シュバル帝国への招待編
chapter:25――依頼終えての嫌な予感
「して、そういう訳でソルキン村の問題は解決した訳か」
「はい、本来は偵察任務でしたが、ソルキン村の現状が余りにも困窮していた為、直ちに問題解決しなければいけないと思いまして」
「しかしヤマナカ・ヒサシ。あの
「いえ、アーサーさん。これは単に俺が運が良かった事と、仲間の頑張りあってこそ出来ただけですから、もう二度としたくないですよ」
ここは冒険者ギルドの執務室。
ヴァレンティの街に戻った俺達はソルキン村の件の依頼完了の報告をした後、ギルドマスターのアーサーさんから事情を聞き出された所だ。
まぁ、さすがに駆け出しのホワイト級が
だからこそこうやってアーサーさんの執務室に呼び出されて、事の顛末を問い詰められたって訳だ。
「私からも、ヒサシさんの語った事は事実だと証言します。
「そんなにオレ達を疑うなら、記憶測定水晶を掛けたって良いんだぜ?」
「ふむ、其処まで言われると流石に君たちに対してこれ以上事情聴取を続ける訳にはいかないな……」
アーサーさんはレイクやセネルさんの証言を聞いても訝しげな顔で俺達を見つめつつそう答える。
俺達がソルキン村で行った始終(箱を使った物に関しては端折ったが)を聞いて、信じろと言われても普通は信じられない。
だが、現実ではソルキン村との貿易の再開の知らせが届いた事で、さすがのアーサーさんも信じざる得ないだろう。
アーサーさんは顎に手を当てて、しばし考え込むと仕方ないとばかりに話す。
「実はというとだな、君達が戻る前に、何かの目的で出撃したギルドナイト達が、隊長以下全員健忘症にかかった状態で戻ってきたのだ。
それで如何言う経緯でそうなったか記憶測定水晶にかけてみたら、アイゼン隊長の記憶から過去に行ったギルドナイトの権威を笠に着ての幾つもの違法行為が判明した」
あー、ヴァリアウスに記憶を消されて戻ってきた際に、どうしてこうなったか記憶を洗い浚い見られた訳か。
あのアイゼン、過去にも何かやらかしているだろうと思ったら、案の定、色々やらかしていたのかよ、あの野郎。
「それで、ギルドナイト達はどうなりました?」
「隊長のアイゼン・ヴィクタールは隊長を解任の上に、尋問官によって取り調べを受けた上で、相応の罪を受ける事となるだろう。
そしてその行為に加担したギルドナイトの隊員たちも、その殆どが行った行為に対する相応の処罰を受ける事になるだろう」
「そうですか……」
まぁ、あのアイゼンは俺をいきなり殺そうとした上に、レイクとセネルさんを人質に取るような奴だ。
相応の罰を受けて当然、と思う所なのだが、その部下たちも処罰を受けるとなるとなんだか少し複雑な気分でもある。
「まぁそういう訳でギルドナイトは大幅な改変を余儀なくされてな、実はいうと私もその処理でとても忙しい状態なのだ。なのでもう君達の事情聴取を終わらせても良いかな?」
「あ、はい、大丈夫です」
「うむ、では今回の依頼の報酬は翌日渡すから、今日は帰って良いぞ」
「ありがとうございました、アーサーさん」
俺とレイクとセネルさんはそれぞれアーサーさんへ頭を下げて、執務室から退室した。
そして、執務室から離れた俺達以外の誰もいない場所まで来た所で、俺は疲れた様に……いや実際に疲れて肩を落とし溜息をつく。
こういう事に慣れてないと思われるレイクも俺と同じ様子で、セネルさんはそんな俺達を微笑ましそうに見ていた。
「あー、あのアイゼンの過去の悪行がバレてギルドがごたついてなかったら、もっと色々聞かれてただろうな……」
「確かにそうだよなぁ、下手すりゃヒサシの権能(チート)の事も聞かれてたかもしれないし、こう思いたくないけどアイゼンのお陰だよ」
「本当ですねぇ、まわりまわってこう事情聴取というのも手短に済みましたから、運が良かったとしか……」
レイクとセネルさんと話し合いつつ思う事はただ一つ、とっとと宿に戻ってたっぷりと休みたい所だが、一つだけ気になる事ある。
「何でアーサーさん、何で俺達にアイゼンらギルドナイトの悪行という冒険者ギルドにとって信用問題になりかねない大スキャンダルを話したんだ?」
「言われてみればそうだよな、普通、ああいった手の事件はひた隠しにして内密に処理する所なんだが……」
「おそらくはですが、アーサーさんがヒサシさんを信用して話したのでは?」
「まさかぁ、俺は駆け出しのホワイト級の中年冒険者だぞ? そんな奴を信用する訳が……うーん……」
セネルさんからの推察に俺は首を捻る。
アーサーさんが俺を信用している? たかだか駆け出しの中年冒険者でしかない俺を?
