過去を覗く 四

 今にして思えば、境内端の森中とはいえ、敷地内である場所に穴を掘るのはあまり良いことではないようなきもしてくるけれど、まぁあの時は自称神様もいたことだし(本人が許可していた)気にする意味もないか、と思い直す。

「これじゃない?」

 穴を掘り始めた最初の方は、私が先陣を切っていたのだけれど、それも次第に勢いを落としていき、中盤以降はほぼほぼ由花任せになってしまっていた。

 体力の差をまじまじと見せつけられて、来年からはもっと運動をしようと密かに決意した。

 由花は、動きやすくはないであろうスカートで、私よりも素早く穴を掘っていった。

 その結果、数十分ほどでタイムカプセルらしきものの影が見えてきた。

 由花の声で、日向で休んでいた私も急ぎ足で、穴に向かう。

「多分、これだね」

 言うと、由花は一瞬目を細めて何やら抗議をしそうな雰囲気を漂わせるが、今はそんなことしている場合ではないと気付いたのか、私にもう一つのシャベルを渡す。

「最後ぐらい、まほちゃんもやろう」

「最初はやってたよ……ちょっと疲れちゃっただけで」

「口答えしない! 手、動かす」

 全面的に私が悪いので、それ以上何も言い返すことができず、私は言われた通りにタイムカプセルの周りの土を退けていく。

 懐かしいカンカンの入れ物が姿を見せるのに、そう時間はかからなかった。

 確か、この入れ物はジミ様が持っていたお菓子の入れ物かなんかだった気がする。

「さすがに汚れてるね」

 由花が。穴から取り出した箱についた土を適当にではあるが、退けていく。ボコっと凹んでいたり、傷がついていたりするので箱は綺麗な状態に戻ることはないだろう。だけれど、それも時間を感じさせて、なんだか嬉しくなる。

「早く開けよ」

 土も払い終わり、箱を懐かしむように眺めていた由花をせっつくように言う。

「子供じゃないんだから、落ち着いてよ」

 と、私を宥める由花自身も何かを感じているようで、表情は嬉々としたものに変わっている。

 いくら十年経ったと言えど、こういう子供の時に夢見たものが好きなのは変わらない。

 時間が過ぎたからこそ、開けられる箱──それは一種のタイムマシンのような時を超える体験ができるような気がした。

 由花が箱に手をかける。

 箱の中身はおおよそ覚えている。けれど細く自分が何を書いたのかなどは、覚えていないので、それも楽しみの一つ。

 パカっと音がした。

 実際にはしなかったかもしれない。

 だけれど、箱は開いた。

 私が十年前に願っていた夢は何なのだろう。私が十年前に持っていた宝物はどんな物なのだろう。昔の私は、どんなだったのだろう。

 過去を覗き見る。

 しかし、過去とはよく美化される物。

 それは、昔に埋めたタイムカプセルも同じことが言えた。

 決して何も入っていなかったわけではない。色々な物が宝箱のように詰め込まれていたのは、事実で変わりようがないけれど、それを見た今の私の心境は、何とも言えない気持ちになった。

 まず一番初めに目に入ったのは、その当時に流行っていたおもちゃ──懐かしいとは思う。

「懐かしい」

 実際そのおもちゃを見た時にはそう、声を出した。

 確かに懐かしいのは、懐かしいのだけれどそれ以上の感情が生まれてこない。ノスタルジーは感じるし、昔これで由花と遊んだ記憶も微かに蘇るのだけれど、どうしても時を超えたような感覚にはなれなかった。

 次に出てきたのは由花が入れたおもちゃ──だけれどこれもさっきと同様に、由花は私と同じような反応をしただけで、終わってしまう。

 私はタイムカプセルに幻想を抱きすぎていたのかもしれない。何事もやっている最中より、やる前の方が楽しい──旅行に行っている最中よりも旅行の準備をしている時の方が、楽しいとかそういう話なのだろうか。

 過去を埋めることはできるのだろうけれど、それはその時持っていた物を埋めているだけであって、過去という時間を埋めているわけではない。タイムカプセルは過去にタイムスリップをしたわけじゃなく、インターネットで子供の頃に遊んでいたおもちゃを見つけたのと、変わらないのかもしれない。

