第21話 嬉しい知らせ
王妃主催のお茶会は、キャサリンの賢い対応で、ブラッドレー家はますます王妃の覚えめでたくなり、宰相家もラルフ夫婦を大いに気にいってくれた。
また、王太子妃とその一派は、立場が悪くなったようだ。
ブラッドレーもラルフも、キャサリンが王太子派から嫌がらせを受けたりしないか心配していたが、うまく回避できるようになった。
どいうのは、ある朝のできごとによる。
朝、ブラッドレーはキャサリンがベッドにいないことに気づき、はじめはそう気にしなかったが、なかなか戻らないので心配して様子を見に行った。
すると、キャサリンは洗面所で具合が悪そうにしている。
驚いたブラッドレーは急いでラルフを呼んだ。
ラルフはすぐに駆けつけ、医者を呼んだ。
そしてわかったのが、キャサリンの妊娠であった。
キャサリンは気分が悪く、吐き気を耐えてはいたものの、妊娠がとても嬉しいので気持ちはとても明るかった。
ラルフがさっそく父やキャサリンの父に知らせを送り、キャサリンにはマリーがつきそい、とりあえず吐き気が収まるまでは休むということにした。
ブライアンはずっとつきそいたかったが、そうもいかないのでいったん仕事に戻った。
キャサリンの懐妊の知らせをうけ、ブラッドレー卿は出仕を遅らせ、ラルフと話をすることにした。
「いやあ、今日は朝からとても良い知らせを受けて嬉しいぞ。おめでとう。」
「父上、ありがとうございます。」
「キャサリンを大事にしないとな。無理させてはいかん。当面茶会はすべて断ることだ。」
「はい。早速。」
「ところで息子よ、そろそろ言ってくれてもいいことがあるのではないか?」
「と、言いますと?」
「儂の目が節穴と思っておるか?」
「ま、まさかそんなことは。」
「ふっ、まあよい。しかしな、妊婦には心穏やかに過ごさせるのが夫の務めだぞ。」
「心得ております。」
「それなら、隠し事はせんほうがよいだろうよ。」
「えっ・・・」
「まだ口を割らぬか。ではこれでどうだ。キャサリンのお腹の子の父親は誰か?」
「そ、それは、もちろん夫である私」
「ええい、もうよい、いい加減に本当にことを申せ。キャサリンとお前は普通の結婚ではなかろう。咎めはせぬ。恐れるな、悪いようにはせん。」
「・・・・・・」
「まだ打ち明けぬか。よいよい、それでは儂から言おう。お前はキャサリンに交渉して、妻になってもらい、子を産んでもらう契約をしたのだろう?」
「・・・・・・、・・・・・・父上・・・実は、これは荒唐無稽とお思いになるかもしれませんが、このことはキャサリンからの提案でした。」
「ほう」
「キャサリンは、前世の記憶があるそうです。すぐ前の人生では私に嫁ぎ、口論の末事故死し、更にその前の人生は日本という国の人間だったそうです。
前世でキャサリンは、私に借金の形として嫁いだものの、嫁いでからずっと私に嫌われ、最終的に、口論の挙げ句に階段から落ち、頭を打って死んだそうです。そして死んだキャサリンは、次の人生に転生させられ、自分が前世と同じキャサリンになり、親の借金の形に見合いをすることになっているところに転生していることに気づき、キャサリンは、今回は死なないようにしたいと思い、いろいろ調べたそうです。まず、見合いをせずに済む方法を考えたが、お父上はうちから多額の借金があるので、見合いの話を受けないわけにはいけないのだろうと思った。そして、借金の形なので、キャサリンからは断ることはできないのだとも思ったそうです。」
「なるほど、たしかに荒唐無稽ではあるが、信じてみよう。」
「ありがとうございます。それからキャサリンは使用人等に化けていろいろ調べ、私は私に想い人がいて、しかし結婚できるような相手ではないことが分かったそうです。」
「うむ・・・」
