第14話 バースデーパーティー
それからキャサリンは忙しい毎日を過ごした。
まず、誕生日プレゼントは青色の忘れな草とイニシャルのBDを入れたハンカチ。
約束の歌も作った
穏やかな昼下がり、あなたは私の隣を歩く
さらりと垂れた黒髪を、大きなその手でかきあげる
一緒にお庭を散歩する、きれいなお顔を見上げるの
すごく凛々しくきれいなお顔 思わず見惚れてしまうのよ
大きな背中が見たくって すこし遅れて歩いたら
すぐに手を差し伸べて ふわりと笑顔で待っててくれる
優しい私の王子様
きりりとしたお口から、出てくる言葉が優しくて
私のこころは温まり、言葉にもたれて安堵する
あなたはとっても偉くって みんながあなたのお仕事を
あなたの頭脳を欲してる
でもね私は違うのよ
あなたはすごい人だけど 仕事じゃなくてあなたそのものが
あなたの匂いが私の心を癒してくれるの
あなたが笑うと嬉しくて ずうっと笑っていてほしい
いらっしゃい、私の膝を枕にして
ゆっくりおやすみなさい
この歌詞はバースデーカードに書いた
料理のメニューとお菓子を考え、あらかじめ焼き菓子とパンは焼いておき、いよいよ当日となった。
キャサリンは薄紫色のドレスを着た。ブライアンに薄紫色が似合っていると言われたからだ。
あらかじめ約束していて、ラルフとトーレスは少し早く来た。
時間ぴったりにブライアンが着き、カーターが出迎え、部屋まで案内した。
カーターがドアをノックして、
「デイビス様がご到着になりました。」
と言ってドアを開けると、
「ハッピーバースデー!」
「おめでとう!」
という声とラルフとトーレスが風船をブライアンに向かって投げた。
キャサリンは誕生日の歌をピアノで弾いた。
ブライアンは驚いて固まっている。
キャサリンが
「ブライアン様、お誕生日おめでとうございます。さ、こちらへ。」
と言って、ブライアンの手をとって丸テーブルに案内した。
他の者達も着席する。
ラルフがニコニコしながら、
「おい、お前、今日の主役なんだから、なんとか言えよ。」
と言っている。
ブライアンは
「あ、ああ、まさかこんな大掛かりなパーティーとは思っていなかったので、なんと言ったら良いか、ちょっとあの、胸がいっぱいで・・・ありがとう。」
カーターが飲み物を持ってきた。
「お飲み物は何になさいますか?」
ラルフがすかさず、
「ああ、こいつには酢をもらえるかな。」
と言ってアレックスと一緒に大笑いした。
キャシーは
「まあ、そんな意地悪おっしゃって。」
と言いながらにこにこしている。
ブライアンは
「お前たち、覚えてろよ。」
と言いながら、でも苦笑していた。
それぞれ好きな飲み物を手にする。
いつの間にかいなくなっていたキャサリンが、ワゴンを押して戻ってきた。
「では、オードブルです。この間、ブライアン様に気に入っていただけたので、また作りました。」
色とりどりのカナッペだった。
「あっ、これはこの間のすごく美味いやつだな。ありがとう。また食べたかったんだ。」
「まだまだたくさんありますから、どうぞご遠慮なくどうぞ。」
「どれどれ?・・・あっ、美味いっ!これはとまらん。」
ラルフが勢いよく食べ始めた。
「え?俺も。」
トーレスもひとつ口に入れると、
「ほんとだ!これは美味いな。こっちも。」
3人はカナッペでかなり盛り上がっている。
ラルフが
「キャサリンの昔いた世界の料理なんだろう?ずいぶんいいところだな。」
と言うと、トーレスが
「ほんと。行ってみたいな。行く方法はないのかな。魔法陣でどう?」
とブライアンを見る。
ブライアンが
「実は俺も魔法陣とか転移魔法とか考えて調べてみたんだが、行けそうにないな。」
キャサリンが
「そんなにおっしゃるほど良い世界というわけでもありませんでしたわよ。まあ、そこで生きていればそれなりに良いこともありますけど、悪いこともあります。どこでも同じようなものです。」
というと、トーレスが
「そんな夢を壊さないでー。」
と言って笑っている。
ラルフが
「まあでも食い物だけで世界の良し悪しを決めるっていうのもな。」
