第16話 結婚式
いよいよ結婚式が明日、という日になった。
きょうはウッドフェルド卿も1日休みをとり、キャサリンと一緒に過ごしている。
キャサリンは昨日1日中焼菓子つくりに精を出した。使用人ひとりひとりにラッピングして、短い手紙を書いてそれに添え、今夜渡すつもりでいる。
父には手編みのカーディガンと、それに添える手紙を用意している。これも明日、結婚式に行くときに渡そうと思っている。
きょうは父のピアノとキャサリンのバイオリンで、いろいろな慣れ親しんだ曲をいろいろと演奏している。使用人たちも聴きに集まってきている。
ボブじいさんがきれいな花籠をくれた。
「あしたからのお部屋に飾って下せえ。またいつでもおこしくだせえよ。待ってますぜ。」
「ありがとう。そんなこと言ってくれたら、あさって遊びに来ちゃうわよ。」
「お嬢様がいつお越しになってもいいように、庭中花だらけにしときますぜ。」
「いいなあ、楽しみにしてるわね。」
マリーは手編みのひざ掛けをくれた。
「お嬢様、これから寒くなっていきますからね、冷やさないようになさってくださいよ。」
「ありがとう。マリーは私の第2のおかあさんだから、何かあったらすぐにマリーに抱っこしてもらいに会いに来るわね。」
「まあまあ、そんな可愛いことおっしゃって。いつでもお待ちしておりますよ。でも、毎日楽しくてマリーのことなんか忘れてたっていうくらいになっていただきたいです。」
「忘れるわけないじゃない。マリー、大好きよ。」
「もう、お嬢様ったら、私を泣かさないでくださいませ。」
マリーとキャサリンが一緒に涙を拭いていると、その場にいた使用人たちもつられて涙を拭いている。
「なんだなんだ、皆不景気だな。マリーはこれから幸せになりに行くのだから、湿っぽいのはやめて、笑って送っておくれ。」
「そうですなあ、めでたいことなんでやんすから、明日の朝は皆笑ってお見送りしやすよ。」
「ありがとう!」
「お父様、私がいなくってもあんまり無理なさらないでくださいね。」
「大丈夫だ。爵位を返上する準備はいろいろ大変なようなので、頑張ろうと思ってるんだよ。」
「そうですの?何か危険でもありますの?」
「幸か不幸か儂が酒と博打で身を持ち崩したのは知れ渡っておるのでな、王家に叛意はないというのをわかってもらうのはそう難しいことではなさそうだ。だが、領地の者たちに、少しずつでも餞別を渡すとなると、それはどうもできそうにない。ならばせめて詫び状でもと思っているのだが、それを考えるのはなかなか大変だ。まあ、次の領主が良い人であることを祈るのみだがなあ。」
「お父様、領地の邸を売りますの?」
「それも迷っておる。あの邸は売るが、小さな家くらいは買って、その残りで使用人たちの退職金に充てたいと思うのだが。」
「そうですか。その小さな家はどうなさるんです?」
「そこに住もうか、王都に住もうか、まだ迷っておる。」
「お父様、王都の邸も処分されるのでしょう?」
「それだがなあ、お前、王都で商売を始めたいと言っておったな?それの資金にするにはこの邸を売ればどうかと思ってなあ。小さな家と店も買えるだろう。」
「お父様、その王都の小さな家にお住まいになりませんか?」
「家を2軒買うと?」
「いいえ、私たちと一緒にお住まいいただけませんか?」
「いや、それは・・・」
「ブライアン様は父親をご存じなくて、お父様と話して楽しかったからまた会いたいっておっしゃってました。話してみますが、私もお父様と一緒だと安心だし、きっとうまくいくと思いますの。」
「そうか・・・まあ、まだ先の話だから、それはなんとでもなるだろう。それよりまずはあした結婚式を挙げて、それからだな。」
「はい、ラルフ様はさっそく愛するお方と一緒に過ごされます。私は私室をいただきましたので、そこにブライアン様がいらっしゃることになります。」
「そうか。キャシー、幸せか?」
「はい。明日からの生活が楽しみです。すぐに赤ちゃんを授かれると良いのですが。」
「まあ、あせらんでも、お前は健康だし、ブライアン君も健康そうだから、大丈夫だろう。」
「そうですね、あまり心配しないようにします。それに、半年たってもできなかったら養子を迎えるとラルフ様がおっしゃってます。そして、そこから私とラルフ様が不仲になって離婚しようということにしています。」
「そうか、まあ、そのへんは儂が口を出すことでもないな。」
「お任せください。」
「キャシーには苦労をかけてすまない。儂が情けないばっかりに、こんな苦労をさせてしまって。」
「お父様、それはもうおっしゃらないでくださいませ。お父様のおかげで私、ブライアン様と出会えました。とても幸運だと思っておりますのよ。ですから、お父様はなにも心配なさらず威張ってらしてください。」
