第10話 初デート 2

 「デイビス様?」

「あ、ああ。」

「なんてきれいな青空でしょう。ご覧ください、木の葉が風にそよいでお陽さまの光が陰を作ってとってもきれいですわよ。」

「そうだな。」

「お腹いっぱいだし、風がそよそよと気持ち良いし、ここでお昼寝したくなりますわね。」

「・・・ああ、たしかに、とても心地よいな。」

「ね。私ね、たまにお庭で家のみんなとお昼をいただくことがあるんです。それで、こんなふうな日だと、食事のあと眠くなっちゃってね、ちょっと寝ちゃったりすることがあって、デクランに叱られるんです。いくら自宅の庭だからといって、侵入者がいるかもしれないから油断するなって。」

「本当だ。邸の中なら安全だが、外はいかん。」

「ふふふ、デイビス様も父やデクランの仲間入りなさいましたの?」

「ああ、いや、そういうわけでは。」

「いいえ、ありがとうございます。大事にしてくださるからそういうふうにおっしゃるんですものね。私は幸せものです。」

「・・・・・・」

「大事にしてもらえるって、幸せなことですわよね。母がよく言ってました。あなたの周りの人たちを大事にしなさい、特に、あなたが好きな人を大事にしなさいって。」

「そうだな。大事にしてもらおうと思わず、大事にすることを考える。大事にしたら、もしかしたら大事にしてもらえるかもしれない。」

「そうです!母はそれが言いたかったんだと思います。やっぱりデイビス様は素敵な方だわ。私なんか、言われて初めて気がついたのに、デイビス様は言われなくても気づかれるんですもの。」

「いや、俺はずっとひがんでいた。愛されたことのない自分がかわいそうだと思っていた。魔力が大きいばっかりに、皆から疎まれて自分は不幸だと思っていたのだ。」

「・・・・・・」

「それが君の歌を聴かせてもらって驚いた。俺のことをあんなふうに善意を持って歌にしてくれた。そればかりか、その後も一生懸命私が良い人だと言ってくれた。俺は、なんと言ったら良いのか、言葉が見つからなかった。ただただ感激し、君のしてくれたことが嬉しかった。」

「デイビス様・・・」

「それから俺はなんと狭量な男なのだろうと恥ずかしくなった。俺は自分のことしか考えてなかったのだと思い知った。ありがとう。君のおかげで、俺は目が覚めたように思う。」

「デイビス様ってやっぱりすごいお方ですのね。私がもしデイビス様みたいな生まれ育ちをしたら、そんなふうに思えないです。きっとひがんで、悪い人になってます。」

「君が悪い人になったところが想像できないな。例えばどんなふうに悪いんだ?」

「そうですねえ・・・例えば・・・えーっと・・・何しようかな・・・うーん」

「はははは、やっぱり思いつかないんだな。」

「思いつきますわよ。ちょっとお待ち下さいね。例えば・・・」

「ははは、もういいよ。君にとっては難しいことなんだな。」

「具体的なものがなくて考えるのって難しいですわね。なにか具体的なものがあったら考えやすいかも。そうだわ、デイビス様に嫌がらせをします。えーっとね・・・デイビス様がお休みになっている間にデイビス様のおうちのドアを全部低くしましょう。」

「ドアを低くする?」

「はい。そうしたらたぶんしょっちゅうドアを通る時におでこをぶつけて痛い思いをするでしょう?」

「はっはははは、なるほど。」

「・・・デイビス様はたくさんお辛い思いもなさって、たくさん努力なさって今のデイビス様におなりなんですから、これから今までの埋め合わせをしたらいいんじゃないでしょうか?」

「埋め合わせか。例えばどんな?」

「そうですね、例えば・・・」

そこまで考えて、キャサリンはふと気がついて黙ってしまった。

「どうした?」

「あ、いえ、そうですね、例えば、きれいな風景をご覧になるとか、おいしいものをたくさん召し上がるとか。」

「そうだな。それはいいな。美味いものを食べると幸せな気分になれるから良いな。」

キャサリンはにっこり笑った。が、ブライアンはその笑顔が少し陰ったような気がした。


 しばらくとりとめのない話をしていたが、ブライアンは

「キャサリン、君は植物は好きか?」

と訊いた。

「はい。とっても。うちの庭に私用の場所をもらってるんです。そこにいろんなお花を植えてます。うちにはボブさんって庭師がいて、私の園芸の師匠です。ボブさんはなんでも知っててすごく上手に咲かせるんですよ。この間お孫さんが結婚なさったんですけど、その時のブーケはボブさんの育てたお花でした。あ、こんどいらした時、お目にかけますね。」

