第25話 転地療養
さて、キャサリンの誘拐騒ぎは、翌日にはもう騎士団に知れ渡っていた。
アレックスの報告は
「キャサリンが聖女かどうかというのは話題になってなくて、それよりも、グリーンバーグがキャサリンに横恋慕して、自分の女にしようと攫ったことになっていた。元々騎士たちはキャサリンのファンが多いところにもってきて、団長の妻を攫うなど、とんでもない、ということで、グリーンバーグとミルトンは針の筵状態。ただ、みんな病気の団長を心配していて、こんなときによくもまあ夫人を攫うなどできたものだと、より一層顰蹙をかってるよ。」
「なるほどな。まあ、これでグリーンバーグも終わったな。」
ラルフはほっとしたように言った。
キャサリンは嬉しそうにしている。
「ところでさ、嫌な話も聞いてきたよ。」
「なんだ?まさかバレてるなんてことじゃないだろうな。」
「ちがうちがう、その反対。」
「反対というと?」
「いやーな気分になるけどね。・・・あのね、王家は本当にキャサリンを王子の嫁にと考えてるみたいなんだって。でも、たぶんこのまま何日か経てばラルフは死ぬだろうから、わざわざ動かなくても、キャサリンが未亡人になるのを待って、王子の嫁にすればいいって話してるんだってさ。」
「まあ!失礼しちゃうわ。私だって同じ家にいて看病してるのに、どうして私は移らないって思うのかしら。私だって人の子ですわ。」
「え?そこ?」
アレックスが驚いてラルフを見た。
「あははは、キャサリンは怒りどころがちょっと特殊だな。」
「え?あら?そうですか?」
キャサリンは本当になにがおかしいのかわからないようだ。
「でもさ、もうブラッドレー卿とラルフィーは死亡確定みたいに言われてるよ。」
「ははは、そりゃあいいな。それじゃあ小康状態になったから静養に行くかな。ねえ、父上。」
「うむ、そうだな。震える手で国王に暇乞いの手紙でも書くとするか。」
「どこにいらっしゃるんですか?」
「ああ、あの島が良いだろう。転移魔法で行くならば、死にかけている儂でも行けるぞ。」
ブラッドレー卿がニヤリと笑う。
「そうだわ、たしかブライアン様がおばあ様から身体が震えるお薬をもらったっておっしゃってましたわ。それで、お医者様の前でお手紙書かれて身体の震えをお見せになったら、とても自然にできますわよ。」
「それは良いな。ブライアンにその薬を使ってもらおう。」
医者の診察の前にブライアンが薬を持って来た。
「これは4分の1ほど飲むと身体が細かく痙攣し、半分で大きく痙攣発作、全部飲むと意識を失うほどの痙攣発作になるそうです。手紙を書くなら4分の1で十分でしょう。半日くらい持続するそうです。」
「半日も持続せんでも良いのだがな。」
と言いながらブラッドレー卿はラルフと一緒に薬を飲んだ。
「ああー、すごいぞ。震えが止まらん。」
ラルフが面白がって物を持ったり置いたりしている。
「とても飲み物を飲むなんてことはできないな。」
そこへ医者がやってきた。
医者はマスクを3重にかけ、大きなメガネ、手袋、手術衣のような出で立ちで現れた。
医者は、カルテに脈が弱い、顔色が非常に悪い、全身むくんでいると書いた。
ブラッドレー卿が震える声で、医者に
「王室に手紙を書くので持って行ってもらえるか?」と訊き、キャサリンに手紙を書く準備をさせた。
そして、書くのだが、手が震えてなかなか書けない。
やっとの思いで書き、署名して、医者に託した。
医者はブラッドレー卿を励まし、逃げるように部屋を出た。
次にラルフの部屋に向かう。
ラルフはしきりにのどが渇いたと訴え、キャサリンに水を頼む。
しかし水を持った手は震え、水を飲むことができない。
キャサリンが飲ませると、むせて大きく咳き込んだ。
医者はラルフも励まし、そそくさと部屋をあとにした。
最後に医者はキャサリンと使用人たちを軽く診察し、くれぐれもマスクや手袋などを怠らないように、おそらくもってあと数日だろうから、覚悟をしておくようにと言って邸をあとにした。
医者が去ると、キャサリンはブラッドレー卿の部屋にお茶を持って行った。
ラルフも一緒にいる。
「キャサリン、ご苦労だったな。どうだ、儂の演技は。」
「ふふふ、お義父様は名優ですわね。ラルフ様もあの水を飲む時の演技は大したものでした。」
「しかし、儂は医者がむくみが出てきているというのを聞いて、危うく噴き出すところじゃった。このごろ何もせずにぐうたらして食ってばかりいるから太ってきたが、それをむくみと言われるとはな。」
「ところで父上、手紙にはなんと?」
「もう先が短いのは自分でもわかる。息子も同様だが、できれば息子だけでも助かってほしい。最期は領地で静かに終わりたい。あとのことは家令とブライアンに託すのでよろしく頼む、と書いておいた。」
「なるほど、それでブライアンが皆を連れて領地に行くわけですね。」
「お義父様、きょうはお医者様にもってあと数日だから覚悟しておけと言われました。」
「そうか。では今夜にでも領地に行くかな。荷物をまとめよう。アレックスとブライアンに伝えてくれ。」
ブラッドリー卿がそう言った時、ブライアンが現れた。
「まあ、今お呼びしようと思ってましたのよ。」
「そうか。実はさきほど王室に呼ばれて話をされたので、その報告に来たのだが。」
「おう、何と言われた?」
