14

 ついに待ちに待ったオープン日。

 

 ユイは窓口である窓を開けて、契約の際必要になる書類やペンなどをテーブルにセットして椅子に座る。

 その隣ではゆるゆると椅子に座り、大きなあくびをしているギン。


「昨日ビラ配りもしたし1人は来るでしょ!」

「いや〜……どうかな」


 ギンは頬杖をつき、まだ眠そうな目を擦りながら遠くを眺めている。


 仕事のために、買い物のために。

 それぞれ目的の場所へと一直線の人々を黙って眺める2人。

 

 忙しそうな人を呼び止めるのは良くないと暇そうな人間を探すが、模倣屋を通り過ぎる時に足早になる人々を見て小さく溜息を吐くユイ。


「警戒されてるね」

「名前が悪いんじゃねぇの?」

「今更それ言う? もう提出しちゃったからすぐには変えられないよ」

「ミックスジュース前面に出して釣るしかないんじゃ?」

「それはちょっと……」


 一応仕事中の2人だが、あまりにも暇で人々が店を通り過ぎる様子を眺めながら雑談を始めてしまった。

 この調子では初日は誰1人来ないだろうと思った矢先、少女がおぼつかない足取りで歩いているのが見えた。


 ギンが立ち上がる前に、すでにユイが少女の側まで行き、外に置いていた椅子に座らせる。

 貧血だろうか。顔は青白い。


「飲めるかな?」


 持ち帰り用に用意しておいたコップに注いだミックスジュース。

 透明なコップのため、虹色の層がよく見える。

 それを見て少女は目を丸くした。


「これ、なぁに?」

「ジュースだよ。甘くて美味しいのに栄養満点なの」


 コップを受け取りストローを咥える。

 恐る恐る一口含むと、口の中で転がすように味わう。

 飲み込んだ後、とびきりの笑顔でユイを見た。


「すっごく美味しいね! お父さんやお母さんにも飲んでみて欲しいなぁ」

「じゃあ、ぜひ次はお父さんとお母さんも連れてきてね。……あ、貴女や両親は特殊能力を持ってる?」

「特殊能力? あたしは物を浮かせることができるよ」


 少女は近くにあった小石を浮かせた。ユイは「すごいね!」と笑いかける。

 少女は褒められ慣れていないのだろう顔を赤くして照れ笑い。能力を解き、続けて両親の話をし始める。


「お父さんは物を別の空間? に入れておけるんだって言ってた。お母さんは能力持ってないよー」

「へぇ、親子揃って便利な能力だね〜。で、ここからが本題なんだけど、お小遣い稼ぎに興味はない?」

「お小遣い稼ぎ?」

「……おいおい、怪しい勧誘に聞こえるぞ」


 ギンはミックスジュースを片手に呆れた表情でユイを見た。

 ユイは悪びれる様子もなく笑う。それを見たギンは少しだけ口角を上げた。


「ほら、1つで悪いが親に飲ませると良い。これは俺の奢りな」


 溢れないように保存容器に入ったジュースを手渡す。

 少女はすっかり元気になったのか「おねーさん、おにーさん、ありがとう」と飲みかけの物と新しい物とを大事に抱え、小走りに去っていった。


「こんだけすればお礼に契約してくれんだろ」

「あはは、ズル賢い」

「ズルくて結構。あと、契約しているのを見て他の奴らも少しは興味持つだろ」

「ギンは先まで考えてるね〜。これで本当に増えたらギンの手柄だね」

「……そんなこと考えずにあの子を助けたあんたのおかげなんだけどな」


 そう言いながらギンは持ち場へと戻る。ユイも後に続き、改めて椅子に座り直した。

 先ほどの様子を眺めていた人々は、模倣を使うユイの存在よりも少女に手渡したジュースを気にしている風だった。


「今月はジュースの売り上げが高そうな予感」

「それはありえそうだな。ミックスジュース以外は作らないのか?」

「あんまり増やしたらジュース屋さんになっちゃうよ……」

「そうなったら名前も考え直さないとな」

「しないよ!! ……今は仕方ないとして、最終目標は模倣屋で稼いで模倣の悪いイメージ払拭だからね!」


「模倣で勝負なんだからね」と誰に挑むのかとツッコミたくなるような発言に、ギンはやる気のない返事で「はいはい」と流す。



 ――あれから2時間。誰も近寄ってくる様子はない。


「悲しくなるほど来ない」

「最初はそんなもんだろ。気にすんな」

「まだ今日は終わってないから! まだ午後もあるから!」

「力みすぎだって。もっと肩の力抜こうや」


 ユイはギンに肩を軽く叩かれ、息を吐く。

 何度も頭の中で練習した受付、礼儀作法、笑顔の作り方。疑問を解決できるよう思いつく限りで考えた質問と答え。

 ……そして無駄に上手くなってしまったペン回し。


「……そろそろ来るかな」

「何がだ?」

「こ、こんにちは、ユイ様、ギン様。ミックスジュースを受け取りに来ました」


 ギンの疑問はすぐに解消した。

 少しずつ取り戻しつつあるふくよかな体を揺らしながら、ウッドは2人に大きく手を振った。


「そういや、ミックスジュース定期予約にしたとか言ってたな」

「そうです。ストレートで飲むのはもちろんですが、紅茶に混ぜたりお酒と合わせるのも美味しくて、つい飲みすぎてしまうので」


 決められた本数で毎週セーブするのだと言うウッド。


「酒か……。今度俺も試してみようかな」


 酒とミックスジュースに思いを馳せるギン。

 ウッドと仕事やジュースの掛け合わせについて盛り上がるユイ。

 

 ……2度目になるが、今はまだ一応2人は仕事中だ。

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