第32話 ファストフード店 1

 「キャサリン殿、ちょっとよろしいでしょうか。」

セビエスキがキャサリンに声をかけた。

「こういうものも、前世の食べ物なのでしょうか。」

「はい。お気に召しましたか?」

キャサリンはにっこりを微笑んで答えた。

アレックスが

「すごくおいしいよね。ここに越してきた初日のハンバーガーも前世の人気のメニューだよ。」

というと、

「ああ、あれもとても美味しかったなあ。」

と、コナーが言い、

「私もあれまた食べたいわ。」

イレーネが、よだれを垂らしそうな顔をして言った。

「まあ、嬉しいわ。また作りますね。」

キャサリンは嬉しそう。

「あとさ、あのいろんなものの入ったパンも美味しいよね。」

アレックスがそう言うと、

「何それ?知らないわ、食べたいわ。」

とサマンサが羨ましそうにアレックスを睨む。

「うん、美味しいんだ。すごく。パンの中にいろんなものが入っててね、なんていうかな、パンって何かと一緒に食べるでしょ。でも、それはそれだけで美味しいんだ。」

「えーわからないわ。キャサリン様ぁ」

スーザンがキャサリンにおねだり。

「はい、では明日にでも。」

「おいおい、皆、あんまりキャサリンをこき使うなよ。身重なんだから。」

と、ラルフが言うと、

「ごめんなさーい。」

と、スーザンが悪そうな顔をしている。

「大丈夫。レスターさんたちに手伝っていただきますから。リクエストがあるって、嬉しいわ。」

キャサリンは、そう言ってにこにこしている。

「ゴホン・・・それで、キャサリン殿、そういうものを出す食堂を、この領都に出すことは可能だろうか。できれば庶民向けの食堂で。」

「そうですね。ああいうのはそんなに高いものではありませんので、気楽に食べられて、お値段も安くできると思います。」

キャサリンはそう言うと、

「あ、そうだわ、それでしたら、小さな食堂で、お持ち帰りをたくさんにしたらどうでしょう。安いものをたくさん売るの。大変かもしれませんけど、仕事で忙しい人たちにはお弁当の心配しなくてよくて助かるかも。」

と提案した。


 さっきからずっと見ていたレスターが

「あの、ちょっといいですかい?」

と手を挙げて話に参加してきた。

「俺ら、交代でその食堂やっちゃいけないすかね?あんな美味ぇもん作れるようになりてえし、それに、庶民相手ってこっちゃあ、こりゃあ俺らの出番でさあ。」

「まあ、素敵ですわね。それでしたら、いっそのこと、前世でファストフード店って言ってたんですけど、カウンターで注文受けて、奥で調理してカウンターで渡すんです。お客様はテーブルと椅子のあるところで、空いてるところに座って食べて、食べ終わったら食器を置き場に置いて帰る。テーブルのところには最初のうちはひとりくらいいればいいので、人手が少なくて済みますし、食器は安いものにできます。」

「なるほど。そういうスタイルを定着させれば、1号店、2号店、というように増やしていけるな。」

セビエスキもレスターも感心している。


 ブライアンがキャサリンに囁いた。

「キャサリン、無理するなよ。君は今大事な身体なんだから。」

と言うと、キャサリンは

「はい、ブライアン様、ありがとう。大丈夫、無理しません。」

と、微笑んだ。

レスターが

「だんな、心配しねえでくだせえよ。ここの厨房でちょっと教えてもらえたら、後は俺らでやりますから。」

と、胸を叩いた。

ブライアンはにっこりして

「そうだな。頼りにしてるよ。」

と言った。

ブライアンはそれからキャサリンに向き直り、

「さて、キャシー、少し部屋で休もうか。」

と言って、キャサリンの腰を抱いた。

キャサリンは嬉しそうに頷いて、ふたりで部屋を出て行った。

「んー、いいなあ。私もあんなふうなだんなさんがいたらなあ。」

シドニーがうっとりとふたりを見送っていた。


 自分たちの部屋に行ったブライアンとキャサリン。ブライアンがキャサリンが疲れているだろうと心配して、キャサリンの顔を手で包んで目の下にクマが無いか、顔色はどうか、注意深く見ている。キャサリンは