「ああ、ぜひ見せてくれ。楽しみにしている。ここにも植物園や温室があるんだそうだが、行ってみないか?」

「ぜひ!お願いします。」

「じゃ、ボートで戻ってそこから行こう。」

「はい!」


 植物園はなかなか見ごたえのある規模で、キャサリンはとても楽しんだ。

「デイビス様、こちらこちら、御覧ください。なんてきれいなんでしょう!」

「そうだな。君はこの花が好きなのか?」

「好きなお花はいっぱいありますけど、私、ピンクとブルーの花が好きなんです。それでこれがいいなって。」

「そうか。」

「あのブルーのお花、ご存知ですか?」

「いや、なんという花だ?」

「忘れな草っていうんです。私を忘れないでって意味を持ってると言います。」

「君はこの花を庭に植えているのか?」

「はい。ブルーのとピンクのを。でもこんなにたくさん咲いてません。ボブさんに頼んでもっと植えたいな。」

「君はいろいろ趣味があっていいな。」

「はい、遊び人です。」

「遊び人か。ははは、それはちょっと本来の意味とは違うがな。」

「あらそうですの?でもまあ、遊ぶの好きだから遊び人。それでも間違ってませんわよ。」

「ははは、そういうことにしておこう。」


 次に行ったところはバラ園だ。

「まあ!どれもとっても見事ですわね。」

「そうだな。君はどれが好きだ?」

「どれも好きですけど、やっぱりピンクのが好きです。デイビス様は?」

「どれもきれいだが、白いのもきれいだと思う。」

「そうですか、デイビス様らしい気がします。なんていうか、まっすぐで、きれいで、そしてちょっと寂しそう。」

「そうか?俺は寂しそうに見えるか?」

「ふふ、少しね。」

キャサリンはそういって微笑んで、それからまっすぐにブライアンの目を見て、

「デイビス様、絶対幸せになってくださいね。」

と言った。

ブライアンはなんと答えてよいかわからなくなってしまい、ただ無言で頷いた。

そして、心のなかで、(キャサリンと幸せになりたいなあ。)とひとりごちた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

陽が傾いてきて、ブライアンは慌ててキャサリンに

「しまった。すっかり遅くなってしまった。父上がお怒りかもしれないな。すぐに送っていこう。」

と言った。

キャサリンはまだのんびりしていて、なかなか腰をあげない。

「デイビス様、夕焼けがきれいですわね。きょうは私、とっても楽しかったです。ありがとうございました。私、こんなに楽しい日は、もしかしたら初めてかもしれません。」

と、ブライアンがどきっとするほどきれいな笑顔でそう言った。


 帰りの馬車の中、ブライアンは長く逡巡していたが意を決してキャサリンに訊いた。

「またどこかに一緒に行ってくれるだろうか?」

キャサリンは少し考えて、にっこり笑って答えた。

「デイビス様、次はデイビス様のお誕生祝いですので、差し支えなければ私におまかせいただけますか?」

「君はまだその話を覚えていたのか?」

「もちろんです。とても大事なことですもの。明日ラルフ様に相談して、そして連絡差し上げますわね。」

「そんなに頑張ってくれなくても良いのだぞ。」

「あら、頑張りますわ。だって、デイビス様のはじめてのお誕生祝いですもの。」

ブライアンがなおも何か言おうとした時、キャサリンは黙ってとばかりに人差し指をブライアンの口に当てて、かぶりをふった。

その時のキャサリンの表情がとても優しく可愛くて、ブライアンは息を飲んだ。


 馬車がキャサリンの家に着き、キャサリンはブライアンに夕食を誘ったが、ブライアンは

「ありがとう。だが、きょうはこれで失礼するよ。疲れただろう、ゆっくりしてくれ。」

そう言って辞退した。

キャサリンは残念そうだったが、

「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。きっと今夜はきょうの楽しかったことの夢を見ると思います。デイビス様もゆっくりお休みください。」

と言って邸に入っていった。



 帰りの馬車の中で、ブライアンは複雑な気持ちと戦っていた。

夢のような日だった。キャサリンは信じられないくらい可愛くて美しかった。あの笑顔が眼裏にこびりついて離れない。可愛らしい透き通った声が今も聞こえてくるようだ。好きだ。こんなに人を愛しく思ったことはない。

 キャサリンはもうすぐラルフと結婚する。結婚しても子供を作る必要があるからその相手にどうかとブライアンがラルフに言われて、興味本位で会ってみて、一目惚れしたわけだが、今ではこれほどに恋い焦がれてしまって、種馬で十分だからキャサリンのそばにいたい、キャサリンに触れたいと思ってしまう。しかし、キャサリンはどうなのだろう。ラルフに惚れたら俺に触れられるのは嫌悪感でいっぱいなのではないだろうか。子供を産むために、我慢して、辛い思いをして俺に抱かれるのだろうか。俺はそんな存在でしかないのだ。

 種馬で十分だと思った自分なのに、心を通わせることができないことを不満に思うなど、なんと欲が深くなっているのだろう。会いたい、とだけだったのが、声が聞きたい、触れたい、と欲が出て、さらには心を通わせられないことが辛いなどと不満に思うなど、どうかしている。

 ブライアンはこの際限もなく膨らんでいく自分の欲が恐ろしくなった。

 

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