第2話 3度目の転生

 三度目の転生を自覚したのは17歳の時だった。


 (うそ、なにこれ。同じところに転生してる?・・・神様、なんですかこれ。痛くないようにって頼んだのに。でも、神様が決めちゃってるんだもん、私が何か言ったところで変わるもんじゃないわね。だったらなんとか殴られないように、そうじゃないわ、なんとか結婚せずにすむように頑張るしかないわね。そうよ、自分は運が悪いんだってめそめそしてたってそれまでよ。神様だって、良い人だけどたぶんお忙しすぎて完全に面倒みてくだされないのよ。やっぱり自分で何とかするしかないわ。神様はきっと私にそれを教えてくださってるんだわ。それに殴られるって決まってるわけじゃないわ。自分で殴られるって決めちゃだめよね。相手の立場に立って、まずは周りの人のことを幸せにすることから初めて、それから自分のことを考えなさいっておかあさんも言ってたわよね。情けは人の為ならず、って、おばあちゃんも言ってたわ。そうよ、情けは人の為ならず、これでいくわよ!}


 転生も3度目ともなると、だいぶ度胸もすわってきてるし、いろいろと知恵も回るようになっている。キャサリンは、まず家の財政状況を調べた。借金がどのくらいあって、それがどこから借りていて、返済期限はいつか。それを調べたら、なんと、驚いたことに、借金はほとんどがブラッドレー公爵家からのもので、金額はかなりなもので、返済期限まであと1年だった。

(1年で返せる額じゃないわね。)


 次にブラッドレー公爵家嫡男のラルフについて調べる。

ラルフはたしかに眉目秀麗、令嬢たちの人気はトップ、そして、どんなに美しい令嬢が挑んでも決して落ちない男だった。相当優秀なようで、学園は主席で卒業、魔導師としても実力もかなりなもので、現在は魔導師団長をしている。


 うーむ・・・優秀で家柄も良い人が、なぜ性格が屈折しちゃったのかしら。正妻の子だし、父は真面目な人で側室はいないし、両親から虐待を受けたのかな?兄弟といっても、この人長子だからあまりいじめられるって感じでもないのよね。学生時代は友達もいたようだし、特にこれというマイナスな環境もなさそう。


 でも、何かある。何もなきゃ、妻を殺すまで殴ったりするわけがないもの。乳母とかから虐待を受けたのかと探ったけれど、それもないみたいねえ。失恋したとかかな?それで女を憎むようになったとか。


 あ!


 なにかひらめいたような気がする。

しばらくラルフの言動をこの目で見て確かめよう。


 それからはキャサリンは変装してラルフを観察した。


 まずは城の侍女に化けてみた。魔導師団のあたりの掃除をしながら、ラルフを観察する。ラルフは基本的に寡黙で穏やかで人からなにか話しかけられたりする時は、とても感じが良い。出勤はほとんど毎朝同じ時間に邸を出ている。身なりもきちんとしている。挨拶もとても感じが良い。練習場では時には厳しく指導もしているが、それはあくまで仕事として厳しくしているのであって、理不尽に怒ったりすることはまったくない。団員たちからは信望もあつく、慕われているのがわかる。


 次にキャサリンはラルフの邸の掃除婦になった。屋敷内で、ラルフは使用人たちにも感じが良い。家族で食事をする時は、静かに父の話に耳を傾けている。これも特に問題はなさそうだ。