 思い出すことはできても、新しい発見があるわけではない。

 そんなことを考えていると、気持ち周りの空気も冷えてきているような、気がしてしまい少しでも空気を変えたくて、私は次の物を箱から取り出した。

 出てきたものは、一枚の封筒だった。

 可愛らしい柄の封筒は、色はくすんでしまっているが、その封筒に書かれた文字自体は読むことができた。

『将来の夢 清水由花』

 凄くありきたりな、未来に向けたメッセージだと思った。だけれど、ありきたりだからこそ、今この山に流れる変な空気も変えてくれるような気がした。

 それでも過度な期待はしないでおこう。

 封筒に書かれた文字は、とてもじゃないが子供が書いた字には見えなかったので、おそらくジミ様か清水のおばちゃんが書いたものだろう。

「何書いたか覚えてる?」

 封筒の字を見ながら隣にいる由花に目配せをする。

「あんまり」

「そっか、じゃあそんな大それたことではないのか」

 子供が書く大それたことって、何だよという感じだが、子供らしくバカな夢であってほしいという気持ちもなくはないが、あの時から由花は私よりも大人っぽかったからそういうのはないんだろうなぁ。

「あ、でもなんか、まほちゃんとずっと一緒にいたいとか、そんな感じのことは書いたかも」

「そうだったら私は、幸せもんだねー」

 今そんな内容の文章を渡されたら、流石に照れてしまうだろうが、子供の時に書かれた物なら、単純に嬉しいだけだろう。

 実際その夢は叶っているわけだし。

 子供らしい大それた夢ではないけれど、子供だから願えることではある。

「じゃあ開けるよ」

 自分の物なら確認なんて取らないけれど、一応由花の物のはずなので、息を整えるように目配せをする。

 由花は、コクっと頷いた。

 張り付いたテープで紙を破かないよう丁寧に、封筒に手をかける。

 中からは二つ折りにされた便箋が出てきた。

 便箋には、封筒と同じ字体で数行に渡り、文章が書かれていた。ただ、その文章自体は子供が喋ったことをそのまま書き写したかのような物だった。綺麗な字で書かれた子供の願いは、とても幼気で可愛らしいものになっている。

 ざっと内容を読むが、それ自体は先程由花が言っていたものが大半で、中にはおばちゃんや、両親に向けたものもあったが、私が読むべきではないなと、手紙を封筒に戻す。

「はい」

 と、言って私は封筒を由花に返す。途中まで一緒に読んでいたはずの由花が、いつのまにか手紙から目を逸らしていたのに気付いたのは、その時だった。

 色々な感情が渦巻いていそうな由花に、何か声をかけることもなく私は、手紙を渡すと箱から次の封筒を取り出した。

 由花もすぐに気持ちを切り替えて、私の手元に視線を向ける。自分の物ではないからか、凄く純粋な目で見ていた。

『将来の夢 日比野真穂』

 封筒には、由花と同じ字体で私の名前が書かれていた。

「まほちゃんは? 何書いたとか覚えてるの?」

 訊かれて、私は首を横に振る。

「全然、全く記憶にない」

 どういう五歳時だったのか、何を目標に前を向いていたのか、由花に出会ってすぐの私は何をしたかったのか。

 事件というと大袈裟だけれど、何か大きな事と紐づけて昔の私を思い出すことはできるけれど、それ以外の普段の私というのを思い起こすのは非常に困難で、あの時何を考えていたのかなんて、今の私にはわかりようがない。

 由花の時と同じように、封筒を破かないよう丁寧に、テープを剥がす。

 剥がし終わり、中からは由花の便箋とは違う色の便箋が、二つ折りにされて入っていた。

 内容は──。

『将来の夢はゆいちゃんの手を毎日握る事です。ゆいちゃんは私よりも頭がいいけど目を離すとすぐにどこかに行ってしまうので、見失なわないように手を握っていたいです──』

 私はそこまでを声に出して読んでいたことを、逃げ出したくなるほどに後悔した。それは行動にも出ていて、私は便箋を四つ折りにして封筒に戻そうとした。

 公開処刑にもほどがある。

 そりゃ子供の頃のものなのだからあまり気にしてもしょうがないのだろうけれど、それを当の本人の前で読むのは、それは──なんというか──死にたいほど恥ずかしい。昔の私、どれだけ由花が好きだったんだ。

