第11話 キャサリンが泣く
ブライアンと別れたキャサリンは、自分の部屋に入ってはぁっとため息をついた。
(デイビ 様ってなんて素敵な方なのでしょう。今までこんなに素敵な殿方にお会いしたことがないわ。優しくて、頭が良くて、落ち着いていて、真面目で、誠実で、ちょっと寂しげで、笑顔がきれいで、声がとても優しくて・・・ああ、どうしましょう。私、デイビス様のことがこんなに好きなんだわ。でも、だめ、デイビス様は幸せになっていただかなきゃ。子供を産むためのお相手なんてお願いできないわ。デイビス様にはもっと素敵な女性と楽しい家庭を作って幸せになっていただかなきゃいけないわ。)
そこまで考えたらキャサリンは涙を抑えられなくなった。涙がどんどん溢れてくる。
そこへ、侍女のマリーが食事を知らせに来て、泣いているキャサリンを見て驚いた。
「お嬢様、どうなさいました?お加減でもお悪いのですか?」
そう言って額に手を当て、熱があるか確認した。
「大丈夫、体は元気だから心配しないで。でも、私、悲しくて、切なくて。」
マリーはお茶を入れ、キャサリンを椅子に座らせて、キャサリンの傍に跪いて
「何がそんなに悲しいんですか?マリーにお話しいただけませんか?」
と、キャサリンの頭を撫でながら訊いた。
キャサリンはこくりと頷いて
「マリー、私ね、デイビス様のことを大好きになってしまったの。デイビス様ってとってもとっても素敵な方なのよ。絶対幸せになっていただきたい、いえ、なっていただかなきゃいけないわ。だから、お別れしなきゃいけないと思うと、悲しくて、辛くて・・・」
「まあ、お嬢様は恋をなさったのですね。お相手が素敵なお方でよかったじゃありませんか。」
「でもね、私はラルフ様と結婚するのよ。今更それは断れないわ。もし私が断ったら、ラルフ様はトーレス様と一緒になれなくて、とても不幸になるんですもの。それで、子供を産むためのお相手として紹介されたのがデイビス様なのよ。」
「そうですねえ。それはお嬢様から伺っておりますので、承知しております。でも、それならよろしいじゃありませんか。このままデイビス様と恋人同士になって、子供もたくさんお産みになればようございましょ?」
「だって、それじゃあデイビス様は、なんていうか、日陰の身じゃないの。デイビス様はそんなじゃなくて、もっと光の当たるところで幸せな家庭を築いていただくべきじゃない?」
「でも、御本人が承知の上でお会いになったのでございましょう?だったらよろしいじゃございませんか。」
「そんなあ。デイビス様はご自分が素晴らしい方だとおわかりじゃないから、そんなに軽くお引き受けになったんだわ。」
キャサリンはまだ泣いている。
そこへ夕食に来るのが遅いので、執事のカーターがやってきた。
「お嬢様、お食事の用意ができておりますが、お父上様がお待ち・・・ッ、お嬢様いかがなされましたか?」
マリーがひととおり説明した。
「お嬢様、マリーの申すとおりですよ。デイビス様が納得の上ですから、なにもお嬢様が心配なさるようなことはないでしょう。さあ、お父上様がお待ちです。食堂に参りましょう。」
「今、食べられないわ。お父様に私お腹空いてないから失礼しますと伝えていただける?」
「そうですか?畏まりました。」
カーターが出ていってから、キャサリンは
「マリー、いろいろ聞いてくれたり、慰めてくれてありがとう。しばらくひとりで考えようと思うんだけど、いいかしら?」
と言い、マリーは
「はい、もちろんでございますよ。近くにおりますから、いつでもお呼びくださいませね。」
そう言って、キャサリンの手をぎゅっと握ってから出ていった。
ひとりで考えると言ったものの、キャサリンはなんだか気が抜けてしまって、ただぼうっと座っていた。時々悲しくなって涙が出てくるけれど、それでもデイビスに幸せになってほしいなと、ぼんやりと考えていた。
ドアをノックする音がして、父の声が聞こえた。
「キャシー、どうした?入ってもよいか?」