「何をなさってるの?」

と、クスクス笑っている。

「疲れて目の下にクマができていないか、顔色は良いか、チェックしているのだ。」

「うふふ、大丈夫です。よく眠ってるし、厨房でもみなさんがほとんどやってくださるから。でも・・・」

「ん?なんだ?」

「お昼寝するとき、眠るまで一緒にいてくださる?」

「もちろんだ。さあ、おいで。」

「ふふふ、ブライアン様の腕って硬いけど、妙に落ち着くんです。ブライアン様の匂いのせいかな。」

(くっ・・・なんてかわいいんだ、やめてくれ、仕事しないでずっと一緒にいたくなるではないか。}

キャサリンは、やはり疲れていたようで、すぐに寝息をたてている。

ブライアンはそっとベッドを抜け出して、研究室に向かった。


 「おう、キャサリンは大丈夫か?」

「ああ、やっぱり疲れたのか、すぐ眠ったよ。」

「キャサリンは頑張り屋だからなあ。俺たちが見張ってなきゃどんどん仕事してしまうぞ。」

「うむ、気を付ける。」

「皆にも父上から注意喚起してもらおう。」

「ありがとう。」


 ブライアンが研究室に戻ると、ゼレが子供たちと一緒にいた。

「キャサリンはどうじゃな?疲れてないかの?」

「はい。大丈夫だと言ってましたが、昼寝するようにベッドに入るとすぐに眠りました。やっぱり疲れたのでしょう。」

「あの子は働き者じゃからのう。皆においしいものを食べさせたくて、つい動くのじゃな。まあ、必ずしも働くのが悪いというわけでもないが、限度ってものがあるからのう。おまえさんはしっかり見張ってないといかんのう。」

「はい、気を付けます。」

「おまえさんは良いだんなさんだよ。キャサリンも幸せ者じゃ。」

「いえ、幸せ者なのは俺の方です。俺なんかがキャサリンを嫁にできるなんて、いまだに信じられません。」

「天下の筆頭魔導士様が何を言っておるか。キャサリンが、私はブライアン様と出会えて幸せだって、言っておったぞ。もう、おまえさんが大好きで、寝ても覚めてもおまえさんのことばかり考えてるんだとよ。」

「・・・それは俺の方なんだが・・・あのかわいいキャサリンのことを考えないでいるなどできるものか・・・しかし、仕事もあるし・・・」

「何をごにょごにょ言っておる。さて、仕事でもするかね。」

「そ、そうですね。」

ブライアンは急いで動力の研究にとりかかった。


 さて、昼寝から起きたキャサリンは、しばらくぼんやりとしていたが、やがてむっくり起きだすと、紙にメニューを書き出した。

  ハンバーガー オリジナル、照り焼き味、バーベキュー味

  サンドイッチ かつサンド、コロッケサンド、たまごサンド、ハムサンド

  やきそば

  チャーハン

  唐揚げ弁当

  カレーライス

  親子丼

  天丼

  お好み焼き

  スパゲッティ ミートソース、ナポリタン

  カレーパン、グラタンパン、ミートソースパン

  ホットドッグ

こんなものかしら?

これのレシピを作ったら、ここでも王都でも使えるわね。価格を決めるのはジェームスさんにお願いして、あとはレスターさんと相談しましょう。これからは毎日試食会になりそう。ふふふ、楽しいな。


