第41話 訓練生たち

ペギー


 さて、魔法の訓練と読み書き計算の勉強についてだが、魔法の訓練も読み書き計算も受けるのはビニーも合わせて47人。

ほとんどが農家の者だ。

 ひとり、他領から流れてきた旅人がいたが、彼は彼も元は農家だったそうだ。

 男女比が激しく、なぜか女性は2人、酒場で女給をしていた者と、娼館の娼婦がいた。が、女給だったマチルダはクビになって退場。

 他の皆は、とても熱心で、教えるほうが押され気味である。


 娼婦だったペギーは、マチルダと違ってとても真面目で、真面目過ぎるほどで休みも取らず担当教官のラルフは心配だった。


「ペギーさん、ちょっといいかな?」

「は、はい。・・・あの、私、やっぱりだめですか?」

「え?」

「私、学が無いし、だからみんなよりだめだろうと思うんですけど、一生懸命やりますから、もうちょっと待ってください。お願いです。まだクビにしないでください。」

「いやいや、そんなこと言ってないよ。ペギーさんはとても真面目で一生懸命頑張ってるね。でも、真面目に頑張りすぎて倒れちゃわないか心配なんだ。休むことも大事なことだから、訓練と授業以外の時間は、できるだけ休むようにしないか?」

「はい・・・でも、私、頭悪いから、みんなについていけないんです。」

「そうかなあ。訓練のスピード、速すぎる?」

「いいえ、私がのろまなんです。」

「そうは思わないよ。授業のほうはどうだい?」

「なかなか覚えられなくて、ノートに書いても忘れちゃって。」

「わからないところは質問して。いつでも捕まえてくれれば答えるからね。」

「はい。ありがとうございます。」

「とにかく、あんまり無理しないでね。」

「あの・・・私、まだクビになりませんか?」

「ならないさ。心配しなくても大丈夫だからね。」

「はい。ありがとうございます。」

ペギーは頭を下げると小走りに部屋に戻っていった。それを見送るラルフは、授業の担当のスーザンたちにペギーのことを訊いてみようとチームの研究室を訪ねた。


 スーザンが

「私、良い考えがあるの。ペギーさんを誘ってあげてください。」

と、なにやら考えて

「お昼休みに中庭をお散歩すれば?って誘ってあげてください。ちょうとお昼休みの頃はキャサリン様が赤ちゃんとお散歩なさってる頃です。そこに出くわせば、きっとおしゃべりして、何か感じることもあるのではないかしら。」

そう提案してみた。

そのあと、スーザンはキャサリンの部屋のドアを叩いた。

「まあ、スーザンさん、いらっしゃい。お産の時はとってもお世話になりました。ありがとうございました。」

「とんでもない。私こそ、素晴らしい時にご一緒させていただいて、ありがとうございました。一生の思い出になりました。」

「そんな風に言っていただいて、ありがとう。おかげさまで、私もこの子も順調です。私はそろそろ何かしないと申し訳ないみたいな気分になってきましたわ。」

スーザンはそう言って笑う。そばのベビーベッドに寝ている赤ちゃんは、それはもう天使そのもののように可愛らしい。


 「あのね、スーザン様、ちょっとご相談したいことがあるんです。」

「あら、何かしら?私でできることなら、何でもおっしゃって。」

「はい。ありがとうございます。あの、訓練生のペギーさんっておわかりになりますか?」

「ああ、はい。唯一の女性訓練生ですね。たしか風魔法ができるかただったような?」

「はい。そうです。その人です。ペギーさんは凄くまじめで熱心でね、もう、年がら年中訓練か勉強かに一生懸命なんです。良いことなんですけど、その、頑張りすぎてるように思って、心配でね。ラルフ様も同じように感じてらして、この間、ペギーさんに少しは休めとおっしゃったんですって。その時、ペギーさんは、自分が皆より出来が悪いからクビになるんじゃないかってとっても怖がってたそうなんです。そのあとも、結局は頑張り続けてて、目の下にはくっきりと隈ができてるままなんです。」

「まあ、それはいけませんわね。ペギーさんって、本当に出来が悪いんですか?」

「そんなことないです。皆と同じようなものです。ペギーさんよりできない人も何人もいるんです。でも、自分ではそう思い込んでて、クビになるのを恐れてビクビクしてます。」