「はい。」
父が部屋に入ってきて、キャサリンを見て
「どうしたのだ?目が真っ赤で腫れているぞ。今日、なにか嫌なことでもあったのか?ん?」
父はいつもとても優しい。
「いいえ、お父様、きょうはとっても楽しかったです。時間が経つのがすごく速くて驚きました。」
「そうか。それはよかった。しかし、それではなぜそんなに泣いているのだ?」
少し間があいて、キャサリンは話し始めた。
「あのね、お父様、デイビス様はとっても素敵な方です。優しくて思慮深くて、私、デイビス様のこと、大好きになりました。そして、デイビス様に絶対にすごく幸せになっていただきたいって思います。あの方は、私に子供を産ませるだけの存在になったりしてはいけないです。ちゃんと普通に結婚して、幸せな家庭を持たれるべきです。ですから、私はデイビス様にふさわしくないなあと思いました。あした、ラルフ様にそれを申し上げようと思います。でも、やっぱり悲しくて、泣けてきちゃいました。でも、もう大丈夫。どなたか別の方にお願いしようと思います。」
「キャシー、そんなに好きなら普通に結婚すれば良いじゃないか。」
「いいえ、そんなことしたら、ラルフ様とトーレス様はどうなるのです?大丈夫です私はうまくやりますから。」
「そんなに泣くほど悲しいのにか?」
「ラルフ様とデイビス様は学生の頃からのとても仲の良いお友達です。私がラルフ様の妻になれば、デイビス様とお会いする機会もあることでしょう。ですから、大丈夫。」
「それは少し考えが浅すぎると思うぞ。」
「そうそう、あのね、デイビス様って、ご自分のお誕生日をご存知ないんです。それで、お誕生日を決めてお祝いすることにしましたの。明日、ラルフ様に相談しようと思います。」
「そうか。それではな、その時に、いま儂に話したように、別の人を探そうと思うということも相談してみると良い。ラルフ殿が仲の良い友人なら、儂よりよくわかるだろう。ひとりで決めずに相談しなさい。」
「・・・はい。」
「わかったな?」
「はい。」
「では、何か食べて、それからゆっくり休みなさい。おやすみ、キャシー。お前は儂のかけがいのない娘なんだぞ。絶対に幸せになってもらわんと、天国にいる母にも申し訳が立たぬからな。」
父はそう言うとキャサリンを抱きしめて、そして部屋から出ていった。
キャサリンは部屋からバルコニーに出て、空を見上げた。
天気が良くて、星がとてもきれいな夜だ。
(おかあさま・・・デイビス様ってとっても素敵な方でしたのよ。とってもご苦労なさってね、でも、ひねくれずに、一生懸命生きていらして、国一番の魔導士様におなりになったの。それをちっとも自慢なさらないのよ。優しい方でね、いろいろ私を気遣っていただいたわ。わたし、あの方が大好きになりました。だから絶対幸せになっていただきたいと思います。私なんかが利用しちゃいけないって思いますの。このままラルフ様の妻として、夫のお友達とお会いすることもあるでしょう。それで遠くからお顔を拝見できれば、私も幸せよね。・・・そうよね、おかあさま。)
星がまたたいた気がした。それは是なのか否なのか、キャサリンにはわからなかった。
翌朝、キャサリンはラルフに使いを出した。ブライアンのことで相談がある、というものだ。すぐにラルフから返事が来て、いつでもよい、できれば早いほうが良い、ということだった。
キャサリンはすぐに先触れで、支度をしてすぐに行くと言い、昨日持っていったクッキーを持ってラルフの執務室に向かった。
ラルフは、すこし心配そうに、でもにこやかに迎えてくれた。
「ラルフ様、こんなに急に、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「問題ないよ。それよりも、きのうはブライアンとデートだったのだろう?何か問題でもあったのか心配で、早く聞きたいと思ったのだ。急かすようなことをしてごめんね。」