なんで? どうして?
……駄目だ、分からん。
とにもかくにも、アーサーさんに信用されているにしろされていないにせよ、もう遅いから宿に戻る事にしよう。
そう考えた俺はレイクとセネルさんを伴って、ヴァレンティの街での常宿にしている冒険者ギルド近くの宿へ向かうのだった。
「はぁ、なんかこの部屋に戻るのが一か月ぶりに感じる、このふかふかのベッドも懐かしい気分だわ」
「はは、ヒサシったらこの宿がお気に入りみたいだな」
「そりゃあ、部屋も手入れが行き届いてて綺麗だし、熱いシャワー浴びれるし、飯だっておいしいし、元の世界で住んでた家より良いよ」
「えっ、この宿はおご飯が美味しいんですか? それは楽しみですねぇ……!」
暫く経って、何時も利用ている冒険者ギルド近くの宿、
『探検者の住処』(ようやくこの宿の名前を知った)にチェックインした俺達は、
今後にやる事を決める為、俺の泊まる部屋にレイクとセネルさんを呼んで、方針を決める会議をしていた。
で、俺がつい漏らした宿の飯の事に関してセネルさんは聞き逃さず、目をキラキラさせながら食いついてきた。
なんというか、このセネルさんって、ご飯の話が入る度に今まで思い描いていたエルフのイメージを悉く壊してくれるな……。
そんなセネルさんの食いつき具合にレイクは呆れた眼差しを送り続けつつも話を続ける。
「一先ずはヒサシとあとセネルさんの冒険者ランクを上げる事が先決だな、ランクが上がればそれだけ受けられる依頼の種類も増える」
「えっと、冒険者ランクと言うと、私が冒険者ギルドに冒険者登録の申請したその際に貰ったこのカードの事ですよね、私の顔の絵と情報が色々書かれていますが、白いカードですね」
「ああ、セネル、そのカードは冒険者になった一番最初のランクのホワイト級を現しているんだよ、ヒサシも同じくホワイト級」
「へぇ、私とヒサシさんとお揃いなのですか……そういえばレイクさんはイエロー級とかおっしゃってましたね?」
「そうだな、これがオレの冒険者ギルドのカードだ。見た通り黄色いカードになっているだろ、ここまで行くのに結構手間かかるぜ?」
レイクに渡されたその黄色いギルドカードをセネルさん食い入る様に見続けている。
何気に自分のギルドカードを取り出して眺めていた俺は、レイクのカードをじっと見続けるセネルさんに声をかける。
「そういやセネルさんのカードには出身地とかも記載されてるな、俺には何も書かれてないのに……って、俺は記憶喪失の扱いだったか」
「ヒサシさん、記憶喪失のフリをしていたのですか? まぁ、異世界の出身だと言っても信じてもらえなさそうですからね……」
「いや、あの時はそう言うしか無かったからなぁ……」
セネルさんのギルドカードには年齢や性別の他に『出身地:ヴィナス共和国ソルキン村』と記されているのだが、
俺の場合は年齢と性別以外の他には『出身地:不明。レイク・レパルス身柄預り』と書かれており、それ以外の表示はされてない。
まぁ、俺の場合は記憶喪失(嘘だけど)が理由だし、仕方ないのか……と、思っていたらレイクが俺に話しかけてくる。
「言っておくけど、ヒサシ。間違ってもオレから離れんじゃねえぞ、身柄を預かってるオレから離れて行動されたら色々と面倒な事になるからな」
「ああ、分かった。気を付けておく」
レイクの尻尾を揺らしながらの忠告に、俺は素直に頷いた。
何せ俺は記憶喪失という扱いで、レイクの紹介と身元引受もあって冒険者ギルドに入れた様な物なのだ。
