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――――――

「……キ……ユキちゃん? 大丈夫?」

 肩をすられて、薄目うすめを開ける。ぼやけた視界の中に天井の照明と、美しい顔が飛び込む。


「あ……アキ……ちゃん?」

 ソファーで横になって、眠ってしまった。身体の下になっていた左腕がしびれて感覚がない。


「アキちゃん呼び、懐かしい……怖い夢でも見た?」

 アキが俺のほおをするりと指ででる。あわてて顔に手をやる。涙が付いた。


「いや、なんだろう……昔の夢を……」

 またあの日のことを夢に見た。きっと俺は一生この悪夢を見続けるんだろうと、すでにあきらめていた。


「昨日も遅くまで作業してたでしょ? だめだよちゃんとベッドで寝ないと。身体痛くない?」


「こっちの腕がしびれた……」

 身体を起こしながら左腕をさする。アキが口元をほころばせる。白い歯がのぞく。俺の方に手を伸ばしてきたので、その腕をそっと掴んで引き寄せる。


 アキの腰に手を廻してお腹にひたいを寄せて抱きしめた。柔らかいニット越しにアキの体温が伝わる。


「また、あの日のこと夢に見たんだね。ユキちゃんは悪くないんだからね」

 アキが両手で俺の頭を包み込んで、何度も撫でる。


「俺が後悔してるのは、アキの言うとおりにしたことだよ。アキが俺の代わりになった」

 おじさんを死なせたのはアキちゃん。そして、凄惨な現場に居合わせてしまった可哀そうな俺は父さんの元に引き取られた。アキは施設に入れられて、施設を出た後は違う人の子供になった。


 父さんの遠縁にあたる女性にカトリック教会で修道女しゅうどうじょをしている人がいて、子供の更生活動をしているから、その人に預けることにしたと言われた。連絡先も教えてはもらえず、アキにもう二度と会えなくなるんじゃないかと思って、そのことが俺は心底恐ろしかった。


「だってユキちゃんは私を助けてくれたんだもの。私がユキちゃんを救うのは当たり前。それに、二人で暮らせるようになった、でしょ?」


「何年かかったと思ってんの? 俺が探さなかったら……」

 立ち上がってアキの肩を抱く。今では片手でアキの肩がすっぽりと収まる。アキが俺にもたれかかって頬をり寄せる。

「ユキちゃんなら、絶対に探してくれると思ってた」


「ねぇアキ、名前……今日はどうしてちゃん付けなの?」

 二人で暮らせるようになった日に、もう子供みたいな呼び方はしないで欲しいと言った。


「私も昔を思い出してたの。それに、まだちょっと呼びなれないし」

 俺の顔をちらりと見上げて、少し目を伏せる。

「じゃあ、もっと呼んでよ」


 アキは遠慮がちに俺を見上げて、桜色のつややかな唇を小さく動かす。

「ユ、ユキト……ユキ―――」


 吸い寄せられるように唇を重ねた。アキのことが好きだった。ずっと。あの日、気づいてしまった。どれだけ会えなくても、時間がたっても気持ちが消えることはなかった。他の女では満たされなかった。許されないことは分かっている。アキを求める気持ちは大きくなるばかりだ。


「私たち、きっと地獄行きだね……」

 アキが大きな瞳を少し細めて笑う。春の日差しの様な穏やかな笑顔だった。


「アキとがいればどこでも良いよ」

 俺の罪を知りながらゆるしてくれるただ一人の……。

 

 了

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シスター 山猫拳 @Yamaneco-Ken

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