第15話 結婚式は半年後
半年もあると思ったが、実際準備することが多く、月日はあっという間に過ぎていった。
結婚した後新居は本邸から少し離れた場所で、母屋にはラルフとトーレスが住むが、キャサリンもキャサリンの私室に住む。
ラルフの部屋と寝室があり、その隣に夫婦の部屋と寝室、その隣がキャサリンの部屋寝室だ。
とさすが公爵家、別邸でもとても大きい。
キャサリンとブライアンの住まいだが、ブライアンの城内の私室はそのまま住んでいることにしておき、母屋にあるキャサリンの部屋に通うことにした。
ところが、あと1か月で結婚式というところで、急に状況が変わった。
かねてから事あるごとに干渉してくる隣国が、また移民が起こした事件を口実に攻め込もうとしてきたのだ。
ここ、ローザニア国は資源に恵まれ、海も山も平野もあって、しかも昔から為政者が国民の教育に力を入れてきたため、国民が良い労働力となっているため、非常に富んで幸せな国である。それに対して隣国であるスローチ国はこれといった産業がなく、怠惰な国民性も合わせて貧しい国で、唯一力を入れているのが軍備なので、それを使ってローザニアを攻め取ろうと、事あるごとに干渉してくる。
今回はスローチ国からの移民がローザニアで傷害事件を起こしそれを母国スローチに強制送還したことから、それをネタにローザニアの王子を誘拐し、脅してきた。
筋違いな言いがかりなのだが、平和主義のローザニアは話し合いで円満に切り抜けようとしたが、人質の王子が解放されないとなっては、これはもう、武力対決になるしかないようだ。魔導士団長のラルフと筆頭魔導士のブライアンは共になんとか武力対決にならないようにできないか連日相談している。
きょうはキャサリンは久しぶりにラルフの邸に訪れている。陣中見舞いに手作りの焼き菓子を持ってきたのだ。ブラッドレー卿が大喜びでラルフを特別に呼び返したので、忙しい中ラルフがブラッドレー邸に戻ってきた。
「キャサリン、わざわざ陣中見舞いをありがとう。」
「とんでもない。お父上様のご親切はとてもありがたいのですが、ラルフ様のお立場もよくわかっております。お忙しい中ごめんなさい。私に遠慮なさらず、どうぞすぐにお戻りください。」
「悪いな。今が一番大事な時なので、失礼するよ。」
キャサリンは、小さなお願いをしてみた。
「あの、ラルフ様、お忙しいときに面倒なお願いで申し訳ないのですが、ブライアン様にこちらをお渡しいただけないでしょうか?」
「そのくらいまったく問題ない。戻ってすぐに渡すよ。」
「ありがとうございます。団長様となれば責任も重く大変でしょうけれど、どうかあまりご無理なさらぬよう。この焼き菓子、元気になる薬草をお祈りして混ぜ込んでありますので、大した力にもならないでしょうが、だまされたと思ってお召し上がりください。」
「そうか、それはありがたい。たくさんあるのだな。団員たちにも配るようにするよ。」
「お気をつけて。」
「ありがとう。」
ラルフは戻るとすぐにブライアンに手紙を渡した。
ブライアンは読むとすぐに、
「それはキャサリンの菓子か?」
「ああそうだ。なんでも、元気になる薬草を祈りを込めて混ぜ込んだということだ。ちょっと食べてみよう。」
「そうか。ではひとついただこう。」
ブライアンとラルフは食べてすぐに目を瞠った。
「本当に効くな。」
「そうだな。おいラルフ、悪いがキャサリンをこの場に呼んでもらえないか?事情は待っている間に説明するが、できれば転移魔法のできる奴にキャサリンを迎えに行ってもらいたい。」
「あ、ああ。じゃあ、アレックスに頼もう。」
アレックスが迎えに行っている間に、ブライアンは説明した。
「実験したことがないので少し実験してみたいのだが、キャサリンはほとんど魔法が使えないと言っていたよな。」
「ああ、そうだな。髪を乾かすくらいとか。」
「最初にあったときに魔力を鑑定したんだ。そうしたら、キャサリンは普通の魔法はたしかにほとんど使えないのだが、特殊な力があることがわかった。」
「特殊な力?」
