chapter:7――さぁ、街に行こう
…………
「え? この近くの街を知らないだって……ああ、ヒサシはこの世界に来たばかりだったなぁ、知らないのも当然か」
宝石を手にして小躍りしていたレイクが落ち着いたのを見計らい、俺は思い切って彼女にこの世界の事を聞いてみる事にした。
彼女が俺の事を異世界から来たと知る数少ない人物であるし、俺はレイクの事を気に入ったので、信頼して教えを乞う事にする。
対するレイクはと言うと、俺がこの世界に来て間もないという事を思い出してか少しバツの悪そうに頬を掻いた後、俺の問いに答えてくれる。
「街だったら、ここからだと約半日ほど街道を歩いた先にオレが拠点にしているヴァレンティって大きな街があるぜ、其処でならこの宝石が売れると思う」
「半日かぁ……俺のような現代人に少々きつそうだな……」
「……何を言ってるんだ、ヒサシ……?」
レイクからの答えに、俺は思わず漏らした本音を耳ざとく拾われてしまう。
しかし、俺のいた世界の事を知らないレイクは、俺の言葉の意味が分からないと言った表情で首を傾げるばかりだ。
大体を徒歩で旅をするこの世界の人間には理解出来ないだろうが、車に電車やバスなどの交通機関に慣れ切った現代人には半日の徒歩はかなりきつい。
恐らく、街に向かったとしても、およそ三時間もしない内に俺の足が悲鳴を上げてしまう事であろう。
ああ、運動不足気味な40代には辛い旅路になりそうだ……とは言え、折角レイクから得た情報だ、無駄にする訳にもいかない。
さて如何した物か……そう思いつつ箱を見やり―――ある発想を思い浮かべる。
「そうだ、アレを作れば多少は楽に行けるか!」
俺は早速、箱を使って俺の発想した物を作るべく、彼方此方に落ちている石や土に木の枝を拾い集め、箱に入れ始める。
それを見たレイクは、俺が何をしているのかが気になったのか俺に尋ねて来た。
「ヒサシ、何を作るつもりなんだ?」
「ふふ、俺の居た世界の技術の結晶の一つだよ。悪いけどレイク、お前もそこら辺の石とか土を箱の中に入れてくれ」
「……? わかったよ、ヒサシ」
レイクは、俺の指示に首を傾げつつも素直に従ってくれる。そして俺は箱の蓋を開け、中に石や土を入れていく。
やがて、何往復かの作業の後、箱の中には大小さまざまな石や土が山盛りになる。その量は軽く俺の体重以上はあるだろう。
そして箱の蓋を閉じた俺は、箱に触れて頭の中で浮かべた発想を箱へ送り込む、それを受け取った箱は文様を白く輝かせ、制作に入った。
ステーキや拳銃を作った時よりも長い時間の後、俺の発想した「アレ」が完成したのか箱の文様が青く輝く。
興味本位でのぞき込むレイクを他所に、俺は逸る気持ちを抑えつつ、箱の蓋を開ける、その中には……!
「よっしゃ、電動スクーターの完成だ! こいつなら歩いて行く手間が省ける!」
「何だこれ、見た事ない物だな……?」
箱の中にあった物、それは元居た世界の技術の粋の一つと言ってもいい電動スクーターであった。
そのスクーターは、俺の居た世界の物と寸分違わないデザインで、車体の色は白を基調に青のラインが入っている。
制作したこの電動スクーターは、元の世界での最新モデルで、フル充電なら時速40kmで最長150kmの距離を走る事が出来る。
これで歩きをせずに街を行ける――と喜んだ所で、俺はある問題に行き当たった。
「こいつ、どうやって箱から取り出すんだ……」
俺が見た限り、箱の中の電動スクーターは、制作時に箱の中に入れた石ころや土の分、つまり俺の体重以上の重さがあるだろう。
元の世界では運送業をやっていたとはいえ、流石に自分の体重程ある電動スクーターを持ち上げるだけの力は俺には無い。
下手に持ち上げようとすれば、間違いなく腰をぎっくりとやってしまうだろう。
そうなってしまったら、街に行くどころの話ではない。
「ヒサシ、難しい顔している様だけど、こいつを箱から取り出したいのか?」
「ああ、だけど流石にちょっと無理そうかなって思ってな……」
「何だよ、それ位だったらオレには朝飯前だぜ」
え? 流石に重たそうな電動スクーターを箱から取り出すなんて、獣人でも無理なんじゃ……?
