第3話 お見合い

 そしていよいよお見合いの日。


 ブラッドレー家からお迎えの馬車が来て、ブラッドレー家に着き、お見合いが始まった。

案の定、ラルフは氷の微笑と共に話をしてくれている。キャサリンはラルフの微笑の向こうにトーレスの涙が見えるような気がした。


 キャサリンは意を決して話を始めた。


 「ラルフ様、少々お話したいことがございますが、よろしいでしょうか?」

「何でしょう?気を使わずなんでも訊いてください。」

「あの、お人払いをお願いできますか?」

ラルフは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに手を上げて人払いをしてくれた。


 「まず、最初にお願いしたいのですが、これからお話することは、口外無用でお願いします。」

「わかった。」

「実は私には前世の記憶があります。すぐ前の人生ではラルフ様に嫁ぎ、愛のない結婚で、口論の末事故死しています。そして更にその前の人生は日本という国の人間でした。」

「なんと。」

「信じられないとお思いでしょうが、聞くだけ聞いていただけると有り難いです。」

「わかった。聞かせてもらおう。」

「私はラルフ様に借金の形として嫁ぎました。そして、嫁いでからずっとラルフ様に嫌われ、まあ、その、屋根裏部屋に閉じ込められたり食事を抜かされたりというようなこともあり、最終的に、口論の挙げ句に階段から落ち、頭を打って死にました。まあ、殺されたというのではなく、事故死ですが。」

「そ、そうか。それはすまないことをした。心から詫びる。しかし、その、私はその後どうしたのか知っているか?」

「はい。ラルフ様はそれからは自棄になって、結局自殺なさっています。神様はそれからまたラルフ様も私もやり直しの転生をさせたんだそうです。」

「そうか・・・いや、大変申し訳ないことをした。今がやり直しの人生なら、できるだけの償いをさせてもらいたい。」

「まあ、やっぱりラルフ様は良い方なのですね。」

「いや、そんなことはない。」

「だって、こんな荒唐無稽な話を真面目に聞いてくださっているのですもの。・・・話を戻します。それで死んだ私は、次の人生に転生させられました。そして、私が前世と同じキャサリンになり、親の借金の形にお見合いをすることになっているところに転生していることに気づきました。そこから私は、今回は死なないようにしたいと思い、いろいろ調べました。」

「なるほど。」

「まず、お見合いをせずに済む方法を考えました。でも、父はラルフ様のお父様から多額の借金をさせていただいており、お見合いの話を受けないわけにはいけないのだろうなと思いました。そして、借金の形ですから、私からは断ることはできないのだと言うことも。」

「なるほど、私が断るしかないのだな。」

「そうですね。実は私は使用人等に化けていろいろ調べました。そして、ごめんなさい、私はラルフ様に想い人がいらっしゃることを知りました。」

「なっ・・・」

「ラルフ様のお父様は、公爵家を大事にお思いで、また、昔ながらのお考えの持ち主ですね。 様に貴族の女性と結婚して後継ぎとなる子を成してほしいとお考えで、そのためにこれまで何度もお見合い話をもっていらっしゃいましたが、ラルフ様がお断りになるか、相手の方が断るよう仕向けられ、これまでずっと不成立でした。そこで、お父様は私の父にお金を貸してくださり、その返済のかわりに私にお見合いをさせようということになさいました。これでラルフ様が断る以外、この結婚を避ける方法はなくなります。」

「うむ・・・」

「そこで、私はラルフ様に提案がございます。」

「何かな?」

「私と結婚していただけませんか?」

「いや・・・それは・・・」

「わかっています。トーレス様を泣かせるようなことはできません。私だってそんなの嫌です。ですから、もちろん白い結婚です。そして、私のためにお力をお貸しいただきたいのです。」

「それはどういう?」

「私は慈愛にあふれた女というわけではなくて、普通の女です。ですから、人並みに恋もしたいし、好きな人の子供を産みたいという夢もあります。ラルフ様は跡継ぎが必要で、それは妻が産まなければなりません。私以外の人と結婚なさったら、ラルフ様はその方との間で子を成すか、または側女を迎えてその方との間で子を成すか、いずれにせよ、トーレス様以外の女性を抱かなければなりません。もちろんそれがお望みでしたら、私はこのまま帰りますので、どうぞお断りください。でも、そうでなければ、私でしたら、白い結婚のままで子供を産んで差し上げます。」

「ではどのようにしてそんなことに協力できるのだ?」

「ラルフ様と私の子供であれば、ラルフ様の髪と瞳の色、そして、私の髪と瞳の色を持つ子供なら世間も納得します。ですから、ラルフ様の髪と瞳の色をもつ男性で貴族でないか、貴族でもご嫡男でない方で、私でも良いとお思いになってくださる方を私と娶せていただければ計画が成功します。」

