第17話 初夜
式からブラッドレー邸に戻り、たくさんの人たちと共に、盛大なパーティーとなった。
ラルフとキャサリンは、まず最初に踊った。
それが終わると、皆踊りたい人は踊り、そうでない人は会話を楽しんでいる。
キャサリンはブラッドレー家にとって重要な人たちに挨拶をしてまわっている。
ブライアンの姿が見えたが、話すことができず、キャサリンは切なかった。
長い時間が経ち、やっとパーティーが終わった。
上機嫌のブラッドレー卿に挨拶をして、ラルフとキャサリンは新居に移った。
新居では、まず使用人たちに挨拶をして、それから疲れたから早く寝むということで、使用人たちも休むように言い、ラルフの部屋に行った。
「キャサリン、疲れただろう。きょうはどうもありがとう。これで晴れて結婚ができた。」
「どういたしまして。ラルフ様もお疲れでしょう。」
「そうだな、嘘をつくというのは疲れることだな。」
「本当に。私、きょうはずっとバレないかとびくびくしていました。心の中でごめんなさいを繰り返してて。」
「君は何も悪くない。悪いのは俺だ。まあ、少しの間、夫婦なのだし、遠慮しないで良い友達になれたら嬉しい。」
「はい。よろしくお願いします。」
「俺たちの連れ合いは、転移魔法が使えるから便利でいいな。おーい、アレックス、もういいぞ。」
そういうと、トーレスが現れた。
「いままでここにいらして姿を消してらしたんですか?」
「いや、自分の部屋にいたよ。ラルフィーの声が聞こえてからここに来たんだ。」
「まあ、便利ですわね。」
「うん、ブライアンもそうだぞ。君の部屋に行ってから、呼んだら来ると思うよ。」
「はい、やってみます。それでは、私はこれで失礼して私の部屋にまいります。よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。キャサリン、本当にありがとう。ゆっくり休んでくれ。」
「ありがとうございます。ではまた明日の朝。おやすみなさい。」
キャサリンは自分の部屋に向かった。
自分の部屋につくと、キャサリンは着替えをして、お茶の用意をしながら、
「ブライアン様、聞こえますか?お越しいただけますか?」
と言ってみた。
するとまもなくブライアンが現れた。
ブライアンはキャサリンを見て目を瞠った。
「キャシー・・・すごく、きれいだ。」
「ありがとうございます。私、どうしてもブライアン様だけにみていただくウエディングドレスを着たくて。安い既製服ですけど、これは誰にも、ラルフ様にも見せていません。ブライアン様だけです。」
ブライアンは手で顔を覆って、絶句してしまった。
「あの・・・・・・ブライアン様?」
「す・・・すまない。あまりにも幸せ過ぎて、言葉が出てこない。」
「ほんと?嬉しい・・・」
「キャシー・・・・・・」
「はい?」
「その・・・だ、抱きしめてもよいか?君がす、好きすぎて、いてもたってもいられないのだ。」
キャサリンは無言で恥ずかしそうに俯きながらこくりと頷いた。
ブライアンがキャサリンを抱きしめた。とても強く抱きしめたので、キャサリンは少し驚いたが、でも、嬉しくて黙って抱かれ、そろそろと手をブライアンの背中に回した。
「キャサリン、好きだ、なんてかわいいんだ。俺のものになってくれ。俺だけのものになってくれ。」
「ブライアン様、私はもうすでにブライアン様だけのものですわ。」
「かわいい、キャシー、かわいい。」
ブライアンはキャサリンを長椅子に運んでひざの上に座らせた。
「きょうの結婚式の君もとてもきれいだったよ。だが、やはり嫉妬してしまった。アレックスが隣にいたのだが、アレックスがさかんに宥めてくれたのだが、やはり俺は心が狭いなあ。」
「・・・私・・・ブライアン様がやきもち妬いてくださったのを、嬉しいって思ってしまいました。性格悪いですよね。ごめんなさい。」
「嫉妬したことを許してくれるのか?」
「許すだなんて、お許しいただきたいのは私のほうです。」
「俺はつくづく狭量な男だと思い知った。嫉妬に狂った嫌な男だ。それでも君を放したくない。」
「ブライアン様、どうか、放さないでくださいませ。ブライアン様はご自分だけが私を好きだと思ってらっしゃるようにおっしゃいますけれど、私だってブライアン様のことが大好きで、いつもいつもブライアン様のことを思っているんです。自分が怖くなるほど執着してしまって、ブライアン様に嫌われるのが怖いです。」
「嫌うわけないではないか。どうか、どこにも行かないでくれ。俺だけのキャシーでいてくれ。」