と思っていた所で、レイクは箱に入り込むと、電動スクーターを脇に抱え上げて「ほっ」との掛け声一つで箱の外へと取り出した。
そして、事も無げに俺の目の前に電動スクーターを置いたレイクは、唖然とする俺に向けて得意そうに牙を見せつつ笑みを浮かべ。
「オレはレパードの獣人だぜ? こんな物くらい持ち上げるの訳ないって」
そう言って彼女は裾をまくり上げて、豹柄の毛皮の上からでもわかる位の力瘤を見せてくれた。
そういえば、豹って捕まえた獲物の横取りを防ぐ為に、高い木の上に咥えて持ち上げて行ける位に力が強かったんだっけ……。
彼女は少女とはいえ豹の獣人、この程度の重量を持ち上げる事位は朝飯前と言う事か……。
レイクの意外な特技に、俺は驚きを隠せない。しかし、これで街に行く為の問題は解決した。後は街に向かうだけだ。
「で、ヒサシ、これを使ってどうするんだよ? なんか前と後ろに車輪がついてるけど、走り出したら倒れそうで怖いな」
「まぁ、見てなって」
心配げに眺めるレイクに言いながら、俺は電動スクーターの座席にまたがり、
既に付けられている鍵をひねって電動スクーターを起動させ、慎重にアクセルをひねり電動スクーターを走行させ始めた。
最初は慣らしの為に徒歩程度の速度で走らせていたが、それを見たレイクは耳と尻尾をぴんと立てて目に見えて驚き、
「うおぉぉ? なんだそれ、どうやって走ってるんだ!? 何で倒れないで進めるんだ!?」
二輪の車両が倒れず前に進む仕組みを知る筈も無いレイクは、
俺を乗せて走る電動スクーターに興味津々と言った様子で目を輝かせて尻尾をピンと立てて揺らしつつ説明を求める。
一旦電動スクーターを止めた俺は、得意満面に彼女へ説明する。
「この、一見不安定そうな二輪の車両はな、前に進ませると慣性の法則で倒れる力を打ち消して安定して走る事が出来るんだよ」
「かんせいの法則……? よく分からないけど、その乗り物は前に進めば倒れねぇって事か?」
「まぁ、そういう事だな……あとは箱だけど……」
レイクの理解が追い付いていない事に苦笑しつつ、
電動スクーターから降りた俺は箱の方に近付いて、その表面に手を触れる。
すると箱の全体が光り輝き、一瞬の内に箱が縮小し、小さな立方体の黒い石の付いた地味なネックレスへと姿を転じた。
そのネックレスを装着する俺を見て、レイクは更に驚きを隠せない様子で、
「えっ、箱がネックレスになっちまった! どうなってるんだよそれ!?」
「俺も良く分からんが、移動する時はこうやって持ち運べるようになってるらしい」
箱に初めて触れた時に脳にインストールされた箱の説明では、箱を持ち運ぶ事を考えながら触れるとこの形に変化するらしい。
他にもこの箱にはいろいろな機能があるのだが、それを見せるのは別の機会になる事であろう。
さて、移動の問題は片付いた事だし、トロル肉を加工した物を入れた荷物を纏めて街へ向かうとするか……
そして荷物を纏め上げた後、興味深げに電動スクーターを眺めていたレイクへ俺は声を掛ける。
「レイク、折角だし、お前も街までこいつに乗ってみるか?」
それを聞いた彼女は、耳をぴんと立てて尻尾を上機嫌に揺らして、嬉しそうに頷くのだった。
…………
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