第23話 魔女

 翌日、さっそくキャサリンとブライアンは魔女の店に向かった。


 「おばあさま、いらっしゃいますか?キャサリンです。」

キャサリンが魔女の家に声をかけると、扉が開き、なかから老女が満面の笑みで出てきた。

「おお、おお、キャサリン、元気そうだな。まあ、中にお入り。」

「はい。あ、こちらは私の最愛の方です。」

「ブライアンと申します。以後、お見知りおきを。」

ブライアンは恭しく騎士の礼をとった。

「おやまあ、こりゃびっくりだ。こんなふうに礼をしてもらったことなど初めてじゃよ。」

魔女は嬉しそうに目を細めてブライアンを見た。

「まあ、まずは茶でもいれようかね。」

「それでしたら私がいたしますわ。お茶菓子をお持ちしました。」


 支度をしながら、キャサリンは

「おばあさま、私ね、赤ちゃんを授かりましたのよ。」

と、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「おお、それはそれは、おめでとう。いや、嬉しいな。」

「生まれてきたらおばあさまにも抱っこしていただきたいです。」

「おお、おお、なんと光栄な。ありがとうキャサリン。おまえさんはいつもこの婆に幸せを持ってきてくれるなあ。」

そんなふたりをブライアンは幸せそうに見守っている。


 「ところで、何か大事な用件があるのじゃろ?言うてみ。」

「はい、実は・・・」

キャサリンがこれまでのことや事の次第を説明すると、魔女はしばし沈黙し考えている。

「ラルフ様は平民にはならない、ということか?」

「いや、彼もゆくゆくは平民になりたい意向です。」

ブライアンがそう答えた。

「そうか・・・」

またしばしの沈黙が続く。


 しばしの沈黙の後、魔女が言った。

「流行り病というのはどうかね?」

魔女が低く笑う。

「流行り病は、一家が全滅することもある。死なないまでも、普通の生活ができないほど弱ってしまうことも多い。ひと思いに親子共に罹って復帰できぬようにしてしまえば問題もなかろうよ。ついでに嫁御もな。」

そういうと魔女がくっくっくと笑う。

「高い熱が出て、全身に発疹が出るくらいのことならしてやれるぞ。しばらく車椅子ですごせばよいじゃろうて。」


 「なるほど、その手がありましたか。」

ブライアンが感心している。

「魔法ではできないことが、まだまだあるのですね。そう思うと、魔法にこだわっているのは愚かだな。」

そう言うブライアンを見て、魔女はキャサリンに小声で言った。

「おまえさんの大事な人はなかなか大した御仁じゃの。」

と、嬉しそうに言う。

「はい、とても。心から尊敬していますし、大好きなんです。」

キャサリンも嬉しそうにしている。


 「それで、もうひとり、キャサリン嬢、ああもう嬢ではないな、様じゃ。ともかく、キャサリン様のほうは、お腹の赤子が大事じゃから、熱を出したりするのはいかんな。・・・」

魔女がそう言って考えている。

「どうじゃな、どこか一緒に療養に行くというのは。」

「それは良い考えだ。そして看病してうつってしまったということにする。」

「別邸があるんじゃな?それなら都合がよい。看病しているうちにうつってしまったということにできるしな。見えるところに発疹を化粧しておけば、あとは具合悪そうにすれば良いじゃろう。」

「キャサリンに関しては幻影魔法で妊娠を隠し、病に罹っているように見せることができる。いや、魔女殿、いろいろ勉強になって有難い。これからも教えを請いに来ても良いだろうか?」

「こりゃたまげた。天下の筆頭魔導士様にこんなことを言われるとは、長生きはするもんじゃ。」

魔女は嬉しそうに笑っている。


 「お婆様、ありがとうございます。はい、ブライアン様は人を見下したり、偉そうにもなさらず、向上心がすごくおありで、本当に立派な方なんです。私、おそばに居られてとっても幸せなんです。」

