chapter:26――買い物をしよう
窓から入る穏やかな朝日で、眠りの内にあった意識が目覚めてゆく。
んん……? 寝る前に二日酔いの薬は飲んだ筈なのに、妙に体がずっしりと重たい。
――いや、これは何かが俺の身体に抱き着いている状態!?
慌ててその抱き着いている何かの正体を確かめようと手を動かして――その掌に酷くやわらかで滑らかな何かが触れた。
この感触は、もしや……!? 慌てて目を開けてみれば、其処に在ったのは俺の予想した通りの光景だった。
そう、俺が眠っていたベッドの中に潜り込んで来たセネルさんが、一糸纏わぬ姿で俺に抱きついていたのだ!
その豊満な胸と彫像の如きしなやかな肢体を余す事無く俺に押し付けているセネルさんは、幸せそうな寝顔で眠り続けている。
そんなセネルさんを見て、俺は思わず叫び出しそうになったが――何とか堪えて、慌てて彼女を揺さぶって起こす。
「セネルさん、セネルさん! なんで俺の部屋で裸で寝てるんですか!?」
「ふにゃ……? あれ? ヒサシさん、おはようございます。精霊の囁きからして、過ごしやすい陽気の様ですよ」
「いや、挨拶している場合じゃなくて、とにかく何か服を着て、そして何でここに居るか事情話して!」
「んー……そういえばなんで私、ヒサシさんの部屋で寝ているのでしょうね?」
セネルさんの頭の下から目を逸らしつつの俺の必死の訴えに、目を覚ましたセネルさんは寝ぼけ眼を擦りながら首を傾げる。
その仕草がまた可愛いのだが、今はそんな感想を述べている場合ではない。
今はとにもかくにも彼女に服を着させて事情を聴きだす所だ。と思った矢先
「おーい、ヒサシ、セネルの奴が居ねぇんだけどどこに――って何やってるんだお前ら!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!? レイク、俺は無実だぁぁぁぁぁ!? 目が覚めたら何時の間にかセネルさんがいて訳わかんねぇ!?」
「あ、レイクさんおはようございます……ところで私、なんでこんな所にいるのでしょうか?」
おそらく一緒に寝ていた筈のセネルさんがいない事に気づいたレイクが俺の部屋に入ってきて、
ベッドの上で俺の身体に抱き着いているセネルさんを見て尻尾立てて大声を上げて、それに仰天した俺は悲鳴を上げて無実を訴える。
そんな状況にも関わらず、セネルさんは天然ボケを発揮して状況を把握出来ていないし!
慌ててる俺に対し、レイクはつかつかと寄ってきて、豹の顔のマズルの鼻先をセネルさんに近づけてスンスンと臭いをかぐ。
そして、合点の言った様子でため息交じりに漏らす。
「んー、匂いを嗅いだ感じ、一発やった感じの臭いはしねぇし……セネルさん、ひょっとして夜中、トイレに行ってなかったか?」
「あ、そういえばレイクさんも寝ている時に、尿意を感じて小用に向かいましたね、そして部屋に戻ったら何故か部屋に鍵が掛かってて……」
「それで何らかの手段で鍵を外してその部屋に入って、そのままベッドに飛び込んで寝たって言った所だろ?」
「そうです、開錠の魔術で鍵を外して、眠かったものなのでそのままベッドに入ったんですよ」
「道理で、そういう事か……つまりはセネルさんはトイレに行って戻った時に、間違ってヒサシの部屋に入ったんだな」
事情を把握したレイクは、ため息交じりに納得した後、自分たちが寝ていた部屋へ戻りセネルさんが着ていた服を持ってきた。
この間、俺はずっとセネルさんから視線を外し続けている。
だって、セネルさんってすごく美人な人だし、おまけに今は服を着てない状態だから目のやり場に困るし……。
そんな俺の内心を察してくれたのか、レイクは衣服の入った篭をセネルさんに渡しながら声を掛けてくる。
