第4話 もう一つのお見合い
「キャサリン、きょうトーレスに話した。彼もとても感謝しているよ。本当に、何度礼を言っても足りない。」
「もうやめてください。お気持ちは十分いただきましたので、これからは私のお相手探しの方をよろしくお願いします。」
「それなのだが、ひとり紹介したい男がいるのだ。俺の友達の魔導師で、彼はすごく魔力が大きくて、大きすぎて子供の頃は虐待されていた。子供の頃に虐待されたからだろうか、魔導師になってからも、あまり社交的ではなく、ひとりで行動することが多く、無口で無表情の男だ。魔導師としての腕は群を抜いている。平民の出、というか、孤児院出身なので、そのへんも社交的ではない理由かもしれない。だが、俺が知っている彼は真面目で誠実な男だと思う。どうだろう、一度会ってみないか?」
「あの、そんな優秀な方では、私なんかお気に召さないのではないでしょうか。私は魔力も初級しかできませんし、これといった取り柄もありません。見た目だって、おわかりでしょうが平凡です。」
「キャサリンは自分をよくわかっていないようだな。まず、キャサリンはとても美人だ。そして性格がとても良い。優しく、人の立場にたって考え、謙虚で正直だ。」
「それは・・・買いかぶりです。私、ほんとになんにも取り柄がなくて。・・・でも、その方にお会いすることはできますか?実は私、今まで社交をしてこなかったので、父とうちで働いてくださってる方々以外の殿方とちゃんとお話したこと無いんです。はあ、社交から逃げてたツケが今頃回ってきましたわ。ですからそんなにすごい方を見てみたいって、野次馬根性ですけど。あ、お時間取らせちゃ申し訳ないかしら。」
「はははは、キャサリンは面白い人だな。では彼と予定を調整しよう。」
「あの、すみません、その方は金髪碧眼ですか?」
「いや、黒髪に黒い瞳だが。」
「それってまずくないですか?」
「なぜ?」
「私は黒髪に黒い瞳です。もしラルフ様との子供でしたら、もしかしたら金髪碧眼の子になるかもしれないし、金髪黒い瞳になるかもしれないし、黒髪碧眼かもしれないです。どちらも黒髪黒い瞳だと、疑われませんか?」
「そこまで気にしないだろう。そして黒髪黒い瞳というのは大きな魔力の持ち主はそうなるのだよ。だから心配しなくても良いと思うが。」
「そうですか。まあ、ラルフ様が心配ないとお思いならいいですわね。」
翌日は婚約の書類を提出するため、ということで、キャサリンはラルフの執務室を訪ねた。
ラルフの部屋にはトーレスもいて、泣きながら感謝された。
(トーレスさんって、筋肉モリモリでかっこいい方だけど、とっても純情で可愛い方なんだな。)
しばらくして、ドアをノックする音がして、例の魔導師がやってきた。
「ブライアン、これが例のご令嬢だ。」
「キャサリン・ウッドフェルドと申します。」
「ブライアン・デイビスです。」
ラルフが
「私は少し用があってこの部屋を留守にするから、その間、2人で話でもしていてくれ。」
と言って部屋を出ていった。
ブライアンとキャサリンの2人だけになって、キャサリンは少し困ってしまった。ラルフの言ったとおり、ブライアンは無口で無表情なのだ。ただ、黙ってそこに座っている。
(なにか言わなきゃ)
キャサリンは、無理矢理考えて言葉を見つけた。
「あの、デイビス様、事情はラルフ様からお聞きになってますか?」
「ああ、聞きました。君の思いやりには驚いた。」
「思いやりだなんて。」
「私のことも聞いたか?」
「少し伺ってます。とても魔力が大きく優秀な魔導師様だということ。平民で、孤児院にいらしたということ。無口なお方だということ。を伺いました。」
「ははは、そうか。もう私が無口だというのは聞いていたのだな。そうなのだ。気が利かないし、あまりしゃべらないから、つまらない男だ。」
「つまらないかどうかはまだわかりませんわ。ラルフ様はデイビス様のことを真面目で誠実な方だとおっしゃってました。」
「そうか。それは光栄だ。・・・正直言うと、私は女性は苦手だ。気の利いたことも言えないし、話題が見つからない。ここにいると、周りは貴族がほとんどで、その中で平民で、しかも孤児院あがりというのは、まったく異色だし、どうにも居心地が悪い。貴族の女性というのは、華やかで宝石とか着るもののこと、または人気の舞台とか音楽家や俳優のことなどしか話さないが、私はどれもまったくわからない。そういう話をしたいのなら、私はまったく不適格だ。」