「もちろんです。私はブライアン様だけのものです。・・・・・・あの・・・ブライアン様」
「ん?」
「実は私、ひとつ悩み事があるんです。」
「なんだ?なんでも相談してくれ。君のことならなんでも全力を尽くすから。ひとりで悩んでないで、なんでも言ってくれ。」
「それが・・・ちょっと言いにくいことなんですけど。」
ブライアンの顔色が変わった。
「だ、大丈夫だ。なんでも・・・なんでも言ってくれ。ただ」
「ただ?」
「別れたいということだけは言わないでくれると」
「あっ、いいえ、そういうことではないんです。違います。」
「そうか・・・ありがとう。よかった。」
ブライアンは思わずキャサリンを抱きしめていた。
「ブライアン様、あの・・・お顔見えると恥ずかしいので、このまま言わせてください。」
「ああ。」
「私、母がおりませんし、姉もおりません。前世では働きどおしで恋もしたことがなかったし、それで・・・その・・・どう・・・すればよいのかわからないんです。」
キャサリンの声がだんだん小さくなって、最後のほうは聞き取れないくらいだ。
ブライアンは
「何をどうすると?」
と訊いてから、はっと気づいた。
「いや、すまん、今のは忘れてくれ。たぶん君の言ったことは理解した。」
そういって抱きしめる腕に力をこめた。
「キャシー・・・心配するな。大丈夫だ。嫌だと思ったらすぐに言ってくれればすぐにやめるから。君は君の思った通りにしてほしい。」
「・・・でもブライアン様、私、何が良くて何が間違っているのかわかりません。ですから、ブライアン様に不愉快な思いをさせては申し訳ないと思って。」
「そんなことはない。絶対にない。ああ、キャシー、助けてくれ。君がかわいくてたまらない。」
「ブライアン様・・・こんなことなら、母に訊いておけばよかったと今になって後悔しています。でも、母が亡くなったときは私はほんの子供でしたので、あまりそういうことを訊いておこうなどという知恵がありませんでした。母はよく父を膝枕していました。それで膝枕は愛しい人に女がすることなんだな、と学びました。それ以上のことはわからなくて・・・こんな無知な私でもお許しいただけますか?」
「キャシー、許すも許さないもないよ。俺のほうこそ、謝らなければならないのだが・・・俺はだいぶ前になるが、討伐の帰りに討伐隊で宿泊した時に飲めない酒を無理して飲んでその勢いで娼館に行ったことがある。申し訳ない。俺のことを汚いと不快だったら君には触れないと約束する。」
キャサリンは少し考えて、
「ブライアン様は、こんな無知な私でもお許しくださいますの?」
「もちろんだ。君はなんてきれいなんだ。だからこそ、俺のほうが申し訳なくて。」
キャサリンがブライアンの顔を見上げて嬉しそうに、
「ありがとうございます。ブライアン様はご経験がおありということなら、私、安心してついていきますわ。どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言ってにっこり笑った。
「キャシー、君という人は・・・」
キャサリンは「?」という顔をしている。
ブライアンはもう言葉が見つからず、そのままキャサリンを抱き上げてベッドに連れて行った。
朝。
キャサリンが目を覚ますと、ブライアンの声が聞こえた。
「おはよう。」
キャサリンは一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。が、すぐに昨夜のことを思い出し、あまりの恥ずかしさにまっかになって布団にもぐって
「おはようございます。」
と言った。
「キャシー、どうした?気分が悪いのか?」
「い、いいえ。」
「何か、怒っているのか?」
「いいえ、まさか怒るだなんて。・・・ただ、あの、恥ずかしくて。」
ブライアンは布団に丸まったままのキャサリンを抱きしめた。
「恥ずかしがることなどなにもない。君はとてもきれいでかわいかった。でも」
「で、でも?」
「優しくしたつもりだったが、痛い思いをさせてしまって、すまなかった。」
「いいえ。・・・あの・・・世間の人は皆ああいうことをなさってるんですか?」
「そうだな。嫌だったか?辛かったか?」
「いいえ、少し痛かったですけど、ブライアン様が抱いてくださって、それがとても安心できて嬉しかったです。でも」
「でも?」
「裸を見せてしまって、それが恥ずかしくてお顔を見ることができません。」
「キャシー、恥ずかしがることなどないよ。とてもきれいだった。見惚れてしまったよ。」
ブライアンはそう言って、キャサリンのかぶっている布団をおろそうとした。
「あっ、まっ、待って。」