「いいえ、お話は2つあるんです。まず、ひとつめは、きのうデイビス様とお話していてわかったのですが、デイビス様はお年はご存知ですけど、お誕生日はご存知なくて、今までお誕生祝いというものをなさったことがないんだそうです。ラルフ様はこのこと、ご存知でしたか?」
「いや、知らなかった。男はそういうことには疎くてなあ。」
「それでね、私、それならデイビス様のお誕生日を決めて、お誕生日のお祝いをしあしょうって提案したんです。ラルフ様とトーレス様も参加なさって、最初はこぢんまりとしたお誕生会ですけど、お料理と、お誕生ケーキと、プレゼントでお祝いして、それからはお誕生日が決まれば毎年お祝いできるし、デイビス様が将来ご家族をお持ちになった時も、ご家族でお祝いできます。」
「・・・?ブライアンが家族を持った時とは?それって・・・」
「あの、それは2つめのお話なんです。」
「そ、そうか。なんだか2つめのほうが大事なような気がするのだが、それを先に訊いてもよいか?できればトーレスも一緒に聞かせてもらえると有り難いのだが。」
キャサリンが良いと言うと、ラルフはすぐにトーレスを呼び、トーレスが駆けつけた。
「あの、ラルフ様は、お気持ちはお変わりないですか?その・・・トーレス様を愛していらっしゃって、でも結婚しないといけないので私を妻にお望み、ということでお変わりありませんか?」
「あ、ああ・・・君がそれで良ければ。」
「私はこんな大事なこと、気が変わったからやめたいとか申しませんわ。」
「そうか・・・ありがとう。今、肝が冷えた。」
「脅かしてごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですけど。」
「いや、俺が気が小さいだけだ。すまない。」
キャサリンは少し笑って、それから話を続けた。
「きのうはとっても楽しい1日を過ごすことができました。いっぱいおしゃべりもして、デイビス様がとっても素敵な方だってこともわかりましたし、私・・・その・・・デイビス様のことが大好きになりました。」
「そうか、よかった。奴は不器用だがとても良い奴なんだ。自慢の友なんだよ。」
「おふたりが良いお友達で素敵です。」
「デイビス様は、あんなに素晴らしい方なのに、いままで温かい家庭を経験なさったことがないということがわかって、私はとても悲しくなりました。私はデイビス様には絶対に幸せになっていただきたいと、すごく思います。それで、私・・・デイビス様とはおつきあいできないと思います。デイビス様はラルフ様のお友達ですから、将来私はラルフ様の妻として、デイビス様にお目にかかることはできるかもしれません。でも、その、なんていうか、子供を産むことにご協力いただくのはいけないと思うのです。デイビス様には本当に愛し愛されて子供を授かってご夫婦とお子様であたたかい家庭を築いていただくべきだと。それで私」
そこまで言って、キャサリンはラルフに気づかれないように、顔を背けて涙を拭った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君はついさっきブライアンのことが大好きになったと言ったよな?」
「はい。」
「それでなぜつきあえないのだ?」
「ですから、デイビス様には私に子供を産ませるようなことをしていただくのは、その・・・デイビス様はとてもお優しい方ですから、将来愛する方ができたときに、私の汚れが邪魔してしまうでしょう?それはいけないと思います。デイビス様には1点の曇りもない状態で愛する方と幸せになっていただきたいです。私はもうこれ以上デイビス様に辛い思いをしていただきたくないのです。」
「いや、辛い思いというわけでは」
「あの、ラルフ様、どなたかお年を召した方とか、すでに何人かお子様のいるお独り身の方をご紹介いただけませんか?それなら、私がお邪魔することもないでしょうから。」
「でも、それでは君はどうするのだ?君は幸せになれないだろう?」