「そうだ。なんというか、伝説の聖女の力というようなものだ。 発動された魔法を強化したり弱体化したりすることができるようだ。例えば回復魔法を強化すれば治りにくいものを治せたりするかもしれない。また、誰かから魔法をかけられてそれを弱体化か無効化できればダメージを負わずにすむ。さらに、これは本当に試したことがないのでまずは試したいのだが、視界から消す効果が出せれば、戦わずに人質を奪還できるかもしれない。」
「なんとっ!」
「結界が張ってあるので転移魔法は効かぬが、幻惑魔法を強化してみたらどうだろうかと思ってな。つまり、透明人間のようにするのだ。透明になれば、結界の中に入って人質を探し出し、連れ帰れるのではないか。ただ、王子を透明にできるかどうか、また、どのくらいの時間透明になれるかわからん。」
「それができたらものすごいな。早速実験してみてくれ。」
「ああ、ただし、極秘中の極秘で頼みたい。これが王家に知られれば、キャサリンはきっと王家の嫁にされるか、神殿に祀り上げられる。そうなったら。」
「やめてくれ。絶対に極秘だ。俺は自分勝手だと言われようが何だろうが、このチャンスを逃さない。お前も同じ気持ちだろう?」
「ああ、それでいままで黙っていたのだ。キャサリンも同じ気持ちだ。」
そこにトーレスがキャサリンを連れて戻ってきた。
ブライアンがキャサリンに説明する間、ラルフはトーレスに説明した。
そして実験。
キャサリンがブライアンの幻惑魔法を強化するのだが、
「ブライアン様、私、どうやって強化するのかわかりません。」
「俺の魔法を強化するように念じてみてくれ。」
はい・・・・・・
「だめか・・・では、俺の手を持って念じてみてくれ。」
はい・・・・・・
「ブライアン!お前、今透明だぞ。キャサリンもだが。」
「そうか。キャサリン、手を離してみよう。」
「はい。」
「おい、2人とも見えてるぞ。」
「うーむ・・・困ったな。ずっと一緒にいてもらわないといけないとなるとなあ。」
「触っていればずっと効果があるのでしょうか。例えば、ブライアン様とラルフ様と手をつなげば3人消えるのかしら。」
「そうだな。おい、アレックス、ちょっと見ててくれ。」
「わかった。」
「では、いきます。」
「わあ、ほんとだ。3人とも消えたよ。」
「ではこれでしばらく消えていよう。どのくらい持続するかだな。」
「まあでも、すぐに転移魔法で3人で戻ればいいのだから。そうだ、ではこのまま転移魔法で移動してみよう。アレックス、ちょっと外を見ててくれ。中庭に転移してみる。」
3人は透明のまま中庭に出た。アレックスが窓からこちらを見ている。そして、また転移魔法で部屋に戻った。
「アレックス」
「あれ?おかえり?でもまだ透明だよ。」
そこで手を離した。
「あーほんと、いるいる。おかえりー。」
「ははは、ただいまー。」
キャサリンが楽しそうにニコニコしている。
「あの、もうひとつ実験してもいいでしょうか。」
「もちろんだ。どんな実験だ?」
「私の体のどこかを触っていれば効果があるのかしらと思って。それでたとえば、手じゃなくて肩を触るとかでも大丈夫なら、3人以上でもできますでしょ?」
「そうだな。ちょっと肩を触るぞ。」
「はい。」
「あー消えてる消えてる。」
「なるほど、これでもし4人でも大丈夫ってことだな。」
「そうですね。」
ラルフが3人に向かって言った。
「ところでキャサリン、あとの皆も聞いてくれ。」
「はい。なんでしょう?」
「今回のことは、できればブライアン一人の力ということにしたいのだが。君が助けてくれるからできることなのだが、それを知ったら、おそらく王家は君を王家の嫁にすると王命を使う可能性が大きい。または、聖女として神殿に所属させるかもしれない。」
「そんな!拒否できないのですか?」
「君の父上が貴族なので、王命となれば従わなければならない。まあ、最初は王命にはしないだろうが、受けなければ最終的に王命となるだろう。」
「ひどいわ。私の気持ちは無視ですか。」
「そうなるな。それが貴族というものだ。」
「そうしたら、もしラルフ様と離婚したいということになって、王様が反対すればだめってことですか。」
「まあ、いままで王家が結婚に口を出したことはないので、問題ないだろう。ただ、君が聖女ということになれば、前例はないが、国としてぜひとも欲しいから、王命も辞さないだろう。」