「そうですか・・・そんなに思いつめて、疲れちゃうわねえ。」

「それでね、お願いなんですけど、さっきラルフ様と相談して、ラルフ様からペギーさんにお昼休みに中庭をお散歩してみたら?と言ってみたんです。実は、これはもう確信犯で、お昼休みはキャサリン様が赤ちゃんとお散歩なさってるのがわかってて、そう言ってみました。」

「あらあら」

キャサリンは笑っている。

「キャサリン様、もしペギーさんとお会いになることがありましたら、それとなく、何をそんなに怖がっているのか、聞き出していただけませんか?きっと悩みがあって、でもそれを言う人がいなくて辛いんだと思うんです。」

「そうですか。わかりました。私なんかに話してくださるかわかりませんけど、お会いしたらお声をかけてみますね。」

「ありがとうございます。きっとキャサリン様になら、心開いて話すと思うんです。」

「そんな、買い被らないでー。」

「ほんとです。キャサリン様って、優しくってあったかくって、ここにいる皆キャサリン様のこと、大好きなんです。ペギーさんも絶対キャサリン様のことが大好きになります!」

「まあ、そんなに言ってくださってありがとう。私もスーザンさん、ほかのみなさんもとっても好きですよ。家族みたいな気持ちでいます。」

「うわ、やだ、そんなことおっしゃっちゃだめです。泣いちゃいそう。」

スーザンは感激して涙ぐんでいる。そんなスーザンを、キャサリンは柔らかくハグした。


 さて翌日、キャサリンが赤ちゃんと一緒に中庭に出ていくと、ペギーが歩いてきた。

ふと目が合って、ペギーが会釈をし、キャサリンも「こんにちは。」と言った。

「こんにちは、ええと、ペギーさん?」

「は、はい。・・・キャサリン様ですよね。・・・赤ちゃん生まれて、おめでとうございます。」

「ありがとう。」

「かわいいですね。赤ちゃんって、こんなにちっちゃいんだ。」

「ねー。私、一人っ子だったので、近くで赤ちゃん見るの初めてでね、ちっちゃくて驚いたわ。でも、考えたら、ここから出てきたんですもの、ちっちゃいわよね。」

キャサリンはそう言ってポンポンとお腹を叩いた。

「あははは・・・私、キャサリン様って貴族のお嬢様だから、もっとこう、偉そうなお方かと思ってました。」


 「まあ、私は、そうですね、たしかに貴族の娘ではありましたけど、家は借金だらけですごく貧乏でね、借金の形に嫁いだんですのよ。」

「えええええー。借金の形、ですか。でも、ブライアン先生の奥様ですよね。ブライアン先生はすごく奥様が大好きみたいですけど。」

「ふふふ。最初はね、違ったんです。話せば長いので今は省略しますけど、はじめは別の方に嫁いで、そのあとブライアン様の嫁にしていただけたのよ。」

「そうなんですか。なんか、貴族のお嬢様って、もっと、なんて言うかな、わがまま放題っていうか、なんでも思い通りの人生かと思ってました。」

「外から見るとそうかもしれないわねえ。でも、みんないろいろあるのよ。」

「でも、キャサリン様はちゃんと学校を卒業して、なんでもできるんでしょう?」

「学校はね、最初のうちは行ったけど、だんだん学費が払えなくなって、やめちゃったの。それからは、孤児院についてる学校に行って、そのあとは図書館で勉強したのよ。一応家事とかはできますけど、それも、家が貧乏で最小限しか人を雇えなかったから、家事全般や庭仕事などは使用人の方に教えていただいて、できるようになったの。」

「えー・・・キャサリン様って、どうしてそんなに優しくて、明るくいられるんですか?」

「能天気だからかしら。・・・ううん、やっぱり本当の苦労を知らないからだと思うわ。母は早くに亡くなったけど、生きてた頃は母はとても愛してくれたし、父はずっと愛してくれてるし、前のだんなさまも良い方だし、ブライアン様もとても愛してくださるし。私は運が良いの。お金持ちじゃなかったけど、お人持ちだから。」