「災難だったな、ヒサシ……こんなラッキースケベなんて望んじゃなかっただろ?」
「当たり前だよ! とんだ寝起きドッキリだったわ!!」
「んー、あの、ヒサシさんもレイクさんもさっきから何でそんなに騒いでるんです?」
「「…………」」
衣服を着用しながら不思議そうに首を傾げるセネルさんに、俺とレイクは顔を見合わせて、深くため息を吐いた。
この分だと、セネルさんは自分が何をやらかしたかという事すら理解していない様だった。
ともあれ、そんな騒ぎの後に俺達は朝食を食べるべく、部屋を出て宿の食堂へ向かう。
「おはようお三方、何か微妙な顔をしているようだけどどうしたの?」
「あー、マギーさんか……いや朝にちょっとしたトラブルがあってな……あ、そういえば寝る前にこんな書簡が届いたんだけどさ」
宿の食堂のテーブルに着いた所で、
何故か居た冒険者ギルドの受付嬢のマギーに声を掛けられ、朝のトラブルに関して少し言葉を濁らせた後、
俺は話題を変えるべく、昨日届いた書簡をマギーに見せる。
「へぇ、随分と金のかかった作りね……どれどれ……ええっ、前金200アメルに達成報酬800アメルの合計1000アメルの個人依頼!?」
「これが昨日寝る前にな、小さなドラゴンによって運ばれてきたんだよ」
「これ、ぜーったい罠依頼よ! そうじゃないとたかだか駆け出しのホワイト級の中年冒険者に……って、ごめんなさい、ヒサシ」
「あ、いや、良いってマギー、駆け出しの中年冒険者ってのは事実だから」
うっかり声を荒げてしまったマギーに対し、俺は手を振りながら宥める。
実際、俺の冒険者としての実力は、駆け出しの域を出ないし……まぁ、それでも中年という程ではないと思うけれど。
そんなマギーが思わず声を荒げた理由は至極単純で――この依頼書に記載されている金額が破格だからだ。
何せ前金と達成報酬合わせて1000アメルというのは、イエロー級の冒険者が不眠不休で一か月働いて稼ぐ額の10倍なのだ
マギーが罠だと疑って見てしまうのも無理もないだろう。実際の所、俺も何かの罠ではないかと疑ってる位だ。
「さらにこの依頼人が送ってきた手紙にはよ、暁の星号のプレミアムスイートの3人分の切符も入っていたんだよ」
「ちょ、噓でしょ!? 暁の星号ってそれこそ知っている者なら誰もが憧れる列車じゃないのよ! それもプレミアムスイート!?」
其処へレイクが、書簡に同封されていた魔道列車の切符である金縁の黒いカードを取り出して見せて、更にマギーが驚く。
「貴方たち、何をやらかしたのよ……!? 見ず知らずに依頼人に合計1000アメルの依頼を頼まれた上に暁の星号の切符を送られるって、明らかに異常よ!?」
「マギーさん、落ち着いて下さいよ」
「そうだぜ、何でオレ達がシュバル帝国の金持ちに恨まれるような事をしなくちゃなんねぇんだよ?」
「そ、それもそうね……」
俺達が何か悪事に手を染めたと思い込んだのか、ヒートアップするマギーを俺とレイクで宥める。
そんな俺達を見て、既に朝食に手を付けているセネルさんは、にっこりと笑って声を掛ける。
「皆さん、落ち着いてください。そもそもヒサシさんもレイクさんも何かをした覚えが無いのなら慌てる必要がないのでは? それにしてもこのパンは美味しいですねぇ」
そうだ、そもそも俺はこの依頼を罠だと思っているけれど、誰かに恨まれるような事はした覚えはない、と思う。
ならなぜ、この依頼人は高額な依頼料をチラつかせた上に予約の難しい高額なクルージングトレインの切符なんて寄こしたんだ?
……ひょっとして、俺の権能(チート)である、材料と発想さえあれば何でも作れる超高性能超高機能3Dプリンターの事が知られた?
