13

 ユイは仕事のことで話し合いがあるからとギンに留守番を頼み、家を出た。


 何もすることのないギンはソファに深く座り、おもむろに右目の糸を触る。緩く縫われたそれはいつ解けてもおかしくないほどだ。


「やることねぇな」


 外から聞こえてくる雑音に耳を傾けて目を閉じる。

 ギンは耳が良い。気になる話をしている相手を感覚的に聞き分けそれに集中できる。


 おかげで建築家のウッドを探し当て、そしてこの家を手に入れてたのだから胸を張れるレベルだ。


 声を聞いていると、今日の献立を考えている人。ユイが店を構えた話をしている人。それに嫌悪を抱く人。謎の男がここに倒れていたが、回収されたのかと聞いている人。


「……謎の男って俺か」


 詳しく聞こうと集中してみると、薄汚くて臭くて最悪だった。模倣の奴の土地に倒れたのはいい気味だ。などと言っている。

 

 実際は、この土地に知らない男に捨てられている。

 街の隅で少し休憩していたところをいきなり担がれ投げ捨てられ。すぐにでも起きあがろうと思ったが力が入らず、そのままになっていた。

 そこでギンはユイに助けられた。


 結果論ではあるが、この土地に投げ捨てられて良かったのかもしれない。ギンは苦笑しつつも知らない男に感謝した。



 人の会話を盗み聞きしつつ、ダラリと過ごしていると昼の12時のベルが鳴る。

 もう昼かと少し体を起こしたところで外から声が聞こえてくる。


「ユイ、いるんでしょ! 出てきなさいよ」


 力強くドアを叩く音が響く。声からして女だが、最近ユイ絡みで会ったどの声とも当てはまらない。

 来客があるという話もユイから聞いていないため、ギンは居留守を使おうかと音が鳴らないよう動きを止める。


「ええ……なんでアイコがここにいるの」

「アイコって呼ぶな!」


 ユイの声が聞こえ、アイコとかいう女は甲高い声で怒っている。


「アイは優しいからアンタを祝いに来てあげたのよ」

「いらないよ〜。これからお昼食べるんだから帰って」

「何よ、せっかく来てあげたのに」


 黒いツインテールを払いながらムッとした表情を浮かべるアイコ。

 

「邪魔しにきたの間違いでしょ……」


 ギンはやり取りが終わるのを待っていた。

 しかし、アイコが頑なに動かず、家に入れろと言っているため、ソファから立ち上がりドアを開ける。


「帰れって言われてんだから帰れよ」

「何よいきなり……は!? イケメン!?」


 キレ気味だった声は一変し、アイコ比の可愛いを前面に押し出した声でギンの顔をじっと見つめる。

 ギンはユイを見て、なんだコイツと言いたげな顔だ。


「……アイコは面食いなんだ」


 ユイが目を逸らしながらそう呟くと同時に、アイコはギンに飛びつこうとするが、何かに弾かれ尻餅をつく。


「いったーい。今アイのこと突き飛ばしたの!?」


 ミニスカートを抑えて恥じらうようにギンを見るが、ギンは興味がなさそうにジト目。

 

「いや? 俺は何もしてない」

「うん。ギンは本当に何もしてない」


 何故か触れる前に弾かれたアイコ。

 ユイとギンは一瞬考えたが、すぐに最近購入した魔法石の効果だろうということで腑に落ちた。


「ちゃんと効果あるんだね」

「いい買い物したなぁ」

「アイを突き飛ばしといてその態度はなんなのよぉ!」


 地べたに座ったまま頬を膨らませるアイコ。ギンはアイコを見て、首を傾げる。


「……あんた、どっかで会ったことある?」

「え、何。飴と鞭? アイが可愛いからイジワルしちゃった?」


 情緒不安定かと疑うほどの豹変ぶりを無視して記憶を辿るギン。

 アイコはまた弾かれる可能性を考えてか、少し距離を縮めるが抱きつこうとはせず、上目遣いでギンを眺めている。


「思い出した。俺をこの土地に捨てるよう指示した女だ」

「は? 確かに汚くてくさ〜い男を持って行くように頼んだのはアイだけど……本当にあの時の男なの?」

「そうだ」

「…………はぁ〜〜〜!? こんなイケメンだったら拾っとけばよかった。今からでもうちに来ない?」

「行かない。帰れよ」


 どうやらギンは、アイコが働いてるキッチンカーの近くを通り過ぎる際に「汚いやつがアイの店に近づくなんて!」と癇癪を起こし、アイの取り巻きである男に指示をしていたようだ。


「酷いひどい……。どうして邪険にするの」


 泣き真似をして見せるとどこからともなく取り巻きたちが集まりアイコの慰めを試みる。


「……あれは放置して中に入ろうか」

「そうだな」


 取り巻きに睨まれながら静かに家へと退散し鍵を閉める。それに気づいたアイコは何か喚いているが最後には「また邪魔しにくるから〜!」と取り巻きの慰めを無視してさっさと帰っていった。


「あれ何」

「同級生だよ。見てわかる通り仲良くない」

「仲良くもないのになんでわざわざ絡んで来るんだ?」

「私のやることが気に食わないみたい。アイコの能力は魅了なんだけど、お気に入りの男子が私に好意があったのを知って、模倣で奪ったんだろって言いがかりをつけられちゃってね」

 

 遠い目をしながら言うユイに、ギンは引きつった笑みを浮かべた。


「苦労してんなぁ」

「否定はしない。……というか魅了効かなかったの?」

「ん? そうなんだろうな」

「少しでも好みなところがあれば強制的に好意が芽生えるらしいんだけど、全然だったんだね」

「……それ、怖すぎないか?」

「うちでもし取り扱うとしても、注意が必要だね」

「取り扱いたくねぇ」


 心底嫌そうなギンにユイは「わかるー」と軽く相槌を打つのだった。

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