 そう言って笑うキャサリンをペギーはまぶしそうに見ている。

「私、自分はすごく不幸なんだって思ってきました。」

「そう・・・辛い思いをたくさんしてきたの?」

「私は両親ときょうだいがいっぱいいて、すごく貧乏だったので、娼館に売られました。それからは、汚い男たちにいいようにされて、学校なんて行けなかったから読み書きもできなくて、借金も大きかったし抜け出せずにいて、気がついたら体売るしかできなくなってて。そんな時に魔力鑑定の話があって、娼館に内緒で来たんです。帰ったらすごく怒られるから、そのままどこかに逃げちゃおうなんて思ってたのに、魔力があるから来いって言ってもらえて、ここに住まわせてもらえて、いろいろ教えてもらえて、夢みたいです。でも、私、絶対みんなより出来が悪いから、クビになるだろうって思うと怖くて、すごく怖くて、そしたら、マチルダさんがクビになって、私もうだめだって思ったら怖くて怖くて。」

そこまで言うと、ペギーは泣き出してしまった。


 キャサリンはペギーを抱きしめて、頭を撫でて

「ペギーさん、大変だったのね。いっぱい辛い思いをして、すごく頑張ってきたのね。ご家族のために売られて、知らない男にいいようにされて、本当に辛かったわね。」

「キャサリンさまぁー」

ペギーは大声をあげて泣き出した。

「いっぱい泣いちゃっていいのよ。これまで我慢してきた分、ぜーんぶ涙で我慢を身体から出して捨てちゃいましょ。ペギーさんは偉かったわ。よく我慢したわね。いまだってすごく頑張ってるわね。偉いわ。ペギーさん、あなた、偉いわよ。」

「キャサリンさまぁー、私、泣くの、止まらないー」

「いまペギーさんが頑張ってるの、ラルフ様も、スーザンさんも他の教官たちも、ちゃんとわかってますよ。他のみんなだって、よおくわかってますよ。ここはね、研究所って名前だけど、私はここの人たちはみんな家族みたいなものだと思ってるの。クビになるって心配することないわよ。みんな、ペギーさんが頑張ってるの、見てるもの。時間がかかるなら、ひとより多く時間かかったっていいじゃない。大丈夫よ。心配しないで。」

キャサリンはそう言いながら、ペギーの背中をとんとんと叩いて、頭を撫でている。


 ペギーは、キャサリンに縋りついて泣いていたが、やがて、泣き止んだ。

ペギーが泣き止むと同時に、今度は赤ちゃんが泣き出した。

「あらあら、この子は、ふふふ、おっぱいの時間かな。」

キャサリンは赤ちゃんを抱き上げると、胸を寛げて授乳を始めた。

「すごい!すごい勢いで飲んでる。かわいいー」

ペギーが見て、感激している。

「この子も今、頑張ってるわね。」

キャサリンがそう言って、ペギーと共に赤ちゃんを見て、にっこり。

「キャサリン様、ありがとうございました。私、はじめてひとにこんなこと聞いてもらいました。なんか、気持ちが楽になりました。」

「そう?それは良かったわ。今度は私の部屋にいらして。お茶とお菓子でおしゃべりしましょ?」

「はい。ありがとうございます。ぜひお願いします。」

「じゃ、またね。」

「はい。」

キャサリンは乳母車に赤ちゃんを乗せて戻っていった。

ペギーはそれを見送って、そして訓練所に戻っていった。


 訓練にペギーは泣き腫らした目で参加した。

ラルフが

「ペギーさん、大丈夫?」

と心配そうに訊いたが、ぺギーは

「はい。大丈夫です。頑張ります。」

と、にっこりを微笑んだ。

そんな綺麗な笑顔を見て、訓練生たちは驚いている。

訓練の合間にビニーが

「ペギーさんや。なんか良いことあったんか?すっきりした顔してるぞ。」

と訊くと、ペギーは

「はい。キャサリン様とお話できて、すごくわかってもらえて、これからもっと頑張ろうって思えるようになりました。」

と言った。

ビニーは、心の中で、キャサリン様と話してこの顔してるんなら、もう大丈夫だ、と思った。


バート


 訓練生の中で、バートは少し異色だ。


 訓練生のほとんどは百姓で、バートも百姓なのだが、バートは家族がいない。

バートを知っているドンによると、バートはある日ふらりと百姓家にやってきて、働かせてくれと言い、そのままそこで働いていたそうだ。

ドンは百姓家の倅で、家族が多く働き手も余っているくらいだから、バートを誘って興味本位で魔力鑑定に参加した。兄弟たちは魔力があったがそれほど強くもなかったので、ドンだけ「頑張れよ!」と兄弟に励まされて送り出された。