「ふふふ、大丈夫です。私はそういうことには興味がありません。舞台とか見に行ったことありませんし。宝石とかも、ご縁がありませんでしたし。」
「そうか。実は、君に会ってみたいと思ったのは、ブラッドレー団長から君の話を聞き、ラルフとは初めから白い結婚で良い、そして子供を産む必要があるから誰かを世話してくれと言ったということがとても面白いと思ったからなのだ。なぜそこまで自分を殺して人を幸せにしようとするのだ?」
「ああ、それは誤解があります。信じていただけるかわかりませんが、少しお話してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。」
それからキャサリンは前世の記憶があること。これは3度目の人生で、2度目とおなじように進んでいるということ。早死したくないし嫌われたくもないので、なんとか避けようといろいろ調べていて、ラルフに想い人がいることがわかったこと。それならば白い結婚をしようと思ったこと。でも、子供を産む必要があるし、自分も幸せになりたいので、素敵な人と出会って恋をして、好きな人との間の子供を産みたいと思ったこと、などを話した。
「なんと、君はすごい人生を歩んでいるのだな。」
「そうですね、すごいといえばすごいですよね。でも私自身はちっともすごくありませんけど。」
キャサリンはそう言って笑った。
「しかし、ブラッドレー団長に想い人がいるからというだけでよく白い結婚がよいと思えたな。断ろうとは思わなかったのか?」
「私からは断れません。なぜなら、私は借金の形だからです。父は最愛の人である母を亡くして以後お酒と博打に溺れて借金をたくさん作りました。その返済期限が迫っているのです。それから考えたんですけど、なぜ父がお酒と博打に溺れたかということです。最愛の人を失う辛さってすごいものなのだなと思いました。そして、人間は愛する人と共に人生を歩むことが幸せなのだなとも思いました。」
「なるほど。そういうことか。」
「はい。それで、私も愛する人と共に生きていきたいので、ラルフ様にどなたか紹介してくださいとお願いしたんです。私だって最愛の人がほしいですもの。」
「そうか。君はなかなか可愛らしいな。」
「実は私、まだちゃんと恋をしたことがないので、よくわからないんです。恋ってどんな感じですか?」
「すまない。私も恋をしたことがない。」
「まあ、そうですの?父に訊きましたらね、恋をすると、その人のことを自分より大切に思うようになるって言ってました。それから、ずっと一緒にいたいと思うって。それを聞いて、私、父がすごくかわいそうだって思いました。だって、父は今もまだ母が大好きなんです。自分より大切な人と会えないなんて、なんてかわいそうなんだろうって。」
「君は優しいな。私にもそういう気持ちができるといいなと思うが、なかなか難しい。」
「お見合いってなさったことないんですか?」
「何度かある。」
「私ね、ラルフ様とのお見合いが最初なんです。ですから最初からもう白い結婚で、とか考えてましたので、お見合いって気がしません。あははは」
「そうか。私は普通に見合いをしたことがあるぞ。相手の令嬢たちは私がいくら稼ぐか、私の地位はこの先どうなっていくのか、私には屋敷があるか、などを次々訊かれて、まるで面接を受けているようだったな。あとは流行りの演劇とか、好きな宝石とかの話題だった。悪いが私には興味のないことばかりだった。」
「お見合いってそういう私事を訊いても良いもんなんですか?」
「そのようだ。」
「ではすこし伺ってもよろしいですか?」
「ああ、答えられることなら答えよう。」
「ありがとうございます。では、デイビス様はすごい魔導師様だそうですけど、そのすごさ故に子供の頃虐待されたと聞きました。それでも魔法を使うことはお好きですか?それとももうやめちゃいたいとお思いですか?」
「そうだな、子供の頃は魔力なんかなければいいのにと、自分で自分の魔法の力を恨みに思った。だが、魔法を学ぶようになって、自分の魔力は世の中の役に立つんだと思えるようになったら、魔導師の仕事は好きになった。」
「まあ、それは素敵ですね。いいな、私は魔法は初級の風魔法を教わっただけで、魔法は髪を乾かすか洗濯物を乾かすしかできません。もっと魔法が使えたらいいなって思います。」
