フーテン、宗教勧誘にあう

 幽霊が好きだ。

 そういうとギョッとする人もいるかもしれないが、これは世間のイメージが悪いと思う。

 心霊番組やホラー映画で、幽霊のせいで人がおかしくなったり、物が勝手に動いたりするが、あれはどう考えてもおかしい。生きている間にできなかったことが、死んでからできるようになるなんておかしいじゃないか。

 それよりも僕が想像し、愛している幽霊は、地下に流れ込むドブ川のほとりや、夜が明ける前の最も暗い時間の路地裏に、ひっそりと佇んでいる奴らである。

 彼らは灰色がかった透明の体をしており、色はない。皆一様に半笑いを浮かべ、誰かが気づいてくれる時を待っている。それは非常に無邪気で可愛らしいものだ。生きていても誰にも気づかれず、苦笑いだけを浮かべている僕と非常に似通っている。だから僕は幽霊が好きだ。できればそちらの世界に連れて行ってほしい。

 夜更けに寂れた路地裏を歩いていると、なんだか楽しくなってくることがある。それは幽霊への憧れからくる自虐的な楽しさで、このままどこまでも路地裏が続けばいいのにと、切に願ったことが何度もある。たまに老人などとすれ違うと、幽霊じゃないかと、足元をまじまじと見てしまう。緑がかった街灯に照らされた老人は、しっかりと地に足がついており、僕は恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 点滅する自販機、錆びたコイン、時の止まった公衆電話、乗り捨てられた旧型のクーパー…

 その裏側をのぞけば何かが起こりそうな予感がする。しかし残念ながら路地裏はあくまで路地裏であり、少し歩けば大通りに出てしまう。空もいつの間にか白んでお

り、僕はスゴスゴと家に帰る羽目になる。

 フーテンという動物は夜行性であり、日の出ているうちは身動きひとつしない。月の光を浴び、酒を浴びせることによって、初めて動くことができる。植物の逆で、いかにも動物らしい。

 

 話は変わるが、最近ゴリゴリの宗教勧誘にあった。ネットで知り合った男の人(Aさんとでも呼称しよう)からのお誘いだった。お互いカラオケ好きという共通点があり、居酒屋で軽く飲んだ後、カラオケに行こうという話になった。

 いざ当日、待ち合わせ場所に行ってみると、Aさんが待っていた。人当たりの良さそうな、いかにも純朴な好青年といった調子だった。早速中に入ろうとすると、Aさんが妙なことを言い出した。曰く家に帰るまでの足がないため、いとこを呼んである。同席してもいいだろうか?とのことだった。

 まあそれぐらいならいいだろうと思って了承すると、これまた好青年が出てきた。好青年2人とアル中1人、なかなか変な組み合わせだなあと思いながら、ひたすら酒を飲みまくった。元来人見知りの僕が、初対面の二人を相手に酒を飲むとどうなるか。

 緊張からか泥酔してしまった。それでも記憶が残っているだけまだマシではあるが。

 さて、そろそろカラオケに行きましょかといったところで、Aさんがカラオケの前に行きたいところがある、といってきた。聞けば夜のルーティーンでやらなければいけないことがあるため、よかったら僕にもついてきてほしい、ということだった。

 同席といい今回の発言といい、これは明らかに怪しいビジネスや宗教の類だと確信したが、差し当たって失うものはない。面白そうだとついていった。

 車で20分ほど揺られ、一軒の民家についた。予感は大当たりで、玄関の立て札にはデカデカと「〇〇会」の文字があり、インターホンの横には小さく「〇〇会第一地区 班長」の文字が書かれているお札が立てかけられていた。車からおり、あたりを見渡すと何台も車が止まっている。全て「わ」ナンバーだった。彼らは勧誘のためにレンタカーをかき集めているのだ。いよいよ楽しくなってきた。僕はウキウキと、Aさん達に誘導されるまま、6錠ほどの和室に入り、「ご本尊」にお経をあげる彼らを見ていた。

 一生懸命お経を唱える彼らは騙されているとは微塵も思わないのだろう。きっと本心から神を信じ、幸せになることを祈っている。それは幽霊に憧れる僕と何が違うのだろうか。形のないものに憧れる彼らを半笑いで見つめる資格は、僕にはないのだろうか。

 

そう考えると僕は優しい気持ちになった。彼らが僕のために祈ってくれるというので、住所名前電話番号を書いて渡した。もちろん出鱈目だ。

 彼らが存在しない男に祈っている後ろ姿を眺めながら、僕はこの後のカラオケで何を歌うか考えていた。

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