第3話 無能? その言葉、お返し致します

 グリンタフ帝国では、エレナの追放後、新たに森聖女となったレイカが大魔道機関を適当にいじり始めた。


 高価な魔法石を惜しみなく投入して、約三十分後、装置を試しに起動させてみると、なんとか動き出した。


 レイカは「修理は完了した」と豪語した。


「さすがレイカ! すぐに修理を終えるとは!」

 

 デュボワはご機嫌で、広場に民衆を集めた。


「聞け! 我が帝国の新たな森聖女レイカは、わずか数刻で大魔道機関の修理を終えた! これで今年の豊作も、帝国の繁栄も約束されたも同然だ」

民衆は歓喜し、レイカは満面の笑みを浮かべた。


 ──だが、次の日。


「デュボワ様! たいへんです!」


 レイカが血相を変えて執務室に駆け込んだ。


「大魔道機関がまた故障してしまいました! 修理しようにも、魔法石がもうありません!」


 デュボワは バンッ! と机を叩いた。


「お前、ふざけてるのか⁉」


 デュボワの怒声が響き渡る。


「わ、わたくしだって必死に修理したのです! ですが、どうしても無理なのです!」


レイカは涙目になりながら、必死に言い訳を繰り返した。


「エレナがいた時は、こんなことは一度もなかったぞ!何という無能だ。 口先ばかりで、何一つまともにできないようだな!」


 デュボワは机を叩き、怒りを露わにした。


「そんなことはありません! わたくしは…!」


「黙れ、愚か者め!」


 デュボワは吐き捨てるように言った。


「お前はただ、私の機嫌を取ることだけは上手かったが、肝心な時に何の役にも立たない。森聖女の地位を奪ったくせに、大魔道機関一つまともに扱えんとは、なんたる間抜けか!」


 レイカは唇を噛み締めた。


「セリスタン王国に、優秀な魔術師が来ていると聞いた。彼らを連れてこい! さっさと大魔道機関を修理させろ!」


「は、はい!」


 レイカは顔を真っ赤にしながら、命令に従うしかなかった。


 一方、セリスタン共和国では、エレナがクラウス将軍の依頼を受け、大魔道機関の修理に向かった。


 しかし、修理場には、魔術教団から派遣された魔術師たちが陣取り、エレナに大魔道機関を触らせようとせず、さりとて自分たちで修理を進めるでもなく、ああでもないこうでもないと、会議に明け暮れていた。


 太古の昔に大魔道機関を製作したのは、他ならぬ魔術教団である。しかし、その流れを汲むはずの魔術師たちによる修理作業は、遅々として進んでいなかった。


「クラウス将軍、修理の件ですが、この大魔道機関はかなり複雑な構造をしておりましてな」


 魔術師たちのリーダー格の男が、鼻を鳴らしながら言った。


「完全に修理するには、半年はかかるでしょうな」


「半年も⁉ そんなに時間がかかるのか!」


 クラウスの顔に焦りがにじむ。


「このままでは、作物や牧草が枯れてしまう! なんとか早く修理できないのか?」


「将軍様、ご無理を言わないでください。我々は最高の技術を持つ者ですが、これは容易な作業ではありませんので」


 魔術師たちは、まるで自分たちが絶対の存在であるかのようにふんぞり返っていた。


 そこへ、レイカが修理場に駆け込んできた。


「魔術師様! 大変です! グリンタフの大魔道機関が故障してしまったのです!」


「何者だ? 勝手に入ってくるな!」


 クラウスは、レイカの無礼さを見て、呆れ果てたようにため息をついた。


「ごめんあそばせ、わたくしはグリンタフ帝国の森聖女、レイカですわ。魔術師様がこちらにいらっしゃると聞いて、大魔道機関の修理を依頼するために参りましたの」


 レイカは悪びれもせず、セリスタンで修理作業中の魔術師たちを、グリンタフに引き渡せと要求した。


「ほう? お前は、前の森聖女だったエレナさんを追放して、地位を奪ったんだろう。修理する能力もないのに身の丈に合わない地位について、いまさら弱音を吐くとは、恥ずかしくないのか?」


 クラウスは冷ややかに笑った。


「お前のような役立たずが、国の要職に就きたがるなど、笑止千万だ!」


 レイカは悔しさに震えたが、何も言い返せなかった。


 その時、エレナが静かに口を開いた。


「クラウス様、魔術師の方々は修理に時間がかかるとおっしゃっています。でも、私なら、もっと早く修理できます」


「何だと?」


 魔術師たちは、一斉にエレナを嘲笑した。


「ははっ! この女が、修理を? 何かの冗談か?」


「お前はただの元『森聖女』だろう? 花を愛でることはできても、魔道機関を直すことなど不可能だ」


「どうせ、グリンタフ帝国の大魔道機関も、お前が無能だったせいで故障したんだろう?」


レイカも、エレナを見下すように言った。


「そうですわね。エレナ様こそ、どうせ口先だけで、実際は何もできないのではなくて?」


 エレナは、魔術師たちの侮辱にも、レイカの嘲笑にも動じなかった。


「太古の昔に魔術教団様が遺された大魔道機関は、素晴らしい装置ですが、致命的欠陥があるのです。私はグリンタフでその欠陥を調整しながら長年運用し、故障のたびに自分で修理してきた経験があります。私に、一週間だけ時間をください。必ず、大魔道機関を修理してみせます」


 彼女の声には、確かな自信があった。


「ち、致命的欠陥だと? 魔術教団を愚弄するな! たかが花屋ごときが……」


 魔術師たちは不快な表情を見せた。だが、その時――


「黙れ!」


 魔術師たちを圧倒する、クラウスの怒声が場を支配した。


「お前たち! エレナに対して、失礼な態度を取るんじゃない!」


 クラウスは、魔術師たちを鋭く睨みつけた。


「貴様らは、一体何日ここにいて、何をした? 口先ばかりで、ろくに修理も進めていないではないか!」


「しかし…!」


「しかしもクソもあるか! エレナは、貴様らのような怠慢な連中より、はるかに価値がある!」


 魔術師たちは顔を青ざめさせた。


「エレナ、頼みます。あなたに、セリスタンの大魔道機関を修理してほしい」


 クラウスの言葉に、エレナは微笑んで頷いた。


「わかりました」


 レイカは顔を引きつらせた。


「レイカ殿、お前さんはこの無能な魔術師たちを連れて、さっさとグリンタフに帰るがよい。エレナ様が修理を完了するまで、二度とセリスタンには近づくんじゃないぞ」


「……っ!」


 屈辱に顔を歪めながら、レイカと魔術師たちはその場を去って行くのであった。

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