そのレイクから離れれば、冒険者ギルドでは身分を証明できない俺は、不審者として捕まるか最悪牢屋に入れられる事だろう。
まぁ、そんな事態になる事は避けたいから、レイクから離れるのは宿と飯の時だけにしておくとしよう……。
そんな事を考えつつセネルさんのギルドカードを再び見ていたら、ふと疑問が思い浮かんだのでレイクに尋ねる。
ちなみにセネルさんはまだレイクのギルドカードを見て目を輝かせていたりする。
「しかしレイク、セネルさんの冒険者への新規申請、良く簡単に通ったな。普通はこう言ったのは試験とかあるんだろ?」
「ああ、駆け出しのホワイト級に限っては、申請書と1アメルの申請費用さえ払えば誰だってなれるんだよ」
「なるほど、だから俺の冒険者申請もあっさりと通った訳だ……」
レイクの説明に、俺が冒険者ギルドに入った時の事を思い出しながら納得する。
あの時は身分証作成のついでという形だったし、諸々の書類作成と申請費用の支払いはレイクとマギーが全部してくれていた。
だからこそ、記憶喪失という演技をしてながらも、俺の冒険者申請はすんなりと通ったのだろう。
「一先ず、今後の方針は、ヒサシとセネルさんの冒険者ランクを上げる為の簡単な依頼を行うって所だな」
「よし、そうと決まりゃ、さっそく依頼完了の祝いを兼ねて夕食と行きますか」
「夕食! この街のお食事、どんなものか楽しみですねぇ……!」
方針が決まった所での俺の夕食宣言に、セネルさんは目を輝かせながらそう答える。
やっぱりこのエルフ、食い物の事に関しては本当に執着心が強いというか、そっちの方面には目を輝かせるんだな。
そんな事を思いつつ、俺達は宿の一階にある食堂に向かうのであった。
「ふにゃあ、ここのお食事とお酒というのは美味しいですねえ……うふふふ」
「ちょっと、セネルさん、食べ過ぎもそうだけど、今飲んでるビール、それでジョッキ何杯目なんだよ!?」
「少なくともオレが数えた限りじゃ、ビールを十杯以上は飲んでるぜ……?」
そして宿の一階で始まった祝宴だったのだが、食べ始めて30分もいかない内にセネルさんがべろんべろんに酔っ払っていた。
更に言うなら、セネルさんの前には幾つもの空になった皿が積み重ねられている、こんな短時間にどれだけ飲んで食べたんだこのエルフ。
ちなみに、俺とレイクの方は、まだ出された食事の一色目を食べて、お替りしようか考えている所であるのだが……。
「店員しゃーん、アイアンホーン・オックスのステーキもう三枚お願いいたしまーしゅ! あとビールってお酒もジョッキでもう一杯!」
「ちょ、セネルさん、もうそれ以上食べない方がいいって!」
「いくらお金が沢山あるといっても、それ以上飲んだり食べたらセネルさん後で苦しむことになるぞ!?」
俺とレイクはセネルさんの暴飲暴食を慌てて止めようとするが、セネルさんは全く聞く耳を持たない。
というか、このエルフの胃はどうなってんだ!? もう既に30分近く飲み食いしているってのに、まだ食うのか!
「ほら、もうやめようセネルさん、食べるのはまだいいけど酒は飲み過ぎたらダメだって」
「ムー、こんなに美味しいのに飲むのを止めりょって、ヒサシしゃんも酷な人でしゅね……そんな人には……」
「……?」
流石に見ていられなくなった俺がセネルさんに止める様に言った矢先、彼女はおもむろにジョッキのビールを一呷りすると――
「――!?」
「うわぁぁぁぁ!? セネル何やってるんだ!?」
――おもむろに俺の身体を両腕で引き寄せ、強引な形でキスをして俺の口の中にビールを流し込んできた!