――いや、んな訳ないか、送ってきた相手は遠いシュバル帝国の見ず知らずの貴族だ。
そいつが余程の耳聡い人間か、それか俺の事を知った奴から教えられたかしない限り、俺の権能(チート)を知る筈もない。
「言っておくけどヒサシ、個人間での依頼は冒険者ギルドは一切保障出来ないからね、其処だけは気を付けて頂戴」
「わかった、出来る限りの警戒はしておく……で、今更聞くけどマギーさんは何でここに?」
「わぁそうだった! 貴方達へソルキン村の問題解決の依頼料持ってきたのよ、忘れる所だったわ!」
マギーから忠告を受けた所で、何故ここに居るのかを俺に聞かれた彼女はようやく用事を思い出し、
慌てて鞄をテーブルに置くと、中から明らかに大量の硬貨が入った音のする袋を取り出し俺に手渡す。
中を確認すると、数えきれない数の1アメル公用金貨が詰まっていた。こりゃ後で数えるのが骨になりそうだな。
だけど中に詰まった金貨から見て、よほどファリアさんはソルキン村の問題解決してくれた俺達に感謝をしている様で、
おそらくは村の人達から集めたお金も入っているのだろう。
「そいじゃ、私の用事はここまでだから、また何か用事があれば冒険者ギルドに寄ってね、じゃあねぇ」
用件を伝え終えたマギーは俺達に挨拶するや、手を振って早々と食堂を後にして行った。
多分、ギルドナイトの悪事発覚の件のゴタゴタがまだ続いているのだろう、忙しい人だな。
そんな事を考えつつ、俺も自分の朝食に手を付け始める。うん、今日もこの宿のパンは美味い。
「それでこれからどうする? ヒサシ。 この切符の乗車日は明後日になってるけどさ……念の為に準備しておくか?」
「ふーむ、念の為の準備ねぇ……そういや、このヴァレンティの街をよく歩いて回ってなかったし、準備のついでに観光でもするかな?」
「えっ、観光ですか? ひょっとしてその際、屋台とかある場所とかも行くのですよね? ですよね?」
「はいはい、セネルさん、そんなに目をキラキラしなくても屋台のある黄金通りには行くから」
「はぁぁぁぁ! ヴァレンティの街の屋台飯、一体どんな物があるんでしょうねぇ……!」
セネルさんが目を輝かせて、期待に満ちた目で俺を見つめる。そんなセネルさんを見て俺は思わず苦笑する。
そういえば俺もこのヴァレンティの街では冒険者ギルドと宿の間を往復しかしていなかったのだ。
此処はレイクの言う通りに、念の為の用意の為に黄金通りを散策しても良いかもしれないな。
そんな訳で俺達は朝食を食べた後、早速ヴァレンティの街の名物である黄金通りへ向かう事となった……。
「ここがヴァレンティの街の名物の一つ、黄金通りの屋台街だ。ここには玉石混合多種多様の屋台が軒を連ねているぜ!」
「へぇ、この黄金通りって、本当に屋台が多いんだな……なんか元の世界のとある街の屋台街を思い出すな」
「うわぁぁぁ、色々な食べ物が売ってますねぇ……! もう見ているだけで涎が出ちゃいそうです」
宿にしている『探検者の住処』から出た俺達はしばし歩く事、体感にして約10分ほどで黄金通りにたどり着いた。
このヴァレンティの街の中央に流れている川を中心に広がる黄金通りには様々な屋台が立ち並んでいる。
その種類は実に多彩であり、肉や魚といった生鮮食品を扱う屋台もあれば、屋台料理や焼き菓子などの食べ物を売る屋台もある。
中には自分で作った物であろう武器や防具を売る店や、冒険に使う道具を扱う店、魔法道具を取りそろえた店もある。
通りはその屋台の商品を求めて沢山の人でごった返しており、俺は念の為にスリや置き引きに合わない様に警戒をしておく。
「一先ずはさ、今まで冒険してて思ったけど、荷物を入れるのに苦労した事が何度かあっただろ? 例えばオリハルコンの塊とか」
「うっ、あれはまぁ、確かに持って帰るのは大変だったな……でも、ヒサシさ、それでどうするつもりなんだ?」
「んー、異世界転生物でだいたい出てくる重要な道具を作ろうと思っている」
「いやー、この串焼きは最高ですねぇ、あっ、こっちの腸詰を焼いた物もおいしそうですね!」
今までやってきた冒険で、俺が思い当たったのは荷物を運ぶ時の事。
大きなものを運んだり重量物を運んだり、その際は力が強いレイクに任せっきりだったのを思い出す。
しかし彼女にばかり負担をかける訳にもいかないので、それを解決する為の道具……というより入れ物を作る事を考えたのだ。
そして、ふらふらと屋台街を散策して見かけたのは、妙な箱を沢山売っている屋台だった。
