15

「お父さんが帰ってくる?」


 仕事前にやってきたユイの母親――マキ。ユイに貰ったミックスジュースを飲み満面の笑みで言う。

 

「ええ。しかも明日」


 マキから聞かされた吉報。


 「いつもいきなりなのよね」と言いながらも驚くことも慌てることもなく、微笑んでいるマキ。

 反対に父親に聞きたいこと、話さなければならないことがどっと頭に溢れかえり顔を顰めるユイ。

 

 喜ばしいことなのだが、ユイは仕事を立ち上げたばかり。……忙しくはないが。

 加えてギンと暮らしていることを父親は知らない。


「ギンのことは、サプライズてことで許してもらえるかな」

「あの人なら……そうね、"まだハタチになって間もない娘が同棲だなんて……"とか言いながら膝から崩れ落ちそうね」

「……安易に想像できてしまう」

「まぁ、今更追い出すなんてことはしないと思うわ。明日はうちに帰ってきて皆で食事をしましょうね」


 腕時計で時間を確認してから、マキはロングヘアの髪を一つに括り、バンスクリップでまとめた。

 それからゆっくりと立ち上がり、少しストレッチをする。

 

 マキは仕事中いつもパンツスタイルだ。

 動きやすいからと言うのが1番だが、上司を蹴り上げることがあるからとユイは聞いたことがある。

 本当に蹴っているのかは謎だが、事実であれば、かなりクセの強い上司なのだろうとユイは推察している。

 

「うん。仕事がんばってね」

「ユイもね」


 ハイヒールを履いているにも関わらず、マキは一切音を当てず颯爽と歩く。

 その姿を静かに見守っていたギンは口を開いた。


「……あんたの母親はなんの仕事してんだ。暗殺か?」


 足音を一切たてず、動きに無駄がない。しまいには上司を蹴ることが日常であることの異常さ。暗殺でなくともそっち系の仕事についているのではないかとギンは疑っている。


「お母さんは神の側近だよ」

「かみ……? 神様の??」

「うん。あ、言いふらしたりしないでね」

「言わない言わない。というか言いふらす相手もいないけどな……」


 ここの街に来てからすぐにユイに拾われたギン。このところ誰かと関わることもなくのんびりと過ごしているため、友達は皆無。

 ウッドは仕事仲間であるだけで、遊んだり食事に誘ったりなんてことはない。

 

 ギンは地元にいた時も人と関わることを煩わしく思っていた。ユイ以外としっかりと人と向き合ったことがあるのは親ぐらいなものだ。


「まてよ? 上司を蹴り上げるって言ったが、神の側近の上司って……」

「やっぱり神様を蹴ってる事になるのかなぁ?」


 母親が神を蹴り上げている可能性があることを察知し、なぜか2人が冷や汗をかきそうになっていた。


 ユイは話題を変えようと頭をフル回転させて、つい最近会った少女を思い出す。


「……今日あたり、あの子が親を連れてきたりしないかな」

「遅くとも今週中には来るんじゃないか? 礼儀正しい子だったし」


 確証はないけどな〜。と朝食で使った食器とマキが飲んだ後のコップを片付けながらギンは言う。

 

 テーブルを拭き、仕事前の準備をしながらユイは減らない契約書の不備がないか適当に確認し、カウンター近くに置く。


「とりあえず、1人でも来たらラッキーってことで」


 窓口用のシャッターを開け2人は椅子に腰を掛けるのだった。



 ◇



「お、おはようございます。ユイさん、ギンさん」

「ウッドさん! おはようございます」

「おはよう。ジュース取りに来たのか?」


 様付けは堅苦しいとギンに言われたため、ウッドは2人のことをさん付けで呼ぶことになった。ついでに敬語をやめることも勧めたが、敬語は癖になっているため待って欲しいと言われている。

 

「はい。ジュースを。……あと、今日は僕の能力を預けに来ました」

「え……本当に!? 貴重な能力をいいんですか?」

「お役に立てるのであれば、ぜひ」

「やったー! 初の契約だよ、ギン」

「落ち着けユイ。ほら、仕事仕事」


 契約書をウッドに手渡し、しっかりと読むようにと勧める。その間にミックスジュースがたくさん入ったケースの用意と、契約の手続きの際に出すつもりであったミックスジュースをコップに入れ、ウッドの側に置く。


「……かなり細かに書かれてるんですね」

「はい。模倣は悪いイメージ強いので、突っ込まれそうなところは全て書いたつもりです。長くてすみません」

「いえいえ、しっかりと明記されることは良いことです。これだけ記載されていると安心感があります」


 内容としては、一般的な契約書と同じような内容にプラスして、模倣の能力についての説明や使用についてなど様々だ。


「それを読んで少しでも疑問に思うことがあれば教えてください。もしなければ、このシートの内容を読んで記入を――」


 毎回使用には能力者本人に許可を取る必要があるか、能力を使われたくない場面や人はいるか……など様々な質問形式のシート。

 人によっては長すぎて投げ出したくなるような事前準備だ。


「は、配慮が行き届いてますね。……ところで、このシートを僕のお店に置くのは問題ありませんか?」

「あ、持ち帰りですか? 問題ないですよ。もし少しでも契約辞めたいなと思う部分があればそう言っていただければなと思います」

「いえ、そうではなく。うちの店を贔屓にしてくださっているお客様の中で、興味のある方がいらっしゃるのです。ここまで細かく聞いてくれるサービスですよと言うのをお伝えしたく」

「それは嬉しいんですけど、流石にそこまでしていただくのは……」

「ぼ、僕がしたいだけなので気にしないでください」


 

 あれこれと話し合いを進め、最終的には興味のある人にだけ見せる方向へと落ち着いた。

 ウッドは能力を使いミックスジュースの入ったケースをその場でどこかの空間に入れた。


「あれが使える日が来るのかー」

「私的利用でもお金は取るからね」

「さすがにタダで使わせろなんて野暮なことは言わないさ」


 ずっとギンやユイからお金を受け取ることを拒否してきたウッド。そのくせ自分はすぐにでもお金を払いたがる。

 

 ギンは真面目な顔をしてユイに言う。


「ウッドの懐に金を入れるチャンスだぞ」

「確かに! 本契約できたら、いっぱい使わせてもらおうか」


 2人はウッドが驚く姿を想像して少しだけ口角を上げた。

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