第20話 新妻のつとめ

 翌日、キャサリンはラルフから手紙の束を渡された。

「なんですの?これは。」

「驚いたよ、これは君への奥方たちからの茶会の招待状だ。」

「まあ、こんなにですか?」

「すまない。もちろん全部出る必要はない。ただ、断りにくいところがいくつかあるのだが・・・」

「あっ、すみません、私、嫌な顔しましたか?妻の務めですもの、出席させていただきます。ただ、こんなにあっては、全部となると・・・」

「いや、全部などと考えないでくれ。王妃関係くらいだけで十分だ。こんなことで疲れ切って子供ができなかったら本末転倒だからな。」

「ふふふ、ありがとうございます。それでは、出るべきところをお選びいただけますか?」

「わかった。ありがとう。これから会議があるので、そのあとすぐに選ぶ。」

「きょうはお昼をおとうさまとお約束してますの。ですからそんなに急ぎませんわ。」

「父上と?」

「はい。ピアノを弾きながらおしゃべりする予定です。」

「そうか。君はやさしいなあ。」

「そんなこと。お父様は気さくにお声をかけてくださって、とてもありがたく思っています。だましているのが胸が痛みますけど・・・」

「だましているのは俺だ。君は犠牲者だから堂々としていてくれ。」

「犠牲者だなんて。共犯者ですわよ。」

キャサリンは困ったような哀しいような顔をして言った。


 その夜、キャサリンはラルフが選んだところに出席する返事を出し、ブライアンにそれを伝えた。

「とりあえず王妃様のお茶会、王太子妃様のお茶会、宰相様の奥様のお茶会、筆頭公爵家の奥様のお茶会に出席することになりました。社交は好きじゃないですけど、仕事だと思って、頑張ります。」

「そうか、大変だな。女の世界は恐ろしそうだ。」

「ふふふ。まあでも、私、たぶん女の人のほうが気持ちがラクかもしれません。男の人は変な目で見たりしますけど、女の人はそういうのがないから。

「キャシーは魅力的だから男はそうなるだろうな。」

「そんなことありませんわ。でも、いるじゃないですか、いやらしい男の人。ああいうのは私、うまくあしらえなくて苦手です。」

「それにしてもすごい顔ぶれだな。王妃と王太子妃が別の茶会というのもなあ。これは噂だが、あのふたりは仲が悪いんだとか。王妃派と王太子派に分かれているんだそうだ。」

「ひゃあ、恐ろしいわあ。のらりくらりとかわすしかないですね。」

「ラルフに戦略を立ててもらうといいだろう。」

「そうですね。伺ってみます。」


 「キャシー、毎日いろいろ忙しくしているが、辛くはないか?」

「たしかに忙しいです。それに、苦手な貴族の社交がほとんどなので、つまらないです。でも、夜はこうしてブライアン様が一緒に過ごしてくださるから、それがすごく癒しになっていて、助かってます。夜だけだったらいいのにな。」

キャサリンはそういってうふふと笑った。

ブライアンはキャサリンを抱き寄せて、

「俺にとっては君がすごい癒しだよ。君と出会う前は国のために魔法の鍛錬をもっともっととしていたのだが、最近は早く君に会いたいから早く切り上げて帰ってきている。良い魔導士じゃなくなった。」