と、やはり笑っている。
「でもさ、食べ物にかけては、キャサリンのいた世界のほうが良い、これは絶対だよ。」
トーレスが力説する。
「それは、キャサリンの料理が美味いのだと思うな。きっとその世界でも、料理が下手な人や、料理をしない人もいたのだろう。キャサリンが料理が上手な人だから、俺たちは得したんだと思う。」
とブライアンが言うと、ラルフも
「そうだな。もしその世界に俺が行っても料理するとは思えないからなあ。」
そう言って笑っていた。
その後、スープにサラダにメインディッシュ、皆の食欲はとても旺盛で、出る料理出る料理平らげていった。
「では次はお茶とケーキです。ちょっと明かりを暗くしますね。」
部屋が薄暗くなり、キャサリンがお茶と年の数だけろうそくが灯ったバースデーケーキを持ってきた。
「さあ、ブライアン様、何か願い事をしてからろうそくを一気に吹き消してください。」
「願い事はどんなことでも良いのか?」
「はい、内緒のお願いでいいですよ。」
「そうか、では。」
ブライアンは何やらぶつぶつ言っていた。
「よし、では吹き消すのだな?」
「はい。」
「おい、魔法は使うなよ。」
ブライアンは神妙な顔をして大きく息を吸い、ふうっとろうそくの火を吹き消した。
「わあ、すごい!全部消えました!願い事が叶います!」
おめでとう、おめでとうという声と拍手。
ブライアンはとても嬉しそうに、そしてちょっと恥ずかしそうに、ありがとうと言った。
ケーキを食べながら、プレゼントの時間となった。
ラルフからは名所のガイドブック。
「お前はいままで旅行とかしたことないんだろ?これで調べろ。」
「ああ、ありがとう。助かる。」
トーレスからはレンズの入っていないメガネ。
「変装用のメガネ。これで髪の色を魔法で変えれば堂々とデートできるよ。」
「なるほど。ありがとう。どうかな?」
ブライアンはメガネをかけてみた。
「まあ!ブライアン様、素敵です。」
キャサリンが嬉しそうに言うと、ラルフとトーレスがニヤニヤしている。
そして、キャサリンからのプレゼント。
まずは刺繍のハンカチ。
「これはキャシーが?」
「はい。あんまり上手じゃないんですけど、お好きな色の青と緑で、忘れな草とお名前のイニシャルにしました。」
「ありがとう、大事にするよ。」
そしてバースデーカード。
それを見たブライアンは息を吞み、顔を覆った。
ラルフが
「おい、どうした?」
と訊くと、
「こ、これは・・・」
ブライアンが絶句している。
トーレスが
「なになに?なんて書いてあるの?」
キャサリンが
「この前お約束した歌を完成させました。」
トーレスが
「なに、歌って?」
「この前湖に連れて行って頂いた時に、私、気分が良くて鼻歌を歌ったんですけど、それがブライアン様に聞こえて、それで、それを完成させますとお約束したんです。」
ラルフが
「へえー、キャサリンは音楽が好きなのか。ちょっと歌ってみてくれ。」
そういうと、ブライアンがあわてて
「だ、だめだ。」
「なんでだめなんだよ。」
「これは、キャシーが俺だけに作ってくれた歌だから、だめだ。」
「なんだよ、いいじゃないか。」
「だめだ、減る。」
「照れるなよ。それに、歌うのはキャサリンなんだからいいじゃないか。」
「だめだ。」
「なあ、キャサリン、ちょっと歌ってよ。」
「ブライアン様がだめとおっしゃるから歌いません。」
「なんだよお、じゃあせめて歌詞だけ見せておくれよ。」
「だ、だめだ。」
「そんなに聞かせられないような歌詞じゃないだろ?」
「あの、私もちょっと恥ずかしくなってきました。」
「なんだなんだ?見せろって。親友にも見せられないってこともないだろ?」
酒の力も借りて、ラルフがするりとブライアンの手からバースデーカードを奪った。
「あっ、こらっ。」
「ふむふむ・・・おおっ、これは。」
ラルフがトーレスにも見せていて、2人でうわー、と言いながら、読んでいる。
ラルフがまじめな顔をして、
「ブライアン、良かったな、キャサリンと出会って。」
と言い、キャサリンに向かって、