「父上は、公爵家を大事に思い、また、昔ながらお考えの持ち主なので、私に貴族の女性と結婚して後継ぎとなる子を成してほしいとお考えで、そのためにこれまで何度もお見合い話をお持ちくださったが、私が断るか、相手が断るよう仕向け逃げてきた。そこで、父上はウッドフェルド卿に金を貸し、その返済のかわりに娘に見合いをさせようということをした。これで私が断る以外、この結婚を避ける方法はなくなると。」
「なんと利発な娘なのだ。」
「そこで、キャサリンは提案をしてくれました。自分と結婚してくれと。」
「なんと。」
「キャサリンが言うのは、自分は慈愛にあふれた女というわけではなく、普通の女なので、人並みに恋もしたいし、好きな人の子供を産みたいという夢もある。ブラッドレー家は跡継ぎが必要で、それは妻が産まなければならない。自分以外の人と結婚すれば、私はその女性との間で子を成すか、または側女を迎えてそれとの間で子を成すか、いずれにせよ、想い人以外の女性を抱かなければならない。もちろんそれが私の望みなら、話はここで終わる。でも、そうでなければ、自分であれば、白い結婚のままで子供を産んでやると。だが、自分もできれば恋をして、その人との子を産みたい。それで、誰か紹介してくれと言われました。」
「それはすごい提案だ。」
「なぜそんなことを考えたか訊いたところ、最初は今度は辛い結婚は避けたいし、早死もいやだと思って、なんとか助かる方法を、と考えただけだったが、それを調べているうちに私と想い人のことを知った。愛する人がいるのに添い遂げられないというのがどんなに悲しく辛いことか、父を見ていてわかった。お父上は本当にお母上のことを心の底から愛していて、そのお母上が亡くなって、どうしようもない喪失感で、さぞかし辛かったことと思う。すぐに他の女性を考える気にもなれず、領民と娘のキャサリンがいるので妻の後を追うこともできない。それで結局酒と博打に無理矢理溺れさせたのだということがわかった。それで私の状況を、他人事とは思えなくなった。だが、白い結婚までは簡単に思いついたが、子供のことが難しくて、それは私に相談して誰かを見つけてもらえばよいと思ったと。」
ブラッドレー卿は無言で頷いている。
「確かに、儂とウッドフェルド卿とは旧知の仲でな、あれはとても優しくて良い奴なのだ。共に鍛え上げ、お互いに良い魔導士となった。が、あれは妻をなくして自暴自棄になった。気がつけば借金の山でな。それなら、と、儂が借金を肩代わりし、その代わりに娘をお前の嫁にと言ったのだ。儂も妻を亡くしたので、あれの気持ちは痛いほどわかるしなあ。」
「そうですか。父上は淡々となさっておいでですが、先日、キャサリンがピアノを弾いたときに涙されていたので、私は父上に対してなにか誤解していたのだろうと思っておりました。」
「そうか・・・・・・ところで、お前の想い人というのは。」
「ああ、あの、それは・・・」
「まあよい、それで、キャサリンの父親は誰なのだ?」
「それは・・・私がブライアン・デイビスを紹介しまして、彼が父親です。」
「ああ、彼は良い男だな。少々暗いが。たしか彼は平民だったのではないか?キャサリンはそれで幸せか?」
「はい、2人はとても仲良く愛し合っているようです。」
「そうかそうか。幸せになってほしいものだ。」
「では、まずはブライアンを呼んでくれるか?今後のことを話し合おう。それからキャサリンに刺激を最小限にして話をしよう。もちろん離縁などということを考えてはおらん。お前たちの考えたとおりにしよう。生まれてくる子供は、ありがたく養子にさせてもらおう。そして、キャサリンにはブライアンとできるだけ早く幸せに共に暮らしてもらいたい。もちろん可愛い息子にも、その想い人とやらと幸せに暮らしてほしいぞ。儂も魔導士だからな、男の世界で真面目に修行してきた。見合いでもせんかぎり、女に惚れるなどということもなかったぞ。」
ブラッドレー卿はにやりと笑ってラルフを見た。そして、ブラッドレー卿は
「息子よ、いい加減に観念して、その想い人をここに連れてまいれ。悪いようにはせん。自分の父を信じろ。」
と、真剣な目で言った。
