿が平民になると仰って、それから皆で平民になって、魔道具を作ろうなんて言う話になって、俺はそれに勇気をもらって魔導士を辞めることができた。それも、キャシーがゼレさんを紹介してくれて、そのおかげで似非聖女を作るなんてことができたからだ。この国の王派、王太子派、といういざこざも解消されて、前よりずっと平和になった。だから魔導士をやめることができたんだ。これも君のおかげだ。物凄く感謝してる。」

「そんなことおっしゃらないで。魔導士を辞めてくださって、私は心配の種が減ったし、しかもこうやって大好きなブライアン様と毎日ずっと一緒にいられて、私はすごく幸せなんですから。」

「キャシー、君はなんて可愛いんだ。俺は君がいなければ1秒たりとも生きていけない。」

そう言ってブライアンはキャシーをかき抱く。そのままで話を続ける。

「でも、国の体制は同じだし、悪い考えを持つものもいて攻め込んでくる国もあるだろうし、国の中では依然として領民が虐げられ、搾取され続けるだろう。今、ここで魔力鑑定をして、いかに領民が騙されてきていたか思い知らされた。」

「ほんとですわね。魔力があるのは貴族だけなんて、よくもまあそんな嘘を平気で言っていたものです。すごく腹立たしいですわ。」

「セビエスキ君たちの気持ちがよくわかる。」

「そうですわ。あの方々は、この魔力のことをご存じなくて、それでも貴族の世の中を無くそうとお考えだったのですもの、皆さん凄いなあって思います。」

「これからいろいろなものを開発して、どんどん平民に力をつけて、いずれもっと格差のない、住みやすい世の中にしていきたいな。」

「はい。」


 キャサリンがブライアンを見上げてうっとりとした目で眺める。

「どうした?」

「ブライアン様って、どうしてこんなに素敵なんでしょう。私、本当にブライアン様のことが大好きで大好きで、困ります。」

キャサリンが可愛すぎて、ブライアンはその場に転げまわりたいような気持ちになった。

にやけた顔を見られないように、少し顔を背けているのに、キャサリンが手で頬をこちらに向けようとしてくる。

「ねえ、ブライアン様」

「な、なんだ?」

「お願いがあるの。お耳貸して。」

「ん。こうか?」

キャサリンがブライアンの耳にこっそりと囁いた。

「お願い、抱いて。」

どっかーん!

ブライアンの抑えていたものが爆発した。

「よ、良いのか?その・・・もう、大丈夫なのか?」

「はい、ゼレさんが、もうすっかり元通りだっておっしゃいました。」

「くっ・・・そんなことを言っては、俺は歯止めがきかなくなってしまうぞ。」

キャサリンはこくりと頷いた。

夜はまだまだ長い。

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