「キャサリン、ブライアンはすごく良いやつなんだ。それなのにずっと苦労してきた。これからは君がいるからブライアンは幸せになると思うが、どうかこの朴念仁をよろしく頼む。」
「はい。」
キャサリンはにっこり笑った。
「さてと、俺たちは腹もいっぱいになったし、これ以上長居すると当てられそうだし、帰るかな。な、アレックス。」
「そうだな、俺たちはいつまでも邪魔するような無粋じゃないからな。」
2人はそう言って帰る支度をはじめた。
ラルフが
「キャサリン、きょうはどうもありがとう。どれもとても美味かった。俺の親友を幸せにしてくれるのもとてもありがたい。結婚したら、たまにこうして4人で食事会をしたいな。」
「そうだね。俺たちはきっと家族ぐるみで仲良くできるな。」
アレックスも同意している。
「それじゃキャサリン、失礼するよ。・・・あ、お前はまだ残ってていいからな。」
「つべこべ言ってないで、俺たちはとっとと帰ればそれでいいんだよ。」
アレックスに言われて、ラルフは笑いながら帰っていった。
あとにはブライアンが残った。
キャサリンがお茶を入れて、焼き菓子とともに持ってきた。
「ブライアン様、こちらにいらっしゃいませんか?」
食事をしたテーブルの横はソファが置いてある。キャサリンはそこにブライアンを誘った。
ソファに移動して、リラックスしてお茶を飲む。傍らにピアノがあるのに目をやったブライアンは
「君はピアノが弾けるのだろう?」
と訊いた。
「はい。でも私はそれほど上手じゃありません。私はバイオリンのほうが好きです。たまに父がピアノで伴奏してくれて、私はバイオリンを弾くんですけど、そのほうが楽しいです。」
「すごいな。お父上はピアノを弾かれるんだ。」
「私の小さかった時、まだ母が生きていた頃は、父がピアノを弾いて、母が歌って聞かせてくれました。母はとてもきれいな声で、父と一緒に演奏するのを見るのが私はとても好きでした。父と母はとっても仲が良くて、ふたりで一緒にピアノを弾いたりもしてました。私はそれを聞くのがとっても好きでした。」
「幸せな家族だったのだな。」
「はい。・・・病気は怖いです。母を奪い、父をめちゃくちゃにしました。」
「そうだな。君も辛かっただろうな。」
「はい。・・・でも、ブライアン様みたいな辛さではありませんけれど。」
「俺か?」
「さっきラルフ様が仰ってましたけど、ブライアン様はすごく良い方なのに、すごく辛い思いをしていらっしゃったんですねえ。そして、おひとりで試練と戦っていらした。さぞかし大変でしたでしょう?」
「さあ、どうなんだろう。俺は他の人生を知らないから、そんなものかと思うだけだが。」
「これから幸せな人生を知ってください。お嫌でなければ私、お手伝いさせていただけると嬉しいです。」
ブライアンはキャサリンが座っている前の床に座った。
「キャシー、君がお母上と一緒の楽しかった頃の曲を弾いてもらえないか?」
「はい・・・何かしら。あ、そうだわ、母がよく弾いていた曲を弾きます。」
ブライアンはピアノを弾くキャサリンを眺めていた。眺めていた、というより、見惚れていた。今もお母上がご存命だったら、キャサリンはどんなふうに成長していたのだろう。お父上は酒と博打で失敗していないので、ブライアンはキャサリンと会うことはなかっただろうな、と思うと、申し訳ないけれど、キャサリンの不幸のおかげなのだと思い、そのかわり、これから命を賭けてキャサリンを幸せにしますと母上に誓った。
キャサリンはピアノを弾きながら、母に語りかけていた。
(お母様、お母様がお父様とピアノを弾いてらしたのを思い出します。私も今、好きな人にピアノを弾いています。お母様はきっと今私が感じているような穏やかな幸せを感じてらしたのでしょうね。私、これからブライアン様が幸せになるように頑張ります。そして、お父様にも幸せになっていただきたいです。お母様、助けてくださいね。)
ウッドフェルド卿は、読書していたがピアノの音で中断した。ああこの曲はオードリーが好きでよく弾いてたな。
