第2話 キサガリ駅?
春人は病室の前に立ち、震える手でドアノブに触れた。しかし、開ける前に、ギィィ…という長い音とともに、扉が勝手に開いた。
中から、ゆっくりとストレッチャーが押し出される。その上には、白い布がかけられていた 遺体を覆うための布。
その瞬間、耳元でかすれた声が響く。
「患者・宮本ユキ…午前1時、東京病院にて死亡…死因は心不全…」
春人は息を呑み、とっさに看護師の藤村明里を振り返った。彼女の顔は青ざめ、困惑の表情を浮かべていたが、なんとか平静を保とうとしていた。
春人は再びストレッチャーを見る。しかし、そこには誰もいなかった。
そして、今度は女性の囁きが耳元で響く。
「キサガリ駅に着いたら…私が連絡するわ…」
キサガリ駅?
春人は眉をひそめた。そんな駅、日本にあっただろうか?
隣の明里を見ると、彼女も困惑した表情を浮かべていた。
すると突然
コツ… コツ…
廊下の隅から音がした。春人は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われながら、振り向いた。
しかし、そこにあったのは——モップだった。
モップが 勝手に動いていた。
誰もいない。
それなのに、コツ… コツ… と音は鳴り続ける。
その音に混じるように、遠くから掛け時計の秒針が、妙にゆっくりと響き始める。
カチ…カチ…カチ…
その瞬間
天井の蛍光灯が点滅し始めた。
チカ…チカ…
そして
突如、廊下の奥の病室から、耳をつんざくような叫び声が響いた。
「熱い…!熱い…!!」
春人と明里は即座に駆け出した。ドアを開けると、目の前に燃え盛る炎が広がった。
「くそっ!早く消さなきゃ!」
明里が叫び、必死に消火しようとする。
だが
赤々と燃え上がる炎。だというのに、煙の匂いがしない。 燃える音もない。
春人は急いで水をぶちまけた。
すると。
炎は、一瞬で消えた。
何事もなかったかのように、病室は元通り。そこに焦げ跡すらなかった。
春人は呆然と立ち尽くした。背中には冷や汗がびっしょりと滲んでいる。
隣の明里も荒い息をつきながら、怯えた目で春人を見ていた。
静まり返る廊下の中
カチッ。
休憩室のコーヒーメーカーが、勝手に作動した。
ポタ…ポタ… コーヒーが静かに滴る音だけが、妙に鮮明に響く。
その時、どこからかゆっくりとした声が聞こえた。
> 「高橋先生…明日はキサガリ駅へ行きますか? 藤村さんも一緒に?」
春人の肌が粟立った。隣の明里を見ると、彼女もまた春人を見つめていた。
お互いの目には、恐怖が浮かんでいた。
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