第19話 ブライアンとキャサリン
部屋に戻ったキャサリンはブライアンに声をかけ、ブライアンはすぐにやってきた。
「キャシー、身体の具合はどうだ?」
「ありがとうございます。すっかり大丈夫です。」
「キャシー、本当に大丈夫か?なんだかへんな歩き方をしているが。」
「えっ。そうですか?痛いとかじゃないです。大丈夫・・・なんだか脚の間になにかが挟まってるみたいな感じがして。」
「・・・ッ、キャシー、君はどこまで俺を翻弄すれば気が済むのだ。もう降参だ。助けてくれ。」
「ブライアン様?」
ブライアンはキャシーを抱きしめてしばらく動かなかった。
「きょうは楽しくすごせたか?」
「はい。きょうはね、ラルフ様のおとうさまと一緒にお食事したんです。そのあと、ピアノを弾いたんですけど、奥様を思い出すと泣いてらして、それを見て、愛する人と共に生きられないというのは本当に悲しく寂しく辛いものなのだなあと思いました。私、ブライアン様とずっと一緒にいたいです。ブライアン様、お願いです。どうか、私をずっとおそばに置いてください。」
ブライアンはキャサリンを抱き寄せて
「もちろんだ。キャシー、君もずっと俺のそばにいてくれるか?実は、白状するが、俺は今まで愛された記憶がなく、君のことが好きで好きでたまらないのだが、それが君にとって迷惑かもしれないとか、不安になってしまうんだ。そして君に嫌われたらと考えるととても恐ろしい。情けない男だと思うだろう。だが、正直な話、そうなんだ。」
それを聞いたキャサリンはブライアンの背中に回した手にぐっと力を入れて言った。
「ブライアン様、私ね、今まで2度、つまらない人生でしたでしょ?だから今度こそ、幸せになりたいって思って、それでなんでも正直に気持ちを伝えようって思ってるんです。私、ブライアン様のことが大好きです。ですからそれを伝えようと思ってます。私は好きだって言われると嬉しいです。ブライアン様が不安になる暇がないくらい私は好きって言い続けます。ブライアン様もよろしければお気持ちをおっしゃって、私を喜ばせてください。」
「キャシー、君は素直でまっすぐでとてもかわいいな。そんな風に言われると、なんだか安心できるな。」
「そうですか。よかったわ。」
夜はサンドイッチで軽く済ませ、そのあとキャサリンの持ってきたケーキを食べた。
キャサリンは、父が爵位を返上しようとしていること、キャサリンもそれで平民になりたいということ、平民になってからあんなことをしたい、こんなことをしたい、というような話をした。
ブライアンは
「君は平民になってもよいのか?」
と、少し驚いたようだった。
「私は成人しておりますので、私が貴族に残りたいと言えばそれでお許しいただければ貴族でいられます。もしブライアン様が私と結婚したあとで貴族になりたいとお思いでしたら、そのように致しますけど、いかがお考えですか?」
「俺は、キャサリンさえ嫌でなければ、平民のままでいたい。貴族になると王家に逆らえなくなり、いろいろと自由がきかなくなるし、社交も苦手だ。」
「よかったぁ。では平民になります。」
「本当に良いのか?」
「はい。自由に生きたいです。」
「そうだな。」
「はい、そうしたいのです。そして、いろいろ商売をしたいです。」
「どんなことを?」
「いちばんしたいのは、魔道具を作って売ることです。私の昔の世界は魔法がない世界でしたので、そのぶん工業が発達していて、魔法を使うように、例えば風を起こす機械とか、洗濯をする機械とか、食べ物を冷たく保存する機械とか、いろいろありました。ただ、それには動力が必要なのですが、それもこの世界で開発できそうです。それと魔法を併用できれば、とても便利な世の中になるはずです。」
「それはおもしろいな。俺にもぜひ手伝わせてくれ。」
「はい。よろしくお願いします。」
「その次にしたいのは、レストランというか、庶民的な食堂を作りたいです。これも、元の世界のお料理を出して、たくさんの方に味わっていただきたいのと、それからうちが爵位を返上したら、今の使用人のみなさんが職をうしなってしまいます。そこで、料理長さんが中心になって、食堂を経営し、それに付随して、できれば宿屋を経営できれば、みなさんが路頭に迷うこともなく、今よりもっと楽しく働いていただけるかなと思います。」
「君らしいなあ。みんなを幸せにしたいのだな。」
「そんなえらそうなことじゃありません。私、みなさんが大好きで、今までとっても良くしていただいたからご恩返しがしたいってだけです。」
「そして、最後にもうひとつ。」
「なんだろうな。聞いているのが楽しいな。」
「ふふふ、あのね、孤児院みたいなものを作りたいんです。」
「孤児院か・・・」
