第22話 ブラッドレー卿の過去と未来

 その夜の食事と食後の団欒は、全員にとって、とても幸せなものになった。

若いカップルたちはもちろんだけれど、父2人の考えていることに、みな驚き、感動した。

なんと、2人の父は2人ともキャサリンの希望にいたく感動し、自分たちも仲間に入れてほしいと言ったのだ。

ウッドフェルド卿は、キャサリンとよく話していたので、手伝いたいという気持ちになるのもわかるが、ブラッドレー卿もということに、ラルフはもちろん皆が驚いた。


 「なぜそんなに驚くのだ?儂をなんだと思っておる?」

「父上、そうは申されますが、父上は高位貴族の集まりでも保守派の長で、私はてっきり保守的なお考えと信じて疑いませんでした。」

「うーむ、我が息子にもそうだったというのは残念だ。」

「ジェームスよ、それは仕方がないだろう。お前はいつもしかめっ面で正論ばかり吐くからな。」

ウッドフェルド卿がニヤリとしながらそう言う。

「仕事となればやむを得んだろう。この国は歴史の長い国だからな。それを維持していくには保守的な考えは必要だ。」

「お前、今は会議ではないぞ。まあ、こんなだからご子息が誤解するのも無理はない。」

ウッドフェルド卿はそう言って笑う。

ラルフが訊く。

「父上。父上は仕事と私的な人生は全く分けてお考えなのですか?」

「それはそういうものだろう。しかしな、やはり儂には家の嫡男というものが重かった。まあそれは、お前にも理解できるであろうがな。」


 ラルフが言葉を探していると、ウッドフェルド卿がいたずらな顔で話し出した。

「ラルフ殿、今宵はそなたの父上の失恋の話をしよう。」

ブラッドレー卿が慌てて止めるが、ウッドフェルド卿は続けた。

「ジェームス、この話はラルフ殿にはしておいたほうが良いと思うがな。」

ブラッドレー卿は何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。


 「ラルフ殿、きみの父上と儂は同期でな、同じ学園を卒業し、共に魔導士団に配属されたのだ。学生時代から君の父上がいつも1番、儂はどうしても2番から上に上がれなかった。しかも1番と2番の儂の差はいつも大きく開いていた。君の父上は本当に優秀な魔導士だったよ。」

「だった、とはなんだ。今でも優秀だぞ。」

「ははは、そうだな。でもラルフ殿に勝てるかな。」

「煽るな。勝負したくなる。」

「いえ、私は父上と勝負など・・・」

「ははは、まあよい。その彼はな、学ぶことも、修行することも、なんでもとことん打ち込む奴だった。そう、なんでもな。」

ウッドフェルド卿はそう言いながらちらりとブラッドレー卿を見、ブラッドレー卿は照れたような顔を背けた。

「そんなこいつがとことん惚れたことがあるのだ。」

「えっ、母上より前にですか?」

「ああ、そうだ。君の母上と出会ったのは、失恋してから何年も経っていた。」

「知らなかった・・・てっきり母上だけかと。」

「ラルフよ、儂が愛した女は母上ただひとりだ。嘘ではない。」

ラルフは理解できないような顔をしていたが、やがて、はっとブラッドレー卿を見た。

「そうだ。儂はある男に惚れた。同じ魔導士でな。共に戦い、寝食を共にし、気づいたらなくてはならない存在になっていた。」

ラルフは驚いて言葉が出てこない。

「本当に、その男のことが好きで好きで、そいつのためなら命も惜しくないと思っていたのだ。」

そこまで言うと、ブラッドレー卿は言葉に詰まってしまった。

ウッドフェルド卿はそれを見て

「お前は今でもそんな顔をするのだなあ。どんなに悲しく苦しかったか、想像に余りある。・・・ある時、魔獣の討伐に行くことになってな。魔獣の数も多く、凶悪に変化したものも多かった。儂らも善戦はしていたのだが、魔獣たちも手ごわかった。ジェームスは大いに活躍しておったのだが、一瞬の虚を突いて、背後から魔獣が襲ってきたのだ。気づいたジェームスが強い魔法で対抗しようとしたのだが、なんと、魔力がほぼ尽きかけていた。魔獣はそれを察知して、嵩にかかって攻めてきた。」

ブラッドレー卿は頭を抱えてしまった。

「すまぬな、ジェームス。しかしこのことはラルフ殿に聞いてもらいたい。」

「わかっておる。続けてくれ。」

「魔獣はジェームスをかばおうとしたジェームスの想い人を攻撃し、彼は大怪我をした。その後すぐに他の者がその魔獣を討ったのだが、ジェームスの想い人は意識もない重症だった。ジェームスは魔力も尽きていたので、そのまま想い人を担いで後続の救護班に走った。回復魔法と薬草で命はとりとめたが、彼はもう、魔導士を続けられなくなってしまった。」

