第35話 動力ー電動馬車

 実験の日になった。


 ブライアンからの説明。

「実は、当初の予定では、海水から塩を取り出して、それを使って動力を作ろうと思ったのだが、試行錯誤の結果、塩は取り出さず、そのまま、むしろ塩分を濃縮して動力を作るほうが、動力を売る場合は良いことに気づいたんだ。」

「動力を売る場合、ということは、動力を売るんじゃなくて、動力を付帯した製品の場合は?」

「その場合は前に言ったように、塩を取り出して、そこから作るやり方だ。」

「ということは、2種類の動力を作るんだな。」

「ああ。まず、先に動力を売るほうの説明をする。海水を汲み、この三重にした布の上に海水を流し込む。これは海水からゴミを取り除くためのもの。」

ブライアンがバケツで海水を掬い、布の上に流し込む。それを見て、ラルフとアレックスが同様にする。3人でこの作業をしばらくして

「水が下に全部落ちたら、今度はその水を掬って大鍋に入れる。」

ブライアンが水を掬って大鍋に入れ、ラルフとアレックスがそれに続く。

ブライアンが鍋を火にかけ、煮詰めていく。

「ここからは少し時間がかかるので、しばらく待つしかないな。大体半分くらいの量になるまで煮つめる。」

そう言っていると、キャサリンがお茶とお菓子を持って来た。

「おお、キャサリン、気が利いてるな。」

「ふふふ、待ち時間におしゃべりするにはお茶とお菓子ですもんね。」


 ブライアンが

「海水が煮詰まってドロッとしてきたら、こちらの水槽に入れる。右側には真水。そうすると、海水と真水が混ざり合おうとして、そこの動きがエネルギーとなる。エネルギーを土魔法で形にして出来上がりだ。」

と、説明をした。


 「実は、まったく魔法や呪文を使わずに動力を作ろうとしたのだが、できないこともなさそうだが、やはり最後のエネルギーを形にするところだけ、少し魔法を使った方が速くてな。それで思ったのだが、これに使う魔法は初級の土魔法だけだ。初級なら使える者も多いだろう。もしかしたら、知らないだけで、平民でも魔法が使える者は結構いるんじゃないかと思うんだ。それを探し出してもいいのではないかな。」

ブライアンがそう言うと、ラルフが感心して、

「そうだな。平民はよほじゃなければ魔法が使えてもそれを知らないし、魔力があってもその使い方を習ったこともないから結局使えないんだよな。どうかな、魔力を鑑定してまわるというのは。」

と言い、

「いいね。初級魔法なら結構いそうだよね。いいよ、俺、鑑定してまわるよ。」

と、アレックスが買って出た。

ブライアンも、

「俺も行こうと思う。ラルフは重病だから出られんから留守番だ。」

ラルフが

「ごほっごほっ。そうだな。それじゃ俺は水汲みに精を出すか。重病だからな。」

と言って笑っている。

「そうだ。領内の人たちを鑑定してまわるなら、セビエスキに言っておいたほうがいいな。」

ラルフが言った。

「えーめんどくさいな。」

アレックスが露骨に嫌そうな顔をする。

「まあ、そうだな。仕方ないか。後で文句言われても嫌だからな。ちょっと行ってくる。」

ブライアンがそう言って部屋を出て行った。


 「ブライアンって偉いよね。自分の妻に横恋慕してる男の顔を立てに行くなんてさ。」

アレックスが言うと、ラルフが

「うむ。ブライアンはそういう男だ。良い奴だよ。ね、キャサリン。」

と、キャサリンに言うと、キャサリンは

「ブライアン様って本当に素晴らしい方ですわ。私、好きすぎてどうかなっちゃいそうです。」

と言って、うるうるしている。

「あーあ、キャサリンにそんな顔させちゃうんだもん、この顔、ブライアンに見せたいなあ。」

アレックスがそう言って

「俺、ブライアンのためにも、キャサリンのためにも、変な虫を近づかせないからね。」

と、宣言した。


 そこにブライアンがセビエスキと共に戻って来た。キャサリンが涙ぐんでいるのを見つけて、

「どうした?キャサリン。大丈夫か?」

と、キャサリンの顔を覗き込む。

「はい、大丈夫です。ブライアン様が素敵だなと思ってたら涙がちょっと出てきちゃっただけ。」

「?」


 話を逸らせようと、ラルフが魔力鑑定の話に持っていく。

「お許しは出たのか?」

「お許しだなぞ、とんでもない。これで魔法が使える者が見つかれば、仕事も増えるし、生活レベルも上がります。良いことを考えていただき、感謝します。」

セビエスキは大喜びである。

「うちのメンバーも、アーロンとコナーは魔力鑑定ができます。それで4人。」

「4人で回れば、結構速くできそうだな。」


 「それでだ、次に動力を製品に組み込むほうだが、これは海水を濾して、さらに濾す。そして乾燥させて、塩にする。そこから魔法で動力を取り出し土魔法で固める。ゼレさんの呪文を使うとより品質のよい動力ができる。これはたぶん特別製のものに使うと良いかもしれないな。」