「待って」

 感じたこともない圧力と、聞いたこともない声音と共に、便箋を封筒に戻そうとした私の腕を、由花は掴んで離さない。

「嫌だ」

 由花の言いたいことが直に伝わってくるようで、私は細いことを無視して端的告げる。

「嫌だじゃない。私が嫌だ」

「無理」

「無理じゃない。私が無理」

 お互い主語というものを置き去りにしているのに、何が言いたいのか瞬時に理解している。

 私はただ、首を横に振る。嫌な物は嫌だ。無理なものは無理。これ以上読んだら私の心が死んでしまう。

 何を書いたのか、思い出せてはいないけれど、絶対にこの後さらに酷い公開処刑が待っているのなんて、目に見えている。

「離してほしいなぁ」

 私がどれだけ力を入れても離れない由花の手に、優しくお願いしてみるが効果はない。

 由花は純粋な眼差しを私に向けてきているだけだった。

 お願いと、上目遣いの形になりながら訴えかけてくる表情。逃がさないと、私を捕まえる腕。早く読めと、全身で圧力をかけてくる雰囲気。

 その三者三様によって、私に逃げ場はないのだと悟った。

 無駄口を叩くことを諦めた。

 私は黙って、四つ折りにした便箋を開く。そして過去の自分を恨みながら読み始めた。

『ゆいちゃんにワルイムシがつかないようにして、ゆいちゃんがピンチになったら私が助けたいです。ゆいちゃんに嫌われないよう努力します。ゆいちゃんを嫌いにならないように努力します。ゆいちゃんが笑っていられるように頑張ります。ゆいちゃんが泣かないように頑張ります。ゆいちゃんのことをもっと知りたいです。ゆいちゃんに私のことをもっと知ってほしいです。だから、ずっと一緒にいてください』

 読み終わった。私の心も終わった。終わった終わった。恥ずかしくて声が出ない。昔の私、愛が重い。こんなの今書けとか言われたら、一行目で紙を破いている。

「まだ続きあるみたいだけど」

 何故そうも平然としていられるのか、由花は私の手紙を覗き込んで言った。あなたに向けたメッセージなんですけれどね。

 由花が指を差したところに書かれた文章は、短くけれど由花に対してのものではなかった。

『初日の出は見ることができましたか? 今の私は朝起きるのも夜遅くまで起きているのも苦手なので、初日の出を見ることはできません。もし、十年後の私が初日の出を見ることができたのなら、私はとても嬉しいです。

 PS牛乳を飲み始めました。未来の私は、お母さんのようにはなっていないといいなぁ』

 本当に読み終わり、私は便箋をしまおうと、封筒に手をかける。今度は由花の手が伸びることはなかった。時間差攻撃を喰らったのか、今更になって、そこら中を走り回っている由花の手が伸びてくるわけがなかった。

 過去の私ごめん。初日の出はまだ見れていない。今も昔も朝起きるのが苦手なのは、変わらない。毎年今年こそはって思うのだけれど、体が動かない。それから牛乳は、意味をなさない。世の中は決定的に絶対的に馬鹿みたいに不公平だから、恨むならお母さんを恨もう。

 そんな届かない想いを心の中で呟き、私は手元の便箋を封筒にしまう。封印するように、強く封を閉じる。一生誰も開かないことを祈りながら、それでも燃やすや破くという行動を取らないのは、そうすると私の過去を否定してるみたいに、思えてしまったから。

 私は、否定をしたいわけじゃなく、恥ずかしいと思っただけだと気づく。黒歴史ではあるのだろうが、それでもその時の私は、本気で由花のことを思ってあの文章を伝えて書いてもらったのだろう。どういう表情で伝えたのか、側に由花はいたのか、ジミ様はからかうようなことを言ったのか、手紙からはそこまでのことを読み取ることはできないけれど、おもちゃとは違って、明確に過去を知れたという感じがして、私の頰が緩んだ。