「まあ、嬉しいわ。」

キャサリンはそういうとブライアンの胸に顔をこすりつけた。

「ふっ、猫みたいだな。」

「ふふふ。ブライアン様の匂いが好き。それとね、私が臭い付けしてるの。ブライアン様がどこにもいっちゃわないようにって。」

「俺がどこかに行くはずがないじゃないか。俺のほうが臭い付けをしないといかん。」

「ブライアン様。」

「ん?」

「私ね、3回も人生があるのに、恋をしたのはブライアン様が初めてなんです。お料理やお掃除やお針や庭仕事なんかは大好きだし、少しは慣れて要領よくできるようになりました。でも、人を好きになることには慣れないし、どうしていいかわからなくて、気の利いたことも言えないし、女らしいしぐさとかもわからなくて。パーティーが嫌なのも、貴族の社交が面倒だというのもありますけど、他の令嬢方のように麗しい身のこなしとかできないから、それで引け目を感じているんです。ごめんなさい。こんな私ですけど、頑張っておしとやかに、色っぽくなれるように努力します。正直に言いますと、私、女としての自分に自信がないんです。ですから、いまでもブライアン様がどうして私を好いてくださるのか、信じられない、みたいなところがあります。私は貴族というのは名ばかりの、貧乏な家の娘ですし、容姿だってそのへんに転がってる石みたいなものだし、これといって特技はないでしょ。ですから、せめてひとさまの役に立てるようになんでも一生懸命やろうって思ってるんですけど、時々才能がある人が羨ましく思います。でも、ブライアン様を知って、ブライアン様は、たしかにすごい才能がおありですけど、それよりもっと努力なさっているからその才能が実を結んでるんだってことがわかりました。ですから、私、うだうだ言ってないで、私も努力しなきゃな、才能のある人以上に努力しなきゃなって、ブライアン様のおかげで気が付きました。本当に感謝してるんです。こんな私をおそばにおいてくださって、ありがとうございます。」

「キャシー、君は自分がどういう女性かわかっていないよ。君はとてもきれいだし、賢くて、何より心がきれいで魅力的だ。だから男たちが君を見ているんだ。そのままで十分すぎるほどの魅力があるんだよ。・・・だから俺は心配でならないんだが・・・ともかく、君は変わろうとしなくていい、いや、変わらないで、そのままでいてくれ。」

「そ・・・そうですか?・・・私、パーティーで他のご婦人を見て、かなりショックだったんです。みなさん声の出し方からエレガントで、もう、何から何まで女らしくって、」

「あんなのはうわべを取り繕ってるだけさ。君のような本当の美しさはない。まあ、貴族の女はあんなもんだな。でも、君は将来平民になっていろいろ働きたいのだろう?だったらあんな身のこなしは必要ないと思うが。」

「あら・・・そう、ですわね。それじゃ、今だけちょっとネコかぶってたらいいかニャー。」

「ははは、そうだよ。それが君のかわいらしいところだ。」

「うふふふ、あーなんだかとても気が軽くなりました。ブライアン様、ありがとう!」

キャサリンはそう言ってブライアンに抱き着いた。

「はぁー、キャシー、かわいいかわいい。もう、好きがあふれてどうかなりそうだ。」

「私こそ、ブライアン様が好きで好きで困っちゃいます。」


 次の日、キャサリンはラルフにお茶会で気を付けるべきことはないか訊いてみた。

案の定、王妃と王太子妃が仲が悪いこと、難しいだろうができるだけ中立の立場をとってもらいたいということ、宰相夫人のお茶会が最初で、そこで宰相夫人と仲良くなると、きっとうまく中立に誘導してくれると思うということだった。

「ラルフ様は中立のお立場なのですか?」

「うむ、私は宰相殿に仲良くしていただいているし、宰相殿はうまく中立の立場をとっておられる。夫人も同様だ。筆頭公爵家は王妃派のトップだ。娘を第2皇子の婚約者にしている。いずれ王太子を第2皇子が取って代われば、などと考えていそうだ。王太子派は王太子はおっとりとしていて、良い人なのだが、いささか頼りないところがあるからなあ。王太子妃はカーソン侯爵家から嫁いできているのだが、このカーソン侯爵というのがとかくの噂のあるお人で、王太子を王にして実権を握りたいようだなどということも囁かれている。カーソン侯爵の腰巾着がダニエルズ伯爵で、夫人は王太子妃とカーソン侯爵夫人の腰巾着というわけだ。この辺には気を付けたほうがよいだろう。たぶんいろいろ味方に引き込もうとか、あることないこと吹き込んできたりとかあるだろうが、宰相殿が夫人が君をかばってくれると言っていた。信じてついて行けばよいだろう。」

「なんだか恐ろしいです・・・」

「そうだな。まあでも、なんとかなるさ。俺は魔導士長で、出世街道の脇にいるし、比較的気が楽だ。出世したいとも思わないしな。最近はアレックスとなんとかうまいこと平民になる手はないか相談しているくらいだよ。」