(オードリー、キャシーもだんだん君にそっくりになってきて、最近はふと見間違うほどなんだよ。見た目も似ているが、性格もとても良く似ているんだ。突拍子もない事をするところ。だが、いつも誰かのために、誰かを幸せにしようと一生懸命なんだ。どうやらデイビス君がキャシーの最愛の人になるようだ。オードリー、キャシーを見守ってくれ。長生きするように、守ってやってくれな。そして、早く儂を迎えに来てくれ。)
ウッドフェルド卿はそっと涙を拭った。
何曲か弾いたところで、ブライアンが
「キャシーはピアノが上手いんだな。」
「ありがとうございます。でも、それほどでもないです。父や母のほうがもっと上手です。もしかしたら私、ブライアン様に聴いていただきたいと思って弾いたから、それが通じてうまく聞こえたのかもしれません。」
「それはうれしいな。・・・その、もう1曲頼んでもよいか?」
「はい。私が弾けるものでしたら。」
「ああ・・・あの・・・君が俺に作ってくれたあの歌を。」
「あれですか。はい、それはお約束しましたもの。」
「メロディーが一緒になって君が歌うと素晴らしいな。まるで、天使が歌っているようだ。」
「まあ、そんなに言っていただいて、嬉しいですけど、でも、きっと天使様が気を悪くなさいますわ。」
「天使は我々を守るためにこの世に来てくれているそうだが、きっと君は俺のためにこの世に来てくれた天使なのだな。」
「ブライアン様・・・私、天使だなんて素晴らしいものじゃありませんけど、私の力なんて高が知れてますけど、でも精一杯ブライアン様を甘やかして冷えてしまった心を溶かしてて差し上げたいです。」
「こんな年になっても溶けるものなのかな?」
「溶かしましょう。ひとりでは溶かせなくても2人だったら溶けるでしょう。」
「・・・キャシー、あまり俺を甘やかさないでくれ。」
「どうして?お嫌ですか?」
「いや、あまり甘やかされると、甘えてばっかりのしょうもない男になってしまいそうで怖い。」
「いいじゃありませんか。私は甘えていただきたいわ。あっ、でも」
「でも、なんだ?」
「甘えるのは私だけにしていただけたら。」
「もちろんだ。」
「ああいやだ。私ったら醜いわ。今からやきもち妬いてどうしましょう。」
キャサリンは落ち込んだ。
ブライアンはふっと笑ってキャサリンの手を取って、
「これがすごく嬉しいという感情だな。今まで新しく魔法が使えるようになった時、良い感情が湧いたのだが、それが嬉しいという感情だと思っていた。だが、今、君が俺にやきもちを妬くと言った時、俺の心が踊ったよ。やきもちを妬いてくれるということは、俺のことが好きだからだろう?こんなに嬉しいことはない。今すぐ君を抱きしめたいくらいに嬉しい。・・・あ、いや、それはまだ先のことだと理解しているから心配しないでくれ。」
「ふふふふ、ブライアン様、ありがとうございます。なんだか醜い嫉妬をしたのに喜んでいただいて、こそばゆいような感じがします。でも、私、そうやってブライアン様が私がブライアン様を好きだから嫉妬したってことを喜んでくださったのはとっても嬉しいです。」
「結婚式は半年後だったな。」
「はい。」
「その時は、今度は俺が嫉妬に狂う番だな。」
「狂うだなんて。トーレス様と一緒に見守ってください。」
「そうか、アレックスもきっと嫉妬に狂うことだろう。嫉妬に狂った2人が突然叫び出さないようにしないとな。」
「まあ、可笑しい。」
キャサリンはケラケラと笑った。それがとても可愛くて、ブライアンは少し困ってしまった。
「私ね、まだ結婚式のことをなにも聞いてないんです。近いうちにラルフ様に結婚式とその後のことをどうするのか訊いてみたほうが良いですわね。」
「そうだな。わかったら教えてくれるか?」
「はい。もちろんです。」
「・・・・・・」
「ブライアン様、どうかなさいましたか?」
「いや・・・その・・・君のウェディングドレス姿はきれいだろうなと思ってな。」
「私、ブライアン様に見ていただくために着ます。」
「ありがとう。」
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