その突然すぎる行動に、レイクは驚きの声を上げ、俺もいきなりの事で頭が混乱しかけるが、ビールの冷たさと苦みで俺は正気に戻る。
そして、俺は慌ててセネルさんを引き離すと、彼女は白い肌を飲酒で赤くした状態でニヘラと笑い。
「ほら、ヒサシしゃん、ビールは美味しいでしょう? だからもっと食べて飲みましょーう!」
「駄目だこのエルフ、完全に出来上がってるしぃ……しかもファーストキスを無理やり奪われたぁ……!」
「ヒサシ、大丈夫だったか……って、ちょっと待て! 今ファーストキスって言わなかったか!?」
「ああそうだよ、俺には女性経験なんて殆どないからキスした事すらないっての!」
「そういう問題じゃねぇよヒサシ!? それに、もうこのエルフは! お前のやった事わかってるのか!?」
俺のファーストキスを酒臭い味で無理矢理奪った暴挙をしたセネルさんに、レイクが抗議の声を上げる。
しかしセネルさんはそんなレイクに対してどこ吹く風と、運ばれてきた料理を次々と平らげていく。
「んー! このアイアン・ホーンオックスのステーキぃ、ビールにとっても合いましゅねぇ! そう思うでしょ?ヒサシしゃん、レイクしゃん」
「だから飯食ってないでオレの話聞けって!……って、はぁ、こりゃもうぶっ倒れるまで飲ませるしかないか」
そして再び始まるセネルさんの暴飲暴食、次々運び込まれあっという間に消える料理、そしてその度になみなみ注がれていたジョッキを何度も空にしていく。
レイクがそれを止めに入るもセネルさんの勢いを止める事が出来ず、遂には耳を伏せて尻尾を垂らして諦めてしまった。
「うっ、うっ、俺のファーストキスがこんな形で奪われるなんて……」
「ヒサシもヒサシで、こんな形でファーストキスを奪われた事が余程ショックだったんだな」
「当たり前だよ! なんで酔っ払ったエルフに無理やり口移しでビール飲まされる形で奪われるんだ! くそ、俺もやけ酒だ!!」
「ああ、もうだめだこりゃ、オレにはこの二人を止める事が出来なさそうだ……」
一方、俺はと言うと、セネルさんによって自分の初めてのキスを望んでない形で奪われた事で、やけ酒のスイッチが入った。
俺は店員さんを呼び寄せてビールを注文し、運ばれた大ジョッキのビールを一気に飲み干す、
もう、これくらいしないとファーストキスを奪われたショックは消せない。
そんな俺とセネルさんを見て、レイクは呆れて溜息を吐いていたのだった……。
「うー、ちょっと飲み過ぎた、なんか眩暈がする……」
「大丈夫か? ヒサシ……? セネルさんほどじゃないけどお前も結構飲んでたから、足元ふらついてたぜ?」
「あー、それは自覚してる……後で二日酔いの薬作って飲むことにするよ……所でセネルさんは?」
「セネルさんだったらさっきの乱痴気騒ぎが嘘みたいにぐっすりと幸せそうに寝てるぜ」
「そっか、そいつは良かった……」
……暫く経って、殆ど騒乱にも近い酒宴の後、
俺はレイクとセネルさんが泊る部屋にて、ベッドの縁に座り早速やけ酒をした事を後悔していた。
ちなみに、セネルさんは酔いつぶれてすっかり寝入ってしまったので、俺とレイクの二人で彼女を部屋に運び込んだ後である。
酒を飲み過ぎた時の独特のふわふわ感と眩暈が俺の身体を襲う。少し前にソルキン村で浴びる程飲んで後悔したというのにこの様である。
一方でセネルさんを見れば、さっきまでビールを浴びる程飲んでいたとは思えない位に幸せそうな寝顔で寝ている。