「いらっしゃい、お客さんも一つどうです? この収納ボックス、大きい物もこの箱一つで何でも入りますよ」
「何でも入る、か……どういう仕組みでこの箱の中に大きな物を入れられるんだい?」
「そうですね、この箱には空間を歪める魔術が付与されていまして、それによってこの箱の大きさ以上の物を収納出来る様になってるのです」
「へぇ、空間を歪める魔術ねぇ……確かにこの箱にそんな機能があるなら、色んな物が入るな……」
おそらく、この箱を作っているであろう魔術師の店員から説明を聞く。
そして魔術師は実演とばかりに、一見箱に入りきらなさそうな長剣を小さな箱へ入れて見せる。
しかし冷静な俺は、少しだけ訝し気に魔術師を眺めて聞く。
「それ、何かのトリックじゃないのか? 例えばその長剣が伸び縮みする仕掛けとかあるんじゃないの?」
「そんな事はありませんよ、お客様! 私はそんな阿漕な商売は致しません! 何ならお客様が試してみますか?」
俺の疑問に対し、魔術師は慌てると言うよりも、疑われた事に対して怒りを露にして俺を睨みつける。
俺はそんな魔術師の気迫に少し圧されてしまったので、その箱を使ってみた結果によって決める事にした。
魔術師から適当な箱を受け取り、その蓋を開けて手を入れてみると、まるで奥が無い様に俺の手がどんどん中に入っていく。
このまま手を入れ続けていたら俺の体まで引き込まれそうな予感がしたので、慌てて手を引き抜くと、魔術師は笑顔を浮かべていた
「どうでしょう、実際に手を入れてみた感想は、ここに陳列されている箱は全てこの様になっております」
「いや、トリックじゃないかって疑って悪かった、こりゃマジもんで凄い箱だな……」
「そうでしょうそうでしょう、どれも私が丹精込めて作った物です、日用使い、あるいはお土産にどうですか?」
魔術師は俺が素直に謝って商品を褒めた事が嬉しかったのか、更に笑顔になる。
実際に箱の中に手を突っ込んで入れてみてわかった事ではあるが、これは思った以上に良いものかもしれない。
おそらく商品として置かれている箱の中は、空間を歪める事で見た目以上に中を広くする魔術が掛けられているのだろう。
だったら、この箱を材料にすれば、俺の考えているイメージの物が出来そうだな。
「それじゃぁ店員さん、この箱の中で小さい物と中くらいな物と、それと大きい物の三つをください」
「はい、ええっと合計で55アメルになります。それでお客様、お持ち帰りしますか、それとも宅配をご希望ですか?」
「じゃあ、冒険者ギルド傍の宿の『探検者の住処』の301号室に配達をお願いします、これは配達料込みで56アメルで」
「毎度あり、これは配達の際の控えとなっておりますので、大事に持っていてください」
そして俺は両手に乗せられるサイズ、一抱えほどあるサイズ、そして小さな子供が入るくらいのサイズの箱を購入する。
レイクは「そんなものを買って何するんだ?」と言った視線を此方へ送り、セネルさんは俺達に構わず屋台飯を堪能していた。
「あとは、適当に使えそうな鞄があればいいんだが……アレならよさそうだな」
不思議な収納箱を売っていた屋台からすぐ傍に多種多様な鞄を売っている店を見つけ、
とりあえず俺の考えているイメージ通りの鞄がないか、屋台に雑多に置かれた鞄を物色する。
そしてしばらく探して見つけ出したのは、俺が背負ってもちょうどいいサイズのボストンバッグの様な鞄。
「店員さん、この鞄はお幾らですか?」
「へい、この鞄は名工が仕上げた鞄でして、お値段は80アメルになります」
この薄汚れた鞄一つで80アメル? 随分と吹っ掛けられたもんだな。俺が何も知らない人間と甘く見ているのかこのオークの店員。
俺は目をすっと細め、鞄を手に取って色々と観察してみると、店員が言う名工が作った鞄とはとても言えない部分を幾つか見付ける。
「おかしいですねぇ、名工が仕上げた鞄にしては、持ち手の縫い止めが甘い感じがしますが?」
「え、えっとそれはそういう風に見えるように加工している物でして……」
「はぁ、そんな加工する鞄の名工なんて聞いた事ないですが、それに底の方に穴が開きかけてますけど、これも名工の仕上げで?」
「えっ、いやそれは……その、はいそうです。名工が仕上げた鞄なので……」
「そうですか、で? なんで穴が開きかけている様に見せかけてるのかな? その名工が意図して作った物なんですかね?」
「えと、その、それはですね…………本当に申し訳ありません! そ、それでこの鞄は如何なさいますか!?」