 まぁそれはそれとして、封印は今後一切何があっても解かないと心に誓う。

 封筒をポケットにしまい箱の中を見る。走り回ったままの由花は一旦無視しておく。箱の中には一枚の写真が入っていた。

 空っぽになった。

 十年前に埋めたタイムカプセルの中身は、おもちゃと封筒とこの写真だけだった。

 少ないのか? わからん。急に決まったことだったので、入れるの物が特になかったというのは、あるかもしれない。

 それにしてもという気も若干はするけれど、未来に向けた手紙が私にとっては、満足感──というよりかは満腹感を底上げする物だったので、そこまで気にはならない。

 由花はどうだったかはわからない。あらかた予想通りの物が入っていただろう、意外性も何もない思い出だけが、入っていたのかもしれない。

「…………」

 それはないか、と今も何かを吐き出すように 走り続けている由花を見て思い直す。

「おーい、由花ー」

 どこまでも走り続けてしまいそうな、幼馴染を呼ぶ。

 すると由花は、一度緊急停止をして、正気に戻ると急な方向転換でこちらに足を向ける。

 走りながら、昂った気持ちを切り替えるように、長い深呼吸をしている。

 そして、私の元に着く頃には、別人かのように落ち着いた雰囲気の由花がいた。

「どうしたの?」

 息を整えながら、ズレた眼鏡の位置を戻し、乱れた髪を手で梳くように手入れをしている。落ち着いた雰囲気の中に、そういった真逆のものが隠れていることに、気づいてしまったが、触れることはせず私は手元の写真を見せる。

「これ」

「あー、懐かしい!」

 見るからにテンションが上がっている。一番最初に出てきたおもちゃの時とは言葉は同じはずなのに、大違い。

「ジミ様が撮ってくれたんだよー、懐かしいなぁー」

 由花は写真を天に掲げながらクルクルと回り出す。小さな人形を抱く子供のように──風に揺られて髪はなびく、十年前とは違う靡き方、あの時よりも大人びた姿が目に映る。

「ここじゃない?」

 しばらく回り続けた由花は、突然動きを止めると、写真と周囲を見比べながら私に手招きする。

「何が?」

 写真を覗く。

 私と由花、そして清水のおばちゃんとジミ様が桜の木の下で笑っている写真。その撮影場所が、ここなんじゃないか、と由花は言っているのだろう。

 私も、由花がしていたように周囲を見渡してみるが、良いことなのか悪いことなのか、あまりに変わっていなさすぎる景色のおかげで確信できる。

「ここだね」

「ここだよね」

 二人して言って、二人して笑った。

「写真、撮ろうよ」

 言い出したのは、由花だった。

 同じ構図で同じ景色で、けれど同じ人とまではいかないけれど、それも未来に来たという証拠になる。

 タイムカプセルによって過去に戻っていた私たちは、それを閉じることによって未来に戻る。

 その未来は、すぐに現代になりそのまたすぐに過去になる。

 そんな当たり前のことを、今更にして実感した。

「いいね」

 言って、私はポケットからスマホを取り出した。

 十年前は、何で写真を撮っていたのだっけ、とスマホをを見て考えてしまう。

 清水のおばちゃんは携帯やカメラを持ち歩いてはいなかった。当然私たち子供組が持っているわけがない。

「ねぇ、この写真って昔はどうやって撮ったんだっけ」

 私はスマホをセットしながら由花に訊く。

 由花は、間を開けることなく言った。

「ジミ様の念写」

「………………」

 まぁ、私たちに桜を見せることができる自称神様のことだから、それぐらいのことはお茶の子さいさいなのだろう。そういうことにしておこう。写真にはしっかりと、ジミ様も写っていて、それを念写して現像までしている──深く考えても答えがでなさそうなので、諦めることにする。

「じゃあいくよー」

 タイマーをタップして私は、由花の隣まで走る。由花はここだよ、と私の立ち位置を示してくれている。

 どれだけ忠実に再現しようと、全く同じ写真は撮れっこない。それは人の数的にも、私たち的にも──だってせっかく写真を撮るのにただ、隣で笑うだけなんてできるわけがない。

 カメラのシャッターが降りるまであと数秒、私が隣につくと一度こちらに微笑んでから、正面を向く。その笑顔はもう見たものだった。いつでも見れるものだった。

 だから写真で見たことないような、これからの一生の思い出になるような写真が、欲しくて──由花に抱きついた。

 こうすれば違う由花が見れることは、知っていたから。

 その見立ては間違ってはいなかったようで、私が何も言うことなく由花は、色々な表情を見せてくれた。

 一つ誤算だったのは、私の意思が弱すぎたこと──本当ならシャッターが降りるタイミングで抱きつく予定だったのだけれど、私を見た笑顔にやられてしまい、我慢など出来るわけがなかった。

 そのせいもあって、私が由花に抱きついてから数秒後カメラのカシャっという音が、聞こえてきた。

「まほちゃん?」

 私の腕の中で声がした。

 ジトっとした声が──私は恐る恐る腕を外す。

 そこには、私を怒るわけではないが、笑っているわけでもない不思議な表情をした由花がいる。

「突然、どうしたの?」

「いやー、失敗しちゃった」

 当然可愛くて抱きつくのを我慢できなかったとか、別の由花を写真として保存しておきたかったなんて言えるわけもなく、歪な目を向ける由花の問いをなんとか流しながら、スマホの元まで後退り手に取った。

