3
勢いよく僕たちがいる部屋の扉が開く。
「おい、電気が点かねぇぞ!」
いきなり怒鳴り声が飛ぶ。アキちゃんのすぐ後ろまで近寄ってきて、そこで足を止めた。
「電気が止められてるの。お金、払わないと……」
アキちゃんが僕を抱きしめたまま
「それで? 何してんの、お前らは」
おじさんはずかずかと近寄ってきて、片手で僕の顔を
「いい年して何抱き合ってんだ? いっつもアキに引っ付いて、アキのことやらしい目で見てんじゃないだろうな?」
お腹の奥が、まるで火を付けられたみたいに熱くなる。いつも殴られているときよりもずっと嫌な気持ちになった。
「出ていけ! もう帰ってくんな!」
僕の顔を掴んでいるおじさんの腕を両手で力いっぱい引き離そうとするが、おじさんの腕はちっとも動かない。
「は? ムカつくツラしやがって、ガキのくせに」
おじさんの手が僕の顔から離れて、今度はトレーナーの首元を掴む。そのまま僕の身体が上に浮き上がったと思った瞬間、胸のあたりに
机に当たったところが痛くて、声が出ない。ずるずると床の上に倒れる。痛みで力が入らない。
「ユキちゃん!」
僕に
「お前最近、あいつに似て来たなぁ……。あいつ寂しがりでさぁ、しょっちゅうヤリたがって、可愛い女だったんだよ。お前も寂しいんだろ?」
左腕が
「やめて……離して」
おじさんはアキちゃんを床の上に押し倒して、制服の白いシャツを無理やり広げた。アキちゃんの悲鳴のような叫び声が耳に
何かもっと恐ろしいことが起きている。叫び続けるアキちゃんの頬をおじさんが思いっきり叩いた。赤いものが僕の目の前に飛んできて、床の上に点々になって散らばった。
「うるせぇな! 騒いでるとあのガキ殺すぞ!」
アキちゃんの血だ。そう思った。その瞬間からアキちゃんの悲鳴もおじさんの声も何も聞こえなくなった。その代わりに頭の中から直接声が聞こえた。アキちゃんが僕に教えてくれた言葉だった。
目の前に落ちているカッターナイフを
親指でカチカチカチカチと音を鳴らしておじさんに近づき、横に立つ。同じようにやればいい。はじめは力を込めて、そして
おじさんは
そのまま後ろにひっくり返って、首を押さえた指の間から、たくさんたくさん赤黒い血が出て来た。おじさんはまるで道路にへばりついていたあのウシガエルみたいだった。
「僕のアキちゃん泣かすなよ……」
「ユキちゃん!」
突然、名前を呼ばれて時間が進みだした。アキちゃんが僕の足にしがみついて、泣いている。
「アキちゃん……もう大丈夫だよ、おじさんは死んじゃった」
アキちゃんは口元を手で
「ユキちゃん、大丈夫だから。ユキちゃんは何もしてないから。これから知らない大人の人が何回も今日のことを聞くけど、今から私が言うことを全部覚えて。私が言ったことだけを答えるの。私が言ったこと以外を聞かれたら、怖くて憶えてないって言うの。分かる?」
アキちゃんが僕の瞳をじっと見る。
「どうして?」
「ユキちゃんが大切だから。言うとおりにしたら、きっと……ううん絶対二人で一緒に暮らせるから、ね?」
アキちゃんが僕に話し続ける。どうして僕は、アキちゃんの言うことを聞いてしまったんだろうか。結局アキちゃんだけが、
僕は……俺は、今でもずっと、この時のことを後悔している。何度も何度もこの日のことを……今でも……。
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