俺の指摘に店員は一瞬だけ目を泳がしたが、すぐに取り繕った笑顔を浮かべて此方のご機嫌を伺う。
どうやら俺が何も言わなかったらそのまま売って誤魔化すつもりだった様だ。全く良い度胸をしてやがるぜ。
「すいやせん、お客さん。その鞄は10アメルで……」
「5ゼルバだ、穴の開きかけた中古の鞄で10アメルも取ろうとかふざけてるのか? 冒険者ギルドにこういう店があると訴えても良いんだぞ?」
言いながら俺は飽くまで負ける気はない強気な表情で顔を近づけると、店主は目に見えて怯え、
「ひっ、5ゼルバでいいです!?」
「よし、交渉成立。ほら5ゼルバだ」
「ま、毎度あり……」
交渉に負けてがっくり項垂れたオークの店員へ5ゼルバを支払って俺は鞄を手にし、そのまま背負う。
後は材料になりそうな魔法道具でも探そうかな、と思っていた所で上機嫌に尻尾を揺らすレイクが肩を叩く。
「おい、ヒサシ……お前、結構やるなぁ」
「ん、何の事?」
「いや、あの鞄屋での店員とのやり取りの事だよ。ヒサシ、あんな交渉できるなんて商人としてもやって行けるんじゃねぇか」
「あー、元の世界ではクライアントとの交渉をやる事はしょっちゅうだったからな。ああいうのは慣れっこだよ」
「ほへぇ、ヒサシって、元の世界でも結構なやり手だったんだな」
「いや、そう言うのはいいから。とりあえず次は材料になりそうな魔法道具でも探すか」
俺の思わぬ能力に感嘆の声を漏らすレイクを適当にあしらう。
一応、元の世界ではある運送会社に勤めるトラックドライバーだったとは言え、
時々、金を稼ぐ為に、会社に内緒でフリーの運送を請け負い、その度にクライアントと交渉をして運送し、報酬を貰っていた物だ。
まさか、その時に培ってきた交渉スキルがここにきて生きてくるとは、何事も分からない物である……。
そして、俺はまだ食べたり無いと言うセネルさんを置いて、 次なる目的地である魔法道具が置いてある店に向かって歩き始める。
「一先ず、空間に作用するタイプの魔法道具とかあればいいんだが……」
「ヒサシさぁん? このホーンラビットの串揚げとか食べないんですか、お腹とか空いてませんか?」
「いや、そういうのは良い……って、そうだ、セネルさん、魔力探知をする術を使えた筈だよな」
「えっ? それなら
「その術を使って、空間に作用する魔法道具を見繕ってほしい。お礼はそうだな、あそこの大きなストーンヘッドボアの丸焼きを奢るってどうだ?」
「えっ、あれを奢ってくれるんですか! 勿論やりますとも!」
セネルさんに了解を取り付けた俺は、早速魔法道具を売ってる店の並びへと向かい始める。
すると、背後からレイクが先ほどの鞄屋の時の様に肩を叩いて来たので、俺は再び振り返る。
「おい、ヒサシ、セネルさんを餌付けする様な事するなよ?」
「いや、そうすればセネルさんもやる気を出すかなって……悪かったかな?」
「オレが言いたいのはそうじゃなくて、あれでセネルさんが味をしめたら大変な事になるぞ」
「う……確かにセネルさん、食べ物に対して執着心が強いからな、事ある毎に食べ物を求められそうになるか……」
「そういう事、だから程々にしておけよ? あのセネルさん、さっきから見てたけど屋台の飯を10件ほど食べ歩いてたから」
「うわぁ……」
レイクの指摘通り、俺はセネルさんに対して少し甘やかしていたのかもしれない。
これからはセネルさんに何か頼む時は、食べ物以外の対価を用意した方が良いかもしれないな……。
そんな事を考えつつも、俺達は魔法道具が売っている店の通りへと辿り着くのだった。
「このあたりが魔法道具を扱ってる通りだぜ、色々な魔法道具が売ってるけど、売ってるのは玉石混合だから気をつけろよ」
俺達がその店の通りに入ると、いくつの店には様々な魔法道具で溢れかえっていた。
杖や剣といった武器から、指輪やネックレスと言った装飾品に何かの玉や変な人形など訳の分からん物まで幅広く扱っている様だ。
これらの商品は俺の様な素人目で見たら、何の用途で使うかさっぱりわからない物ばかりだ。
早速セネルさんに頼んで
「セネルさん、早速で悪いけど
「わかりました、確か空間に作用する系統の魔法道具ですね」
セネルさんはそう言うと、目を瞑り両手を軽く広げる。そして暫くしてその目を開くと……。
開いたセネルさんの瞳には、まるで魔法陣の様な物が輝いており、その目は何かを見ている様に動いているのが解る。
おそらくあの魔法陣で空間の魔力を探知しているのだろうか……? 暫くして、セネルさんがある店の方を指さして言う。