「製品のついている動力が無くなったらどうする?」

「交換に来てもらうのが良いと思う。いちばん安上がりで効率も良い。今は魔法と呪文を使うが、もっと研究して魔法も呪文も必要ないようにするつもりだ。」

「そうか。それはありがたいな。でも、呪文はともかく、魔法は初級魔法くらいなら、むしろ使うと魔法を使える者の仕事にできてよいと思うが。」

「なるほど。言われてみればそうだな。では呪文なしでいけるように研究する。」


 一方、ブラッドレーとウッドフェルドは洗濯&乾燥機と扇風機のほかに、食洗機、ヘアードライヤーも作っていた。

「これらは皆、共通点があるので早くできたんだ。洗濯&乾燥機と食洗機は、最初は一般家庭より、大きな屋敷や宿屋、食堂などで喜ばれるかと思う。」

ブラッドレーがちょっと自慢気にいうと、

「最初はプロ向けに、大きなものを作ろうと思う。そのあとで、ちいさくして個人の家で使えるようにする。」

ウッドフェルドが言う。


 「いやあ、こんなに面白いものだとは思わなかったぞ。」

「まあ、お父様もお義父様も、なんだかお幸せそう。」

キャサリンがとても嬉しそうだ。

ブラッドレーが

「そうだな。大体世の中60くらいで引退する人が多いが、たしかに、後進に道を譲るのは悪くないし、それは良いと思うんだが、そこからなんだよ。結局隠居生活になって、本を読んだり、クラブで似たような年頃の友人と飲んで話して、というだけになってしまう。それはつまらんよ。それに比べて、今のこの生活は、まだまだ若い者と同じように働けて、とても楽しいぞ。」

と言うと、ウッドフェルドも

「その通り。まだまだできるぞ。しかも、ブライアン・ゼレチームでいろいろ薬を作り出して寿命が延びたら、人生で隠居生活ばかり長かったら馬鹿みたいだ。」

と言う。

「たしかにそうですわね。」


 「それじゃあもっと働いてもらいましょう。」

ブライアンがニヤリと笑って言った。

「これから魔法が使える人を探しますが、その中に年配者がいたら、積極的に雇用する。若い者はもっと訓練もして、他にも魔法を使ってもらうことがあるかもしれない。」

ラルフも

「おい、ブライアン、おまえの薬で目が良くなったり、手先の震えがなくなったりできるだろう?」

と訊く。

「ああ、それは補綴薬2のほうでできるな。」

「そうしたら、一流の技術を使い続けられる。例えばこの領地は高級なガラスの製品が名産なのだが、その一流の職人たちが、より長く働けるし、さらに素晴らしいものを作っていけるだろう。」

「そうだな。そういうのも可能性が広がるな。」

「いろいろ新製品を作りながら、そういう可能性を考えていこう。」


 「ところで息子よ、おまえのチームの電動馬車とやらはどうなっておる?」

「父上、それなのですが、ブライアンの動力が完成すれば、電動馬車も完成します。もっとも、名前がふさわしくないので考えないといけませんが。」

「そうか。もうすぐできるのだな。楽しみだ。」


 電動馬車は、要するに馬車を馬に引かせるのではなく、馬車そのものに動力をつけて、それで走らせることができる。

「ブライアン、電動馬車は大きくてここまで運べないから、ちょっと動力を持ってうちの研究室まで来てくれないか?」

「おう、お安い御用だ。」

ラルフ、ブライアン、アレックスが部屋を出ていく。出ていくときアレックスが

「できたらここに持ってきますから、待ってて下さいね。」

と、ウインクして出て行った。


 「なんじゃろう。なにか、楽しそうじゃな。」

ブラッドレーは楽しそうに言っている。

ウッドフェルドが

「のう、キャサリン、ひさしぶりに、ピアノを弾いてくれんかね?」

と言うと、キャサリンが少し考えて答えた。

「はい・・・あ、お父様、お父様がピアノを弾いていただけませんか?私、バイオリンを弾きます。」

「おお、それはまた久し振りだ。よし、そうしよう。」


 しばらくして、ウッドフェルドの伴奏で、キャサリンがバイオリンを弾き始めた。

ブラッドレーは目を閉じてそれを聴いている。亡き妻の好きだった曲やら、亡き恋人の好きだった曲が演奏されて、涙が出てくる。

美しい音色に、研究所内の人々が集まって来た。皆、それぞれの思いを胸に、演奏を聴いている。

セビエスキも少し驚いたような顔をして、キャサリンを見ていた。


 そこへ、クラクションが鳴り、大きな馬車の本体のようなものが入って来た。

「はーい、みなさん、ちょっと道を開けてねー。」

アレックスの陽気な声がした。

皆は、始めてみる大きな乗り物に驚いている。

ラルフが降りてきて

「みなさん、これが、我がチームの製作による電動馬車です。・・・電動馬車というのは馬がいないので名前を考えなきゃいけないのだが。」

「おお、すごいな。馬なしで走れるのか。」

「どのくらいの速さで、どのくらいの時間走れるの?」

「まだ外で試していないので、速さはわかりませんが、馬に引かせるよりかなり速いと思います。」

「動力は?」

「ブライアンの開発した動力なのですが・・・ブライアン、研究室からここまでで動力はどのくらい減ったか?」

「まだ全然減っていない。この動力は小さいのだが、大きな動力にすればより長く走れるな。」

アレックスが扉を開けて、中を見せる。

「いまはまだ空ですけど、椅子を付ければ何人もたくさんを一度に運べるようになり、椅子を置かずに荷物を入れれば、かなりたくさんの物を運べます。」

「明日の朝8時、外の広場で実験します。興味のある方はお集まりを。」

ブライアンが告知して、ラルフチームとブライアンは研究室に行った。

それから皆は、電動馬車について話したり、キャサリンとウッドフェルドの音楽を聴いて寛いでいた。

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