「・・・・・・父上・・・・・・私の想い人ですが、少々人には言えぬといいますか・・・・・・その・・・・・・」
「ええい、なにをもたもたしておる。男なのだろう?儂も魔導士だと言っただろう。そのくらい察しが付く。さっさと名前を申せ。」
「はっ。・・・アレックス・トーレスです。」
「おお、あの男か。いいじゃないか。なかなか良い奴だ。」
ラルフは驚きのあまり目を瞠った。
「あ、ありがとうございます。」
「まずはだな、キャサリンに負担をかけたくないだろう。あまり驚かさず、穏やかに話を進めたい。」
「はい。それが一番大切です。私もキャサリンとの付き合いで、キャサリンがいかに優しく賢く思いやりにあふれた女性か良く知りました。今ではキャサリンは親友だと思っています。ですから、キャサリンに害のあるようなことはしたくない、幸せになってもらいたいと心から願っています。」
「そうだな。儂も、キャサリンはわが娘のように思っておる。たとえ離縁することになっても、付き合いは続けていきたいものだな。」
ふたりはしばし黙ってキャサリンに思いを馳せた。
「父上、それではまずブライアンと話します。そして、おそらくブライアンからキャサリンに話をしてもらうのが一番良いかと思います。」
「そうか。キャサリンはそれほどブライアンを信頼しておるのか。」
「はい。それはもう。」
「では、善は急げだ。これからブライアンと話せ。そして、そのあと儂も加えてくれ。」
「はっ。それでは行ってまいります。」
ラルフはブライアンの部屋のドアをたたいた。
「ブライアン、いるか?」
「おう。」
「ちょっと時間あるか?」
「ああ、きょうは1日事務仕事だ。」
「そうか、それはちょうどいい。ちょっとこみいった話なのでな。」
ブライアンの顔色がさっと変わった。
「どうした?まさかキャサリンが具合が悪くなったとか。」
「いやいや、そうではない。良い話だから安心しろ。」
「そうか。では茶を淹れよう。ちょっと腹が減ったところだったので、キャサリンの菓子でも食いながらどうだ?」
「いいね。」
「実はな、ブライアン、父にお前とキャサリンのことがばれた。」
「なっ!」
「心配するな。父はお前とキャサリンには幸せになってもらいたいと言ってる。すべてお見通しだ。父は特にキャサリンのことをかわいいと思っているので、キャサリンと俺たちが幸せになるために力を尽くすと言ってる。キャサリンが一番で、俺たちは添え物のようだ。ははは。」
「・・・・・・そうか、それはありがたい。」
「それでな、全員で今後の話をしたいが、キャサリンには今大きなショックを与えたくない。そこで、キャサリンが一番信頼しているお前から、話してもらえないか。」
「ああ、もちろんだ。」
それからラルフは父との話の内容を細かく話した。
「そんなわけだ。父は今頃ウッドフェルド卿と話をしている頃だ。」
「そうか・・・」
「それで、きょう、お前がキャサリンと話し、キャサリンの体調が落ち着いていたら、今夜でも全員で、全員というのはアレックスも入れて全員だ、食事でもしながら今後の話をしないかと父から言われた。」
「お前、アレックスのことも認めてもらえたのか。」
「そうなんだ。俺は父のことを誤解していたようだ。」
「よかったな。」
「ああ。」
「幸いきょうは事務仕事だけにしているから、少し抜けてキャサリンに話をしてくる。夜のことはそのあとで連絡する。それでいいか?」
「ああ、もちろんだ。じゃあ、俺はこれからアレックスに話をしに行ってくる。キャサリンによろしくな。」
「ありがとう。じゃあな。」
ブライアンは仕事をキリの良いところまで終わらせて、キャサリンの元に行った。
キャサリンは医師に診てもらい、具合も安定していたので、予想外にブライアンが早く来たのをとても喜んだ。
ブライアンがラルフから聞いた話をすると、キャサリンは驚き、そして涙を流した。
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