「あそこの店に並んでる魔法道具がその系統の道具ですね」
「あの店って、あれか……随分と年季の入った屋台だけど」
セネルさんが指さした先にあったのは、まるでのこの市場の一番の古株の様な古ぼけた小さな屋台だった。
その店には所狭しと魔法道具が並べられているが、どれもこれもが埃を被り、在る物は蜘蛛の巣も張っている様な有様だ。
「なぁ、本当にあの店にそんな魔法道具があるのか? どう見てもただのガラクタにしか見えないんだが?」
「ヒサシさん、私の
確かにセネルさんが、あの店に魔法道具があると言ったのだから、そこを疑うのは失礼だ。
俺はその屋台に近づき、並んでいる商品を一つ一つチェックしていく事にした。
「おや、お客さんかい……この屋台に来る客なんて久しぶりだねぇ」
するとすぐに店員が俺の方へ振り向き声を掛けてきた。どうやらこの屋台の店主らしい。
だが、見た目は俺より結構年上の男性で、白髪混じりの髪はボサボサに伸びており髭も伸びっぱなしで、着ている服も薄汚れている。
とてもじゃないが商売をしている風体には見えない。どこかの橋の下で寝ているような浮浪者にも見えてしまう。
だが、セネルさんは
「ヒサシさん、この方、人間としてはかなりの魔導士ですよ? とても強い魔力を扱えるお方と存じます」
「ほう、エルフのお嬢さん、このワシの素性がわかるのかね?」
「はい、
「いやいや、ええよ。エルフでも
どうやらセネルさんは、その店主が相当強い魔導士だと見抜いたらしい。
そしてそれは店主の爺さんにも解ったのか、上機嫌に笑いながら手をひらひらさせている。
と言うか、セネルさんの使う
――なお、後で知って驚いた事なのだが、
この店主の爺さんは実は魔導士協会の中でも空間魔術に関して指折りの腕前を持つ教授であったのだったが、今の俺達は知らない。
「んで、お宅らは何をお求めかな? 瞬間転移の札かい? それとも壁抜けの魔輪かい?」
「えっと、空間を広げる系統の魔法道具が欲しいんだけど、そういった物はあるかな……?」
「ふむ、ならばこの空間湾曲の魔玉ならどうだ、こいつを使えば狭い部屋でも凄く広い部屋になるぞ?」
「確かに、この魔玉から空間に作用する強い魔力を感じます、ヒサシさんが求めるのはこういうものですか?」
「ああ、セネルさん、俺の求めてるのはこういうのだよ。それで店主さん、この魔玉はお幾らで……?」
「んー、200アメル……と言いたい所だけど、珍しい魔術を使う美人なエルフのお嬢さんに免じて、50アメルでいいよ」
店主の爺さんはそう言ってニヤリと笑う。この爺さん、優しいのかがめついのか良く分からんな……。
そう思いつつ俺は財布から20アメル公用金貨1枚と10アメル公用金貨3枚を爺さんに渡す。
爺さんはルーペを取り出して贋金じゃないかを確かめた後、受け取った金貨を手提げ金庫に仕舞いつつ朗らかに笑っていう。
「毎度あり、兄ちゃん。そのエルフのお嬢さんの仲間は大事にしなよ、ひょっとしたら将来のお嫁さんになるかもしれんからな、ガハハ」
「ちょっ!? 何をいきなり言って……!?」
「えっ? 私がヒサシさんのお嫁さん……いや、でもそれも満更でも……」
「おーい、ヒサシ、セネルさん、もう買い物は終わったかー?」
爺さんから笑い混じりに言われた言葉に、俺もセネルさんも戸惑い困惑していた所で、
ジト目のレイクが冷淡な声で話しかけてくる。彼女のその尻尾の動きは明らかに不機嫌さを表す様に左右に大きく振られている。
そして、俺の頬を手の肉球で摘み、そのまま屋台から引き摺り出す様にして離すと、俺の腕を強く引っ張りながら屋台から離れる。
俺はレイクに引っ張られるままついて行きながらも、セネルさんの方に視線を向けると、彼女は既に爺さんから商品を受け取っていた。
「ったくよ、こっちがちょっと目を離していたら何セネルさんと二人でよろしくやってるんだ、ヒサシ」
「いや、レイク、これは
「ふーん、ヒサシがそう言うならオレもそう思ってやるけど、これからは盗賊のオレの目を盗んで変な事はしないように気を付けなよ?」
「はい、心がけておきます……」
レイクからジト目で睨まれつつ、俺は引きつった笑みを浮かべながら彼女の言葉に頷いて返す。
普段はそんな気を一切出さないレイクが、目に見えてセネルさんに対して嫉妬をしているのを見るのはとても珍しい。
その事を不思議に思いつつも、俺はレイクと一緒に少し離れた所で待つセネルさんの元へと戻っていく。
やっぱりレイクはなんだかんだ言いつつも、女性らしい所があるというべきか……?
