第6話 語らい

 それからキャサリンの部屋に移動して、お茶とクッキーでおしゃべりをすることにした。


 「キャサリン、きょうはどれもとても美味かった。どうもありがとう。お父上も良いお方だな。あのお父上に育てられたから、君はこのように優しく愛らしい女性になったのだな。」

「ありがとうございます。父は私にとっても甘くって、それで私はわがままに育っちゃいました。これからは少しは父に恩返ししたいなって思ってるんですけど。」

「お父上から聞いたよ。きょうは同じものを使用人全員に振る舞ったそうだな。なかなかそのように考える貴族はいない。いや、貴族に限らず、そういう人はなかなかいない。君はわがままとは程遠いと思うがな。」

「あはは、それは褒め過ぎです。ほんとの私はわがままです。だって、デイビス様もご存知でしょう?ラルフ様に、私だって素敵な方を好きになってその方の子を産んで幸せになりたいからどなたか紹介してくれなんてとんでもないお願いしたくらいですもの。」

「ははは、でもそれは正当な要求だと思うがな。」

「そうですか?うふふ、じゃ、私、好きな人の子供を産んで幸せになれるかしら。」

「そうだな。」


 「デイビス様は幸せになりたいですか?」

「それは、そうだな。あまりそういうことを考えたことなかったが。」

「え、ないんですか?どうして?」

「うーむ、なぜかな。子供の頃は家から逃げることばかり考えていたから、幸せとかいう概念がなかった。そのあとは、孤児院はけっこう楽しかったんだ。それで満足していたんだが、ある日人が来て、いきなり魔法を学べと魔法の学校に入れられた。そこの授業は厳しかったが、とても興味深くて魔法の勉強にのめり込んでいって、そればかり考えるようになっていった。その後、だいぶいい年になってきたら、今度は見合いの話がいろいろ来て、面倒だなと思ったが何度か見合いをしては女性に失望し、もうこれからは魔法のことだけ考えていようと思っていたんだ。だから幸せになりたいとか、そういうことを考えなかったなあ。」

「そうですか・・・でも、デイビス様はとても良い人だと思います。ですから幸せになっていただきたいです。」

「俺は良い人か?」

「人が料理したものを美味しい美味しいってたくさん食べてくれる人は良い人です。」

「ははは、でも、本当に美味かったから。オードブルは俺ばかり食べすぎたかもしれん。お父上に悪いことをしたなあ。」

「そんなことありません。ぜんぶ召し上がっていただけて、私、本当に嬉しかったです。」

「そうか。ありがとう。」

「それに、デイビス様は私の話を、特に前世の話を、ちゃんと聞いてくださって、ばかにしたり気味悪がったりもなさらず、料理も試してくださいました。デイビス様はラルフ様がおっしゃったように、真面目で誠実な方だなって、私もそれがわかりましたわ。」

「うーむ、君も褒め過ぎだぞ。」

「あら、そんなことありませんわ。私デイビス様とお話してるととっても楽しいんです。」


 「キャサリン・・・俺は気の利いたことも言えないし、面白い話もできないし、暗くてつまらない男だが、もし・・・もしできたら、また会ってもらえないだろうか。君と話していると心が楽になるんだ。君が楽しめるようなことを言えるかどうかわからないが、もっと君のことが知りたいし・・・できれば俺のことも知ってほしい。経験がないのでわからないのだが・・・たぶん・・・俺は・・・君に・・・一目惚れをしたようなのだ。」

 ブライアンは真っ赤になって目を泳がせながら必死にそう言った。

キャサリンは一瞬目を瞠って、すぐに少し涙ぐんでこくりと頷いた。

 「デイビス様・・・私も恋をしたことがありません。でも、きのうデイビス様とお別れした後、寂しいなって思いました。もっと一緒にいたいなって、きょうがとっても楽しみでした。こういう気持ちって恋、なのでしょうか?」

「そ、それなら良いのだが、すまんが俺にもわからない。自分のこともわからないのに、まして御婦人の気持ちなどわかるはずもない。しかし、君に俺のことを好きになってもらえるように頑張りたい。」

「デイビス様、ありがとうございます。どうか頑張らないでください。だって私、そのままのデイビス様に惹かれているんですもの。私こそ、嫌な女にならないように気をつけます。」

「キャサリン、それはお互い様だぞ。俺もそのままの君が好きなのだ。だからどうかそのままでいてくれ。」

キャサリンは真っ赤になりながら頷いた。


 「名残惜しいが、そろそろ帰ったほうが良さそうだな。いつまででもこうしていたいのだが。また会ってもらえるか?」

「はい。もちろんです。」

「俺は毎日がだいたい5時頃までは仕事の時間だ。休みの日なら長い時間一緒に過ごせるのだが、次の休みは3日後なのだ。もしできたらその日にどうだろう。」

「はい、では3日後に。」

「どこか行きたいところはあるか?」

「デイビス様のよくいらっしゃるところとか、お好きな場所とか?」

「さて、恥ずかしい話だが、いままで仕事場と家の往復しかしていないのだ。家は城内の宿舎だしなあ。少し調べる時間をもらえるか?」

「はい。もしお心あたりがなければ、またここでもよろしいのではないでしょうか。」

「どうしてもなければそうさせてもらおう。少しは気の利いたことができるように頑張りたいので、明日まで待ってくれ。」

「ふふふ、そういうところもかわいらしいですわね。」

「・・・ッ」ブライアンは顔を片手で隠して照れていた。

「では、きょうは馳走になった。どうもありがとう。」

「こちらこそ、お疲れなのに、お越しくださってありがとうございました。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」