「まあ!ラルフ様まで?お父様がお嘆きじゃありませんか?」

「それが、意外とそうでもないかもしれないんだ。この間、君のお父上と話す機会があって、その時お父上が爵位を返上するということをおっしゃったそうだ。それを聞いて、父上が俺に『自分の代では無理かもしれんが、お前は爵位を返上したいと思えばしてもいいぞ。ただし、それには準備がいるが。』と言ったんだ。何か感じるところがあるのかもしれないなあ。もしかしたら、俺たちのしていることはお見通しなのかもしれないぞ。」

「まあ!どうしましょう。」

「俺はしばらく父上の動向を見ていこうと思う。父上は、キャサリンが大のお気に入りでなあ。あのピアノの日から、もう、キャサリンが可愛くて仕方がない、というような感じだ。だから、悪いようにはしないと思う。まあ、キャサリンとブライアンと俺とアレックスで頻繁に話をしていこうな。」

「はい。」


 きょうはキャサリンは緊張の日である。

最初のお茶会、王妃様御主催の茶会に出席するのだ。

キャサリンはブルーのドレスに髪はおとなしめのハーフアップ、アクセサリーも控えめで、薄化粧を施した。

「マリー、私、変じゃない?」

「素晴らしくおきれいでございますよ。亡くなったお母様に生き写しです。」

マリーはそう言うと涙を抑えている。

「ありがとう、マリー。きょういらっしゃる奥様方は、みなさんとっても豪華にお綺麗でしょうから、あんまり見劣りがするとラルフ様に申し訳ないとは思うんだけど、元々私はこれですもの、どう頑張ったってゴージャスには程遠いですものね。だったらまあ、失礼のないようにしておとなしくしてようと思ってるの。」

「なにをおっしゃいますか。お嬢様、もう少しご自分に自信をお持ちくださいませ。お嬢様は本当にお綺麗でございますよ。」

「ありがとう、マリー。マリーは優しいわね。大好きよ。」

ドアがノックされ、執事のブラウンが馬車の準備ができていると伝えに来た。

キャサリンは両手でパシッと頬をたたき、

「じゃ、マリー、頑張ってきます。」

そう言うと、背筋を伸ばして部屋を出た。


 見送りのために並んでいた使用人たちは、キャサリンの美しさに息を呑み、どよめきが起こった。

キャサリンは使用人たちの横にブラッドレー卿がいたのに驚き、

「まあ、お父様、どうしてこちらに?」

ブラッドレー卿は微笑んで、

「キャサリン、とてもきれいだね。きょうは緊張しているかと思って、見送りに来たのだよ。王宮まで共に行こう。」

「まあ!おとうさま、なんてお優しいこと!ありがとうございます。これはもう百人力です。ありがとうございます。」

ブラッドレー卿に差し出された腕をとって、キャサリンは嬉しそうに馬車に向かった。


 王宮までの馬車の中、ブラッドレー卿は

「キャサリン、難しいことは考えず、そのままのキャサリンでお茶会を楽しんできなさい。キャサリンなら大丈夫だからな。」

キャサリンはにっこり笑って、

「はい!」

と答えた。

王宮について馬車を降りるとき、

「すみません、おとうさま、ちょっと手をぎゅってしていただけませんか?」

「もちろんだ。」

ブラッドレー卿はキャサリンの手をぎゅっと包み込んで握った。手が冷たくて、少し震えているのがわかった。

「大丈夫だよ。」

キャサリンはちょっと泣きそうになったが、元気に

「はい!」

と答え、背筋を伸ばして茶会の場に向かった。

それを見送りながら、

(うちの嫁は一生懸命頑張ってくれているなあ。)

ブラッドレー卿は涙が出そうになった。


 茶会の場に案内されたキャサリンは、既に何人か来ていた奥様方に挨拶をしていた。

そこへ、宰相夫人が到着し、キャサリンを見つけて歩み寄ってくれて、キャサリンもすぐに宰相夫人に挨拶に行った。

「お元気そうね。とってもきれいよ。」

「まあ、ありがとうございます。奥様はとても気品がおありで羨ましいです。今日は私、最初のお茶会なので、失礼のないようにと、緊張しております。何か不調法を働いたら、どうかご指導くださいませ。」