「一先ず買うべきものは買ったし……そうだな、レイク、このヴァレンティの名所ってどこか知っているか?」
セネルさんへお礼にストーンヘッドボアの丸焼きを奢った後(尚、丸焼きにもかかわらず5分も経たない内にセネルさんは完食した)
一先ず俺は、機嫌を損ねたレイクの機嫌を取り戻す為に、ヴァレンティの名所を聞いてみる事にした。
すると、さっきまで不機嫌だったのが嘘の様に、レイクは笑顔になって尻尾を立てて揺らし俺の問いに答える。
「ヴァレンティの名所と言えば……そうだな! ここがかつてヴァレンティ公国だった時代に建てられた黄金城が有名だぜ」
「へぇ、黄金城か……どんな所なんだ?」
「この黄金通りをずっと通った先にあるぜ。ほらセネルさんも何時までも食ってないで早く行こう!」
「あぁん! あそこの屋台のホーンラビットの尻肉の揚げ物まだ食べてないのにぃ……!」
レイクに引っ張られながらも、屋台のホーンラビットの尻肉の揚げ物を名残惜しそうに目で追うセネルさん。
そんな二人を後ろから見つつ、俺はこのヴァレンティ公国の名残ともいえる黄金城へと足を運んだのだった。
黄金城はこの街を歩くと直ぐに目に付く一際大きな建物であり、城壁に囲まれた街の中心部にそれは聳え立っていた。
しかし、その黄金城は豪勢な作りはしてはいる物の、城壁は純白で、黄金を思わせる所が何一つ見当たらない……どういうこった?
俺の疑問を混じらせた視線に気づいたか、レイクは尻尾をゆらゆらと揺らせながら言う
「もうそろそろだな、日が落ちてくるとこの城が黄金城と呼ばれる所以がわかるよ」
レイクの言葉に、俺は再び視線を黄金城へと戻す。
そしてそのまま暫く待っていると、太陽は山の中へと沈み始め、空が徐々にオレンジ色に染まり始める。
その夕日を浴びた黄金城は、純白の城壁がオレンジ色の光を照り返し、まさに黄金城の名が相応しい、黄金の輝き放つ美しい姿をしていた。
レイクはその黄金城を眺め、満足げに尻尾を揺らしながら俺に言う。
「この黄金城は今の時期のこの時にだけ、この黄金に輝く姿を見せるんだ、どうだ、凄いだろ? ヒサシ、セネルさん」
彼女の口調はどこか誇らしげで、まるで自分の物の様に誇らしげにしていた。
その光景を俺は目に焼き付けつつ、レイクにヴァレンティの街がかつてヴァレンティ公国だった事を聞く事にした。
俺が転生した時、粗方の文化は箱からインストールされているが、あのクソ女神は歴史の事は全く触れていなかった。
だから、この世界の過去で何があったのかを知るのに丁度良いと思い、レイクへと問いかける。
「何でヴァレンティは公国から街へと変わったんだ?」
「あー、それは50年前に隣国のナルビア王国が一種族優位制を掲げ、人間以外の他種族に対する弾圧を強め、更に他の国にも侵攻を始めた事から始まったんだ」
「あの時は、私たちの住むソルキン村にまでナルビアの兵士が攻めてきましたからねぇ……あの時は怖かったですよ」
「んで、それに対抗してヴァレンティ公国を始めとした周辺諸国が合意の上で合併し、平和と種族融和の国、ヴィナス共和国となりナルビア王国に対抗したんだ」
「その時は当時の元ヴァレンティ公国のマルス・レーヴァンタイン公が陣頭指揮を執り、長い戦いの末に見事ヴィナス王国を退けたのです、その最後の戦いは種族融和の奇跡として今も語り継がれていますね」
「そうそう、オレが言いたかったのはそういう感じで……ってセネルさん、俺の話そうとしている事を取るんじゃないよ!」
「す、すみません、レイクさん! こういう話はレイクさんは得意じゃないかなと思いまして……」