 しかし、絶対なにかある。キャサリンは辛抱強く観察を続けた。


 ある日、ラルフは父の部屋に呼ばれた。礼儀正しく父の部屋に行くと、父がラルフに釣り書きを見せた。

「今度はこの令嬢だ。週末にここにお出で願った。まあ釣り書きを見てみなさい。」

そう言われてラルフは釣り書きを見ている。・・・いや、見ているフリをしている。

「はい、父上。ありがとうございます。」

「そろそろこの辺で決まってほしいと思うがな。どうだ?感想は?」

「会ってみないことにはなんとも。」

「そうか、では見合いに期待するとしよう。」

「はい。ほかには何か?」

「いや、用件はこれだけだ。」

「はい、では失礼します。」

ラルフは静かに挨拶をして部屋を出、自分の部屋に戻った。


 部屋に入るとラルフはいきなり釣り書きを投げつけた。・・・そして、踏んだ。

「あら、いやなんだわ。」

それから椅子に座って長い間考え事をして、やがて寝た。


 翌日もいつもどおりに出勤し、仕事をしていた。しばらくたって、ドアをノックする音がし、「誰だ?」と答えると、「トーレスです。」という涼やかな声がした。

「入れ。」

トーレスと名乗った者は、部下の魔導師のようだ。


 トーレスはラルフの机のそばに行くと、黙ってラルフの顔を見ていた。

ラルフは顔を上げ、驚くほど美しい笑顔を見せて「おはよう」と言った。

キャサリンは驚いた。それまでずっと観察していて、ラルフの笑顔というものを見たことがなかったのだ。愛想笑いをしているのは何度か見たが、基本的に能面のように表情が変わらない人だと思っていた。このような輝く笑顔は初めてだ。


 トーレスが書類を何枚か渡す時、

「ラルフ、疲れてるんじゃない?」と心配そうな顔をして言った。

「いや、なんでもないよ。」

キャサリンはこれにも驚いた。ラルフはそれまで誰と話しても、必ず敬語だったのだ。

「なんでもないことない。疲れた顔をしているもん。」

「いつものことさ。父上とちょっと、な。」

「・・・また、お見合い?」

「心配するな。いつものように断るさ。断れなければ、断らせる。」

トーレスは黙って頷いた。少し涙ぐんでいるように見える。

ラルフは立ち上がり、とても優しくトーレスの頬に手を当て、

「心配か?」

トーレスは頭を振って、

「心配・・・して・・・ない。」

ラルフはトーレスの顎をクイッと上げ、

「ではこの涙は何かな?」

と、愛しそうに言い、トーレスを抱きしめた。

そして、口づけをして

「アレックス、俺が愛しているのはただひとり、君だけだ。君もそれを知っているはずだぞ。」

トーレスは肩を震わせて何も言わずに頷いた。


 キャサリンは、その場を離れることにした。

なるほど、これが理由だったのか。

ラルフには愛する人がいるのだ。にもかかわらず、貴族の対面のためにお見合いして結婚させられようとしている。いままでずっと断ってきたか、断られるように仕向けてきたのだろう。でも、キャサリンは借金の形だから、断れず、結婚することになってしまう。しかも、子を成さなければならない、つまり、妻を抱かなければならない。


 それはないわ。


 性別にかかわらず、心から愛している人がいるのに他の人を抱くなんてこと、拷問にも等しいし、それで生まれてきた子を愛せるものかしら。だからラルフは自暴自棄になって、挙句の果てに狂ってしまって妻に暴力を振るっちゃったんだわ。妻に暴力を振るうなんてことは、絶対いけないことだけれど、そこまで追い詰められていたということを考えると、今度の人生はなんとかしたいと思う。


 キャサリンは最初の人生で、同僚にゲイカップルがいたのを思い出す。この時代の日本でも、まだまだゲイを公表するのはかなりの決断が必要だったようだし、偏見もまだまだあった。

この世界は、ゲイを公表することもできないようだし、子供を成さないということも不可能なのだろうな、と思った。もしキャサリンとの間に子ができなければ、妻をとりかえるとか、側女を取るとかしてでも子を作るのであろう。


 考えたら、キャサリンの父だって、愛する妻を失って、失意のままどうしてよいかわからなくてお酒と博打に溺れたのだろう。他の女を考える気にもなれないし、キャサリンがいるから自殺もできないし、まして自分の娘に暴力なんかあの優しい父ができるわけがなくて、でもどうにも辛くて。(お父様、かわいそう・・・)キャサリンは考えたら涙が出てきた。


 父は陽の高いうちは素面で仕事をしている。キャサリンは父に気持ちを伝えたくなった。父の執務室のドアをノックする。

「お父様。ちょっとお話する時間いただけますか?」

「うん、もちろんだ。何かな?何か困ったことでも?」

「いいえ、そういうことじゃないんですけどね。今週末お見合いでしょ。ゆうべそれでいろいろ考えてたんです。」

「そうか、見合いの日が。相手の人が良い人だと良いのだが。」

「私ね、その方のことをちょっと調べたんです。」

「おお、どうだった?」

「実はね、その方には想い人がいるんです。とっても愛し合ってるようです。」

「なんと。」

「でも、公爵様は息子様に貴族の女性を嫁に迎え、子を成すべきとお考えのようで、今まで何度もお見合いをさせたけれどもことごとく断るか断られるように仕向けて断られるかしてきたようです。それで、お父様にお金を貸して、返せないくらいまで貸して、今度のお見合いはこちらからは断れないようにしたようです。」