 「キャシー、なんだか楽しそうだな。」

「あら、ブライアン様、おかえりなさいませ。」

キャサリンはブライアンが戻ったのを見て、嬉しそうに抱きついた。

「よく休めたか?」

「はい。ずいぶんたくさん寝ちゃいました。それでね、起きてからメニューをいろいろ考えてたの。楽しいわ。」

「おいおい、あまり頑張りすぎないでくれ。心配で仕事が手につかなくなる。」

「いやだわ、そんなに頑張りすぎませんわよ。主にレスターさんたちにやっていただこうと思って、私はレシピを書いて、あとは作ってくださるのを見てることにします。」

「そうだな。そうしてくれ。」

ブライアンはキャサリンを膝の上に座らせて

「俺の大事なキャシーが元気じゃなくなると一大事だ。」

「ふふふ、大丈夫ですってば。」

ふたりが熱烈にキスをしている時、ドアが開いた。

「わっ、す、すみません。ノックしたのですが、お返事が無くて、メモを置いて行こうかと。し、失礼しました。」

セビエスキだった。

ブライアンがキャサリンを抱いて隠して、

「あ、いや、こちらこそ失礼しました。何か?」

と訊くと、

「あの、ほ、ほんとにすみませんでした。食堂の件で少しお伺いしたかったものですから、でも、明日また。すみませんでした。失礼しますっ。」

セビエスキはそう言うなり走り去って行った。


 「なんだありゃ。」

ブライアンがボソッと言うと、キャサリンは、あははと笑って

「ブライアン様、なんだありゃ、ですって。」

と、笑いが止まらない。

「いや、だって、なんなんだ、あれは。いきなり来たと思ったら、慌てふためいてまたいきなり走って行った。」

キャサリンはまだ笑っている。


 そこへ、ラルフとアレックスがやってきた。

「ねえねえ、ブライアン、いまさ、すげえ勢いでセビエスキさんが走って行ったけど、なんかあった? あれ?キャサリン、どしたの?」

キャサリンは笑いが止まらないでいる。

「今、来たんだよ、ここに。いきなりドア開けるから、ちょっと刺激の強いものを見たってことなのか、焦って逃げて行った。」

ブライアンが説明すると、

「あー、ははーん、いちゃいちゃしてたんだな。」

アレックスとラルフがにやにやしてそう言うと、ブライアンは

「なにもそんなに凄いことをしていたわけではない。」

と、ちょっと憮然として言った。

アレックスは

「でも、なんでキャサリンが笑ってるのさ。」

と不思議そうだ。

「だって、ブライアン様が、セビエスキ様が走って出ていかれた時に、『なんだありゃ』っておっしゃるんですもの。あははははははは。」

「まあ、あの年まで独り身だったのが、いきなりこんないちゃいちゃカップルと一緒にいると、いろいろと驚くことも多いんだろうよ。」

「いちゃいちゃカップル言うな。」

「でもいちゃいちゃカップルじゃないか。」

「ふん。」

「ブライアン様、ふんって。あははははははは」

キャサリンが笑いが止まらない。

「ねえねえ、あのひとって、何歳なの?」

「さあ、父上が『若い』って言ってたけど、父上から見たら相当いってても若いよなあ。」

「ハゲてるよ。」

「え?」

「あれはカールで隠してるけど、けっこうハゲてる。」

「もう、もう、おやめになって。笑い死にしそう。」

「ハゲで判断できんよ。若ハゲってこともある。」

「そうですわ。それにハゲててかっこいい方もいらっしゃいます。第2魔導士団の団長様、すごくかっこいいでしょ。」

「えー、あのおっさん、かっこいい?・・・あ、キャサリン、ブライアンがむっとしてる。」

「あらいやだ、ブライアン様、私、かっこいいって言っただけで、大好きなのはブライアン様だけです。私はただ、ハゲててかっこいい人がいるって言いたかっただけで。」

ブライアンはキャサリンを抱き寄せて

「わかってるよ。」

と言った。

「はあ、どうもごちそうさまです。お腹いっぱいです。そうか。でも、俺たちよりは年上だよね?」

「そうだなあ。そう思うが、どうだろう。」

「別にどうだっていいだろう。興味ないね。」

「あれ?ブライアン、なんか冷たくない?なんで?嫌い?」

アレックスがニヤニヤ笑って訊いてくる。

「嫌いじゃない。だが、なんかいけ好かない。」

「いけ好かないって、なんで?」

「わかるわかる。あいつ、なんかキャサリンに馴れ馴れしいよな。」

「あー、そういうことね。うん、それならわかる。あれ、キャサリンのこと、けっこう惚れてるよね。」

「うそ。そんなことありませんわよ。」

「キャシーはいつも人に好かれるから気にならないんだろう。」

「いやだ、ブライアン様ったら、私のこと、そんなにかいかぶって。」

ラルフが

「いや、ブライアンは正しいぞ。キャサリンのファンは魔導士団にもそりゃもう大勢いたんだぞ。」

と言う。

「うそばっかり。」

「うそじゃないよ。ねえ、ラルフィーも俺も実際魔導士団でみんながキャサリンのこと話してるの聞いてるから知ってるんだもん。」

「そうだぞ。ブライアンもキャサリンがモテまくるから心穏やかではいられないよな。」

「そんな。やめてください。ブライアン様に比べたら、どんな方だって月とスッポンですわ。」

「はいはい、どうも。」

「あ、ごめんなさい。」

「いいよいいよ。キャサリンはそういうところも可愛いんだもんな、ブライアン。」

「うむ。」

「まあでも、あれは無理だよね。俺たちよりおっさんだし、なんかかっこ悪いし。」

「ブライアン様は、そりゃあもうかっこよくて、街を歩けば女性が振り返って見てますのよ。私、ヤキモチ妬いちゃいますもん。私、本当にブライアン様より素敵な殿方を見たことありませんわ。」

「キャシー、君ってひとは。」

「ちょっと待ったー。今またいちゃいちゃモードに入らないでよ。俺たち真面目な用があって来たんだからさ。」

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