「あらあら、かわいらしいことおっしゃるわね。大丈夫よ。あなたはとても感じの良い方だという評判を聞いてますわ。」

「そんな、とんでもない。おっちょこちょいで昔から失敗ばかりしております。」

そんな話をしていると、王太子妃がやってきた。

奥方達がわらわらと王太子妃に挨拶に向かうのを見て、キャサリンも向かおうとしたところ、宰相夫人がすっとキャサリンの手をとって、

「一緒に参りましょう。」

とにっこり微笑んで王太子妃に共に向かってくれた。

「王太子妃様、本日はお招きありがとうございます。こちら、ブラッドレー公爵家に嫁いてこられたキャサリン様です。どうぞよろしくお願いいたしますね。」

「キャサリンと申します。どうぞお見知りおきを。不調法者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」

「ああ、ラルフ公爵令息のところにいらした方ね。この間のパーティーではずいぶん囲まれてちやほやされてらしたわね。どうぞよろしく。」

キャサリンが何か言うより前に、宰相夫人がほほほと笑って

「まあ、王太子妃様、どうぞお手柔らかにお願いいたしますわ。」

そういうと、キャサリンの手を引いて席に向かった。

(うわーすごい。女の世界だ。)

キャサリンは茶会が始まる前に先制パンチを受けたような気がした。


 まもなく王妃が現れた。

一同立ち上がり、カーテシーをしている中、王妃は腰掛けるように合図をして

「頭をお上げくださいな。今日は気楽なお茶会ですのでね。」

と、微笑みながら座を見渡した。

宰相夫人がキャサリンの手をとって王妃の前に進み出て

「王妃様、ブラッドレー公爵家のお嫁様のキャサリン様です。どうぞよろしくお願いいたします。」

そう紹介してくれた。キャサリンはカーテシーをして

「キャサリンにございます。どうぞお見知りおきを。」

と挨拶をしたところ、王妃は

「まあ、堅苦しいのはいけませんわよ。きょうはくだけたお茶会です。キャサリンさんはお菓子はお好き?たくさん召し上がってね。」

と、優しく声をかけてくれた。

「ありがとうございます。」

キャサリンは雰囲気が柔らかかったので、すこし安堵した。

(いけないいけない、気を引き締めないと。)

王妃がキャサリンに話しかけた。

「キャサリンさん、先日のパーティーは、ラルフさんと仲睦まじく素敵だったわね。ラルフさんが氷の公爵令息と言われていて、今まで何度も何度もお見合いを断っていらしたのはご存じでした?」

「私、あまりパーティーに出席しておりませんでしたので、そういうお話は存じませんでした。実際はとてもお優しくて、お話も面白くて、素敵な方です。おそらくとても真面目な方ですので、そのような印象なのかもしれませんわね。」

王妃がにっこりと頷いた。


 ダニエルズ伯爵夫人がにやりとして

「キャサリンさんは、ブラッドレー公爵家に借金の形として嫁に取られたという噂がございますわね。」

「まあ、そんな噂がございますの?初耳でございます。」

「あなたのお父様はお酒で身を持ち崩して借金の山だというのは有名な話ですわよ。」

「私も存じてますわ。借金取りがお屋敷に連日押し寄せていたとか。」

「借金の形でもラルフ様の嫁にこれたなんて、運の良い方ねえ。」

「どんなふうにたぶらかしたのか、教えていただきたいものですわ。」

立て続けにそういう発言があり、王太子妃は顔を扇で隠してはいたものの、目は意地悪く笑っていた。

「私の父は、母をこよなく愛しておりました。母を亡くして、失意の父はあまりの悲しみからお酒を飲むようになりました。母は身体が弱く、私を産んでから寝込みがちになっておりましたが、体調の良い時はピアノを弾いたり歌を歌ったりしておりました。母が亡くなった後、私がその曲を弾くと、父はどんなに酔っていても起きてそれを聴いては涙しておりました。そういう父と共に暮らしていた私は、人が人を愛することの素晴らしさ、そして愛する人を失うことの辛さについて学ぶことができました。父は私の婚姻が決まってから、お酒を一切絶ち、寝食を忘れて働き、財産も使用人への支払いを除いて、ほとんど売り払い借金の返却に当てました。実は、私の婚礼衣装はブラッドレー公爵様の奥様のものでした。きょうのこのドレスも同じです。私は実の父と嫁ぎ先の父の2人にとても良くしていただいています。このご恩に報いるようにラルフ様を幸せにしたいと思っております。」