「とりあえずセネルさんはオレが様子を見ておくから、ヒサシも水を飲んでベッドで横になった方がいいぜ?」
「ああ、そうする……」
レイクからそう促され、俺は部屋に備え付けの水差しの水をコップに入れてそれを一気に飲み干した。
冷たい水を飲んだ事で少しは酔いも醒めたのか、段々と目眩や頭痛が収まってくるのを感じた。
とはいえ、これだと明日は酷い二日酔いで目を覚ましそうだ……そう思いながら、俺はレイクとセネルさんの部屋を後にするのだった。
…………
――ヒサシたちが、酔っぱらったセネルの対応に追われるその数時間前。
ここは何処かもわからぬ場所。
だけど随所に施された荘厳な装飾と高価な調度品が並ぶ、小さい家なら一軒は入りそうな広大な謁見の間。
其処の真ん中にて、ヴァリアウスはその巨体を床に伏せさせ、ある者の方を見ていた。
前の玉座に座すのは、まさに黄金色と言うべき美しい長髪と、2m近い長身に煌びやかな装飾の施されたローブを纏った威厳を感じさせる女性。
彼女のその頭の両側に生えた宝石の如き輝きを持つ角が、彼女が人間ではない存在である事を表している。
その女性は手にした王笏を弄びながら、ヴァリアウスへ向けて問いかける。
「十年の眠りから目覚め、すぐに余の元に馳せ参じると思ったら随分と時間がかかったな、ヴァリアウス」
『そうなるのには色々と事情があったのだ、貴様なら我の記憶を読み取って知る事くらい容易かろう』
「確かに……ふむ、ヴァリアウス、貴様とあろうものが二度も不覚を取るとはな、一度目は異魔獣、そして二度目は人間相手か」
『あの異魔獣の襲撃の所為で我の魔力は枯渇寸前まで奪われた、そして回復の為に身を休めていたら人間に賭けを挑まれてこのザマだ』
女性とヴァリアウスの語る異魔獣……それは時空を破り出現する正体不明の魔物である。
その正体や行動原理などは一切不明で、異魔獣が現れる度に、一つの森の木々が全て枯れ木と化した、あるいはとある湖の生物が悉く居なくなった、
そして一つの街の人間が全て消え去ったなど、まるでこの世界のあらゆる生物に対して破滅を齎す為に現れる厄災が如き存在であった。
しかし、異魔獣との対話は完全に不可能な為、何故その様な事を行っているのかも分からず、異魔獣を知る者にとってはただ存在するだけで心の休まる事の無い存在であった。
そしてヴァリアウスと、その目の前の玉座に座す女性は異魔獣を知る数少ない存在であり、何とかして異魔獣に対する対策を練ろうと日夜研究を重ねているのが現状だった。
「まぁ、貴様が異魔獣に後れを取ったのは仕方ない事だ。だが、このヤマナカ・ヒサシという人間は面白い存在であるな」
『ああ、ヒサシは女神プロナフィアの権能を行使する異界渡りであるからな、我も彼奴には強く興味を持っている』
「創世の女神の権能を行使する異界渡りか……ふむ、確かに貴様が興味を持つのも分からなくもない」
――異界渡り。それはごく稀に時空の揺らぎによって異世界からこの世界へ転移してしまう者を指す言葉である。
彼らの格好や持っている物、そして文化などはその異界渡り一人一人によって違っており、
ある者はこの世界の技術の数段上の物品を所持し、ある者は異様な身なりでかつ、この世界の刀剣とは異なる武器と戦闘術を有する。
そして、彼らはある者はこの世界の歴史を変える程の偉業を成し、またある者は静かにこの世界に溶け込んでいった。