「ああいやだ。王様って結局独裁者だわ。民主主義じゃないのね。」
「ドクサイシャ?ミンシュシュギ?」
「あ、すみません、それはまた時間に余裕があるときにお話しします。前の世界の言葉です。私は聖女だかなんだか知りませんけど、そんなものになりたくありません。でも、今回のようなときにお役にたつならご利用いただきたいですけど。もしブライアン様の力ということになったら、ブライアン様がまた透明人間になれって言われたらどうします?」
「そうだなあ、たまたまできたとかなんとかにして逃げるか。」
ブライアンが口を開いた。
「キャサリンの力を魔道具にできればごまかせそうだが、今は時間がないなあ。」
「それなら、今回たまたまできたということにしよう。皆、それで異論はないか?」
ラルフの問いかけに皆頷いた。
「いや待って。」
アレックスが手を挙げた。
「王子はどうするのさ。」
「どうするというと?」
「王子は助けるときにキャサリンを見て、透明になる体験もするんだろ?」
「あっ、そうか。ふむ・・・困ったな。ラルフ、王子のことを知ってるか?」
「王子か?ああ、知ってる。たぶんブライアンが口止めすれば大丈夫だ。彼はブライアンにものすごく憧れているからな。王子の母上は既に亡くなっていて、王位継承権は一応あるが、順位は低く、あまり王室に興味がないようだ。」
「それじゃあまあ、大丈夫そうだね。」
「そうだな。ではブライアン、キャサリン、頼む。王子を連れて帰ってきてくれ。」
「承知した。」
善は急げ。決行はその日の夜更け、就寝後とする。
キャサリンはいったん家に帰り、夜更けにブライアンがキャサリンを迎えに行き、そこから救出に向かうことにした。
夜に出かけるので、キャサリンは父に内密に話をした。
父はキャサリンにそんな力があるということに驚いていたが、ブライアンが一緒なので心配しないと言ってくれた。
その時に、キャサリンは少し将来の話をした。
キャサリンは、できることなら平民になりたいという希望があることを父に話したのだが、父も、キャサリンさえ嫌でなければ、爵位を返上したいと思っているということがわかった。父は爵位を返上するにあたって、領地の人々にできるだけの財を分配し、自分はとりあえずは王都の邸に住むか、領地の邸に住むか、まだ決めかねているということだ。
「私、まだこのことはブライアン様に話していないんです。ブライアン様のお考えを伺ってからですけど、魔導士のお仕事を続けられるでしょうから、そうなると王都に住んで、私はベーカリーか食堂をしたいなと思います。お父様、手伝っていただけませんか?」
「ほう、それは面白そうだな。」
そんな話をしていると、ブライアンがやってきた。
「キャシー、準備はよいか?」
「はい。」
「実はあれから王子の居所を調べたのだが、忍が場所まではつきとめていた。王城の地下牢だ。忍はそこまではわかったが、牢の前に24時間警備がつき、助け出せないということだった。」
「まあ、それでは王子様が声を出さないように気を付けて透明になればうまくいきそうですわね。」
「そうだな。頑張ろう。」
ブライアンはウッドフェルド卿に向き合い、
「キャサリン嬢にお助けいただきますが、キャサリン嬢のことは私の命に代えてもお守りします。」
と深々と頭を下げた。
父に見送ってもらって、ブライアンとキャサリンは手をつないで透明になって王子のところに行った。
王子の牢は地下で暗くじめじめしていて、王子はちいさなベッドに横たわっていたけれどまだ眠ってはいなかった。
2人は透明になって王子の牢に転移し、ブライアンが王子の口を手でふさぎ、耳元で名を名乗り、説明し、そのまますぐに転移魔法でキャサリンの邸に戻った。
なんともあっけない救出劇であった。
王子は驚いたが、キャサリンの邸でブライアンやキャサリンの姿が見えると、
「これは・・・夢ではないのか?ここは、ローザニアなのか?」
と訊いた。
ブライアンが
「はい、殿下、ここはローザニアのポール・ウッドフェルド伯爵の邸にございます。魔法でここまでお連れしました。細かい話はできなかったので、今少しご説明申し上げますが、人質に取られた殿下を救出し、そこから戦にならずに話し合いで解決しようとしております。まもなくブラッドレー魔導士団長がこちらに参りますので、詳しくは彼からご説明申し上げます。」
