第7話 ブライアンの幸せと憂鬱

 帰り道、まだ深夜というわけではないのでゆっくり馬を進める。

ブライアンはきのうから自分の人生が大きく変わったように感じていた。


 ある日、ラルフがブライアンの部屋を訪ねてきた。

半年後に結婚することになったのだが、相手の女性とは白い結婚をする。白い結婚など、到底できるわけがないと思っていたのに、なんと相手の女性の方からそれを提案された。相手の女性はラルフと見合いをすることが決まり、独自に調査してラルフの事情を知り、助けてくれようと白い結婚を提案してくれたのだ。

 公爵家嫡男のラルフは、自らがゲイであるなど到底許されない立場である。父も親戚も頑固で、結婚して跡継ぎを作れと見合いの話をどんどん持ち込んでくる。断ったり、相手に断るように仕向けたりしてきたのだが、父はとうとう断りきれない相手を見つけてきた。さてどうしようと悩んでいたところに、相手の女性が彼女なりにラルフを調べ、白い結婚を提案してくれたのだ。ただし、彼女も人並みに愛する人の子供を産みたいと言い、誰か良い人がいたら紹介してくれと言う。そこでまっさきに思いついたのがブライアンであった。ブライアンは平民で孤児なので、自らが跡継ぎの心配をする必要がない。そこで、ラルフは、その女性と会ってみてはくれないかと言うのだ。


 話を聞いたブライアンは、そんな女性がいるものかと驚き、どんな女性か見てみたいと思った。本当に善意から結婚しようと思っているのか、それとも何か大きな落とし穴があるのだったら友人のラルフを助けてやりたい、とも思った。そんなつもりでキャサリンと会ったのだが。


 会ってみて驚いた。


 キャサリンは非常に正直な女性であった。

 まず、自分には前世の記憶があり、家の借金の形としてのお見合いなので断れず、前世はそれでラルフと結婚し、虐待され死んでいるそうで、今度はなんとか虐待されたり死んだりするのを避けたいと、ラルフのことを調べたそうだ。そしてラルフの事情を知り、自らの父が借金まみれになったのが最愛の妻を亡くしたことで自暴自棄となったからだということと重ね合わせて、それならば、ラルフを白い結婚で救おうと思いついたそうだ。だが、結婚後に後継ぎとなる子供を産まなければならない。知らないいい加減な男と子供を作るなどは嫌だ。やはり愛する人の子供を産みたい。そう考えて、ラルフに誰か良い人を紹介してもらえないかと相談したのだそうだ。


 ずいぶん荒唐無稽な話のようだが、彼女が嘘をついているとはどうしても思えなかった。キャサリンは、素直で正直で優しい性格のように見えた。ブライアンの目をまっすぐ見て話す態度がとても心地よく、笑顔が美しいと思った。話をしていると楽しくて、時間が経つのを忘れた。そして、思い切って翌日また会う約束を取り付けた。


 不器用なブライアンは恋愛などしたことがなかったし、断れぬ見合いをしたこともあったが、そういう見合いの相手にはほとほと失望し、女性不信になり、もう自分は一生独り身でよいとまで思っていた。それなのに、キャサリンのことが頭から離れなくなっている。これは一目惚れというものなのかもしれない。


 今夜はキャサリンに前世の料理を馳走になった。どれもとても美味しくて、こんなものを食べているような世界があることに驚きをおぼえた。キャサリンの前世の記憶というのもとても興味深い。もし魂というものがあって、その魂は永遠に繋がっていて、何度も何度も人生を経験していくとしたら、どのような基準で決まっていくのかも知りたい。人が生まれる前、死んだ後、どのようになっていくのか、とても知りたいと思う。この国の制度も完璧とは程遠い。キャサリンの前世は身分の差のないところだったという。また、魔法が存在せず、その代わりに技術が発展していて、魔法同様、またはそれ以上に便利に使えるということだ。だとしたら、その技術を学んでみたい。キャサリンの話を聞いて、たくさんの勉学意欲が刺激された。とても楽しかった。


 それとは別に、キャサリンと話していると、胸が温かくなる。冷たい男だと言われてきたが、たしかにひとりで生きてきて、心が冷たくなっているのかと今更ながらわかった。それが、キャサリンの笑顔を見ると心が解きほぐされるような気がする。いつまでもその笑顔を眺めていたいと思う。次の休みの日、何処に行ったらいいのか、全くあてがない。自分の研究室と宿舎しか知らないのだ。でも、どこか外の気持ちの良いところに行きたい。風に当たってのんびりと寛ぎたい。これはブライアンにとって初めての気持ちだ。

(あした、ラルフに訊いてみよう。)ブライアンはそう思った。


 ブライアンが部屋に訪ねてきた。ちょうどトーレスと一緒にいたところで、ブライアンのデートの場所の相談に、ふたりで応じた。


 「すごいな。まさか最初に紹介したお前がこんなに惚れるとは。絶対無理だと思って次を考えていたのにびっくりだ。」

「えっ、他の誰かを紹介したのか?」

「いや、まだしていないが、何人か考えてはいた。」

「待ってくれ。頼むから紹介しないでくれ。」

「あ、ああ、わかった。紹介しない。それで、キャサリンからは色良い返事をもらったのか?」

「いや・・・」

「自分の気持ちは伝えたのだろうな。」

「伝えたと言うか何というか・・・一目惚れしたというのかもしれないと言った。」

「なんだその『かもしれない』は。」

「しょうがないだろう、自分でもわからないのだから。こんな気持ちになったのは初めてなのだ。」

「まったくお前は純情というかなんというか。」

「でもそこがブライアンの良いところなんじゃないの?」

トーレスが助け舟を出した。

「そりゃあまあ、キャサリンがこういう男がいいって言うならいいがなあ。キャサリンがどう思っているか探るかな。」

「待ってくれ、俺はそういうことを頼みに来たのではない。どこか2人で出かけるのに良い場所を教えてほしいと頼みたいだけだ。裏工作をするなど卑怯な真似はしたくない。」

「なんとまあ、しっかり告白もできてないくせに、裏工作をするのは卑怯だと言うか。まったくお前という男は。」

「いいじゃない、それが持ち味なんだから。こういう人が好きって人とじゃないと、うまくいかないでしょ。」

トーレスがまた助け舟を出した。

「まあ、そうなんだけどな。俺もこいつのこういうところが好きなのだが。だが、キャサリンがどうかはわからんのだ。」

「だからさ、こういうところが好きじゃない人と一緒になったって、うまくいかないってことだよ。」

「そうだな・・・じゃあまあデートに行っていろいろ話をしてくるがいい。北にある湖はどうだ?ボートもあるし、植物園もあるし、植物園の中のレストランは美味いぞ。」

「ああそうだ。あそこはいいな。僕達もたまに行くけど、あまり混んでないし、いい感じだよ。」

「なるほど。そういうところは行ったことないが、まあ、行けばなんとかなるだろう。」

「心配するな。ボートくらい漕げるだろう?」

「漕いだことない。」

「ボートに乗ったことないのか?」

「仕事で乗ったことはあるが、そんなときは魔法ですごい速さで走ってたからなあ。」

「あっはははは、それって面白いかもよ。」

トーレスに受けている。

「こら、アレックス、面白がるんじゃない。」

「ごめーん。」

「助かった。そこにする。ありがとう。」

ブライアンは感謝して去っていった。

「あいつのああいう良さがわかってもらえるといいんだがな。」

ラルフはひとりごちた。

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