唯、一つ言える事は、異界渡りの種族はすべて人間であり、何故そうであるのかは未だに不明なままである。
更に言えば、今までにこの世界を作ったとされる創世の女神プロナフィアの権能を行使する異界渡りは確認されてはいなかった、
……そう、今までは。
「面白いな、ヤマナカ・ヒサシは、ぜひとも会って話がしてみたい」
『また貴様の悪い癖が始まったか……』
「フフ、余は即断即決で事を運ぶ、これは余の性分であり、変えられぬ物だ。それはヴァリアウス、貴様とて知っている事であろう?』
『…………』
王笏を弄び笑みを浮かべる女性に、ヴァリアウスは呆れた様な眼差しを送る。
だが女性はそれを意に介さず、それ所か王笏の先をヴァリアウスの付け角へ向けて、
「それにヴァリアウス、ヤマナカ・ヒサシにつけてもらったその付け角、良く似合っているぞ」
『ぬ、ぐぅ……これは彼奴が勝手に付けた物だ。そこは指摘して欲しくはないな』
折られた角の代わりにヒサシによって取り付けられた付け角を指摘され、
ヴァリアウスは不機嫌そうに尻尾を上下に振って床に叩きつけながら言い返す、
それに対して女性は、王笏をくるくると手で回しつつ、愉快そうな様子でヴァリアウスへ言う
「そういう割に、ヴァリアウスはその付け角を外そうとしないとはどういう事か?」
『…………』
女性の指摘に対し、ヴァリアウスは何も言い返すことが出来なかった。
確かに、無尽蔵ともいえる魔力が回復した今、魔力を治癒力に変換して用いれば折れた角の修復は可能である。
だが、ヴァリアウスはヒサシによって取り付けられた付け角が妙に気に入ってしまい、外す気になれなかったのだ。
その事を指摘されたヴァリアウスは、深くため息をつくしか他がない。
「まぁ、角の話はここまでにして、早速ではあるが、ヤマナカ・ヒサシを呼び寄せる為のお膳立てをするとしよう」
彼女は手にしていた王笏を何処かへ消すと、空いたその手に魔力を込めて一通の手紙を作り出す。
作り出された手紙はまるで意思を持った様に折り畳まれ、更に魔力で生み出された書簡に収められると、精緻な細工の封蝋が押される。
「まぁ、こんな物か……呼び出す理由としては『ある重要な役職に就く者が大切な宝物を紛失したので探し出して欲しい』といった所だな」
『本当にヒサシを呼び出すつもりか? それにヒサシに対して変な事はしないだろうな?』
「大丈夫だ、余の友を結果的に救った人間に対して、悪い様にはしないと約束しよう……さぁ、行け」
女性が言って書簡を掲げると、謁見の間の窓が意思を持った様に開き、其処から大型犬サイズの小さなドラゴンが飛んでくる。
そして掲げられている書簡を前足で掴むと、翼を羽ばたかせて謁見の間の窓から飛び去って行き、それを待っていたかの様に窓が閉まる。
『あの依頼状だけでヒサシは来ると思うのか? ラフィーナよ』
「大丈夫だ、あの書簡には依頼状と共に、ここに来る為の切符も仕込ませておいた、来ない筈がないさ、フフフ」
『(……ヒサシもとんでもない者に目をつけられてしまったな……)』
目の前で笑う女性、シュバル帝国の女帝ラフィーナ・シュバル・ヴァイオレットに対し、ヴァリアウスは内心溜息を漏らす。
ヴァリアウスに出来る事と言えば、ヒサシがこの女帝に振り回されて苦労しない事を祈るばかりであった。
…………
「――!?」
何時も泊っている一人部屋に戻った俺は、酔いがさめない中、早速ネックレス状にしていた箱を元の形に戻し、