「あのなぁ、オレを何だと思ってるんだよ、セネルさん……盗賊のオレから話を掠め盗るなんてよくやるぜ全く」
「でも、レイクさん……よく今まで話しませんでしたね?」
「んー、まあ色々あってな……その事を話す前にまずは中に入ってみないか? 黄金城の中も凄いぞ!」
そう言ってレイクは先に中へと入っていく。俺はそんな彼女の背中を追いかけながらも心の中で呟く。
――この世界も、過去に色々な事情や戦争などがあったんだな、と言うかそれくらい教えておけよなあのクソ女神。
どうせ、こんな事は教えても無駄だろうとか思って教えなかったんだろうな、と心の中でぼやきつつレイクとセネルさんと共に進む
「ほへぇ、豪華絢爛な所もあると思えば、戦争の時に備えた設備まであるんだな、この城」
「ああ、この黄金城はナルビア王国の戦いの際の最後の砦としても機能していたからな、籠城して長期戦を行える設備も沢山あるんだ」
レイクの話を聞きながら、俺とセネルさんは黄金城の中を歩いていく。
黄金城の内装は壁は純白で美しく、所々に金や銀を使った豪華絢爛な装飾が施されている。
だが、その一方で天井や梁には城を堅牢にする為の頑強な鉄筋が使われており、更に沢山の食料を貯蔵できる保管庫が幾つも見られる。
更には敵に攻め込まれた際に、壁の幾つかに日本の城にある狭間を思わせる穴が開いており、そこから矢や魔術を放つ為の仕掛けが幾つも設置されていた。
他にも其処彼処に何かしらの設備も見受けられ、この城はただ豪華絢爛なだけではなく、戦い防衛する為の重要拠点でもある事が良くわかる。
――尤も、戦争の無い今は、この城は観光地として整備され、俺達を含めた観光客が見て回る場所となっている。
「一時は、ここの近くまでナルビアの兵士たちが攻め込んできた事があったけど、マルス公の活躍によって見事に退けたんだ」
「その、マルス公って結構すごい人なんだな……周辺諸国を合併させて防衛力を上げた上に、遂には敵国に勝利するなんて……」
「これが一説によると、マルス公はヒサシと同じ異界渡りの人間じゃないかって説もあるらしいぜ?」
「へぇ……」
「何もマルス公は今までになかった戦術を編み出し、更には今までになかった武器を考案して、ナルビア王国との戦いを優位に進めたそうだ」
「確かに、それは凄いな」
俺はレイクの話を聞いて思わず感嘆の声を漏らす。
今までにない戦術や武器を生み出すなんて事は、それこそ異世界からやってきた人間でもない限り難しいだろう。
そう、それは俺が箱を使ってレールガンを作り出し、ヴァリアウスとの賭けに勝利した時の事を彷彿とさせる。
おそらくはそのマルス公も、何かの使命を帯びてあのクソ女神によって召喚された人間、と言った口だろう。
……多分きっと苦労したんだろうなぁ、そのマルス公は……。
「さて、この城の公開時間ももう終わりに近いし、そろそろ『探検者の住処』に戻るとするか」
「そうだなレイク、屋台街で俺が買った荷物も多分届いている事だろうし、帰るとするか」
「宿での夕食も楽しみですねぇ、今日の夕飯はバイキングと聞きましたから、食べ放題ですねぇ」
「セネルさん、屋台街であれだけ食っておきながら、まだ食うつもりなんですか……?」
「そうですけど、ヒサシさん、何かおかしいのですか?」
「……いや、もういい……」
俺の問いかけに対して、セネルさんはニコニコと笑い、俺はその彼女の笑顔に呆れを通り越して諦めの感情を抱く。
こうして俺達は黄金城を後にし、何時も常宿にしている冒険者ギルド傍の『探検者の住処』へと戻るのだった……。
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