「はははは、威張ってろと言われて、なかなか威張れるものではないな。」
「お父様、大好きです。長生きしてくださいね。孫のお守りもお願いします。」
「はははは、キャシーは儂の宝物だからな。まずはキャシーを大事にさせてもらおう。さあ、明日は早起きだ。そろそろ寝なさい。」
「はい。ではお名残り惜しいですけど、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
結婚式の日、とてもきれいに晴れた良い日になった。
キャサリンは邸の皆にお菓子と手紙を渡し、マリーには刺しゅうを施したスカーフを、ボブ爺さんには手編みの手袋をそれぞれ渡した。
そして、最後に父に手編みのセーターと手紙を渡した。
「お父様、これまで育てていただきありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。」
キャサリンはそれだけ言うのがやっとで、ウッドフェルド卿も涙をこらえることができず、しばし抱き合ってからキャサリンは馬車に乗り込んだ。
マリーが付き添い、これから神殿で式を行う準備をする。
めったに化粧をしないキャサリンでも、さすがにこの日は髪を結ってもらい、化粧を施してもらい、ウエディングドレスを着た。
「お嬢様、とてもおきれいでございますよ。」
マリーが涙を流している。
「ありがとう、マリー。」
神殿の控室に行くと、ラルフから至急話したいことがあるという伝言を得た。
キャサリンは驚いて、至急ラルフの控室を訪れた。
「ラルフ様、何事かございましたの?」
「心配するな。結婚式は無事に行う。だが、今朝式の進行について話を聞いていたところ、誓いの言葉を交わした後、誓いのキスをするのだそうだ。おそらく君にとってはファーストキスになるだろうと思ってな、俺よりもブライアンに捧げたいだろうと思って、式の前にあわただしくてすまないが、ブライアンとファーストキスをしてはどうだろう?」
キャサリンは驚いて言葉を失ってしまった、が、しばらくして我に返ったように
「・・・・・・あの、ラルフ様はそれでよろしいのでしょうか?」
と訊いた。
「もちろんだ。君たちの気持ちはわかっているつもりだ。君がよかったら、いますぐここにブライアンを呼ぶが。」
「はい・・・あの・・・ありがとうございます。では、お言葉に甘えてそうさせていただきます。」
「そうか、では、ちょっと待ってくれな。」
まもなくブライアンが現れた。
「急かすようで申し訳ないが、それでは俺は向こうを向いているよ。」
ラルフに促されて、ブライアンはキャサリンを優しく抱いて、キスをした。
キャサリンは真っ赤になって、涙が頬を伝っていた。
「おめでとう。式の時は、できるだけ触れないようにするが、まあ、あまり露骨に避けてもおかしいので少しだけ触れる。勘弁してくれ。」
キャサリンはこくりと頷き、ブライアンは
「ラルフ、ありがとう。」と言って、キャサリンの頭をそっと撫でて消えていった。
式の時間になった。
神殿の入り口でウッドフェルド卿が待っていた。
父と腕を組み、神殿に入る。
想像以上の人数がいて、キャサリンは少し驚いた。
父が、大丈夫だ、というようにキャサリンの手をぽんぽんと叩き、微笑んでくれた。
神殿の奥にはラルフの姿が見える。
キャサリンはブライアンを探した。
人が多かったが、ブライアンは背が高いので、楽に見つけることができ、目が合った時、キャサリンは胸がちくりと痛んだ。
それがわかったのか、ブライアンは大丈夫だというように頷いた。
ブライアンの隣にはトーレスがいた。
トーレスも、にっこり笑ってくれた。
いよいよラルフのところに着き、父の腕を放しラルフの前に立った。
ラルフが目を瞠って
「きれいだ。とても美しい。きょうはどうもありがとう。」
と、ささやいてくれた。
「一生懸命頑張ります。」
キャサリンはブライアンの姿を見てから泣きそうなのを必死で抑えている。
キャサリンが何かすることなく、式はどんどん進んでいく。
言われるままに誓いの言葉を言い、誓いのキスをした。
その時、キャサリンの胸はひどく痛んだ。
それから会場の人たちの祝福の声が聞こえて、ラルフと腕を組んで神殿を後にする。
おめでとう、おめでとう、という声が聞こえ、ラルフはそれに答えるようににこやかに会釈している。
キャサリンも微笑んで会釈を返していた。
またブライアンが見えた。
キャサリンは、ごめんなさい、と、心の中でブライアンに呼び掛けた。
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