荷物鞄に入れているホメリア草の球根を取り出して、二日酔いの薬を作ろうとしていた所で、不意に嫌な予感を感じ、周囲を見回した。
しかし周囲を見回しても、特に誰かが居る訳ではない。
「何だったんだ……さっきの背筋がざわつく予感。酒を飲み過ぎた時の症状……ってな訳ないし。それより二日酔いの薬を作らなきゃ」
さっきの嫌な予感は気になるが、今やる事は翌日に来るであろう二日酔いの薬を作る事である。
俺は箱の蓋を開けて、ホメリア草の根っこを数個放り入れると箱の蓋を閉め、箱へ二日酔いの特効薬のイメージを送り込む。
箱は何時もの通りに文様を白く明滅させて、中のホメリア草の根っこを分解し新しい形へと再構築してゆく。
白く明滅する箱の文様を眺めつつ、俺はレベルアップで「薬品精製」の機能を取得した事を今ほど有難く感じた事はないと思う。
そうこうしている内に、箱の文様の光が青へと変わり、二日酔いの特効薬が完成する。
出来た特効薬は緑色をした数個ほどの丸薬ではあるが、以前同じ物を作って飲んだ事があるので効果の方は確かである。
俺はさっそく、その内の一粒を飲もうした矢先、外から部屋の窓が叩かれる音が夜の部屋に響いた。
「おいおい、ここは三階の筈だぞ……? 普通の人ならドアをノックしてくる所なのに……何なんだ……?」
俺は腰のホルスターからガバメントを抜いて、若干ふらつく足取りで部屋の窓まで向かい、カギを開けた。
『ピギャァッ』
「うわぁっ!?」
次の瞬間、窓が開け放たれ、其処からいきなり黒い影が飛び込んできた。
突然の事で咄嗟にガバメントを構えたが、飛び込んで来たのは大型犬サイズの小さなドラゴンで、
そのドラゴンは驚く俺を他所に部屋を二周ほど飛び回った後、俺の前に着地して、俺の顔をじっと確認し、両手に持っていた書簡を置く。
「これ、俺に……?」
『ピギャ!』
自分の顔を指さしながら訪ねる俺に対し、ドラゴンは肯定するように一鳴きすると、
用は済んだとばかりに飛び立ち、開けっ放しの窓から飛んで出てゆき、夜の空の向こうへと消えていった。
暫し呆然とした後、俺はドラゴンが飛び去って行った窓を閉め、改めて書簡を手に取って眺める。
「随分と豪勢な作りな書簡だな……どこの金持ちからの手紙だ?」
紙質と言い、書簡を飾る装飾と言い、そして精緻な作りな封蝋と言い、この手紙の送り主がやんごとなき身分の人である事が伺える。
俺は初めて見る封蝋を割り、中から取り出した手紙に書かれていた内容に目を通した。
『拝啓、ヤマナカ・ヒサシ殿へ。
私はシュバル帝国に在住するある役職を担う貴族で御座います。
早速ですが、貴方様へのご用命は、当家に所蔵されていた宝剣の探索をお願いしたい所で御座います。
その宝剣は、ある事を成した褒美にシュバル帝国の女帝より賜りし『黒翼』と名付けられし剣で御座います。
この『黒翼』は名工の手によりアダマンタイトから鍛え抜かれし剣であり、黒く輝く刀身から名を受けた逸品であります。
しかし、ある日の事、女帝より『久々に『黒翼』を拝見したい』と仰せつかり、早速宝物庫を探った所、紛失している事が判明しました。
このままでは私は『黒翼』を紛失した咎を受け、貴族位を没収されるのみならず、死罪が言い渡されるかもしれません。
そこで恥を忍んで申し上げます。どうか私に代わって宝剣『黒翼』の捜索を行っては頂けませんでしょうか?