キャサリンは必死で布団をかぶっている。
「わかった。君が良いと思う時まで待ってるよ。」
「あの・・・ちょっとあちらを向いていていただけますか?」
「こうか?」
「はい。すみません。」
キャサリンはそろりそろりと布団から顔を出した。そして、ブライアンの背中にぴたりとくっついた。
「お待たせしました。おはようございます。」
「おはよう。そちらを向いてよいか?」
「あ、えーっと、ちょっとそのまま。」
キャサリンはそう言って深呼吸をした。
「どうした?気分が悪いのか?息苦しいのか?」
「いいえ・・・ブライアン様の匂いを嗅いでました。とっても良い匂い。」
「うっ、キャサリン、君はなぜそんなにかわいいのだ。かわいすぎて辛い。」
「ご、ごめんなさい。」
そう言いながら、今度はキャサリンはブライアンの背中に顔をこすりつけている。
「キャサリン?」
「ブライアン様の背中って大きくて、たくましくて、とっても気持ちいいです。」
「猫みたいだな。ははは、では、猫っかわいがりしてもよいな。」
「にゃー」
さすがにいつまでもいちゃいちゃしてはいられないので、起きて身づくろいをすることにした。
ブライアンが先に起きて着替えをしていると、キャサリンのきゃあという悲鳴が聞こえた。
「キャシー、大丈夫かっ。」
とブライアンが駆け寄ると、キャサリンが
「あの、ち、ち、血が・・・シーツにいっぱい。どうしましょう。どうしましょう。」
と、おろおろしている。
ブライアンはキャサリンを抱きしめて、背中を撫でながら、
「心配ないよ。これは昨夜の破瓜の血だ。痛い思いをさせてすまなかった。でも、これは病気とか怪我ではないから心配はいらないよ。」
「そ、そうなのですか。ごめんなさい、私、ほんとに無知で。みっともないところをお見せしました。」
「気にするな。大丈夫だ。本当に痛くないか?身づくろいを手伝おうか?」
「だ、大丈夫です。自分でやります。」
キャサリンはそう言ってベッドから降りかけたのだが、その場でへなへなと座り込んでしまった。
「どうした?大丈夫か?」
「あ・・・あの・・・脚に力が入らなくて・・・」
(くっ、なんとっ。かわいい、かわいすぎる。俺はどうしたらいいんだ。)
ブライアンはキャサリンを助け起こして、膝の上に座らせた。
「すまない。昨夜は無理をさせてしまったな。」
「いえ、そんなこと。違うんです、私が無知だからいけなくてっ」
キャサリンは恥ずかしくてたまらないというように真っ赤になって身をよじっている。
「あの・・・どなたか女性の方に助けていただけないでしょうか。」
「あ・・・ああ、そうだな。ちょっとラルフに訊いてみよう。」
「ひやえー、ええと、あの、ラルフ様におっしゃるのですか?こ、こ、こんなことを・・・」
「いや、誰か侍女をよこしてもらうように、だ。その前にちょっと打ち合わせをしておかないと、一応あいつが夫だからな。」
「あ、そ、そうですね。ごめんなさい。よろしくお願いします。」
まず風呂場で血がついていないか鏡を見て、軽く行水をした。
きれいに洗い流しているうちに気持ちが落ち着いてきて、風呂場から出たときはもうそれほど動揺はしていなかった。
そうしているうちに、ドアがノックされ、ラルフが来た。
ブライアンはキャサリンをベッドに座らせ、ブランケットで包み、それからドアを開けてラルフを招き入れた。
「おはよう。どうだ?すべて問題ないか?」
「おはようございます。あの、ひとつだけ、問題が・・・」
キャサリンがそう言ってもじもじしている。
ブライアンが横から
「おはよう。実はだな、シーツが少々汚れてしまって。」
「ああそうか。では、ゆうべはキャサリンの部屋で俺とキャサリンが寝たことにすればいいな。うまく言っておく。」
「それと、誰か口の堅い侍女は頼めるだろうか。」
「ああ、心配ない。マーサという侍女は事情を理解している。年配で経験豊富なので、頼ればよい。実は俺の乳母で、以来ずっとうちで働いてくれているんだ。」
「すまんな。助かる。」
「ありがとうございます。」
「ラルフ、ちょっとよいか?」
ブライアンはそう言うとキャサリンを抱きしめてキスをした。
「名残惜しいが、すこし頭を冷やしてくるな。きょうはゆっくり休んでくれ。今夜また会おう。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
ブライアンは少し名残惜しそうな顔をして、ふっと消えていった。
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