ブラッドレー卿は

「そこからは儂が話したい。」

と、話を受け継いだ。


 「彼は結局脚と腕を1本ずつ失い、体調も虚弱になってしまい、魔導士団を辞めた。儂は彼を支えるべく、彼と共に暮らそうと準備をしていた。儂の両親はそれには猛反対をした。家はどうするのだ、と。儂は、家など親戚の誰かが継げばよいと思い、そう言ったのだが、父上は承知しなかった。そして、ある日、彼に会いに行ったところ、住まいがもぬけの殻になっていた。どんなに探しても見つからぬ。しばらくして、父がまとまった金を渡してどこかに追いやったということがわかった。儂は彼を探して探してやっと見つけたのだが、その時は彼はもう、死の床にあった。最期の数日は共に過ごし、彼は儂の腕の中で息を引き取った。」

ブラッドレー卿はそう言うと男泣きに泣いた。

「それからの儂は、もう腑抜けのようになってしまってな。自棄酒をあおり、無断欠勤などあたりまえにやっていた。よくもまあクビにならなかったものだ。あとでこいつが全部尻拭いしてくれていたことを知ってな。そんなこいつに向かって儂は、余計なことをするなと怒鳴ったのだ。すまないことをした。」

ウッドフェルド卿は、微笑んでブラッドレー卿の肩を叩いた。


 「その後何年も経ってから、母上との見合いの話があった。母上は身体が弱いということで、令嬢としては行き遅れていたのだが、儂は構わず結婚を申し込んだ。その時は、結婚などもうどうでもよい、と思っていた。母上には儂の失恋の話もしたが、慰めこそすれ責めることなど全くなく、天使が助けに来てくれたのかと思った。まもなくお前を授かり、そして母上は天に召された。まるで、お前を授けてくれるために現れた天使のようだ。」

ブライアンはキャサリンにそっとハンカチを渡し、肩を抱いている。

「儂はな、息子よ、お前には儂のような思いをしてほしくない。お前には自分が生きたいように生きてほしい。したいことをし、共に行きたい者と生きてほしい。」

ラルフはアレックスと手をとって

「父上、ありがとうございます。そして、キャサリン、本当にありがとう。」

ブラッドレー卿が続けた。

「キャサリン、今まで感づいていたのに知らないふりをしていてすまなかった。キャサリンのきれいな気持ちがラルフだけでなく、儂も、皆を救ってくれた。本当になんと感謝しても足りない。だがな、キャサリン、儂は君にも幸せになってもらいたいのだよ。ブライアンは良い男だ。ラルフに聞いたが、お互いに愛し合っているのだそうだな。とても嬉しく思うぞ。そして、どうかふたりで幸せな家庭を築いてもらいたい。ブライアン、頼んだぞ。」

ブライアンは深く頷き、「命に代えましても、必ずやキャサリンを幸せにすると誓います。」

「お義父様、私、今とても幸せです。お義父様のことも、大好きです。」

キャサリンはブライアンに肩を抱かれたまま、にっこりと微笑んだ。


 ウッドフェルド卿が

「ごほん。ところで、今夜の話はいまのことだけではないのだ。いや、むしろ今のは前置きでな、ここからが本題なのだよ。なあ、ジェームス。」

と、ブラッドレー卿に話を向けると、ブラッドレー卿がそれに続けた。

「そうなのだ。実は、キャサリンがめでたくも懐妊したことだし、これからキャサリンには身体を大事にしながらのんびりとすごしてもらいたいと思っておるのだがな。その後のことを話し合おうと思うのだ。」

ラルフが

「それでしたら、キャサリンとブライアンにも話したのですが、生まれたら、できるだけ早く離婚して、キャサリンとブライアンで幸せに暮らしてもらいたいと思っています。離婚理由は、私が不貞を働いたとかでもよいのではないかと思っていますが。」

そう言うと、キャサリンは慌てて

「まあ、それはいけませんわ。ラルフ様のお名前に傷がついてはいけません。何か他に良い理由を考えましょう。」

と言い、ブライアンも頷いている。


 それを受けてブラッドレー卿が

「まあ、離婚の理由などはたいしたことでもないから心配には及ばんよ。ラルフの不貞で良いではないか。残念なことに、案外そういう輩は多いから目立たぬだろう。それよりも、少々心配なことがあるのだ。」

「心配、と言いますと?」

ラルフが訊いた。

「実は、陛下からキャサリンは何か特殊な力を持っているのかと訊かれたのだ。」

「えっ!」

アレックスが

「あの王子はブライアンに心酔してるから大丈夫だろうって思ったのに・・・」

そう呟いた。

ブラッドレー卿は

「実は調べたのだが、王子はなにも言ってないようだ。」

「では誰が!」

「うむ。グリーンバーグという魔導士がいるが、それがブライアンひとりの力で透明にはなれないはずだと上に直訴したそうだ。王子は何も言ってないそうだが、助け出したときにウッドフェルド邸に戻ったことで、ラルフとキャサリンの関係から推理したようだ。」