「なぜ?」
「私の最初の人生は日本という国で、魔法のない世界でした。でもいろいろな技術が進んでいて、魔法みたいに使えてたんです。もし私が魔法が使えたら、その技術のアイデアでいろいろな魔導具が作れて誰でも快適に暮らせるようになるのになあって、残念に思います。」
「それは面白いな。君は本当に魔法が使えないのか?」
「そうですねえ、髪を乾かしてはいますけど。」
「もし嫌でなければ、君の魔力を鑑定してもよいか?」
「まあ、そんなことできるんですか。是非お願いします。たぶんがっかりなさるでしょうけど。」
「では、鑑定してみよう。」
ブライアンは鑑定を始めると、すぐに目を瞠った。
「これは。」
「やだ、なんですか?怖いわ。」
「いや、すまん、君の魔力を見せてもらったが、君は特別な力がある。」
「特別な力ですか?それって、魔女みたいに怖いものですか?」
「ははは、魔女という発想にいくのか。おもしろいな。」
「えー、でも、どんな力なんですか?」
「うむ。君は・・・確かに魔力は強くないし、使える魔法も少ないし、レベルも低い。だが、人とは違う力があるようだ。」
「人とは違う力?それってどんなものですか?」
「誰かによって発動された魔法を強化したり弱体化したりすることができるようだ。また、魔法を使う者の力を強化したり弱体化したりできるようだ。」
「それって何か役に立ちますか?」
「試してみないとわからないが、例えば回復魔法を強化すれば治りにくいものを治せたりするかもしれない。また、誰かからかけられた魔法を弱体化か無効化できればダメージを負わずにすむ。魔導士の力を大きくしたり小さくしたりするというのも良いな。」
「なるほど。なんだかあんまりすごいとは思えませんけど、まあ、何もできないより何かできるほうがましかな。」
「ははは。今はまだはっきりわからないが、もしかしたらそのうち役にたつこともあるかもしれないよ。」
「そうですね。じゃあ何かのときに役に立てるように大事に持っておきます。」
「そうだな。私も少し調べてみよう。」
「はい。お願いします。でもまあ、あんまりすごい力があっても怖いから、その程度でいいです。」
「ふっ、君はあまり欲がないな。」
「そうですね、私はそれよりお料理とか自分で音楽を演奏するとかのほうが興味があります。」
「ほう。それはいいな。俺はどちらとも無縁の暮らしをしてきたので、憧れのような気持ちがある。特に音楽は、自分ではなにもできないが、聴くのは結構好きだ。」
「ところであの・・・もしも、です、もしも、私がデイビス様のことをすごく好きになって、デイビス様も私のことを好きになってくださって、そうしたらどうなりますか?」
「ああ、いや、その、なんだ、それはだな・・・」
「あ、もう全然だめってことならそうおっしゃってください。私、大丈夫です。結構打たれ強いですから。ふふふ」
キャサリンはまっすぐにブライアンを見た。
ブライアンは、少し赤くなって
「実は私は言ったようにいままで誰ともつきあったことがない。見合いをしても少しも心惹かれなかった。だから、私は恋愛とは無関係な人生を歩むものと思っていた。今回、ブラッドレー団長から君のことを聞いて、なんと優しい人がいるのだろう、ちょっと見てみたい、と、まあ、なんというか、興味本位と言うか、そういう気持ちで会った。すまない、本当に申し訳ない。」
「いいえ、実は私も、ラルフ様からものすごい魔導師の方がいらっしゃると伺って、そんなにすごい魔導師の方ってどんなかしらと、野次馬根性的な気持ちでお会いしました。ごめんなさい。おあいこですね。」
「そ、そうか。それがだな、君と会って話をしてみて、こんな女性がいるのかと驚いた。そしてもっと知りたいと思うようになっている。まだ恋愛という感情かどうかはわからないのだが、君に惹かれている。君のことをもっと知りたい。もし、その・・・君が迷惑でなければ、また会ってもらえるだろうか。」
「まあ!それも同じです。私もデイビス様が無口で無表情な方と伺っていたので、きっと怖い方だろうと思ってたんです。でも実際お会いしてみると笑顔もすてきだし、お話も楽しいし、もっと知りたいなって思いました。」
「では、また会ってくれるか?」
「はい、ありがとうございます。」
キャサリンは嬉しそうににっこりした。それを見て、ブライアンはさらに少し顔を赤くした。