キャサリンがそう言うと、座は静まり、中には涙を押さえる奥方もいた。

キャサリンは続けて

「そんなわけですので、私は簡単に死ぬわけにはいきません。美味しいものをいっぱい食べて、元気でいようと思っております。今日はとてもおいしそうなものがたくさんございますので、私はそれをたくさんいただきたいと思っております。」

と、ちょっといたづらっぽく笑った。

「まあ、キャサリンさんってお茶目さんね。」

王妃が楽しそうに笑って言うと、その場の者たちも笑って、

「本当に、美味しいものがたくさんあって、楽しいですわね。さあ、キャサリン様、たくさん召し上がって。」

などと言っている。

王太子妃やその一派は面白くないようで、ひきつった笑いをしていた。


 それからは和気藹々と楽しいおしゃべりが続き、やがてお開きとなった。

キャサリンが帰りの馬車に乗り込むと、中にラルフが心配そうに待っていた。

「まあ、ラルフ様、どうなさったんですか?」

「君を待っていたんだよ。一緒に帰ろうと思って。」

「あら、それはどうもありがとうございます。」

「忍から連絡が入って、キャサリンが王太子妃一派からの嫌がらせをものともせず、見事な切り返しをして、一派の者たちは返す言葉がなかったそうだな。いやあ、見たかったよ。」

「そんなこと。買いかぶりですわ。私はただ、普通に答えただけです。・・・でも、女の世界は恐ろしいですわね。今まで社交の場に出ていなかったので、女の世界の洗礼を受けたような気がします。」

「疲れただろう。帰ったらゆっくりと湯に入って美味しいものを食べて寛いでくれ。」

「ありがとうございます。お茶会でたくさんお菓子をいただいたので、まだあんまりお腹すいてませんのよ。ちょっと調子に乗って食べ過ぎたかも。」

「ははは、君は楽しいひとだ。」


 邸に戻ると、ラルフは

「すまないが、俺はこれからまた仕事にもどらなければならない。ブライアンが心配していたから話してやってくれ。彼も仕事が終わったらすぐに君に会いに来ると思う。」

「はい。わざわざありがとうございました。出かけるときにお父様に送っていただいたので、まずはお父様にご報告したいのですけれど、お父様はいまどちらにいらっしゃるでしょう?」

「ああ、父上はまだ仕事中だ。よろしく言っておくよ。明日の朝食の時にでも話してやってくれ。」

「はい。ではお言葉に甘えて、まずはこの慣れないコルセットをとって伸びをします。」

「ははは、そうしてくれ。」


 それから自室で寛いでいると、ブライアンがやってきた。

ブライアンはキャサリンを抱きしめると、キャサリンの顔を覗き込んで、

「キャサリン、疲れただろう。大丈夫か?」

キャサリンはにっこり笑って

「正直言って少し疲れました。でも、王妃様も宰相様の奥方様もお優しくて、他にも優しくしてくださる方が何人もいらしたんです。最初にカーソン侯爵夫人が私は父のお酒で作った借金の形に嫁いだのだろうとおっしゃって、それに続いてダニエルズ伯爵夫人や他の何人かの奥様方に意地悪なことを言われましたけど、私がお答えしたらそれも収まって、あとは和やかに終わりました。美味しいお菓子もたくさんいただきました。ブライアン様にも召し上がっていただきたかったわ。」

「そうか、よく頑張ったな。」

ブライアンはそう言うと、キャサリンの頭を撫でた。

「あらら・・・」

キャサリンが急に泣き出した。

「いやだわ、私、なんだか安心したら泣けてきちゃった。」

「気が張っていたからだな。もう大丈夫だ。よく頑張った、えらいえらい。」

「ブライアン様ぁ、そんなに優しくしないで。」

キャサリンはブライアンの腕の中でしばらくしくしくと泣いていた。

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