「孤児院とはちょっと違うかもしれませんけど、要は、大きな家庭を作りたいんです。そこで、職業訓練ができるようにします。例えば、今の庭師のひとたちがそのスキルを。侍女のみなさんだったらお裁縫とか刺繡とか、または家政婦のスキルを。そうすれば基本的な技術でお金を稼げて、苦しい思いをしなくてよくて、さらに学校に行けばもっと身に付きます。私、最初の人生で子供の時に親を亡くして、すごく余裕のない人生でした。そうなる子がいないようにしたいなと思うんです。今の屋敷を売らずにとっておければ、そこで生活できるし、職業の訓練もできるし、宿屋もできるかもしれないなって思ってます。」
「すばらしいな。俺もいろいろ手伝いたい。楽しみだ。君は本当に素晴らしい人だ。」
「それがお仕事の計画。それからブライアン様との人生の夢もあるんです。」
「どんな夢か聞かせてくれるか?」
「はい。えっとね、まず、ブライアン様を甘々に甘やかします。ブライアン様がうちにいらっしゃるときは膝枕でおしゃべりしたりするんです。」
「いいなあ。」
「それから子供を産んで、まあこれは神様次第ですけど、できれば男の子も女の子もいたらいいなって思います。」
「そうだな。」
「それで、お休みの日は家族で遊んだり、犬を飼って可愛がったりします。」
「楽しそうだな。」
「そしてブライアン様と私がおじいさんとおばあさんになって、手をつないでお散歩するんです。」
「ずっと一緒にいてくれるか?」
「はい、ずっとおそばにおいてください。」
ブライアンはキャサリンをひょいとひざに乗せて頭を撫でている。
キャサリンはうっとりと目を閉じている。
「ブライアン様?」
「ん?」
「気持ちいい。」
「そうか。」
「大好き。」
「俺もだよ、キャシー。」
「私ね、今までの2度の人生で恋をする余裕なんかなかったでしょ。だから、こういう気持ちがなんだか不思議。」
「俺もだ。俺は人を好きになることなんてないと思っていた。まさかこんなにも好きになるなんて、自分でも驚いているんだ。今はもう、キャシーのいない世界なんて考えられない。」
きょうはラルフとキャサリンの結婚後、はじめての王宮主催のパーティーだ。
ラルフとキャサリンは色の合った式服とドレスで参加した。
さすが公爵家で、キャサリンのドレスも宝石も一際目を引く素晴らしいものだ。
ラルフは公爵家嫡男にふさわしい身のこなしでパーティーの客たちと談笑しているし、キャサリンも、今までパーティーにはほとんど参加していなかったとはいえ、幼いころから身に着けた貴族のマナーでしとやかにラルフの妻として
参加していた。
会場のあちこちで、ラルフとキャサリンの新婚カップルの噂話が聞こえてくる。
人々は、キャサリンの凛とした身のこなしと美しさに感嘆している。
王から皆にラルフとキャサリンを紹介された。
「皆の者、きょうは非常にめでたい報告である。あの堅物で通っていたラルフが、ついに嫁を迎えた。なるほど、今までなかなか腰を上げなかった理由がわかったぞ。こんな美しい妻を密かに愛しておったのだな。いやあ、あっぱれだ。
ブラッドレー家もこれで安泰。ますます忠誠を尽くしてくれ。」
「はっ、誠心誠意お仕え申し上げます。」
ラルフとキャサリンは深々と礼をした。
会場の片隅にはブライアンがひとりでラルフとキャサリンを眺めていた。
その姿をちらりと見たキャサリンは、ちくりと胸が痛んだ。
パーティーの後、
「キャサリン、きょうはありがとう。俺は素晴らしい嫁を迎えた果報者と皆に言われたよ。疲れただろう。ゆっくり休んでくれな。」
「ありがとうございます。正直言うと、私はパーティーなどほとんど出なかったので疲れました。社交って、大変ですね。ラルフ様は慣れてらして、さすがです。」
「キャサリンが平民になりたいなどと言うから、俺もいろいろ考えるようになったぞ。まあ、公爵家となると、なかなか簡単ではなさそうだがな。いつかアレックスと一緒に気楽に暮らせたら良いなと本気で思う。」
「貴族のこういう社交は本当に面倒で、好きな方々もいらっしゃるみたいですけど、私には信じられません。私はやっぱり普段着にエプロンが合ってると思います。ふふふ」
「西のほうに平民だけの国があるそうだ。どのようにしてそういう国になったのか、どんな歴史を経ているのか、少しずつ勉強することにした。もしかしたら、そういう国のほうが生きやすいかもしれないな。」
「私の最初の人生は平民だけの国でした。誰にでも大金持ちになるチャンスがあるというのは希望がありました。こちらは貴族に生まれたら社交は面倒だし、領地経営も誠実にやれば大変ですが、やりようによっては楽して食べるに困らなくて贅沢できます。一方平民に生まれたら、運悪くとんでもない領主だったら食べていくのも大変で、奴隷のような生活を強いられます。生まれながらに差があるというのは嫌だなと思います。」
「そうだな。アレックスも興味をもっているんだ。ブライアンにも話してみて、興味があればみんなで勉強会を持つのもよいな。」