「私をからかって楽しい?」

「からかったとかではなくて、単純にその……」

 と、言葉を濁しながら私はカメラのフォルダを開く。最新の写真には、私が由花に抱きついてから数秒後の写真が、入っていた。これはこれで──そう思っていると、別の写真が目に入った。

 それは、撮った覚えのない写真。

 撮れるわけがなかった写真。

 タイマーがまだカチカチと、音を鳴らしていた瞬間の写真──私が由花に抱きついた瞬間を手動で撮ったかのような、完璧な物だった。

「…………」

 思わず息を呑み、周囲を見渡す──誰もいない。私の目前で何かぶつぶつと言っている由花以外には誰も。

 今は冬だ。風も冷たく肌寒い。常に身震いをしているような季節にやめてくれ。それは夏の特権のはずだ。肩も漏れる声も全てが震える。

 その時だった──。

『わちの最後のサービスだよ』

 その声は十年前に一度だけ聞いた、自称神様の声にそっくりだった。風のさざめきによる幻聴ではない、由花の声を聞き間違えたとかでもない。

 今の声は、聞こえたというよりも私の頭に直接入ってきたかのようだった。

(ジミ様……ありがとう)

 私が投げた球は、一方的に宙を浮いたままどこかに行ってしまった。

 ジミ様の声は聞こえない。

 だけれど、気づけば私の震えは収まっている。安心したのだろうか、幽霊ではなく神様だと知って、それとも神だとか関係なくジミ様の声が聞こえたからだろうか。

「……由花見て」

 呪いの言葉のようにぶつぶつと言い続けている由花に、私はスマホで撮った写真を見せる。

「まほちゃん? これって……」

 口を尖らせていたので最初は文句を言うつもりだったのだろう、だけれどその写真に浮かび上がるシルエットを見て由花は、それどころではなくなったらしい。

 初めてこの写真見た私と、同じように体を震わせる。

 ただ、その時私が見た写真とは違う箇所がある。

 由花が怯えているのはそれだろう。

 私だって、もしもジミ様の声が聞こえないままこの写真を見たら、今すぐに削除していることだろう。

 だってこの写真は。

「神霊写真だね」

 私たちを上から眺めるように、スラーっと立っている金色の姿がその写真には写っている。

 本当にやめてほしい。せっかく二人だけの写真を撮ろうと思っていたのに。見守るかのように写真に映り込むのは、やめってほしかった。

 映り込むのなら堂々と、神様らしくしていてくれたらまだ許せたのに。

 幻のままでいてくれたら、私が子供の時に見た夢のままで終わらせられたのに、出てきちゃったら、本物になっちゃうじゃん。

 本当にあの時、あの瞬間私は桜を見ていた。子供の頃の思い出は嘘ではなかった。それは同時に、ジミ様という存在がいたことの証明で、いなくなってしまったことの証明にもなる。

 あの人が結局何をしていたのかなんて、知らない。

 だけれど、直感でわかってしまう。最後のというあの言葉が嘘ではないということが。

 タイムカプセルに詰め込んだ過去全てに紛れていたのかもしれない。

 バレないようにひっそりと、山となって私たちを見守っていたのかもしれない。

 その仕事も今日で終わったのだろう。

 金色の髪をたなびかせて、空を舞う。その光景を目にしたわけではない。いつのまにか消えていたジミ様を見ることは、できなかった。それでもそんな光景が、目に浮かんでくる。

 太陽の光が私の目を照らす。

 私は何かを誤魔化すように、隣で怯えたままだった由花の手を握る。

「写真の由花、面白い顔してる」

 卑怯だと笑っているだろうか、天でみんな一緒に仲良く暮らしているのだろうか──。

 知っていた過去が死していく。

 残りの子供時代は、いくつだろう。

 私──忘れっぽいからなぁ。

 何を覚えていて何を忘れているのかを忘れてしまうのだから、どうしようもない。

 なので今は、ただこの瞬間だけを忘れないようにしよう。

 そうしないと、ただでさえムキになって怒りを露わにしている隣の幼馴染の機嫌を直す方法がわからなくなってしまう。

 なんで、怒っているのだろう。こんな──可愛いのに。

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