「そうか。大儀であったな。感謝する。」
「ありがたきお言葉にございます。」
そこへ、ラルフがやってきた。
「殿下、ご無事で何よりでございます。」
「おお。ラルフ、こんなに急にローザニアに戻れるとは思わなかった。感謝するぞ。」
「もったいなきお言葉にございます。すぐにお寛ぎいただきたいのですが、その前に少々事の次第をご説明申し上げたく、ご辛抱いただきますようお願いいたします。」
「問題ない。どういうことになっているか、知りたいぞ。」
「はい、では、どうぞお楽になさって、私のご説明をお聞きいただきますようお願い申し上げます。」
ラルフが手短に、しかし、ポイントは逃さずに説明した。
キャサリンのことはラルフの婚約者と紹介するだけだった。
「そうか、キャサリン嬢はラルフの嫁になるのか。良い嫁を見つけたな。」
「はっ、ありがとうございます。」
ラルフと一緒に頭を下げたキャサリンは、頭を上げる時にちらりとブライアンを見た。ブライアンと目が合って、胸がちくりと傷んだ。
それから王子は用意された軽食を食べ、ゆっくり湯あみをし、ラルフと共に城に転移していった。
ブライアンは後始末があるという口実でキャサリンのところにとどまった。
「キャシー、ありがとう。ここからは外交の人間に任せるが、人質を奪還したからには、戦争は回避できるだろう。回避できない場合は残念ながらわが軍で蹴散らすことになるが、相手もまさかそこまで愚かではないだろうから、大丈夫だと思うよ。」
「そうですか。よかったわ。どんなにちいさな敵でも、私、ブライアン様が戦うのは心配でなりませんもの。」
「そうか。心配してくれる人がいるというのは良いものだな。」
「まあひどい。心配するほうの身になってくださいませ。」
キャサリンは怒ったふりをして笑った。
「すまない、すまない。そんなつもりではなかったのだが。」
「わかっております。でも、私にとってブライアン様はとてもとても大事なお方だということは、お忘れにならないでくださいませね。」
「ああ、ありがとう。キャシー、君は俺にとって大事な大事な唯一人の女性だ。これもよく覚えておいてくれよ。」
「まあ。」
キャサリンは嬉しくて真っ赤になってしまった。
「しかし、さっき王子がキャサリンがラルフの嫁になると言ったときは、わかってはいるのだが、嫉妬した。」
「私、胸が痛みました。」
「君を見ていられさえすればいい、なんと言ったくせにこれだ。欲は際限がないな。悪い男だ。」
「それなら私も悪い女です。もっともっとブライアン様のおそばにいたいと思ってしまいます。」
「結婚式まであと1か月だな。」
「はい。」
「それが済んだら共に過ごせると思うと待ち遠しい。」
「ラルフ様にお部屋を見せていただきました。あの、お父上様の手前、私の私室となっていますので、’女らしい作りでしたが、どうかご辛抱ください。ごめんなさい。」
「そんなもの、全部ピンクのフリフリでも構わん。君がいてくれさえすれば十分だ。」
「まあ、全部ピンクのフリフリですか。あっははは、ブライアン様、おもしろいわ。」
「そうか?でも、本当だ。どんなところでも構わんよ。」
キャサリンが少し俯いている。
「ん?キャサリン、どうした?」
「はい・・・あの・・・私、本当はブライアン様だけのためにウエディングドレスを着たいんです。でも、当日はそれはできなくて、わかってはいるんですけど、なんだか悲しくて。ブライアン様、ごめんなさい。」
「謝ることはない。君が優しい気持ちでラルフを助けようとしたことで、俺は君と出会えたんだ。この結婚がなければ俺は君と出会えてなかった。そのめぐりあわせに感謝している。当日は君のきれいなドレス姿を見るのを楽しみにしているよ。」
「・・・・・・ブライアン様、優しすぎます。」
キャサリンの目からぽろりと涙がこぼれた。
ブライアンはそっとキャサリンの手を握った。
「どうかなにも気に病まないでくれ。結婚後のことを楽しみにしよう。な?」
キャサリンはこくりと頷くと、がんばってにっこり笑った。
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