フーテン、薬物を語る

 二十歳ぐらいの頃だろうか。当時合法だったHHCにハマっていた。これはマリファナの中のTHCという効く成分の化学式を変化させて合法化したものである。僕はこれをよく酒と併用してラリっていた。

 効果としては、最初に猛烈に口が渇く。舌が口内に張り付いて上手く喋れなくなってくると、効いてきたぞと嬉しくなる。同じような社不仲間と呂律の回らない会話を楽しんだものだ。

 次に猛烈な眠気と目の充血が始まる。この状態までいくと目を閉じただけで夢の中までいける。その夢は現実と地続きになっており、反復横跳びのように、いつだって戻って来られる。それを何度か繰り返すと、起きていても夢を見るようになり、頭の中では夢と現実を仕分ける作業がゆっくりと行われている。赤ん坊の頃、子守唄を聴きながらトロトロと眠りに入る瞬間のような感覚を味わえる。

 目を開けようとすると瞼が非常に重くなっている。口が渇くので、浮かぶような感覚の体を引き摺りながら、洗面台まで向かい口を濯ぐ。何気なく鏡をのぞいてギョッとした。一重だったはずの瞼は三重にまでなって垂れ下がっており、わずかに見える目は真っ赤になっていた。

 顔は真っ白なのに、目だけが爛々と輝いている。これはどこからどう見ても薬中である。せっかくなので散歩にでも行こうと思っていたが、職質されそうなのでやめておいた。

 ソファでじっとしているとイメージの濁流で脳みそが疲れてくるので、音楽を聴いてみることにした。よくラッパーやレゲエミュージシャンがマリファナ所持で捕まっており、なぜ日本で禁制のマリファナをわざわざやるのだろうと、普段から興味があったのだ。ヘッドホンをつけると答えはすぐにわかった。

 音楽が階層別に、しかも時間がゆっくりと流れるのだ。音の一つ一つが粒立ち、一小節ごとに、歌詞を考察する時間が生まれる。そして意識を緩めるとまた次の小節に向かって音楽が流れ出す。しかも不思議なことに、英語に疎い僕でも、なぜか英語の歌詞が理解できるような気がしたのだ。うーん、これはマリファナ盛んなジャマイカで世界平和が叫ばれるわけだ。


 ところで、僕が吸ったHHCはジョイントと呼ばれる手巻きタバコタイプのもので、フィルター、巻紙、そしてHHCを染み込ませたハーブからできていた。フィルターとハーブをうまく巻き込んで作るのだが、いかんせん不慣れなもので、ばかでかいキングサイズのものができてしまった。本来なら2〜3人で回し吸いするサイズのものを僕は一人で全部吸った。

 するとどうなるか。とてつもないバッドトリップに入ってしまった。最初に感じていた多幸感は霧散し、とてつもない不快感が襲ってきた。ゲロは止まらないし、このまま死ぬのでは無いかという妄想も出てきた。体は悪寒に包まれて、熱でもあるんじゃ無いかと体温計で測るが平熱だった。こういう時は調子を合わせて高熱を表示するべきだろう。気の利かない体温計だと、部屋の隅にぶん投げて、僕は毛布にくるまった。

 目を覚ますと外が明るい。眠り過ぎてしまったか。何気なく時計を見て慄然とした。午後3時だった。布団に入ったのが午後11時頃だから、16時間眠っていたことになる。普段7時間睡眠の人間に倍以上の時間寝かせるとどうなるのか。とてつもない疲労感と砂で歯磨きしたような喉の渇きに襲われる。

 体を引きずりながら台所へ向かい、水をがぶ飲みする。三杯目の水を汲んで部屋に戻った時、足の裏に違和感を感じて、そっと持ち上げた。

 そこには折れた体温計の先が、昨日の僕の醜態を非難するように、西日を受けてきらりと輝いていた。僕は今日からドラッグはやめて酒一本に集中しようと決心した。

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