「まあ、それは良いお考えですわね。この国は豊かではありますが、それでも貧民窟もありますし、身を売らなければならない女性もいます。一方、貴族のパーティーに行くと、ドレスや宝石や化粧品などの無駄遣いに呆れてしまいます。この国はまだまだ豊かになる要素がありそうです。私は前世の知識を使ってそれを調べたいと思います。もしお力をお貸しいただけると。」
「もちろんだ。いろいろ楽しみだな。」
「はい。」
「ブライアンとはどうだ?」
「ブライアン様はとっても優しくて、私は本当に幸せ者です。ただ、ブライアン様はご自分のすばらしさをご存じなくて、自己評価がとても低くて悲しいです。」
「そうだなあ。あんなに優秀な男は滅多にいないのだが、自分でそれをわかっていないのが困ったもんだ。少なくともこの国で彼より優秀な奴はいないと思うがなあ。歯がゆいよ。」
「少しずつでもわかってくださるといいのですけど。」
「さて、きょうは疲れただろう。ゆっくりお休み。」
「ありがとうございます。ラルフ様もごゆっくりなさってください。」
ラルフと別れて自室に行くと、キャサリンはお茶の用意をしながらブライアンに声をかけた。
「ブライアン様、もうすぐお茶が入ります。お疲れでしょう。甘いものでも。」
「ありがとう。君こそ疲れただろう。」
「そうですね、パーティーは私、どうしても好きになれません。虚栄の世界。嫉妬と駆け引きの世界。寒気がしますわ。」
「まったくだ。いつもは出ないのだがな、今夜は君のドレス姿が見たかったので少しだけ参加したよ。」
「ブライアン様のお姿、見えました。ブライアン様は背が高くてかっこいいから目立ちますわね。何人か令嬢たちが声をかけてらしたでしょ。私、やきもち妬いてました。」
「何を言うか。やきもちを妬かれるような俺ではない。だいたい声をかけてくる女は皆俺ではなく筆頭魔導士という地位と、俺の給料に声をかけているしな。」
「そんなことありませんわ。ブライアン様は本当にとっても素敵ですもの。女の私が言うんです。間違いありません。」
「それよりキャシーこそ、男たちがじろじろと見ていたぞ。女たちは嫉妬の目で見ていたな。」
「うわー、嫌だわ。ぞっとします。」
キャサリンはそう言うとブライアンにもたれかかった。
ブライアンはキャサリンをぎゅっと抱くと、
「俺こそ嫉妬に狂いそうだよ。勘弁してほしいな。」
「またそんなこと。私はブライアン様だけのものです。」
「そう言ってくれると嬉しいが、不安と嫉妬はどうにもならん。」
「うーん・・・ブライアン様、何か呪いみたいな魔法がありませんの?私がブライアン様だけのものだって、ブライアン様だけに縛り付けられるような。」
「そんなものがあれば苦はないんだがな。」
ブライアンはそう言って笑った。
「無いんですか。残念だわ。それじゃ、ブライアン様に安心していただけるまで、何百回でも何千回でも私はブライアン様だけのものですって言います。」
キャシーがいない世界・・・
「ブライアン様、大変言いづらいことなんですけど、私、やっぱりラルフ様のこと、好きになってしまいましたの。ごめんなさい。ラルフ様の子供を産んで一緒に生きていきます。」
・・・・・・
そんな・・・
でも、やっぱりな。
俺にキャシーと一緒に生きていく生活なんて、あるはずもないことだったんだ。
キャシーに惚れる男なんて、山ほどいる。
ラルフだって、惚れないわけがない。
・・・・・・
そうか、もうあの笑顔を俺には向けてくれないのか。
あの鳥のさえずりのような言葉をかけてくれないんだ。
それがすべてラルフのものになるんだ。
嫌だ。
嫌だ。お願いだ、キャシー、どこにもいかないでくれ。
頼む。
キャシー。
キャシー―――――――――――――
「ブライアン様、ブライアン様!」
キャシーに揺さぶり起こされて、ブライアンはぼんやりとキャシーを見た。
「どうなさったの?私を呼んでらしたわ。」
キャシーは片手をブライアンの手に置き、片手でブライアンの頭を撫でている。
「あ、ああ、キャシー。」
ブライアンはぼんやりと答えた。
「嫌な夢でもご覧になったのね。涙が出てますわ。お辛かったのね。でも、夢ですよ。大丈夫。」
キャシーはブライアンの涙をそっと拭って微笑んだ。
ああ夢か。
ブライアンは悪い夢を見たことをやっと自覚した。
「すまない。起こしてしまったんだな。」
「大丈夫。ブライアン様、私のことを気にしないで、ご自分のことをもっと大事にしてくださいな。」
「俺は、なんと小さい男なんだろう。キャシーが去っていく夢を見た。怖かった。」
「まあ、私はここにおりますわ。ブライアン様に出ていけと言われない限りずっとおそばにおります。」
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