「なんとっ・・・」

「私ね、それでいろいろ考えたんです。息子様の想い人は貴族の女性ではなくて、子供も産めない方です。ですからいずれは公爵様の思う通りに貴族の女性と結婚せざるを得ないと思います。」

「そうか・・・」

「それでね、私、断られなければ、結婚したいと思っています。」

「いや、待ってくれ。そんな、みすみす不幸になるようなことはさせられない。金ならなんとかする。だから、早まらないでくれ。」

「いいえ、早まるのではありません。結婚したいんです。」

「なぜ・・・」

「愛する人がいるのに添い遂げられないというのがどんなに悲しく辛いことか、私はお父様を見ていてわかりました。お父様は本当にお母様のことを心の底から愛してらした。そのお母様が亡くなって、どうしようもない喪失感で、さぞかしお辛かったことでしょう。優しいお父様だから、すぐに他の女性を考える気にもなれず、領民や私がいるから妻の後を追うこともできない。それで結局お酒と博打に無理矢理溺れさせたのでしょう?今までお父様がどんなにお辛い思いをされていたか、考えると涙が出てきました。」

「キャシー。お前って子は。」

キャサリンは父に抱きついた。

「私はお父様のような悲しい思いをする人をもうひとり作りたくありません。ですから、私は結婚しようと思います。結婚といっても白い結婚で、想い人の方と末永く幸せにくらしていただきたいと思います。」

「待て、早まるな。お前は本当にそれでよいのか?」

「はい。ただ、問題は子供なんですよね。それで、もし良いと言われたら、私はひそかに髪と瞳の色が同じ人とおつきあいできるように努力しようと思います。そして、本当に好きになってその人の子を産みたいです。」

「そんなにうまくいくとは思えんが。」

「まあ、相手の方がどうお考えになるか、ですけどね。私だって幸せになりたいので頑張りますわ。この方と結婚できたら、借金からは解放されるし、お相手のかたは幸せになれるし、私も新たな出会いがあって幸せになれそうだし、楽しみでしょ。」

「キャシー、そんなに無理するな。」

「無理してません。きっとうまくいきます。」

父はそれでも心配そうな表情のままだ。

「お父様。私、お父様にお礼を言いたいです。いままで育ててくれて、優しく愛してくれてありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。お母様のいない人生はお父様にとってまだまだお辛いかと思います。でも、お父様がなにか幸せになる道を見つけてくださるのを祈ってます。きっとお母様も心配なさっていると思います。」

父はキャサリンを抱きしめて

「キャシー。私は弱い人間だ。愛する妻を失った辛さに負けて、お前にまでこんなに心配をかけてしまった情けない男だ。すまない。本当に、すまない。」

「お父様、ご自分を責めるのはやめてください。これから私がどうするか、見守っていていただけますか?何かあったらお父様に助けてって言いますから、その時はよろしくおねがいします。でもまあ、あっさり断られるかもしれませんけど。」


 さて、どうしよう。今週末がお見合いの日。きっとなにか手はあるはず。


 そこからキャサリンは前世の知識も総動員して考えに考えている。


 結婚するだけなら大丈夫。白い結婚にすればいいだけだもの。子供のことが問題なのよね。さて、どうしたらいいかしら。

私は子供を産んで育てるのはまったく嫌じゃない。そりゃあ、嫌いな人に抱かれて子供を産むのは嫌だけど、好きになれる人なら大丈夫。生まれた子が少しでもラルフに似ていれば、あとは主に私に似ていると思ってもらえばいいんだから、ラルフと髪と瞳の色の同じ男性とつきあって子供を産めば良いのかしら。その人が秘密を守ってくれれば良いんだわ。そうだわ、まずお見合いの時に、断ってもらえるか訊く、だめならこの手段を提案してみよう。


 そう考えたらキャサリンは少しほっとした。

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