 ブライアンが帰ってから、キャサリンは父の部屋を訪れた。

「お父様、まだお休みじゃないですか?」

「まだ起きてるよ。入りなさい。」

ドアを開けると、父はお茶を飲みながら読書をしているようだった。

「急用ではないんですけど、ちょっとおしゃべりしたくなったので。」

「デイビス君のことだろう?」

「あら、どうしておわかりに?」

「可愛い娘のことだからな。」

「ふふふ。大好きなお父様になら訊けるかなって思ったの。」

「どんなことか?」

「お父様はデイビス様のこと、どうお思いですか?」

「どう、どいうのは?」

「私が好きになってもいいかしらと思って。」

「そうだな。父親としては娘は誰にも取られたくないから、どんなに良い男でもだめだといいたいところだが。」

「お父様ったら。」

「しかし、まあ、彼は良い男だと思ったぞ。朴訥で、誠実な男だと思ったなあ。」

「そうですか。ラルフ様はデイビス様のことを真面目で誠実な方だとおっしゃってました。無口で無表情だともおっしゃってたんですけど、私はよくお話になるし、笑ったりなさるので、無口で無表情とは思いませんけど。」

「そうか。正直なところ、儂はデイビス殿のほうが好きだな。ラルフ殿よりも。」

「あ、私も。・・・いけない、ラルフ様とは結婚するんでした。」

「ラルフ殿は、子供が生まれ次第離婚して好きな男と添えるようにしたいと言っていたぞ。」

「まあ、そんなこと私は聞いてませんわ。でも、あの父上様が離婚なんてお許しになるかしら。」

「なんでも、お前の優しい気持ちに感動し、少しは自分もしっかりしないといけないと思ったそうだ。まあ、男同士で結婚するというのは前代未聞だし、まして、跡継ぎもできないとなれば、反対されるのはあたりまえで、それを覆すのはなかなか難しいだろうとは思う。だからお前の申し出は本当に有り難かったとおもうぞ。」

「そうですか。もしそうなれば、私は子供を産むまでの辛抱ですわね。ああでも、生まれなかったらどうしましょう。」

「風邪ひとつ引かない元気なお前だから大丈夫だろう。」

「そうですね。真面目に、人のことを考えて生きていれば、神様はわかってくださいますよね。」


 「そうだな。それで、デイビス殿が気に入ったのか?」

「気に入っただなんて、そんな申し訳ないわ。でも、良い方だな、もっと会いたいな、って思います。」

「そうか。彼はたしか平民だったな。」

「はい。なんでも、生まれてまもなく魔力が高くていろいろあって疎まれて、虐待されて、それから孤児院に入れられたんだそうです。孤児院は居心地が良くてまあ幸せだったけれど、ある日国から人が来て魔法の学校に入れられて、魔法を学ぶようになったらそれが興味深くてそれからは魔法にのめり込んだっておっしゃってました。」

「そうか、苦労してきたのだな。」

「ご家族もないので、きょうはお父様と一緒の食事が楽しかったっておっしゃってましたわよ。」

「そうか。かわいいことを言ってくれるな。」

「お父様はお酒と賭け事で失敗したっておっしゃったのですって?そういうことをさらりとおっしゃるのはすごいとおっしゃってました。」

「さらりと、でもないんだがな。はははは。でも、人に言ったほうが良いと思うのだ。いっぱい恥をかいて、それがこれからの戒めとなると思ってな。」

「お父様って本当に良い人ですわねえ。」

父は大きなため息をついた。

「お前が生まれた時、それはもう可愛くてなあ。天使だと思ったよ。そして、こんなかわいいお前を将来誰にもやらないぞと誓ったんだがな。そんな可愛い天使が、いつの間にか恋をするようになるなんてなあ。まったく、一発殴ってやらなきゃいかんな。」

「お父様ったら、殴るだなんて。デイビス様は強い魔導師様ですわよ。それに・・・私だけお慕いしたって、デイビス様がなんて思われるか。」

「ああ、奴はお前に惚れてるな。男同士だとわかるのだよ。」

「まあ、そうかしら。そうだといいな。」

「やつに何か言われたか?」

「もっと私のことを知りたいし、もっと自分のことを知ってほしいって。一目惚れというのはこういうことなのかもしれないって。」

「ふむ。奴はあまり女に慣れていないようだったな。よっぽどお前が気に入ったのだろうな。昔、儂がお前の母上に会った時、一目惚れしたなあ。それまでは剣一筋で女とは無縁だったのだが、母上をなんとかものにしたいと思って必死で頑張ったものだ。それを思い出したぞ。母上は女神のようだったのだよ。」

「お母様は優しかったわ。それにとっても良い匂いがしたの。お母様は、『大きくなったらきっと素敵な人と出会うでしょう。そうしたら、その方を貴女のすべてをかけて愛してね。そして、その方との間に子供ができたら2人で子供を愛して育ててね。私はそれができてとても幸せよ。誰かを愛することがいちばん幸せだわ。』っておっしゃってました。私、お母様がおっしゃってたとおりに生きたいと思ってるんです。」

「そうか・・・キャサリン、お前は母上以上に幸せになるんだよ。幸せな姿を見せてもらうことが儂のただひとつの願いだ。」

『お父様・・・」

キャサリンは、父に幸せになってもらいたい、それには私のまわりの人たちが幸せになってくれるように頑張ろう、と思った。

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