「わかりませんわ。そういう方のことを好きになるかもしれないでしょう?」
「いや、待ってくれ。頭の中を整理したい。」
トーレスが口をはさんだ。
「ねえ、ラルフィー、なんだか話の方向が変な方に向かってる気がするんだけど。」
「そうだよな。なんか変だよな。」
「どうして?どこが変なのですか?私、私。ただデイビス様に幸せになっていただきたいだけなのに。」
キャサリンはそう言ってしくしくと泣き出してしまった。
ラルフが焦って
「ああ、すまない、キャサリン、どうか泣かないでくれ。」
と言い、おろおろしてトーレスを見た。
「ねえ、キャサリン、ちょっと僕とふたりで話をしない?僕のほうがラルフィーより女心がわかると思うから。」
キャサリンはこくりと頷いた。
「ありがとう、ちょっと待ってね。」
トーレスはラルフを部屋の外に出し、
「ねえ、ちょっとブライアンにきのうどうだったか訊いてみてくれよ。」
「もう訊いたさ。もう、キャサリンが可愛い可愛いって、うるさかったぞ。好きすぎて眠れないとか、何も手につかないとか言ってるあの男に、こんなこと言われたと伝えたら人生終わったような顔するに決まってる。ああ、俺どうしたらいいんだ。女ってこれだから面倒なんだ。」
「こら、そういう事言わないの。キャサリンちゃんみたいな良い子は他にいないよ。」
「わかってる。わかってるけど。なんで女ってすぐ泣くかなあ。」
「もう、とっととブライアンのところに行って、今の話をしてこい。きっとあせってここに飛んでくるから。」
「そうか、そうだな。お前、やっぱりいい奴だな。お前がいなきゃ俺はだめだ。」
「ちょっと今はそんなこと言わなくていいから。」
「わかった。ちょっと行ってくるから、お前はキャサリンを泣き止ませといてくれ。」
「はいはい、いってらっしゃーい。」
トーレスはラルフを見送って部屋に戻った。
「お待たせ。しばらく追っ払った。ねえ、キャサリン、ラルフが言ってたように、あなたはブライアンのこと好きなの?」
「はい。大好きになりました。」
「ねえ、ちょっとシンプルに考えてみない?大好きなら一緒にいたいって思うでしょ?それでいいじゃない?大好きだからキャサリンが彼を幸せにしてあげようって思えば良くない?」
「だって、私はラルフ様と結婚するんですもの、幸せにして差し上げられません。」
「結婚するといったって、白い結婚でしょ?」
「そうですけど・・・」
「じゃあいいじゃない?」
「でも、子供が必要だから私を・・・その・・・抱いてください、なんて、そんな恥ずかしいこと。」
「キャサリン、男ってね、そんなにキヨラカなもんじゃないよ。もしキャサリンみたいな可愛い子が『子供を産みたいから抱いてください。』って言ったら、たっくさんの男が名乗りをあげるよ。君はきれいな心を持ってるから、そういう汚い男のことはわからないだろうけどさ。」
「デイビス様もそういう方なんですか?」
「そうは言ってないよ。ブライアンはすごく真面目な堅物だから。」
「だったらやっぱり私なんかを抱いてしまったら、将来愛する女性ができたときに、悔やむことになるでしょう?」
「それがね、男って、少しは悔やむかもしれないけど、うまい具合に自分をごまかせるっていうのかな、そんなもんなんだよ。例えば、ラルフィーだって、僕の前につきあってたひとはいて、セックスもしたことあったよ。でも、今は僕だけを愛してくれてるから、前の男はもう無かったものになってるし、その埋め合わせというか、余計に僕を大事にしてくれてる。それでいいと思うんだけどな。」
「そうですか・・・」
「ねえキャサリン、君はもしブライアンが君の前に好きになった女性がいたらいや?君の前に誰かを抱いてたらいや?」
「・・・すこし。やきもち妬いちゃうかもしれませんけど、でも、今じゃなきゃいいって思います。」
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