さよならと、バレンタインチョコと、君の最後の微笑み

清泪(せいな)

チヨッコレイト ちょっとToo late


 彼女は突然、別れを告げた。

 まるで神様が彼女にだけ微笑んでいたかのように、彼女は優しく、穏やかで、素晴らしい女性だった。


 そして、バレンタインデーの夕暮れ。

 冷えた風が吹き抜ける公園のベンチで、彼女は静かに言った。


「私たち、別れよう」


 何も考えられなかった。

 彼女と向き合うと、身体が震えた。何を言えばいいのか分からない。


 それでも、彼女は続ける。


「今までありがとう。これからもよろしく」


 彼女は泣いていなかった。

 でも、胸を押さえる姿を見た。今まで見たことのない表情だった。

 涙も怒りもなく、ただ黙っていた。

 彼女がどれほど苦しんでいるのか、私には分からなかった。


 彼女の手元には、小さな紙袋があった。

 ピンク色の包装紙にリボンが結ばれた、それはどう見てもバレンタインチョコだった。


「それ……」


 言いかけると、彼女は微笑んだ。


「義理チョコ、って言えばいいのかな。受け取ってくれる?」


 彼女は差し出してきた。

 だけど、その手はほんの少しだけ震えていた。


 私は何かを言おうとした。けれど、今までの言葉はすべて間違っている気がした。

 何も言わなければ、彼女が私を許さないのではないかとも思った。


「もし、何かできることがあったら、教えてくれ。俺は必ず助けるよ」


 それだけだった。

 でも、彼女は私を見て、小さく笑った。


「ありがとう。それだけ言ってくれるだけで、私は救われるわ。でも、もう助けてくれることはないわ。ゆっくり、大人になってね」


 私は彼女の手を握り、言った。


「それじゃ、さようなら」


 彼女は私の手を離し、小走りで去っていった。

 私はただ、その姿を見送ることしかできなかった。


 残されたのは、小さな紙袋。

 家に帰って、それを開けると、手作りのチョコレートと、小さな手紙が入っていた。


「今までありがとう。あなたと過ごした時間は、本当に幸せだったよ」


 チョコレートは、少しだけ甘く、少しだけ苦かった。


 これからもよろしく。

 彼女は突然いなくなった。

 でも、私は彼女を忘れない。


 彼女と過ごした日々を、ずっと大切にしていく。

 そして、彼女が幸せであることを、心から祈り続ける。

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さよならと、バレンタインチョコと、君の最後の微笑み 清泪(せいな) @seina35

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