バートはドンの隣の百姓家で働いていたが、隣は老夫婦だけが細々と野菜を作っていたが、そろそろ廃業しようかと言っている時だったので、バートはその家の貴重な働き手だった。

 ある日、夕餉を取っている時に、夫婦が、魔力鑑定というのがあるが、受けてみないかと提案してきた。

「おまえさんにはずいぶん助けてもらった。まあこれで魔力があったら、何か良い仕事があるかもしれん。うちはそろそろ潮時じゃ。魔力があって何か良い仕事につければ良し、なかったらここで、今度はおまえさんだけで百姓をやっとくれ。」


 それで、魔力鑑定に参加したところ、かなり強い浄化魔法ができるようになりそうだと言われ、訓練に参加することにした。

「おやじさん、おふくろさん、これから廃業して行くところはあるのか?」

「心配いらんよ。ここは代々ご領主様ができたお方でな。年取って廃業したら、街はずれの養老院にタダで住まわせてもらえて、小遣いまでいただけるのじゃよ。」

「へえー、そりゃあいいな。じゃあ、ちょっと行ってくる。」

バートはそれでブラッドレー研究所の訓練生になった。


 それからは真面目に訓練を受け、授業も受けていたのだが、そんなある日、ひとりの中年の男性が研究所にバートを訪ねてやってきた。

「こちらに、バートという者がおりませんか。ぜひとも会わせていただきたい。」

その男性の押しは強かった。会わせなければここから動かないとでもいうような感じに、対応したカーターが訓練中のバートを呼びに走った。

「すみません。バートさんに会いたいとおっしゃる方がお見えなのですが。」

「誰ですか?」

「それが、名乗らないのです。名乗らず会わせろと言われても会わせるわけにはいかないと申しますと、会わせるまで帰らないとおっしゃって、座り込んでしまいました。」

「ああ、その人、中年で小太りで、ちょっとハゲでませんでした?」

「はい、その通りです。」

「わかりました。会いませんので、そうお伝えください。」

「あ、いや、会わないと言っても、座り込んでしまっているんですけど。・・・一応探したけどいなかったとは言ってみますが・・・」

「お願いします。俺は宿舎に帰ります。」

カーターが戻ってバートがいないと伝えると、その男は

「では、出てくるまでここで待たせてもらう。」

そう言って、座り込みを始めた。

カーターは困ってラルフの部屋のドアを叩いた。

「ラルフ様、すみません、ご相談があります。」

「なんだ?」

「バートさんに会わせろという人が来まして、バートさんに取り次いだところ、バートさんは会わないとおっしゃって宿舎に帰ってしまいました。客人は会うまで待つと玄関に座り込んでいます。

「なんと。バートさんはその人が誰か知ってるのか?」

「ご存じのようです。」

「今、彼は宿舎にいるんだな?」

「はい。」

「ちょっと話してみる。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。・・・あの、その訪問者ですが、貴族ではないかと。」

「そうか。わかった。」


 ラルフは宿舎のバートの部屋のドアを叩いた。

ドアを開けたバートに

「ちょっと話せるか?」

と言うと、バートは部屋に招き入れ、お茶を淹れてくれた。

「俺に会わせろと言ってきた男のことですね?」

「うん。事情次第では警察のお世話にもなれるが、何も知らないので、どうしようもない。差支えのない程度に、話してもらえるか?」

「はい。まあ、そんなに大変なことでもないんですがね。」

そう言ってバートは自分の身の上を話し始めた。


 バートは貴族、コリンズ男爵の庶子であった。生まれてまもなく母は産後の肥立ちが悪く亡くなってしまい、他に家族もいなかったので、孤児院に入れられたが、やがて孤児院がコリンズ男爵を探し出して引取らせた。コリンズ男爵は孤児院が高位貴族の寄付で経営しているところだったために断ることもできず、しぶしぶ引取ったのだが、使用人の宿舎の地下室に部屋を与えられ、使用人同様の仕事をして育った。当然学校にも行かず、厩の掃除やどぶ攫いなどを主にさせられていた。使用人たちはバートに冷たく、コリンズ男爵の正妻とその子供たちはあからさまにバートを嫌い、虐めた。コリンズ男爵は、関わり合いにならないように、見てみぬふりをしていた。そんな日々がとても辛くて、バートはある日、ついに家出をした。


