第27話 新たな地へ

 「ところで、領地にご静養に行かれる件ですが、明日の朝出立でよろしいですか?今夜のほうがよろしいですか?」

ブライアンが話題を移した。

「おお、そうじゃった。そうしてもらえると助かる。何と言っても、もうあとわずかの命らしいのでな、はやく行くにこしたことはない。」

ブラッドレー卿がそう言ってニヤリと笑う。

「では、皆、これから荷造りをして、今夜、出かけようぞ。」

「儂も同行して良いか?一度行っておけば次からは転移で行けるのでな。」

ウッドフェルド卿が言うと、アレックスも

「僕も、お願いします。」

と言い、結局その場にいる全員と、執事、マリー、ミゲールとミモザ、その他、使用人が数人という大勢となった。


 ブライアンが

「実はキャサリン、君がいない時に勝手に君の友達である魔女殿と話をしてきてすまないのだが」

そこまで言うと、キャサリンは

「まあ、そんなに気を使わないでくださいな。もう魔女のおばあさまはブライアン様のお友達でもあるんですから。まあ、おばあさまじゃなくて若い女性だったらちょっとヤキモチ妬いちゃいますけど。」

そう言っていたづらっぽく笑った。

「なっ、なにを。そんな心配は全く必要ないぞ。」

ブライアンがムキになって言うのを見て、周りは生暖かく見守っている。

「良いなあ、若い者は。」父たちもそういってニヤニヤしている。

それに気づいたブライアンは焦って話を戻す。

「ゴホン。実は、魔女殿にいろいろ教えてもらっているうちに、魔法と薬草を同時に使ってそれをエネルギーに変えたりなど、いろいろ面白そうなことができそうで、差し支えなければ魔女殿も研究施設に来ていただければ助かると思うのですが、いかがでしょう。」

「まあ、素敵!おばあさまと一緒に過ごせたら楽しそうですわ。」

キャサリンはいちばんに喜んだ。

ブラッドレー卿も、

「それは面白そうだな。ご本人の承諾済みか?」

「はい。かなり謙遜しておられましたが、キャサリンの子供を抱きたいからなんでも手伝うと、また、お産の苦しみも減らせると言っておいででした。」

「それは良いな。お産と産後はなかなかたいへんなものだが、魔女殿がついていてくれれば安心だ。」

両方の父は喜んでいる。

ラルフとアレックスも、

「そうだな、ブライアンがいつのまにか自力で透明になっていたのを見て、すごく興味があったのだ。魔女殿は大歓迎だよ。」

と、皆が喜んだ。

「では、さっそく荷造りと、キャシー、魔女殿のところにつきあってもらるか?」

「はい。」

そしていったん解散となった。


 その夜、皆はブラッドレー邸に集まり、出かける。

「ふふふ、みんなでお出かけって楽しいですわね。」

キャサリンは気楽そうに笑っている。

「いやいやキャサリン、これはもう先が短い父上と俺の静養への旅なのだから、悲しい旅なんだぞ。」

ラルフがそう言うとキャサリンは慌てて

「あ、そうでしたわね。ごめんなさい。」

と神妙に謝った。


 そこにブラッドレー卿の

「おーい、ポール、釣り竿は忘れてないだろうなー。」

と、実に気楽な声が聞こえてきて、一同は噴き出してしまった。


 使用人たちと子供以外は皆収納魔法が使えるので、荷物はとても少ない。

使用人たちとラルフとアレックスを先に送り、次に2人の父と魔女、子供たちとキャサリンとブライアンが続いた。

ブラッドレー卿とラルフ以外は初めての地なので、皆珍しそうにあたりを見回している。

着くとすぐにブライアンは認識阻害と結界を島全体にかけた。


 邸は昔からいる少しの使用人たちが、すでに綺麗に用意してくれていた。

ブラッドレー卿の「病室」は2階の海の見えるとても良い部屋だ。ウッドフェルド卿の部屋も2階に用意してある。さらに、魔女の部屋も2階。魔女が「私なんぞがこんな良い部屋に住まわせてもらっては勿体ない、どこか庭の隅にでも住まわせてくだされ。」と言うのだが、「何をおっしゃる。これからいろいろと教えを乞うのだ。良い部屋でゆっくりしてもらわんと、我々に罰が当たる。」ブラッドレー卿はそう言って譲らない。魔女は居心地悪そうに、でも嬉しそうにしていた。

