フーテン、過去の恋を思い出す

 18を少しばかり過ぎた頃、僕は恋をしていた。

 相手は性格も悪く、胸も小さく、顔も特段可愛くなかった。だが好きだった。それにしても好きだった。思い出というフィルターが君を濁らしても、鮮烈な指先や触れられないほどの瞬きが、僕の記憶を抱きしめる。目眩に似た恋が、僕をいまだに揺さぶっている。

 恋を思い出す時はシラフじゃいられない。明日の壮絶な二日酔いを覚悟して、これを書いている。筆が面白いように滑っていく。

 

 恋をわざわざしようとすることなんて馬鹿げている。恋はひったくりみたいなもので、勝手に僕の心を奪って行ってしまう。誰が好き好んで自分の心を人に預けるものか。

 たまに自分のことを恋愛体質という男女がいるが、あれは単にガードが甘いだけだ。そこを狙って、ひったくりがバイクに乗って、あなたを虎視眈々と狙っている。

 恋におちた瞬間が三角形の頂点で、後は日常という底辺へ下っていくだけなのに。人はなぜ恋を求めるのだろう。地獄を望むのだろう。人間というものは本質的にマゾヒズムを抱えているのだろうか。

 

 彼女との出会いはバイト先だった。彼女にとってはなんでもない長所の褒めさえも、僕にとってはひとかけらの告白だった。

 激しい雨に傘ひとつ。僕は雨がやまなければいいのにと、ずっと祈っていた。誰に祈るかもわからないまま。


 あまり飲んでいないはずなのに、頰の火照りが治らない。しょうがないから散歩に行こう。僕は寝転がっていたベンチから起き上がると駅に向かう。夜風が頰の火照りをさます。今は二月で風も冷たいはずなのだが、火照りは一向に冷めないままだった。

 

 叶わない恋を消化する方法はない。恋は不治の病とは誰が言い出したのだろうか。その表現力に嫉妬するしかない。せいぜい酒を飲みながら夜の街の片隅で、悪態をつくのが精一杯だ。

 「女の子は上書き保存、男の子は名前をつけて保存」とはよくいったものだ。僕は今まで恋した女の子全員を忘れたことはない。なぜなら全員うまくいかなかったからだ。うまくいかなかった恋は傷跡として心と体にへばりつく。その傷跡はやがて膿み、じゅくじゅくとした液体を垂らす。その液体は体を満たし、いつしか限界が来て、目から溢れる。人はそれを涙と呼ぶ。


 ジクジクした痛みを抱えて大人になると、街をぶらつく浮浪者になる。今の僕がいい例だ。

 その間にあの子はどこかで元気にやって、ビルの光の一つに変わってしまう。都会の人間全員がその灯りの明滅に興味がなくても、僕だけは気づいてあげたいと思っている。

 やっぱり僕はまともじゃない。今の僕を見たら笑ってくれるだろうか。メチャクチャにしてくれるだろうか。恋というやつはするものではなく堕ちるもので、あとは自由落下が続く。いまだ底は見えないままだ。


 なんだこれは。目が覚めたらノートパソコンに打ち込まれていた。恥ずかしいったらありゃしない。

 あまりに恥ずかしいので、ネットに公開することにしよう。思春期の、そして思春期を過ぎ去った諸兄はこれを見て身悶えして欲しいものである。そうなったら僕の恥ずかしさも少しはマシになって、街角で会えたら握手の一つでもできるだろう。

 それにしてもなぜ人間は恋をするのだろう。種の保存に必要なら制欲だけでいいではないか。なぜ性欲とは別の場所に、「恋」を作ったのだ。おかげでこんなにも恥ずかしい文章が書けてしまった。

 しかしながら、もし人間から「恋」という感情を綺麗さっぱり消し去ったとしよう。そうすれば世界はまるで病院のように清潔で、色のない砂漠のようにつまらない世界になるだろう。

 そうなると、やはり人間、とりわけ僕のような男には「恋」が必要なのだろう。

 さて、今夜の寝床と「恋」を探すため、酒場にでも繰り出すとしよう。

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