「ブラッドレー卿から手紙を受け取った。また、医師の報告も受けた。ブラッドレー卿はもってあと数日、ラルフはまだすこし余裕がありそうだがしかし長くはなさそうだ、ということだ。手紙には最期を領地で迎えたいので、家令と俺にすべてを託すと書いてあったと。それで、これからしばらくはブラッドレー家につきあって世話を焼くようにと言われた。」
「そうかそうか。万事うまく進んでいるな。」
一同が悪い顔をして笑っていると、そこにアレックスが現れた。
「ちょっと、みんな何笑ってるの?今、城は大騒ぎだってのに。」
「大騒ぎ?」
「そうだよ。ブラッドレー卿はもうあと数日の命で、ラルフィーもそう長くはないだろうって。それでブラッドレー卿はブライアンに領地に連れていくことと後始末を託した、って。」
「ああ、王室から正式にその依頼を受けた。」
「それでこれから荷造りするんだよ。」
「ラルフィー、なんだか嬉しそうだねえ。でもね、騎士団は大騒ぎだよ。だって、団長が重病で筆頭魔導士がしばらく仕事できないんだもん。」
「そうか、では手紙を書こう。副団長に団長の権限を委譲する。ちょっと待ってろ。」
ラルフがさらさらと手紙を書いた。薬のせいで震える字だ。
「なにこれ、なんでこんなに字が震えてんの?」
「すごいだろ、魔女の薬のおかげで震えてるんだ。」
「へえー、魔女ってすごいな。」
「アレックス、お前はこれからは毎晩領地の家に来てくれ。一度ブライアンと一緒に行けば、あとは転移できるだろう?」
「そうだね、ブライアン、よろしく。」
そこへのんびりとした顔でウッドフェルド卿がやってきた。
「噂を聞いたぞ。お前、もうそろそろ危ないんだってな。」
「そうなんだ。いや、面白いのだがな、このごろひまで食ってばっかりいたら少々腹が出てきたと思っていたら、医者がそれを見てむくんでいると。」
「それは面白がっちゃダメですよ。本当の病気の方に失礼だ。」
「おお、アレックス、君、なかなか良いことを言う。気に入ったぞ。」
「儂はこのところ残務整理で大忙しだ。いや、領地の引継ぎというのは大変なものだなあ。お前はどうするのだ?」
それを聞いてブライアンがぎょっとしている。
「王室あてに手紙を書いた。あとのことは家令とブライアンに任せると。」
「それは・・・ブライアン君、大変な役目をもらってしまったなあ。」
ブライアンの目が泳いでいる。
「ああ、心配ない。家令はもう何十年と領地を仕切っていて、いわば領主のようなものだからな、そして、うちは公爵家だから、王室からすぐに跡継ぎが来る。家令がそれに移譲するのの証人となれば良いだけだ。」
「父上、もう後継者は決まっているのですか?」
「おそらく王位継承者の下位のものになるだろう。お前も一応は王位継承権はあるのだぞ。」
「へえ、そんなお方が爵位を捨てるって、ずいぶん思い切ったことですねえ。」
アレックスが今更ながら感心している。
「うちは公爵家といっても、血縁など無いに等しく、王家にしてみればいなくなって幸い、というところだろう。お互いに親戚という意識もないしな。」
「そうだよね。俺なんか王家の親戚だけのパーティーとか、行ったことないな。」
「あんなもの、行くだけ時間の無駄だ。」
ブラッドリー卿は爵位など、まったく未練はないようだ。
「ポールよ、儂はあの島だけ買うことにした。そして、島を研究施設とする。あとはこの邸と隣の邸を残す。これだけあれば、まあ、研究施設には問題なかろう。」
「そうか。儂のところは王都の邸だけ残すことにした。」
「まあ、お父様、それでよろしいの?」
「うむ、だがな、王都の邸は全員残りたいと言われたぞ。少しだけ、キャシーの計画を話したところ、ぜひ手伝わせてくれとな。」
「まあ、そうなんですか?」
「皆、お前のことが好きだから、食べていければ十分だからどうか置いてくれと。ありがたいことだ。」
「まあ、そんな嬉しいことを。ではまずはレストランと宿屋ですわね。がんばります。」
「儂はこやつと一緒に魔道具作りだ。」
「おお、腕が鳴るな。・・・ブライアン、君のほうはどういう予定になっておるか?」
「はっ、それなのですが、私は元々平民ですので辞めようと思えば、まあ、それほど難しくないとは思っています。ちょうど副団長が団長に昇格しますが、彼は難しい人間でもないと思いますし。」
「そうか。まずは儂とラルフが社会復帰できないということになって、そこからじゃなあ。まあ、島の邸でこっそりと研究を始めようとは思っているがな。」
「それにはぜひ参加させていただきたく、お願いします。」
「もちろんだ。君は貴重な戦力だからな。あてにしておるぞ。」
「心配なのは、キャサリンのことだよね。ラルフィーはどうするつもりなの?」
「そうだなあ、死なずに障害が残って看病生活ということにしてくれれば、王家は嫁にとれないから、とりあえずはそれでどうかと思うが、でも、それじゃ正式に結婚するのが遅れて嫌か?」
「俺は形式は全く気にならない。」
「私も、です。」
「ではとりあえずは」
そこまで話したとき、執事が
「失礼致します。お客様ですが、いかがいたしましょう。セビエスキ公爵と名乗っておいでですが。」
「なに?では、この病室に通せ。マスクを渡してくれ。皆はすまないがしばしの間隠れていてくれ。隣の部屋で話を聞いていてくれてもよいぞ。」
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