フーテン、安楽死について考える

『あなたたちは悪くない、何も悪くない。灰色の世界で僕たちは生きている。

たとえ世界が認めなくたって、僕だけは貴方たちの正しさを思って泣いている。

百万ドルの夢以上の輝きが、胸の中に在らんことを。


何が殺人だ、何が法律だ。本当の優しさを奪えるものか。

決して混じり合うことのない白と黒を、掬って飲み込んだ貴方たちを、絶対に忘れはしない。

音のない喝采を。色のない花束を。受け取らないならそれでもいい。

いつかこの決断が、悪い夢だと笑い飛ばされる時代が来ることを。明日というものがあるならば、そんなこともあったと笑っておくれ。


いきたいように生きて、死にたいように死んだ。それこそが尊厳と呼ばれるべきだ。

今この瞬間の痛みは、誰にも奪えやしない。

悲しみの朝に光る星が美しさの象徴ならば、貴方たちはまさにそれだった。


 一瞬が永遠のように感じて、刻まれた歴史の向こうに消えない明日を願う。


風が頬を撫で、未来へと通り過ぎてゆく。どうか子供達が安らかでありますように。その小さい体に悲しみが詰め込まれることがありませんように。神がいるなら切に願う。


痩せた体のどこに、大きな悲しみを詰め込めるだろう。

かける言葉がないのなら、せめて祈らせてほしい。安らかな明日にむかって眠れますように。』


 高校生の時、森鴎外の高瀬舟を読んだ。幼い頃両親を亡くした兄弟がおり、病弱な弟が病に臥せている間、兄は懸命に働く。罪悪感からか弟は自殺を図るが失敗してしまう。弟は兄に介錯を頼み、兄は苦しみを長引かせないため、弟を殺すというのが簡単なあらすじだ。

 その時純真無垢だった僕に安楽死という考えはあまりに残酷で、必死になってその衝撃を受け止めようとした。結果この詩を書いた。この時から、何だかよくわからない感情は詩にして吐き出すということをやっていた。随分変な少年だったと思う。

 今この詩を見ると非常に尻の座りの悪い気持ちになる。7年社会人をやって不本意ながら大人になってしまった僕が、痛々しいからやめろと心の中で叫んでいるせいだ。しかし高校生の僕が感じた衝撃、そしてそれを表そうとした衝動は額縁に入れて飾っておきたい。だから僕は、どれだけ顔が火照ろうと、痛々しい駄文だろうと、自分のために公開する。


 バームクーヘンというお菓子がある。長い棒に少し生地をたらしては焼き、たらしては焼きを繰り返し、ある程度大きくなったら棒を抜く。そして年輪のようなあの形になるのである。一周目や二週目でうまく焼けないと大きくなっていくにつれて形が歪になっていく。

 僕は人間も同じようなものだと思う。子供の頃に経験したことは消えず、確かに存在している。僕は歪な人間だからこそ、自分の一周目は大切にしたい。一周目でしくじっているから、途中で割れるかもしれないが、それを含めて僕なのだ。ご賞味くださった方からはわりかし好評をいただいている。


 さて、大人になって改めて安楽死を考えてみる。

 安楽死というと、助かる見込みがない病人を、苦痛からの解放を目的に延命治療を止めたり、死を早める処置をすることだ。人道的な観点から見ると非常に素晴らしい行為だと思う。しかしリスクも存在する。例えば脳みそがブリンくらいツルツルになった痴呆老人に対して、家族がうまいこと言いくるめて安楽死させたりだとか、植物状態の人間がいたとして、本人の承諾なしに命を断つのは正しいことなのか、とか難しい問題が山積みなのだ。

 そういうリスクとかを全部取っ払って、感情のみで判断した場合、僕は安楽死に賛成である。僕は死ぬ時にあっさりと死にたい。苦しんで死にたくない。春の麗らかな光に包まれて死にたい。そんな死に方をすれば周りの皆の思い出の中で、美しい姿で生きていけるだろう。

 死とは果たして存在するのだろうか。というのも生きて自我のあるうちに、死が訪れることはない。逆に死が訪れた際、僕の意識は存在しない。よって私にとって死は存在しないと誰かが言っていた。何を屁理屈言っているんだ、と思うが、心のどこかで共鳴しているのも確かだ。もし死が主観的なものではなく客観的なものだとしたら、その時安楽死は善になるのだろうか、悪になるのだろうか。

 どうやらこれは答えのない議論のようだ。そして答えのない議論に関しては得てして口の上手い奴が勝利を収める。この世は腐っている。そしてその腐臭は僕のシャツの襟や冷蔵庫の中から漂っていたりする。やる気がなくなったので、今日は酒を飲んで寝ることにしよう。

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