ラルフの部屋は3階で、やはり見晴らしの良い部屋だ。

ラルフの部屋と反対側の翼にはキャサリンとブライアンの部屋がある。子供たちの部屋もキャサリンたちの部屋のそばにある。

1階は共用の部屋や客間、そして別翼は使用人の部屋だ。この邸は使用人の部屋もなかなか良い部屋になっている。使用人たちは「こんなお部屋でよろしいのでしょうか。」と恐縮しているが、「これからは、もう我々は公爵でもなんでもない。皆と同じ身分だ。いままでの身分などは忘れてもらえると嬉しい。世話してもらうのだから、休みの時間はゆっくりしてもらわんとな。」とブラッドレー卿が言って、さらに感激させていた。


 夕食はキャサリンとレスターとマリーで急いで準備して持って来たハンバーガーとポテト、それにサラダ、という簡単なものだ。

ハンバーガーはブライアンだけは知っていたが、他の者たちは初めての料理で、皆、その美味しさに驚き、皆で全部平らげた。

「お嬢様、これは美味いですなあ。なんという料理で?」

「これ、気にいっていただけた?これは、ハンバーガーっていうんです。」

「ハンバーガー、ですか。いや、実に美味い。それと、このジャガイモを揚げたものも赤いソースをつけると食べだしたら止まらんですな。」

「そうじゃろう。この赤いソースはケチャップと言ってな、いろいろなものに合うのだ。儂はこれさえあればなんでも食べられる。」

料理人たちは、これからキャサリンにいろいろな料理を習いたいと、頼み込んでいた。


 「さて、ここで少しこの島の生活について、ブライアンから説明してもらおう。ブライアンは国の筆頭魔導士でな、我が国一の魔法の使い手だ。今はまだ国に雇われているが、近い将来退職してこちらに専任となる。これからよろしく頼むぞ。」

ブラッドレー卿がそのようにブライアンを紹介した。

「ブライアンです。これからは、できるだけ近いうちにこちらでの仕事を専業にしますので、どうか国の筆頭魔導士というのはいずれお忘れいただけると有難いです。」

ブライアンはそう挨拶して、それから島全体に結界を張り、認識阻害魔法をかけていることを知らせた。

「国から、あるいはどこからかまだわかりませんが、我々の動向を探りに来る忍びが現れると想定されます。みなさんご存じの通り、卿もラルフ殿も、実はいたって元気ですので、それを知られないように幻惑魔法をかけていますが、万一誰かに訊かれるようなことが合ったら、卿とラルフ殿は、運よく命だけは助かったが、この先一生車椅子の生活で、身体のあちこちに障害が残ってしまって気の毒だ、というようなことを言ってください。それから、キャサリンですが、彼女はラルフ殿の看病をしていると言うことにしてください。来年早々に出産を控えているのでその辺をご配慮いただけると有難いです。また、王家がキャサリンを嫁にと狙っているようなので、攫われる恐れもあります。それもご注意いただきたい。」


 「では次に、倅から、事情をいろいろと説明しよう。」

「ラルフです。皆さんのことは信用していますので、隠さずすべてお話します。途中質問があればなんでもお訊きください。まず、父と私が仮病を使った理由ですが、父も私も爵位を返上して平民になりたいという希望がありました。しかし、我が家は公爵家なので、いきなり爵位を返上するとなると王家に対して謀反の恐れがあると思われ、非常に危険であることから、なんとか穏便に爵位を捨てる方法を考えた結果が仮病ということになりました。」