「今度は私のお菓子をお持ちするか、またはうちにいらしていただければ前世の世界の食事をお作りします。」
「うーむ、それは迷うな。どちらも食べたい。」
「では、うちでもよろしいですか?父もおりますけれども。」
「よいのか?ではお言葉に甘えよう。いつがいい?明日でもよいか?」
「はい、では明日の夕食を作ってお待ちします。好き嫌いはお有りですか?」
「何でも食べる。食べることは好きなんだ。」
「ふふ、では何か見繕って。お酒は召し上がりますか?」
「あまり得意ではない。むしろ甘い物のほうが嬉しい。」
「まあ。ではお酒はやめて、甘いデザートにしましょう。わあ、楽しいわ。」
「ありがとう、とても楽しみだ。」
ドアをノックする音と鍵を開ける音が聞こえた。
「ただいま。」
ラルフがトーレスと共に戻ってきた。
「おかえりなさい。」
にこにこしているキャサリンを見て、ラルフとトーレスが顔を見合わせた。
「どうだ?何か困ったことでもなかったか?」
キャサリンとブライアンはニコニコして首を振っている。
「どうも邪魔をしてしまったようだな。」
ラルフは少しいたずらっぽく笑っている。
「いや、あまり長く仕事を離れるわけにはいきませんので、このへんで失礼します。きょうはどうもありがとうございました。」
ブライアンがそう言って、立ち去ろうとする。ふと振り返って、
「キャサリン、今日はどうもありがとう。楽しかったよ。では明日6時に伺おう。」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました。私も楽しかったです。明日は頑張りますね。」
「いやいや、頑張らないでくれ。」
そして2人は手を振って、ブライアンは部屋を出ていった。
「アレックス、聞いたか?キャサリンと言ってたぞ。」
「ラルフ、ブライアンが笑ってた。初めてみたよ。」
「コホン、キャサリン、明日というのは何かな?」
「はい、いろいろなことをお話して、私の前世の話とかをして、その流れで、明日夕食を作ってごちそうすることになったんです。あ、ラルフ様とトーレス様もご一緒にいかがですか?」
「いやいや、明日は遠慮しておこう。なあアレックス、遠慮したほうがいいよな。」
「そりゃあそうでしょう。でも、おもしろそうだから、そのうち是非お願いします。」
「まあ、そんなことおっしゃっていただけると嬉しいわ。変わったお料理ですのよ。」
「ほう、それはめずらしい。ぜひ頼む。」
「はい。」
キャサリンは嬉しそうににっこり笑った。
ラルフはキャサリンを馬車まで送ると、その足でブライアンの部屋に向かった。
ブライアンの部屋に行くと、ブライアンは机に向かって頭を抱えていた。
「どうした?」
「・・・・・・」
「おい、どうした?気分が悪いのか?」
「・・・・・・いや。やられた。」
「なにかあったのか?」
「お前の話を聞いて、どんな令嬢かちょっと見てみたいと思った俺がばかだった。」
「なにか問題でも?」
「惚れた。」
「へ?」
「だから、惚れたのだ。」
「そ、そうか。・・・その、よかったじゃないか。」
「良いもんか。俺は一生女とは無縁でいるつもりだったんだぞ。どうしてくれる。」
「キャサリンもなんだか嬉しそうだったじゃないか。お互いに気に入ったのなら問題ないだろう?」
「・・・・・・」
「お互いじゃなければどうすればいいんだ。」
「たぶんうまくいくさ。」
「最初は少々悪いがな。子供ができたらすぐに離縁するから、それからは本当の夫婦だ。すまん。助けてくれ。」
「そういうことを言っているのではない。そんな事情はわかっている。俺は平民だからな。結婚などせずとも、好きな女と一緒にいられればそれでよい。俺が言っているのはそういうことではない。キャサリンが俺を好きにならなかったら、ということだ。」
「でも、あした会う約束してたじゃないか。」
「そんなこと、ただ晩飯を作ってくれると言うだけだ。」
「それはすごいことだぞ。女が自宅に招待して、手作りの料理を振る舞おうなんて、相当気になる男にしかしない。」
「そういうものか?」
「そういうもんだ。」
「・・・・・・」
それっきりブライアンは黙り込んでしまった。
ラルフはしかたなく、部屋に戻った。
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