報酬は前払いとしてシュバル帝国の当家に到着時に200アメル、『黒翼』の発見の際は800アメルのお支払いをお約束いたします。
なお、シュバル帝国への移動の為の切符は書簡にて同封されています為、どうかご確認の程をお願いいたします。
――アルヴァート・レーグ・フェリンシュタインより』
「到着するだけで、前払いで200アメルだって……!? んで発見すりゃ800アメルの合計1000アメル……凄い大金じゃないか!?」
俺はあまりの高額に驚き、思わず声を大にして叫んでしまう。
たかだかホワイト級の駆け出し中年冒険者が受け取る報酬としては、あまりにも法外な報酬である。
ちなみに、レイクの話によれば、イエロー級の冒険者が不眠不休で一か月間に稼げる報酬は大体が100アメルほどである。
このことからしても、この手紙の差出人であるアルヴァートという貴族が余程切羽詰まっている事が窺い知れる。
でも、依頼を送るにしても、俺の様な駆け出しじゃなくてもっとランクの高い冒険者に頼めばいいのに……何か怪しいな。
「そういえば切符も同封してるって書いてあったけど……何だこのカード?」
俺は手紙を粗方読み終えた後、書簡を探ってみると、出てきたのは金縁の精緻な細工が施された黒いカードが三枚入っていた。
そのカードの一枚には『クルージングトレイン『暁の星号』プレミアムスイート1番室乗車券』の字と乗車する日付が刻印されており、
それが何なのか分からず観察していると、ドアがノックされ、どこか慌てた様子のレイクが入ってくる。
「おい、どうしたんだヒサシ、素っ頓狂な声を上げて、こっちの部屋まで聞こえて……ってそれ、ひょっとして魔道列車の切符か?」
「魔道列車? なんだそれ……?」
「ああ、魔道列車ってのはシュバル帝国が国の威信をかけて8年の歳月をかけて建設し、去年に開業した交通機関の事だよ。でも見慣れない切符だな」
俺に説明した後、レイクは俺から黒いカード、もとい魔道列車の切符の一枚を手に取り、つらづらと観察する。
そして次第にレイクの毛皮が驚きに逆立ち、尻尾がピンと張りだす。そのレイクの驚き様に俺は疑問符を浮かべる。
レイクはどこか震える声で、その魔道列車の切符を見せて説明し始めた。
「暁の星号と言えば、豪商や貴族御用達のクルージングトレイン、しかもそのプレミアムスイートの切符って……飛んでもない代物だぞ……!」
「ええっと、レイク、どれ位とんでもない代物なんだ?」
「そうだな、片道乗るだけでオレの半年分の稼ぎが吹き飛ぶ位の運賃で、更に予約は三年待ちの代物だ」
「ぶっ!!??」
あまりの驚きの余り、思わず俺は奇声を上げてしまう。
そんな俺の驚く様を見てレイクは一瞬尻尾をピンと跳ね上げるが、すぐに気を取り直して説明を続ける。
「あのなヒサシ、世の中には金さえ払えばどんな物でも買えるって奴がいるだろ?」
「ああ、いるな……それがどうしたんだよ」
「その金で何でも買うっていう奴が、この暁の星号に乗車する為には、三年も待たなきゃならないんだ。それだけ途轍もない切符なんだよ」
「マジかよ……しかもそれを三人分とか、この手紙の差出人のアルヴェートって何者なんだ?」
なんというか、この暁の星号は、俺が元居た世界で走っていた豪華なクルージングトレインを思い出す。
あれも、乗車する為には俺が必死に働いて稼いだ給料の半年分の料金が必要で、更に予約も非常に取りづらい物だった。
しかし、この世界でもその手の列車が走っているとは正直言って驚き物である。
更に言えば、この世界の公用貨幣を鋳造し、更には魔道列車を建設し開業したシュバル帝国の技術力や経済力は、ひょっとすれば俺も想像する物以上かもしれない。
……っと、話が脱線してしまったので、レイクに改めて詳しいことを聞いてみる。
「なぁ、レイク。だいたい魔道列車に普通に乗る時の運賃はどれくらいなんだ?」
「そうだなぁ、確か、このヴァレンティの街の駅からシュバル帝国までだと、一番安い奴でだいたい20アメルもしない筈だぜ?」
「じゃあその切符を送れば済む話なのに、何だってこんな豪華列車の切符を送ってきたんだ?」
「さぁ? お大尽な貴族の考える事は良く分からねぇなぁ……」
――この時、お互いに首を傾げる俺とレイクは気付くべきであった。手紙に同封されていた切符が三人分であると言う違和感に。
俺とレイクが、セネルさんをパーティに加えたのはホンの数日前の、依頼を終えてソルキン村を出る時の事である。
つまりは、この手紙の差出人は、普通ならば俺達がセネルさんをパーティに加えているのを知る事が出来ない筈なのだ。
それにも拘らず、まるで俺達がすでに三人のパーティであるのを見越していたかの様に、差出人は三枚の切符を送ってきたのだ。
だが、この時の俺はまだ酔いが回っている事と、レイクはセネルさんの世話で疲れている事で、ついぞそれに気づくことは無かったのだった……。
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