第18話 義父
ラルフが
「キャサリン、幸せそうだな。よかった。」
嬉しそうにそう言った。
「はい。とても幸せです。幸せ過ぎてちょっと怖いです。」
「そうか。よかった。君の笑顔が消えないように精一杯頑張るよ。」
「ラルフ様はトーレス様と、お幸せですか?」
「ありがとう。とても幸せだ。夢のようだよ。・・・もう、俺たちは半分あきらめていたのだ。いや、あきらめようとして、あきらめきれずにいた、というほうが正しい。それを君が夢を叶えてくれた。感謝してもしきれないよ。」
「とんでもない。そんなにおっしゃらないでください。みんなで幸せになりましょ。」
「そうだな、いつかみんなで、父上たちや子供たちと一緒に楽しく暮らそう。」
「いいですわね、大家族になって、いっぱい楽しいことしましょうね。」
「ところで、きょうは、これから朝食を父と一緒に取ってもらってもよいか?」
「もちろんです。私はラルフ様の妻ですもの。」
そう言ってキャサリンはウインクをした。
「ははは、そうだな。」
キャサリンはラルフと一緒に朝食に向かった。
「父上、おはようございます。」
「おとうさま、おはようございます。」
「おお、おはよう。おとうさま、とは良い言葉だな。」
ブラッドレー卿は上機嫌だ。
「きのうはあんなにかわいい嫁さんをどうやって見つけたのだとさかんに羨まれたよ。」
「まあ、そんな。恥ずかしいですわ。」
「ラルフ、お前もいままでさんざん見合いを断ってきたが、最後にいちばん良い子を捕まえたな。あっぱれだ。」
「ありがとうございます。自分でもそう思います。」
「まあ、おやめください。恥ずかしくていたたまれませんわ。」
「はっはっは。ところでキャサリン、君の父上から聞いたのだが、君は音楽が得意だそうだな。食後に何か聴かせてもらえないか?」
「私はそんなに上手ではありませんが、簡単なものなら。」
「頼む。このピアノは亡き妻のものでな。嫁入りの時に持ってきて、ずいぶん弾いておったのだよ。」
「そうですか・・・」
「あれは良い女だった。結婚してまもなくラルフが生まれてなあ。とても可愛がっておったのだが、産後にずいぶんと体が弱ってしまって、病をえてしまって、あっという間だったよ。」
寂しそうなブラッドレー卿を見て、キャサリンは胸が痛くなった。
「父上、キャサリンをあまり困らせないでください。」
「おお、そうだな。すまないな。つい、キャサリン、君を見たら妻のことを思い出してしまった。もうずっと昔のことだ。気にせんでくれ。」
「・・・お父様はお母様のことを愛していらっしゃったのですねえ。」
「そうだな。うちは代々武闘派の家系でな。儂も魔導士として精進しておった。無骨な儂が見合いで出会ったのが亡き妻だった。それはもう、きれいで優しくて、天使か女神かと思ったなあ。それなのに、ラルフを産んで割とすぐに亡くなってしまった。」
「・・・お母様は本当に天使だったのかもしれませんわね。ラルフ様をお父様に授けて天国にお戻りになったのかも。」
「おお、そうだな。うむ、きっとそうなのだ。」
ブラッドレー卿は目に涙を浮かべて、でも嬉しそうに頷いた。
キャサリンはピアノに向かって、母が好きだった曲を弾いた。それは優しく穏やかな曲だ。
ブラッドレー卿は耐えきれなくなって小さくむせび泣いでいる。
「父上・・・」
ラルフがそっと父の肩に手を置いた。
弾き終わるとキャサリンは
「お父様、大丈夫ですか?」
と、心配そうにブラッドレー卿を見やった。
「ありがとう、キャサリン。これは亡き妻が好きでよく弾いていた曲でな。まるであれがここで弾いているような気がしたよ。ラルフのゆりかごをピアノのわきに置いて弾いておった、ラルフは泣いていても母がピアノを引き出すと泣き止んで寝ておったよ。」
「まあ、そうですか。お父様は本当にお母様を愛してらしたんですねえ。私の父も、亡き母を思って泣いています。ばれないようにしていますけどわかります。愛する人と一緒にいられないというのは、ものすごく辛いことだと父は言っています。きっとそうなのだろうな、と、私はまだ想像でしかわかりませんが、お父様もさぞかしお寂しい思いをなさっているのでしょうねえ。」
「キャサリン、また弾いてくれるか?」
「もちろんですわ。今ももうすこし弾かせていただいてよろしいでしょうか?」
「ぜひ頼む。」
キャサリンはそれから何曲か、同じような時期に流行った曲を弾いた。
ブラッドレー卿はおそらく妻に思いをはせていたのだろう、だまって涙を流しながら聴いていた。
食事と団欒が終わり、キャサリンとラルフは自邸に戻った。
「キャサリン、きょうは父にあんなによくしてくれて、ありがとう。心から感謝するよ。」
「なにをおっしゃいますか。あのくらい、あたりまえのことですわ。ラルフ様、この先子供ができて離婚することになって、そのあとですけれど、私はラルフ様のお友達でいることはできますか?」
「もちろんだよ。なぜそのようなことを?」
「私、おとうさまにピアノを弾いて少しでもお慰めしたいなと思って。」
「君は優しいなあ。父も俺も君が来てくれてとても幸せだよ。ありがとう。君には早くブライアンと幸せになってもらいたいなあ。」
「私こそ、ラルフ様にとても感謝しています。父はお酒も博打もすっぱりやめ、それでどうなるかと心配でしたが、仕事に一生懸命で、それで気を紛らわせています。実は、ここだけの話にしていただきたいのですが、父は爵位を返上しようとしています。そのために毎日とても忙しく働いています。」
「平民になるのか?」
「はい。私もラルフ様に離婚していただいたら、平民になりたいと思っています。それで、商売をしたいなと思って。貴族でしたら、そういう自由がありませんでしょ。それに私、パーティーとかも苦手だし。前世は貴族などないところでしたし、平民のほうが合ってるかもしれません。ブライアン様も平民ですしね。」
「そうか。羨ましいな。で、どんな商売を考えているのだ?」
「まだちゃんと決めてるわけではないですけど、ひとつは私の前世のメニューを取り入れた庶民向けのレストランです。それと、私の前世の知識とブライアン様の魔法の知識でいろいろな道具を作って売ろうと思っています。レストランはわたしがおいしいものが好きということもありますけど、今の邸の使用人のみなさんで残りたいという方を雇うことができていいかなと思って。本当にやりたいのは道具屋のほうです。」
「楽しそうだな。俺とアレックスにも手伝わせてくれるか?」
「まあ!もちろんですわ。楽しみです。」
それから二人は、日が傾くまで、結婚式と祝賀会に来てくれた人たちへのお礼状を書いたり、いろいろな後処理をした、
「さて、ブライアンが待ちかねていることだろう。そろそろ部屋に戻ろうか。」
「はい。きょうもありがとうございました。おやすみなさい。」
「おやすみ。キャサリン。ブライアンによろしくな。」
「はい。アレックス様にもよろしくお伝えください。」
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