 家出をして、日雇いなどをしたが、まだ身体も大人のようには大きくなかったので、すぐにクビになり、食べる物にも困る毎日だった。ある日、通りがかった畑で年老いた百姓が腰をさすりながら作業をしているのを見て、雇ってもらうように頼んでみた。貧しい百姓だから給料など払えないと言われたが、住むところと飯さえもらえればいい、という条件でそこで働くようになった。そこの老夫婦は良い人で、可愛がってくれたし、隣の百姓家には息子が何人もいて、皆気の良い奴らで、特にドンと仲良くなり、いろいろ話をしていたところ、ある日、魔力鑑定のことを知り、ドンと共に応募した、と、それがバートのストーリーであった。


 「そうか。ありがとう。話してくれて。それで、今来ている御仁はどなたなのかな?」

「父親だと思います。本妻には娘と息子がいましたから、それに何かあったのかもしれません。でも、俺は都合のいい時だけ迎えに来たなどという奴を信用できるはずもない。俺はバカな下級貴族の血が入っていることが恥だと思っているんです。奴らの暮らしぶりを見てきましたが、贅沢して怠けて興味はゴシップばかり。貴族なんかになりたくはない。それよりも、俺はラルフ先生に教わった浄化魔法を使って、何か人の役立つ仕事をしたいんだ。あんな奴、父親とも思っていないし。だから会いません。」

「もっともだな。俺も君だったらそう思うだろう。この話、ちょっと父上にしてもよいか?元貴族だし、何か良い手を思いつくかもしれない。」

「すみません。こんなことに巻き込んでしまって。でも、お願いします。」

「じゃ、またね。話してくれてありがとう。」

ラルフはそう言うと、ブラッドレーとウッドフェルドの部屋に向かった。


 ブラッドレーはラルフから話を訊くと、

「追い返せないのか?」

と訊いた。

「玄関先で座り込んでいます。」

ウッドフェルドが

「ちょっと待て、コリンズ男爵といったな。」

「はい。」

「たぶんあいつだ。小太りでちょっとハゲた風采の上がらん奴だろう。」

「ははは、まあ、そうですね。」

「あいつ、たぶん金に困って来たんだと思う。」

「ほう。知っとるのか?」

「うちでそいつの邸でクビになったという子を雇ったんだ。アリスという気立ての良い可愛い子でな、令嬢付きのメイドとして雇われていたのだが、ある時、休みの日に恋人にもらった髪飾りをつけて出かけようとしたら、それを取り上げられて、逆にメイドが自分のものを盗んだと言われてクビになったということだった。恋人が怒って邸に行ったそうだが、あっさりと追い払われ、その子が泣いていたところをキャサリンが出会って、うちも金がないから雇えないと言ったら、働き口が見つかるまで、キャサリンの部屋に泊まり、一緒に菓子を作って売るということにし、それが思いのほかよく売れてな。結局ずっとうちにいて、今も厨房にいると思う。とにかく妻と子が贅沢で浪費家で、性格が悪くてなあ。儂が顔を見知っているから、ちょっと行って追い払ってこよう。」


 「いやはや、しょうもない男だな。ではポールの腕前を拝見、とするか。」

ウッドフェルドは玄関に行き、間もなく戻って来た。

「帰ったよ。」

「速っ」

「儂の顔を見たとたんに、もうそわそわして、ちょっと話し始めたとたんに、逃げるように出て行った。逃げる背中に『二度と顔を見せるなよ』と言っておいたから、もう来んだろう。」

「わっはっは。じゃあ、バート君に言ってやってくれ。」

「はい。ありがとうございました。」


 ラルフはすぐにバートのところに行き、ウッドフェルドの話をした。

「まったく、腐った奴らだ。ざまあみろ。」

バートはそう言うと、ちょっと嬉しそうだった。

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