「あの、すんません、なんで公爵様をやめちまいたいんすか?公爵様なんて、なりたくったってなれねえようなえれえお方なのに。」

「そんな風に思うのは、実は本人以外の人たちかもしれないです。貴族の中には貴族だと威張りくさって民から税金などを取り立てて遊んで暮らしている不埒な輩もいますが、それは変だと思いませんか?また、貴族と言うのは王家に忠誠を誓っているわけで、王からの命令とあらば、絶対に断れません。嫁を差し出せと言われれば、わかりましたと妻を差し出す、子供をよこせと言われれば、はいと言って子供を取られてしまう。また、やりたくもない戦争で戦わなければならなかったり、王の命令ならば、無実の人間を殺すこともしなければならない。貴族同士の醜いつきあいもばかばかしくて時間の無駄だ。言い出したらきりがないが、それよりもやりたいことをやるほうが良いと思って、こういうことにしました。そもそも、人間は皆同じ、平等なんです。人に上下関係があるのは間違っている。」

「へえー、そんなすごく良いお人の貴族様もいらっしゃるんですねえ。おらあ、嬉しくなっちまったよ。」

「そりゃあ嬉しいな。よろしく頼むよ。それで、次に進んでもいいですか?」

「へえ、どうも。」

「これから我々が何をしていくか、ということですが、まず、邸の別館を研究所とします。そして、魔道具を開発していきます。現在、魔法が使える者は、そのほとんどが貴族で、貴族は魔法の力を使って便利に暮らしています。それを、魔力や薬草などを組み合わせることによって、魔法を使わずとも、便利に生活できるようにする、というものが魔道具です。簡単なもので例を挙げると、これです。」

ラルフは扇風機を机の上に置いた。

「これは魔石を動力とし、風魔法を起こすものです。ほら、風が起きているでしょう?暑い日に、これがあると、かなり涼しく快適に過ごせます。」

「へえー、こいつはすげえや。」

「それからみなさんに紹介しておきたいんですが、こちら、魔女の・・・ええと、お名前いただけますか?」

魔女は恥ずかしそうにもじもじと立ち上がって、蚊の鳴くような声で「ゼレ」と言った。

「ゼレさんです。詳しいことはいずれまたブライアンから話すと思いますが、魔法と薬を組み合わせると、驚くほど高性能な魔道具ができるようで、これからこれを研究していこうと思っています。」

「坊ちゃま、おれらは魔道具とか難しいことはわかんねえけんども、なんかできることあったらなんでもおっしゃってくだせえ。なんでもいたしますぜ。」

「ありがとう。だがその、坊ちゃま、だけはやめてくれ。もういい年なんでな。」

ラルフがそう言って、使用人たちが一斉に笑った。


 ブラッドレー卿が続けた。

「こちらはウッドフェルド卿だ。儂の若い頃からの親友だ。いや、悪友かな。まあ、いずれにせよ、もっとも親しい友人だ。彼はすでに爵位を返上している。これから彼と共に魔道具の研究開発をしていくことになるので、よろしく頼む。それからこちらがキャサリン。今はラルフの妻ということになっているが、実はブライアンの妻だ。ラルフのパートナーはアレックスで、彼はまだ魔導士団に所属している。しばらくしてから退団し、こちらに合流することになる予定だ。キャサリンは来年早々出産を控えておるので、なにかと世話になることもあるかもしれん。よろしく頼む。キャサリンは、おそらくこのなかで一番アイデアをもっているので、我が研究所の貴重な戦力でもある。」

「あのう、ハンバーガーの作り方をご存じなんすよね。」

「そうだ、キャサリンはたくさんの美味しいもののレシピを持っているので、これからいろいろ訊くがよい。キャサリンはほとぼりが冷めたら、王都でレストランを開く予定なので、それに参加するのも良いかもしれんな。」

「おお、そりゃあ楽しみだ。じゃんじゃん美味いものを作りますぞ。」

「ふふふ。よろしくお願いしますね。」

ブラッドレー卿がキャサリンに

「子供たちのことも紹介してくれるか?」

「はい。」

キャサリンはミゲールとミモザのところに行って、紹介する。

「みなさん、この子がミゲールです。調理場を手伝ってもらってます。それと、家で勉強もしてます。これからなにかミゲールがやってみたいことがあったら、みなさんに教えてくれと言うでしょうけど、その時はどうぞよろしくお願いします。それからこちらの子はミモザです。まだちいさいですけど、みなさん、可愛がってあげてくださいね。」

その場の者たちがかわいいねえ、となごんでいる。

「さて、それでは一応こちら側の紹介が終わったので今夜は休むとするか。また明日以降お互いに紹介しあおうぞ。」

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