アレックスがラルフに

「グリーンバーグは万年2位の魔導士だよね?」

と言うと、ラルフは

「万年2位と言っても、ブライアンとは月とすっぽんだ。奴は昇進欲が強くてな。嫌な奴だ。ブライアンを貶めようといつも隙を狙っているが、ブライアンは奴の策略などものともせずにいるのだが。全く、あのクソ野郎」

と、忌々しそうに言い捨てた。

ウッドフェルド卿は、

「まあ、そこが貴族社会というか、人間社会なのだろうよ。こちらとしてはできるだけ逃げようと思う。儂は爵位返上願を出していたが、ちょうどきのうそれが受理されたところだ。しかし、キャサリンは今はブラッドレー侯爵家の貴族なのでなあ。」

ラルフが悔しそうに拳を握りしめている。


 「ブライアン殿は平民であったな?」

ウッドフェルド卿が確認すると、ブライアンは

「はい。私は縛られたくないので平民のままでおります。が、魔導士団に所属していますので、そこでの強制力は避けられないかと。いっそ辞めてしまおうかと、今考えていました。」

「未練はないのか?」

「はい。私は魔法は好きなのですが、戦いは好きではありませんし、王族貴族というのも苦手です。実は、キャサリンと、将来魔道具をいろいろ作ったら面白そうだという話をしていたのです。魔力のない者でも生活や仕事が便利になる魔道具を作ることに、むしろ興味が移っています。」

「まあ、ほんと?嬉しいわ。戦いにいらっしゃらないなら心配の種が減りますもの。」

キャサリンがとても嬉しそうに笑った。

ブライアンもそれにこたえるように微笑み返している。

ブラッドレー卿が

「いや、少し待て。水を差すようで悪いが、ウッドフェルド卿が爵位を返上したのは良いとして、ここで君がいきなり辞表を出しては、なにか勘ぐられてもいけないから、少し慎重に行こうではないか。」


 そしてニヤリと笑って

「実は儂も爵位を返上しようと思っているのだよ。」

「えっ、父上が?」

ラルフがまた驚く。

「そう驚くことでもないだろう?儂だって、人生を楽しみたいのだよ。」

ウッドフェルド卿がそれを受けて

「実はこの間から、いろいろと話をしておってな。うちの王都の邸は売らずに置いて、そこをいろいろ使う案を出し合っているのだ。本館は食堂でも宿屋でも孤児院でもに使えばよかろうが、別館を魔道具研究所にするのも良いかと思っておる。」

ブラッドレー卿は

「儂がいきなり爵位を返上すると言ったら少々波風が立つかもしれんが、王家に優先的に卸すということを提案しようかと思う。特に、武器を作れば、それは王家にも良いものだし、こちらにとってもなかなか儲かりそうだ。研究施設ならばうちの屋敷を使うこともできる。さらに、もうラルフは忘れているかもしれぬが、うちには島があるからな。あちらの邸という手もある。」

「あっ、父上、忘れていました。あそこは何もないところだし、研究施設には良いかもしれませんね。」

アレックスが訊いた。

「それってどこ?」

「ああ、あれはうちの領の飛び地というか、うちの領に島があって、そこに別邸があるんだ。別邸以外は何もなくて、留守番のじいさんたち数人がいるだけだ。あの島を買ってしまえばいいかもしれないな。」


 一同がなるほどという顔をしている。

「そこでだ、ブライアン、なにか一時的に気を失うような魔法はできないものかな。」

「と、言いますと?」

「あしたにでも、王宮で倒れようかと思っておるのだよ。そして重病だということにして、数日後に意識不明としようかと。」

「父上、それで引退、というわけですか。」

「ふっふっふ、良いだろう?倒れる前に胸が苦しいというような演技もしておけば、この年だし、自然であろうよ。」

ウッドフェルド卿が

「お前、悪い顔をしておるぞ。」

とニヤニヤしている。

ブライアンが

「重い心臓病、のようにするということですね。・・・しかしそのような魔法があるものかどうか・・」

と、考え込んでいる。

キャサリンが

「あの・・・私、魔女のお友達がいるんですけど、訊いてみましょうか?」

「なに!魔女の友人とは!」

「ふふふ、実は子供の頃にお母様の病気を治せないか考えていた時に出会ったんです。それ以来仲良くしていただいてます。」

「そんなことがあったのか。いやはや、うちの娘は面白い。」

ウッドフェルド卿が驚いている。

「たぶんブライアン様と透明になって行けば誰にも見つからずに行けるでしょう。きっと何か良い方法が見つかると思います。」

「そうだな、頼む。ぜひそうさせてくれ。」

キャサリンは嬉しそうにブライアンの顔を見た。

「ふふふ、なんだか面白くなってきましたわね。」

ブラッドレー卿が

「いやまったくうちのお嫁様は面白いなあ。」

と、楽しそうに笑っていた。

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