「そうかそうか。よかったの。幸せそうで、この婆も嬉しいぞ。ブライアン様、このかわいい姫君をどうかよろしく頼んだぞ。」

「はい、もちろん命に代えても大事にする所存です。」

「もう、ブライアン様、命に代えてもだなんておっしゃらないでくださいませ。」

キャサリンがそう言ってすこしむくれる。

そんなふたりを魔女は嬉しそうに見ていた。


 ブラッドレー卿は思いのほか名優のようだ。

翌日、執務中に具合が悪そうにしていたかと思うと、胸を押さえて倒れ、驚いた秘書たちとラルフに送られて自宅に戻ってきた。

自宅にはキャサリンがいて、すぐに寝室に寝かせ、付き添ってきた医者が様子を見た後、城に戻っていった。

誰もいなくなったのを見計らって、ブラッドレー卿は結界をかけてから、笑いながら、

「どうだ?儂の演技は?」

と自慢げに言う。

ラルフは

「父上、どこに間者がいるかもしれません、気を付けてください。」

「わかっておる。さて、これからこの薬を飲んで、しばし本物の病人のようになるのだな。具合が悪くなるのは気が進まないいが、まあ、仕方のないことだ。」

そういうと、一気に薬を飲みほした。


 薬を飲んでしばらく午睡を味わっている間に、ブラッドレー卿は顔や体に発疹が出はじめ、熱も上がってきた。

ラルフは医者を呼び、医者が丁寧に診察している。

そして医者は言った。

「もしかすると、数年前に流行った、流行り病かもしれません。私は少々調べ物をしますので、このまま症状が悪化するようならもう一度ご連絡ください。」

ラルフは内心しめしめと思ったが、それは隠して、

「治るまでにどのくらいかかるものでしょうか。」

と訊いたのだが、医者は

「はて、まだ調べてからでないとなんとも言えませんが、きわめて危険な病だということを申し上げておきます。」

「それは、まさか、命にかかわると?」

「私の見立てが確かならば、そうですな。命を落とすこともあります。」

ラルフは驚いた顔をし、しばらくしてから

「で、では、王宮に報告を。」

「それは私のほうから致します。できれはこの部屋にはどうしても必要な者以外は入らないようにお願いします。」

「それは感染するということですか?」

「はい、おそらくは。ラルフ卿もあまり近くにいらっしゃいませんよう、ご注意ください。」


 医者はそう言うと、自らも慌てて去って行った。


 「息子よ、うまくいったようだな。さて、医者からの報告が来たら、王宮に報告してくれ。」

「はい。すぐに致します。」

キャサリンが

「お義父様、お体の具合はいかがですか?」

「それが、不思議な薬でな。熱も高いようだし、発疹も出ているのだが、具合のほうはなんともないのだ。ちょっと暑いと感じるが、それだけだ。それでじっとベッドにいるのはつまらんなあ。」

「まあ、それはようございました。日頃忙しくお仕事なさっているんですから、たまにはゆっくりお休みくださいな。」

「キャサリン、医者から知らせが来て、ラルフが王宮に届け出たら、ポールを読んでもらえぬか?退屈でたまらんから、今後の話でもしようぞ。」

「ふふふ。かしこまりました。父も喜んで参ると思いますわ。」


 そんなふうに長閑に話していると、医者からの使いが来て、深刻な流行り病なので自宅に隔離するように、家族や使用人もその他接触した者も同様で家を封鎖、隔離するように、という連絡だった。