「そうか・・・君はなぜそんなに考えてくれるのだ?」

「最初は今度は辛い結婚は避けたいし、早死もいやだなと思って、なんとか助かる方法を、と考えただけなんです。それを調べているうちにラルフ様とトーレス様のことを知りました。最初の人生で、職場の同僚に男性同士のカップルがいました。その時の世界はここよりもずっと同性のカップルが知られていたし、理解もありました。でも、まだまだ偏見もたくさんあって、苦しんでいるのを間近に見ました。ラルフ様たちにそういう思いをしてほしくないなあと思ったことがひとつ。それと、私は愛する人がいるのに添い遂げられないというのがどんなに悲しく辛いことか、父を見ていてわかりました。父は本当に母のことを心の底から愛していて、その母が亡くなって、どうしようもない喪失感で、さぞかし辛かったことと思います。優しい父ですから、すぐに他の女性を考える気にもなれず、領民と私がいるので妻の後を追うこともできない。それで結局お酒と博打に無理矢理溺れさせたのだということがわかりました。ラルフ様も、もしトーレス様と引き裂かれてしまったら、その後の人生がどうなるかしらと思うと、他人事とは思えなくなったんです。でも、白い結婚までは簡単に思いついたんですけど、子供のことが難しくて、それで、ラルフ様に相談させていただいて、なにか良い方法が見つかるかと思いました。勝手ですよね、私。」

「いや、勝手だなんて、そんなことはまったくない。人のことをここまで思いやれる人はそういるもんじゃない。ありがとう。心から感謝する。図々しいが、君のその親切に甘えてもよいだろうか。君の相手については最善をつくすと約束する。」

「もちろんです。私が言い出したことですもの。」

「これからできるだけ早く、トーレスとも一緒に会ってもらえるだろうか。彼もきっと一緒に考えて努力すると思う。」

「まあ、それはありがとうございます。みんなで幸せになりたいです。」

「そうだな。それではすまないが、まずはこれから父に会ってくれるか?婚約したいと言おうと思う。」

「はい。うまく演技できますように、頑張ります。少し馴れ馴れしいとご不快かもしれませんがお許しください


 それからふたりは手を繋いでブラッドレー卿の部屋に行き、婚約したいという意志を告げた。ブラッドレー卿は非常に喜び、早く結婚の準備をしようと執事を呼んで話を始めた。一緒に夕食を、とも言われたのだが、キャサリンは家に帰って父に報告したいと、辞退した。


 「キャサリン、馬車まで送ろう。」

ラルフがそう言うと、ブラッドレー卿は

「おお、おお、ずいぶん意気投合したものだな。いやあ、めでたい、でかしたぞ。」

と、とても嬉しそうだった。

キャサリンはちくりと胸が痛んだが、でもこれが皆が幸せになる道だと思って、次に出会える人に期待しようと思って邸を後にした。


 家に帰り、キャサリンはまず父の部屋のドアを叩いた。

「お父様、行ってまいりました。めでたく婚約してまいりました。ブラッドレー卿にはとてもお喜びいただけました。ラルフ様も、私が愛し合う事のできるお方を見つけるために尽力すると言ってくださいました。今夜は祝っていただけますか?」

「キャシー、本当に良いのか?あれから考えたのだが、爵位を返上して家屋敷、調度品などを売れば借金を返せると思う。平民になって、一からやり直す、ということも良いかと思うのだが。」

「お父様、もう話は進んでいます。今やっぱりやめると言えば、ラルフ様も、ブラッドレー卿も、ラルフ様の想い人も不幸に落とすことになります。私はこれが最善だと思っています。お父様はできましたらこれからはお辛いでしょうがお酒と博打を程々にしていただけると嬉しいです。」

父はキャビネットの扉を開け

「見てくれ、酒はすべて捨てた。博打ももうやめた。これからは仕事に没頭しようと思う。」

「お父様・・・」


 その夜は親子で楽しく夕食を取った。


 次の日、ブラッドレー家から使者が来て、婚約と結婚についての相談をしたいので、できれば今夜ブラッドレー家にお越しいただきたいということであった。

キャサリンと父のウッドフェルド卿は、その夜、ブラッドレー家に行くことにした。


 ブラッドレー卿もウッドフェルド卿も妻を亡くしているので、両家共に父親だけである。婚約は早急に届け出、結婚式は約半年後にすることにした。翌日、必要書類を取り寄せて、署名、サインを記入して届け出る。

 話し合いのあと、ブラッドレー卿とウッドフェルド卿は談話し、ラルフとキャサリンは「恋人同士の語らい」をするために、ラルフのための応接室に移動した。

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