それを受けてラルフが王宮に電信鳩でその旨を報告、同時にブライアンとアレックスにも連絡をした。

ウッドフェルド卿はのんびりと転移魔法でブラッドレー邸に来た。軽食と酒とつまみを持ってきている。

「どうだ、退屈だろう。こんな退屈な時間などめったにないからな。せいぜい味わっておくんだな。」

「儂はだめだ。こういうのは向いてない。王宮生活とおさらばしたら、すぐに働きはじめんと、もう気が変になってしまう。」

「よいよい。死ぬまで働こうぞ。儂はキャサリンがどれほど助けが欲しいかによるが、それ以外は魔道具研究所暮らしだな。」

「儂もそうするぞ。場所はどこにしような。研究はさておき、王都のほうが商売に良いな。」

「そうだな、王都の儂の邸の別館で、生活魔道具を作るというのはどうかな。そして、どちらかの領地に武器、武具の魔道具研究所を置く。」

「うむ。武器、武具に関しては、王に疑われてはいかんから、あまり積極的にはしたくないのだが・・・」

「では、徹底的に病気で後遺症を出して、生活魔道具だけでいくか。」

「それが良いな。ラルフも重篤になってもらって、2人で廃人同然、程度になっておけば良いか。」

「おい、本当に廃人になるなよ。」

「当たり前だ。」

2人はそんな話をして盛り上がっている。


 ラルフはアレックスとキャサリンと共に自室でこれまでの領地経営をまとめている。

「急病で治らず後遺症が出て辞めるなら、領地はうちはしっかりした家令がいるから任せてしまえばよいな。」

「そうだね。ねえ、ラルフィー、あのさあ、子供のことなんだけど。」

「ああ」

「無理して跡継ぎの子を産んでもらう必要なくない?かわいがるだけなら、キャサリンたちの子をかわいがればいいじゃん。」

「そうなんだよな。こんなふうになったなら、いっそ今でもすっぱり離婚すればいいと思ったのだが。」

「思ったのだが?」

「うん。そうすると、王家がキャサリンを奪うだろう。」

「あ、そうか。」

「それは避けたい。」

「そうだね。それじゃどうしたらいいかな。キャサリンにもうつってもらう?」

「今は王家も妊娠のことを知らないと思うんだ。だから他国に逃げてもらうのもアリかと思うんだが、ちょっとキャサリンとブライアンも交えて話そう。」


 「そうだね。あ!」

「なに?」

「うちの親戚筋にさ、ハース国の王太子に嫁いでる子がいるんだよ。僕とは幼馴染で嫁ぐ前はたまに会ったこともある。たしか何人か子にも恵まれてると聞いてる。王がまだ健在だからけっこう年になってるけどまだ王太子なんだけどさ、良い人だよ。もしかしたら、保護してくれるかもしれない。そしたらキャサリンのこと妹みたいにかわいがってくれるかも。ブライアンもそこで魔導士として雇われるかもしれないし、ちょっといろいろやりたいってことはこの国の中での話だけどさ、でも、ハースも良い国らしいし、いっそのことみんなでいっちゃうのもいいかも。あそこはうちよりもっと開けた国だから、僕たちみたいなカップルもいっぱいいるんだって。」

「へえ、それもいいな。まあ、ずっと行ったきりにならなくても、落ち着くまで逃げてるという手もあるしな。」

「私、おねえさまとか、誰もいないので、もしお付き合いいただけたらすごく嬉しいです。」

「だよね。ちょっとお父上に話してみたら?僕も兄上に話してみるけどさ。」

「ありがとう。そうだな、いい考えだ。」


 そんな話をしているところにブライアンが戻ってきた。

「キャサリン、大丈夫か?」

「はい。気分いいです。きょうはラルフ様とアレックス様がお仕事なさっているのを見てました。お手伝いしてないから、お邪魔なだけ。ふふふ。」

「そうか。せいぜい邪魔してやるといい。」

「おい。お前。」

「いいじゃない、ラルフィー。キャサリン可愛いからさ。目の保養。」

「ばか、そういうこと言うと、見てみろ、心の狭い男が不快むき出しの顔してるぞ。」

「あっ、ほんとだ。」

「当たり前だ。キャサリンをじろじろ見るな。減る。」

「まあ、ブライアン様ったら。」

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